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繋がりという重荷

 


 朝になり、身支度を終えたルーベラが外に出ると馬を引いたアウラが待っている。

「とにかくルーベラは馬に乗れよ。俺は歩いても平気だからさ」

 意外な一言にルーベラが一瞬固まる。

「え、だって、その子あなたの馬でしょう?」

「ああ、そうだけど……ルーベラの乗ってたやつはさ、かわいそうだけど脚を折っちゃってたからね……今ここにいるのはこいつだけなんだ」

 ああ、そうか。

 そういえば昨日アウラは馬が道路の脇の段差を踏み外した、と言っていた。

 脚を折ったのだとしたら……その場で絶命させてやるものだ。

 それにしても。

「いや、それにしたってあたし、お姫様じゃないんだから一人で乗るのなんて申し訳ないわよ。一緒に歩くってば」

 ルーベラはそう言うと、荷物だけを馬に乗せようとする。

 ここから西の都市までどのくらいあるのかもよく分からない。この家の住人には悪いけど倉庫にあった食料で持っていけそうなものは少し頂いて荷物にしてみたのだ。

「あー、いやさ……ルーベラ、足怪我してるだろ? 歩くのはどうかと思うぜ? 西の都市まで最低でも丸一日はかかると思うしな」

 言いにくそうにアウラが腕を組んでルーベラの足元に目をやる。

「……げ。なんで分かったの?」

 ルーベラが驚いて振り向く。

 足の怪我。

 それは実はもうかなり良くなっていたし、レンブラントが応急処置で固定してくれていたやり方はとても上手で、ちょっと特殊な布の巻き方をしてあったのだがその状態で足首を固定する靴を履いてしまえば痛みもなく普通に歩けるのだ。さすが部下の面倒をよく見る隊長さんだ。と感心しながらあの後ずっとそのやり方を真似して自分で処置していたのだ。

「ああ、うん。なんとなくね。……そうしていると普通に歩いてるように見えるけど……昨日見た時ちょっと気になったからさ」

 ……あ、そうか。

 ルーベラは、はたと昨日のことを思い出す。

 あたし、気を失ってた間、この子に介抱されたんだっけ。

「俺はさ、人間とは違って体力も持久力もあるから気にしなくていいよ」

 照れくさそうにそう言われると、ルーベラとしてもなんだか断るのも申し訳ないような気がしてきて、おとなしく馬に乗ることにしてしまう。



 結局、西の都市に向かう一番の近道として東の森と呼ばれる大きな森を抜ける事となり。

 この森はかなり広大な森で、その中を古代の商隊や軍隊のために建設された道路が何本か通っているのだ。

 東から南に向けて出発した軍隊は荒地の中を通る古びた道路を通っていたがそのまま引き返してから西の都市に向かうよりも森に入ってその中を通る道路に出た方が近道だろうということで森に入ることになった。

「怖い思いさせるようで悪いんだけどさ、一応リガトルに遭遇したら俺が守ってやるから安心してていいよ」

 馬を引きながらアウラが振り向きもせずにそう告げる。

 なのでルーベラは。

「え? あら、そうなの? それはありがとう」

 くすくすと笑いながら答えてみる。

 自分よりはるかに年上だという彼の言葉を信じないわけではなけれど、見た目がそうとう若いんだもの。どう見ても、弟がいきがってお姉さんを守ろうとしているように見えて仕方ない。微笑ましい、といったところだ。

「……あのさぁ。普通はこういうところに入るのって女の子は怖がるもんなんだけど……」

 戻ってきた返事が不服だったようで、アウラは一度振り返ってルーベラを見上げ、その表情に怖がる様子が微塵もなく、むしろ楽しそうですらあることに軽くげんなりしたように肩を落とした。

「まぁ……たぶんリガトルに遭遇する確率は低いとは思ってるんだけど」

 ボソッと呟くアウラに。

「え? そうなの?」

 ルーベラは思わず聞き返した。

 こんな昼間でも視界を遮るように木々の茂る森は、いつ遭遇してもおかしくないくらいの場所だ。

 道路を通っているので頭上は比較的明るく日が差しているが、それでも恐らくこれは古代に建設された時に比べれば薄暗いはず。

 道路は古くなっており、手入れはされておらず、道幅は左右から迫ってきている繁った樹木により狭くなってきているのだ。それはつまり、リガトルとの遭遇を恐れて人が滅多に入り込まなくなったことの証し。道路自体も所々もろく崩れて注意しないと足を取られそうな状態だ。

「うん。たぶんね。ここ最近、組織されたリガトルの軍には大小に関わらず遭遇するし、そんな話もよく聞くけど、自然発生するリガトルってあんまり見ないような気がするんだ。……で、組織されたやつって今は町や都市を狙ってるだろ。わざわざこんなところを通っていくとも思えないけど……万が一森の中を通って行くとしても俺たちみたいな個人に狙いが定まってない以上うまく隠れればやり過ごせると思うんだよね」

 ふーん……。そんなものか。

 ルーベラはちょっと納得しかけて。

「……あれ? でもさ、万が一の可能性の方。軍隊なんかに遭遇したら……個体に遭遇するより始末に悪いんじゃ……」

 以前に夜中に遭遇したリガトルを思い出す。

 足の不調のせいで自分は戦力になれず、ちょっと焦ったのだ。あの時はレンブラントがあっという間に片付けてくれたから良かったけど。あんなのが組織的に攻撃してくるとしたら二人しかいない現状ではかなりのピンチだろう。

「あ、うん。そうだね。そうなったらそれはそれ。……覚悟を決めよう」

 アウラが悪戯っぽく笑ってルーベラを振り返った。

「……馬、走らせようか? アウラは体力あるんでしょ? 走って付いてくる?」

 なんだか明るいうちにここを抜けた方がいいような気がしてきた……。

「わーっ! 待って! うそうそ! 大丈夫だから!」

 途端にアウラが焦りだす。

 そりゃそうだろう。いくら体力があるとはいえ馬について走るなんてありえない。

「ルーベラの発想って素っ頓狂すぎ! ……俺、竜族だからね、人間より感覚とか鋭いの! だからリガトルがいたらいち早く気配でわかるから大丈夫だよ」

「あ、そうなの?」

 今にも馬を走らせそうな態勢に入るところだったルーベラが一息ついてくれたのを見てアウラは胸をなでおろした。



 朝から歩き続けて昼近くになる頃。

「ちょっと休もうか……?」

 ルーベラが馬の上から声をかける。

 体力があるとはいえずっと歩きっぱなしのアウラは、こちらが言い出すまで一向に休む気配がなかった。

「え? ああ、ルーベラ、疲れた?」

 思い出したようにアウラが振り返る。

「……いや、そうじゃなくて……アウラはお腹減ったりとかしないの?」

 もしかして竜族というのは、疲れたり空腹になったりしないのだろうか。

 そんなことを考えつつルーベラが荷物に手をかける。

「……あ、そうか。うん、そうだな。ちょっと腹減ったかも! 周りを警戒することに集中しすぎてて気づかなかった」

 照れくさそうにわずかに顔を赤らめて道から馬をそれさせるアウラを見て、ルーベラはハッとする。

 そうか。

 リガトルの気配を感じ取れるように朝からずっと警戒しながら歩いていてくれたんだ。

 もっと早くに気づいてあげれば良かった。

 なんて思いながら、近くを流れていた川の岸辺で馬を降りる。

 ここなら少し落ち着いて座って休めそうだ。


「へえ! すごいな、あの短時間でこんなに作ったのか?」

 アウラが目を丸くしてルーベラが荷物の中から取り出したものを見つめる。

「ふふ。材料が限られていたから限界はあるけどね」

 簡単なサンドイッチらしきものは作れたのだ。

 倉庫には穀物をひいて粉にした物も少しあった。なんの穀物かわからなかったし酵母も無く、あったとしても発酵させる時間なんて無いから水でこねて薄く伸ばした生地を蒸し焼きにしてそこに干した肉と茹でた野菜を挟んでみた。調味料もありがたいことに多少はあったので最低限の味付けもできたし。芋類は茹でて潰して味付けした物を焼いた生地に乗せれば他の具材とのつなぎにもなって上手いことまとまってくれる。

「うわぁ! 凄いな、これ。ちゃんと美味いよ!」

 一口かじったアウラが歓声を上げた。

「あら、ほんと? 良かった」

 ルーベラも思わず微笑む。

「……そういえば、さ。それって……お守りかなにか?」

 アウラがサンドイッチを頬張りながらルーベラの胸元に目をやる。

 そこにはくすんだ緑色の石。

 ルーベラがそれをすくい上げるように手のひらに乗せて目を落とすと。

「あ、いや。女の子が身につけるにしちゃ随分粗い造りだなと思って」

 ルーベラの意味ありげな仕草に何を感じたのかアウラがそっと付け足すように言葉を加えた。

 確かに女の子が好んでつけるような装飾品の美しさはない。

 磨かれた宝石の類には程遠い、研磨途中の緑柱石の原石だ。ごつごつした六角形の棒状の石を銀のワイヤーで包み込むように巻き上げて、上部に作った輪に長めの革紐を通して作った首飾り。

 繊細な装飾も美しい華奢な鎖も無い、いってみれば無骨なデザイン。

「……あはは。確かに。これ、あたしが昔自分で作った物なの。友達にあげたんだけど……返ってきちゃったのよね」

 そう言うとルーベラは微妙な面持ちで、微かな笑いを浮かべた。

 自分でも、これを後生大事に持っている意味がわからない。

 なんとなく「彼」の形見のように思って身につけてはみたが、「彼」がそれを望んだかどうかさえわからないのだ。

 ただ。なんとなく思うのは。

「お守り……って言うよりは……確かめたいだけなのかもしれない」

 まるで自分に言い聞かせるようなルーベラの言葉に。

「確かめるって……何を?」

 アウラは真剣な目を向けてくる。

 ルーベラはそんなアウラに目を向けるでもなくやはり自分に言い聞かせるように言葉を続ける。

「……あたしって、自分は運がいい方だと思っていたのよね。でもそのあたしに関わった彼はそのせいで死んじゃったの。……だからその彼にあげた物をあたしが大切に持っていたらいつかあたしも同じ目に遭うのかしら、なんて。それが本当はあたしの行き着く最終的な運命なのかしら……とか」

「……それって……その石を身につけていたら不幸になるかもしれないってこと?」

 ルーベラの言葉を打ち消すような少しだけ強い口調でアウラが口を挟み、ルーベラがハッとして顔を上げた。

 今初めて言葉にしてみたけれど、いままでずっとそう明確に考えていたわけでもなかったのだ。

 ただ漠然と、自分の運を試すような気持ちでいた。それだけだったのだが。

「あ、いや……ごめんね。そんなにハッキリとした考えは無いのよ。別に死にたいとか思ってるわけでも無いし」

 照れたような、はぐらかすような、そんな笑顔を作ってアウラの方に向き直る。

「ふーん……。自分に関わったせいで、その人は死んだ、って言った?」

 アウラがゆっくり言葉を区切りながらルーベラの目を見据える。

「う……ん。まぁ、そういうことになる、わね」

 だってあたしが、あんなことを言わなければ彼は故郷に帰ることなんかなかった。そんな旅をしなければリガトルに遭遇する事も殺される事もなかった、はずなのだ。

「でもさ、それってルーベラがその人に手を下したわけじゃ、ないんだろ?」

 しっかり目を見据えられたまま、そう聞かれると。

「あ、うん。あたしの不用意な一言で彼を旅に出させてしまったのよ。そのせいでリガトルに遭遇したらしいのよね……」

 思わず事情を説明してしまう。

「なんだ。そんなことか」

 アウラが視線を手元のサンドイッチに落として食事を再開しだす。

 なので。

「え?……あれ?」

 ついルーベラは拍子抜けしてしまった。

 これって、そんなこと、で済むような軽いことなのか?

「……え、だって、それってルーベラの勝手な思い込みだろ? 自分のせいで死なせてしまったっていうやつ」

「勝手な思い込み……って! だって本当にそうなんだもん! あたしがあの時ああ言わなかったら彼、都市を出て行ったりはしなかったわ。……たぶん」

 たぶん、と付け加えたのは。

 もしかしたら。なんて思ってしまったから。

 ウィリデスってそこまで猪突猛進に行動するタイプではなかったような気が、したのだ。いつもくだらない事でさえ、いつまでも考えて考えてそのあとようやく行動するような。

 だからもしかしたら、故郷に帰ってやり直すっていうのは前から考えていた事なのかもしれない。

 こんな時代だ。

 長い旅をする事にどんな危険が伴うか、馬鹿でもわかる。それを、彼が考えずに飛び出すとは思えない。

 だとしたら、もうずっと前から、それも相当長い事考えていた事をたまたまその時に実行した、だけなのかもしれない。

「……そいつ、さ。男なんだろ? しかも別に分別のない子供とかじゃなくて、いい大人の」

 アウラのルーベラを見る目が心なしか柔らかくなる。

「男が自分で決めて、実行するって事はさ、その決定に自分で責任を持つって事だぜ?」

 そう言うとニヤリと笑って見せたりして。

「……何それ」

 ルーベラが意味がわからないという視線を向けると、アウラは今度はちょっと胸を張るようにして。

「だからさ。旅なんてもんをしようと決めたんなら、そいつはその時点で自分のその後の人生に自分で責任を持つつもりで出て行った、ってこと。そのあと何が起ころうとも自分で決めたことなんだから誰かに責任転嫁したりはしないだろ。……それとも、そいつって自分に都合の悪いことが起きたら全部他人のせいにするようなどうしようもないやつだったの?」

「いや、まさか」

 ルーベラは思わず速攻で否定する。

 ウィリデスは、そんな人じゃなかった。

 一緒にいて心地いい、慎重だけど前向きで、基本的に楽観的な人だったのだ。

 だから、この人なら……とも思ったのだ。どちらかというと思った事はすぐ行動に移してしまうあたしに、程よくブレーキをかけてくれる。そんな人だった。

「じゃあさ、ルーベラが悔やむ事はないんじゃない? その石もさ、ルーベラの重荷にする必要はないと思うよ」

 そう言うとアウラは手の中に残っていたサンドイッチの残りを口の中に押し込んだ。

「……ふうん」

 そんな様子を見ながらルーベラは、アウラの心遣いが嬉しくてうっかりにやけてしまう。

 やっぱりアウラっていい子、だわ。

 なんだか上手いこと、慰められてしまった。

「なんだよ?」と不服そうな視線をよこすアウラに。

「別に。……でも……ありがとね」

 最後は聞き取れたかどうだか定かではない小さな声になってしまったが。




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