入隊
「……あの、俺たちの所属が決まってるって、おっしゃいましたか?」
ゴーヴァンとのやり取りをしていた場所からかなり離れてからアウラがハヤトに声をかけた。
「ん……ああ、そう言ったっけね。まあ、あの場はああでも言わないと解放してもらえそうになかったからね。君たちこれから軍司令部に行くところだったんだろ?」
そう言うと、なんでもないことのようにハヤトが振り返る。
そして。
「到着早々最悪な奴に捕まったよね。あの隊長ね、この都市でも古い体制のやり方にこだわる第二駐屯所の代表格みたいな人だから、言いがかりをつけられると結構面倒なんだよ。都市の総司令官でも手を焼くときがあるらしいけど、間違ったことを言うわけじゃないから余計始末に悪いんだよね」
そう付け足すと軽く肩をすくめてみせる。
その様子を見てルーベラはほんの少し安心した。そして同時に、このハヤト隊長と呼ばれた男が自分たちのやり取りを見かねて助けてくれたのだ、ということを察して口元に笑みが浮かぶ。
「……そうでしたか。ご面倒をおかけして申し訳ありませんでした。それでしたら俺たちはこのまま軍司令部に行きますのでこれで失礼致しますが」
アウラが事情を察して恐縮したようにそう申し出る。
よくよく考えてみれば、門衛を通しただけの立場の者たち、しかもアウラはともかくほとんど素性の知れないルーベラのような者が、すでに所属部隊が決まっているなんてことはあるはずがない。
ルーベラもアウラに合わせて一度立ち止まり、ハヤトに向かって頭を下げる。
「あ、いいよ。俺も行く用事があったから一緒に行ってやるよ。それに……たぶん、あそこ、初めて行くと何が何だかわからないと思うし……」
ハヤトが意味ありげな笑いを浮かべながらそう答えたのでアウラとルーベラは顔を見合わせた。
「で、アウラは北からの援軍で、竜族、と。ルーベラは東で初めて騎士の登録をしたってわけ?」
お互いの自己紹介を済ませつつの城への道中でハヤトが確認しながら二人の話を聞く。
「あ、はい。一応これ……二級騎士の資格を取った時の身分証なんですけど……通用するのかな?」
荷物の中からルーベラが簡単な書状を取り出してハヤトに手渡す。
本来、ちゃんとした隊に所属したならこういったものは隊長が保管し本人が持ち歩いたりはしないものだがルーベラは東の都市でこれをいきなり手渡され、そのまま南へ向かう部隊に所属させられ行軍に加わった。流れ者をそういう正式な仕方で扱う気がなかったのか……もしくは、捨て駒としてそんな必要はないということだったのか……。
何にしてもこんな形で個人で管理している身分証に価値があるのかルーベラにとっては疑わしい限りだったのだ。
「……ああ、うん。ちゃんと公式の身分証だから通用するよ? なんで?」
簡単な書状。とはいえ、東の都市の紋章入りで都市の司の印もある。
「あー、いや、あの……。あまりにもあっさり資格が取れちゃったのでちょっと心配だったものですから……」
ルーベラが目を泳がせながら言葉を濁す。
これを個人で管理している理由とか聞かれたらどうしよう、とか思ったけど、それ以前にこの答え方だと……どんな風に試験を受けたかとか聞かれたらどうしたらいいんだ……? あれって本当に公式の試験に入るのかわからないし、そうじゃない場合、資格を剥奪されたりするんじゃないだろうか。もう一度試験を受けてもいいのだけど、一度取った資格を剥奪されるということはおそらく騎士としては今後の肩書きに響くような気がするし……そもそも東の都市でそんな資格の取らせ方をしていたことが明らかになるのって、それはそれで問題になったりしないだろうか。
そんなことを考えていると。
「ぷっ……!」
思いもよらず、ハヤトが噴き出した。
「ずいぶん謙遜するんだね! 大丈夫だよ。これはちゃんと通用するものだし……まあ、東の都市のやり方なんて大概想像つくからね。それに……ああ、そうか。心配なら、本当にうちの隊に入れるようにしてあげるよ。で、俺が剣の腕も見てやるよ。今は即戦力になる騎士はいくらでも必要なんだ。……さっきの話じゃないけどちょうどメンバーに空きもできたところだしね」
笑いを噛み殺すようにハヤトがそう言いながら書状をルーベラに返す。最後の一言は自分に言い聞かせるかのような低い声だったが。
「メンバーに空き……ってさっきゴーヴァン隊長殿が言っていた騎士の話ですか?」
すかさずアウラが口を挟んだ。
その目つきはついうっかり相づちついでに口にしてしまった、というようなものではなく図ったかのような、問いただすような目。
先ほどのゴーヴァンの言葉。
持ち場を勝手に離れて他の隊に迷惑をかける騎士、というのに引っかかっているようだ。
確かにそんな騎士を抱えている隊というのは都市の中でも評判が悪いのかもしれない。アウラもそれなりの組織に属していた身だ。好き好んでそんな隊に所属したいとは思わないのだろう、とルーベラも察した。
「……ああ、そうだね。無理にうちの隊にとは言わないよ。ああ、そもそもアウラは北の都市の所属だからうちに所属することもないだろうし。仲間が帰還するのを待って合流すればいいだけのことだ。……ルーベラも嫌ならうち以外に配属してもらえるように頼んであげるよ」
嫌な顔一つしないでそう言ってくるハヤトに。
「ああ、えーと……別にあたしは嫌じゃないですよ。さっきの隊長さんの方がむしろ感じ悪かったし。些細なことを誇張してああ言っただけなんじゃないですか?」
会話の対象が自分になったのでルーベラが慌てて両手を振りながら否定する。
まあ、騎士隊というものに所属したことはないけれど。兄がそういう立場にいたのでなんとなく組織特有の空気感のようなものは想像できるのだ。
よほど仲のいい者で構成されている絆の強い隊でもなければ、都市が大きければ大きいほど競争心や対抗意識のようなものは生まれる。都市全体のすべての部隊が仲良く一致団結する、なんて夢のような話でその方が非現実的なのだ。
まして、ここに来て観察に基づいてルーベラが下した結論は。
ここ西の都市は相当、大きい。南の都市や東の都市より大きくて栄えているように見える。
ここまで規模が大きければ、都市の秩序を保つために働き、なんだかんだで都市全体に対して良くも悪くも影響力となる軍の組織だって相当なものであるはずなのだ。抱えている騎士隊の数も他の都市の比ではないだろう。
そうなると、あのゴーヴァン隊長が言っていた批判的な意見も、鵜呑みにする必要はないように思える。むしろ、ルーベラの直感はこのハヤト隊長を信じた方がいい、と告げている。
「……些細な事、ね。……悪いけど騎士としての認識のない者がいた事は事実だよ。あれは隊長である俺の監督不行き届きだ。責任を取るつもりでいたんだけどここに来て隊長である者が仕事を放棄してる場合じゃなくなってね。……本人たちのたっての希望もあって、結局問題を起こした者たちだけが責任を取るって形になったんだ。だから今になってうちの隊は二級騎士が十人ほど減ってね。……そんなわけだから、嫌なら強要はしないし、彼らが使っていた馬もいるから君にその分を回せるよ。……それに隣の隊の二級騎士が使っていた部屋が空いたところだからそこも使えるように手配してあげられると思うよ。女騎士だったし……生活に必要な物は置いて行っていたみたいだからすぐにでも使えると思うけど」
うわぁ……この人。
ハヤトの話し方を聞きながら、ルーベラはちょっと感心してしまう。
ここまで率直に自分の隊の非を認める隊長って、凄いんじゃないだろうか。言ってみれば自分の恥みたいなものだ。それもあたしみたいなよそ者に。
ならば。
ルーベラはふと、足を止める。
「もし、あたしの意思で決めていい事なのでしたら、是非ハヤト隊長の下で働かせてください」
ピンと背筋を伸ばしてから頭をさげる。
こんな人の下で戦うというのは、悪くない。
そんな二人のやり取りを見ていたアウラは。
「騎士の権利として、自分の所属する部隊を選べるんですよね?」
なんて声をかけてくる。
ふとルーベラが目をやると、アウラはなんとも満足げな笑いを浮かべており。
「……ああ、上級騎士にはその権利があるね」
ハヤトがそう答えるとアウラはさらにニヤリと笑う。
「良かった。そのやり方、西の都市でも通用するんですね。俺もハヤト隊長のところで戦います。竜族の一級騎士は重宝しますよ」
「はは……うちは一級騎士は多い方なんだけどな……」
なんて苦笑するハヤトだが「ま、こんな時だし多い分にはいいか……」なんて口の中でつぶやいてみたりする。