式典へ
「おーい、ルーベラ。支度出来た?」
いきなりノックもなしにドアを開けてアウラが声をかけてきた。
「わあ!アウラ? 女性の部屋にノックもなしに入ってくるって何考えてるのよ!」
ルーベラが反射的に声を上げ固まる。
ルーベラはというと、式典の支度を済ませてちょうど奥の部屋から出てきたところだった。
「ああ、わりー。忘れてた! さすがにもう支度済んでるだろうと思ったし」
悪びれる風もなくアウラが言ってのけるのでルーベラは思いっきり眉をしかめる。
……何を忘れてたのかな? というツッコミはやめておこう。
どうもここ最近、彼はあたしを女の子として認識し損なっているような気がしてならない。敗因は……あれなんだわ。あたしがあれだけ戦って、大した事ないみたいにけろっとしていたこと。あれでどうやら、女の子としての印象が払拭されてしまっている。
「あのねぇ……一応動き回れるとはいえまだ体のあちこちは痛いし、この部屋までの階段だってまだキツイんだからね」
念のため女の子らしいか弱さをアピールしてみる。
「あ、そう?……じゃ、おぶって行ってやろうか?」
アウラが、良いことを思いついた! 的な満面の笑顔でルーベラの方を向くのでルーベラが密かにため息をついて肩を落とし。
「……却下……!」
……何やら違う方向に向かわせてしまったみたいだわ。
「……アウラ、その服似合ってるわね」
隣を歩くアウラに目を向けながらルーベラが声をかける。
軍から支給される騎士服をきちんと着たアウラはいつになくきりりとして見えた。
都市の色である青い生地でできたこの服は戦いの際に着る時は仲間を見分ける役目を果たすが、正式な式典では騎士の正装とも言える服装だ。
先の戦いの際にはいつ出陣するかわからない状況下だったのでアウラも常にその服装ではあったが、たまに食堂で一緒に食事をする程度にしか会っていなかったルーベラはアウラが上着を引っ掛けてるだけとか、片手に抱えてるとかの姿しか見ていなかった。
「あ、ほんと? へへ。 俺は何着ても似合うからなー。ルーベラもかっこいいよ」
アウラがにっこり笑って返してくる。
……うーん。「かっこいい」か。……もうこの際どうでも良いことなんだけど、自分が女として認識され損なっていることを気にしだすと、こういう言葉の端々にカチンとくるのは……あたしの心が狭いから、なのかしらね。
そう思いながらルーベラはしげしげと自分の服を見下ろす。
例えばもう少し胸があって、女性らしい体型だったらもう少し女の子として認識されるんだろうか。
兄さんとの剣の稽古の際には余分な脂肪がついていないことに感謝したものだったけど。
ふと、第二駐屯所で言葉を交わしたカレンの姿が頭をよぎる。
あんな風に胸がおっきくって、腰が細くって、会話の端々でしなっとなる仕草とか、相手を見る時は基本上目遣いとか……あれなら女の子らしいと認識されるんだろうか?……あー無理。あたしにはあれは絶対無理だわー。
でもでも。リョウさんだって胸、無かったし! 女の価値はそんなところで決まるわけじゃないわよね。ザイラと一緒にいると……まぁ、若干悲しくなるけどね……。
だいたい騎士になるって段階で、女の子としてのふわふわした何かは完全に諦める方向だった気がするし。
ああ、でもやはり。少なくともこの服だけでももう少し女の子らしかったら良かったのになぁ!
アウラのおかげですっかり横道に逸れたルーベラの思考は、遂には全く見当違いにも騎士服に恨みを抱く方向に進み始めている。
そもそもが女騎士なんて想定していなかったのが騎士隊だ。女が騎士の資格を取るようになって騎士服も着る必要があるから作られてはいるが、単に体のサイズに合わせてあるというだけで、デザインは男女変わらない。
喉元までボタンが留め付けてあり、カフスには飾りボタン。袖と裾には金茶色の縁取り。そんなデザインは全員同じだ。せいぜい隊長は襟元にその立場の印となる刺繍が入っているという程度の違いだ。さらに指揮官や軍の総司令官などさらに上の階級になると青い色が深みのある色に変わる。
……ルーベラはスヴェンのその襟元の刺繍を見落としたわけなのだが。
結婚の式典が行われる城の大広間に通じる廊下。
「あ、ルーベラ!」
思わぬ声を聞いてルーベラが思いっきり振り返った。で。
「……うぉう……しまった……」
首を押さえてその場にしゃがみ込む。
「……馬鹿……」
呆れたような乾いた笑いを浮かべてアウラが隣でほぼ固まるのも、まぁ、無理はない。
つまり、勢いよく振り向いたせいで首に激痛が走り、同時に背中や腰からも悲鳴が上がって力尽きた状態、というわけで。
「え、うわ! 悪い!……大丈夫か?」
声をかけてしまったことを申し訳なく思っているような様子で駆け寄ってきたのは。
「……スヴェン……会いたかったわ……」
涙を浮かべながら言うセリフとしては、ちょっと誤解を招くかもしれないが……まぁ、この状態の彼女に言われてそっち方向に誤解する者もいないだろう。
「……大丈夫?」
案の定、可哀想な者を見るような目で近づいたスヴェンがルーベラに手を差し出す。
「……うん。大丈夫。もう慣れた……」
そう言いながらその手をとって立ち上がったルーベラは改めて目を見開いた。
「……わ。スヴェン、それ、凄いカッコイイね」
スヴェンが着ている服は、騎士隊が普段着用している騎士服では無かった。デザインはほぼ同じで色が青ではない。象牙色に近い白。織物に地模様が入っていて上等な生地であることが一目瞭然。
「あー、ありがとう。一応、その……」
「……あ」
しどろもどろになって目が泳ぎだしたスヴェンにルーベラがその意味することを思い出す。
軍上層部、騎士隊隊長以上の階級の者はこういう式典に参列するときにはこの色の上着を典礼用として着用するのだ。
「……スヴェン、隊長だったんですよね」
これは、カレンのような計算ではない、ただただ気まずさから出る上目遣いでルーベラがボソッと呟く。
「あ、もしかして誰かから聞いた?」
これまた気まずそうにスヴェンが返してくるので。
「はい! うちの隊長から聞きました! その節は大変失礼なことをたくさん言ってしまって……その……本っ当に!申し訳ありませんで……」
勢いよく頭を下げたルーベラが声に詰まって硬直した理由は……いい加減説明するまでもないことで。
「……あー、スンマセン。こいつ、ちょっと戦いの後遺症で体が動かなくなってんですよ。なんか相当酷いことやらかしたみたいですけど、今だけ大目に見てやってくれます?」
アウラが隣で、笑いを噛み殺してルーベラを見下ろしながらそんなフォローを入れる。
「うわ。やっぱりあの勢いで戦い続けたのか……危ないなとは思ったんだけど……。ちゃんと止めてやらなかった僕にも責任あるな……」
頭上から申し訳なさそうなスヴェンの声がしてルーベラがゆっくり頭を上げると、これまたやはり申し訳なそうに見つめてくるスヴェンと目が合う。
サラサラとした金髪は色が薄く、瞳の色も薄い青とグレーの中間くらいの色。戦っていた際にはまじまじと観察しなかったが、わりと……いやかなり整った顔立ちをしている。
「……スヴェンて、お母様似、なの?」
「え?」
「あ……! やば!」
間髪入れずに目が点になって聞き返されたところで我に帰ったルーベラが慌てて自分の口に手を当てる。
しまった。心の中の呟きのはずが口から出ていた……!
「あー……えーと……つまり父のことも聞いたわけだ。……情報源はハヤトあたりか……」
思いっきり苦虫を噛み潰したような顔になったスヴェンが視線を脇に逸らせながら呟く。そんな顔をしても、整った顔立ちの人の表情は様になっている。
ルーベラはこれ以上うっかり喋らないようにと口に当てた手をもう片方の手で押さえながら目を泳がせる。
「これでも若い頃の父に似ているって親戚には言われるんだよ。……母に似ているという人の方が多いけどね」
ふんふん、なるほど。
もうそういう意図だけ伝わればいい、とばかりにルーベラはこくこくと頷いてみせる。
何しろ、ついうっかり口にしてしまうほどに、スヴェンとゴーヴァンは似ていなかったのだ。それはおそらく、印象が、なのだろう。
厳つくて、ニコリともしない大男。という印象のゴーヴァン。対してスヴェンはどことなく頼りなさそうで、柔らかい雰囲気。
ゴーヴァンは日焼けした肌に、白髪の混ざった髪を刈り込んだ眼光の鋭い男だったが、スヴェンは金髪の色といい瞳の色といいちょっと色素が薄い。肌の色も然り。……それでも土壇場で機転を利かせたり即決力があったりしたのは、父親譲りなのか……そもそも隊長なわけだからその立場での経験ゆえなのか。
「ああ、そろそろ行かなくちゃ。……ルーベラ、会えてよかったよ。君とはいい戦友になれそうだったから!」
スヴェンがそう言って笑うと右手を差し出した。
ルーベラは反射的に右手を出して握手する。
何か言おうと思ったのだが、ここでの失言はただ痛いだけ! と口を押さえる左手に力を入れる。
そんなルーベラを見てスヴェンの笑顔が人懐っこいものになる。
「戦友だからね、言いたいことは我慢しなくていいよ」
「……あー、すみません。あの、じゃ、今後ともよろしく……です」
そっと自らの手を口から離し、ルーベラがそう言うとスヴェンの右手が離れた。
満足げに笑ってから背中を向けたスヴェンを見送ったあとアウラが一言。
「……隊長から戦友とか言われたら、光栄ですとか勿体ないですとか、なんか謙遜するのって礼儀じゃねーの?」
……しまった……!
愕然とした顔でルーベラがアウラを見つめたのは言うまでもない。




