出逢い
都市に入って門衛に事情を説明すると、まずは城の軍司令部に行くように教えられる。
最寄りの駐屯所にでも行かされるかと思っていたのだが、ここでは都市の中にある各駐屯所はすでにこれまでの役目とは異なる働きをする場所になっているらしくそこに行っても意味がない、とのことだった。
「ずいぶん東の都市とは様子が違うんだな……」
歩きながらアウラが周りを見回して呟く。
「……そうね」
ルーベラも周りの様子を眺めながら相づちを打つ。
確かに様子が違う。
騒然としている、というのは同じなのだが、なんというか……それでも組織的に動いているように見受けられる。
城壁の外の様子もやはり整然としていた。
入ってきた門は東側だったが、その周辺には近隣の町から到着したばかりと思われる幾つかの軍隊が陣営を張るための場所が与えられており、門衛に聞いた話によれば南側には出陣を控えたもっと大規模な軍隊が組織されて待機しているとのことだった。
ルーベラが城への道を教えてもらって歩きながら周りを見回す。
「……ルーベラ、そんなにきょろきょろしてると人にぶつかるよ」
アウラが軽くたしなめる。
「あ、うん……」
道は簡単だった。都市の中を通る大通りをまっすぐ行けばいいだけ。
だからつい安心して周りを見てしまうのだ。……もしかして知ってる人を見つけられるのではないかと思えてしまって。
「おい!」
「……きゃ!」
突然の衝撃にルーベラが軽い悲鳴をあげたのは、少しイライラしたような様子の男に正面からぶつかったからだ。
「だから言っただろ。……すみません。俺の連れなんです。大丈夫ですか?」
すかさずアウラが男に歩み寄った。
恰幅のいい白髪混じりのその男は、一見して分かる、軍関係者。
腰に剣を下げ、戦に備えた出で立ちである。
腕を組んで、いかにも不機嫌そうにルーベラをギロリと睨みつけているその雰囲気に、アウラだけでなくルーベラも東の都市での軍の上層部の雰囲気を思い出して思わず背筋を伸ばしてしまう。
「あの、ごめんなさい。……西の都市は初めてなのでついよそ見をしてしまって」
ルーベラが謝ると、男はしげしげと二人を眺めて。
「ふん、来たばかりか……どこの部隊に所属しているんだ? こんな切羽詰まった状況下で都見物気分で都市を歩くなんざ、たるみ切った部隊だな!」
思いがけず大声で怒鳴られてルーベラが思わず肩を震わせた。
「申し訳ありません。急を要する状況であることは重々承知しております。実は俺たち今到着したばかりなんです。これから軍司令部に行くところです」
ルーベラの前にさりげなく立ってアウラが穏やかに説明する。
その、ピンと伸ばした動じることのない背中を見てルーベラは。
さすがアウラ。ちゃんとした軍に所属していただけはある、と感心してしまう。
「……二人だけで到着したのか? 女の方はともかくおまえはどこかの騎士かなんかだろう? 自分の隊はどうした?」
男が訝しげな顔をする。
「……はい、実は東の都市から一度南へ遠征したのですが途中、運悪く彼女が馬を失いまして。改めて登録するためにこちらに参りました」
アウラが正直に説明をすると男の目つきが、あからさまに蔑むようなものに変わった。
「はっ! 何が運悪くだ! おおかた戦いに恐れをなして隊を離れたんだろう! そんな腰抜けがここで役になど立つものか! 西の都市は東の都市に比べて生ぬるい環境でもっと優しくしてもらえるとでも思ったのか? ……ふん、丁度いい。うちの隊に入れてやる。しっかり働かせてやるから覚悟するんだな」
あ、やばい。
ルーベラは、なんとなくアウラの背中から殺気のようなものを感じて内心焦りだす。
あたしに向けて言われていると思われる言葉だけど、こんなことを真正面から言われて北の都市できちんとした軍に所属していた者がムッとしないわけがない。
しかも、アウラは竜族であるゆえに実戦においては相当の実力者だろう……見た目通りの年齢ではないことを考えると……年下の若造から侮辱されているようなものなのだ。
「すみません!ゴーヴァン隊長殿! そこの二人、うちの隊に所属が決まってるんです! まいったな、探しちゃったよ!」
いきなり背後から声をかけられてルーベラが振り向くと、息を切らして走ってきたと思われる男がその走りこんできた勢いでアウラの肩を掴んで後ろに退かせ、その前に割り込んだ。
こちらは若い男で、スラリとしてはいるが体格が良く鍛え上げた体をしていることが見て取れる。黒に近い茶色の髪を後ろで束ねて剣を身につけているところからしても最低限、上級騎士だ。
「……なんだ。ハヤト隊長殿か。相変わらず第三駐屯所はだらしない者ばかりだな。そんなだからよその隊に対して面倒を起こすような騎士が出てくるんだ。自分の持ち場を勝手に離れる騎士なんかがいるような部隊はさっさと南に向けて出陣させて厄介払いでもしたらどうだ」
ゴーヴァンと呼ばれた男は、どうやら騎士隊の隊長らしい。
相変わらず蔑むような目つきのまま今度は自ら「ハヤト隊長」と呼んだ若い男に向かって嘲るような口調で語りかける。
これ、喧嘩でも始まるんじゃないだろうか……とルーベラは内心かなり焦り出したところだったが。
「ご忠告に感謝します。でも……自分の隊のけじめはちゃんと自分でつけますよ。あなたに言われなくてもね。任務がありますので失礼します」
全く動じない口調で、ハヤトと呼ばれた男はそう答えるとアウラとルーベラに向き直って「ほら、行くよ」と声をかけ、ゆっくりと歩き出す。
呆気にとられたアウラとルーベラはつられてそのあとについて歩き出した。