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メダリオン~白と黒の協奏曲~  作者: たんぽぽ
第一部 第一章 『ゲーム素人の旅立ち』
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第七話『蒼弓のグレース』

「う、ぐぅ……」


 光が弱まり眼を開けてみると、さっきまで居たシンフォニアとは全く違う景色がそこにあった。

 シンフォニアの建物はシンフォニアは白を基調としていて低く広く造られた石造建築と、いくつかあった高い塔が点在していた。

 しかしここの建物は、よりファンタジー色の強いものになっている。


「すごいな……。こんなにデカイ木の中に人が住んでるのか?」


 この街は天を仰ぐほどに高い大木をくりぬいて造られており、大きく広げた枝葉からは夕暮れの柔らかい日差しが地上に降り注ぐ、自然味溢れる高い建物……というか木が沢山あった。

 だが石造りの頑丈そうな建物も大木の合間を詰めるように配置されており、かなりの人口があるように見える。


「ここにいる人たち全員がプレイヤーなのか?」


 周囲を観察してみると、同じように光に包まれていた人達が立っている。サラマンダーを始めとした精霊系やケットシーのような特徴のある耳が無い事から、どうやら全員がヒューマン族だろう。


「今いる場所は……っと」


 メニュー画面を開いて現在地を確認してみた。現在地はワールドマップの東南に位置していて、"ヒューマン族領地・風の里・アレスティア"とある。


「アレスティア……? ここがオレのホームってことか」


 キャラ設定でオレは風のヒューマン族にしていたので、先程のアナウンスにあったホームタウンにうまく転送されているらしい。


「とりあえず今日の宿を探しておかないとな……」


 夕陽が沈みつつ状況に焦りを募らせるオレは、石畳と大木の織り成す街並みを歩きながら、観光がてら宿屋を探すことにした。

 コーネリアによるとダンジョンや街の外などで死んだときは、最後に泊まった宿屋の前に転送、もしくは大きな街にある復活の神殿という場所で復活するらしい。


「あれが復活の神殿か。なんか社会の教科書で見たような大きな教会だなぁ」


 街の中央にそびえ立つ一番高い大木からおよそ五十メートルほどの場所に、荘厳な大聖堂らしき復活の神殿も確認できた。


「夕日にすごく映える建物だ。本当にゲームなのかよ?」


 昼にコーネリアと一緒に買っていた白パンを頬張りつつ、およそ一時間かけて歩いた後に、コーネリアに連絡を取るべくフレンドリストを確認するべくメニューを操作する。

 しかしリストまで見てみてようやくオレは異常に気がつき、思わず目を擦って二度見してしまった。


「コ、コーネリアの名前が無い?」


 フレンドリストには"フレンドは現在おりません"という文言があるだけだった。確かにこの世界に来る前日に浩介に教わって登録していたはずなのだが……。


「どうすりゃいいんだよ? オレ一人じゃ何もできないぞ!」


 これでは頼りに出来る人がいない。何も分からない初心者がどうすれば良いのだろうか? オレは頼るあてもなくブラブラと歩いていると、


「あの、ちょっと君良いかしら?」


「はえっ!?」


 いきなり肩を叩かれて驚いたオレは後ろを振り向いてみると、そこに居たのは栗色ショートボブの髪型の少女だった。綺麗な蒼い弓を携え、服装は風属性らしい緑色を主としている。右肩には肩当てをしており、右手には薬指と小指の部分を指貫きされた青いグローブをはめ、緑色の短めのスカートというちょっぴり露出のある格好だ。

 顔つきはまだあどけなさは残ってはいるが眼の色は服装と同じ薄めの緑色で、そこにもよるのか大人らしさも兼ね備えている中学生くらいにも思える。綺麗というよりは、ゆるふわなお姉さんに近い雰囲気が印象だ。

 そういえばどこかで見覚えがあった気がする。


 ――だっ、誰だっけな……。


 必死に思いだそうと唸りながら頭を抱えているオレに、少女は不満げな声を出した。


「さっきレナちゃんと戦ってた時に後ろにいたでしょ? クリスタルローズのメンバーよ」


「ああっ! そうだよ、確かにいたよ!」


 確かに居たのを思い出した。オレがレナのことを「誰だよ?」とコーネリア聞いた時に、マントの女がケラケラ笑った時に注意していた女の子だ。


「思い出したよ。不甲斐なかったなぁオレ……」


 先程の消えたくなるほどに恥ずかしい敗戦を思い出していると、少女はとんでもないとばかりに首を振った。


「そんな訳ないじゃない。あのレナちゃん相手に、初心者がダメージを与えただけでもすごいんだよ?」


 誉めているのか? 興奮してレナの素晴らしさを語る少女を止めてから、名前を聞くことにした。


「あっ、ごめんなさい……。私はグレースよ。もうここにいるから説明の必要も無いけど、風属性のヒューマン族でもあるわ」


 彼女が手早くメニューを操作すると、オレのメニューに彼女のプロフィールが書かれたカードが表示された。

 名前から始まり自分の種族、レベルや所属ギルドといった簡単な情報がそこに書き込まれている。このゲームでは自分の事が書いてあるカードを相手に送る事で簡単な紹介をするのだろう。


 レベルはちょうど三十。さっきの決闘でレナのレベルが三十六と分かったので、有名ギルドにいるにしては結構レベルが低いとは思った。

 だが低いからこそあのギルドに居るのは恐ろしく弓の腕が立つからだろう。オレはそんな底の知れない少女にお返しの自己紹介をするべくメニューを開く。


「えっと……オレはセイリア。カードも送るから少し待っててくれ」


 拙い操作ながら、オレの情報が記載されたカードをグレースに送ることに成功し、受け取ったグレースも「うん」と一言返してメニューを閉じる。


「ホントに始めたてなんだね。多分プレイヤーを相手にするのも初めてなのに、レナちゃんの高速剣技を見切るなんて君ってただ者じゃないわね……」


 そう呟いてこちらをじっと見ていたグレースはもう一度メニューを操作し、少しの後にオレのメニューから通知音が鳴る。

 その通知から内容を見てみると、そこにはフレンド申請という表示があった。送り主は当然グレースだ。

 内容を確認したオレは視線を上げてその本人の顔を再び確認してみると彼女は胸を張り、


「君とはこれからも縁があるかもしれないわ。だから知り合いになりたくて申請したの。嫌ならいいわよ? 別に……」


 そう言ってオレからの返事を待っていた。個人的に女の子からのフレンド申請は内心嬉しかった。

 加えて、コーネリアを除いた初めてのフレンド申請でもあったので嬉しさ二倍だ。断る理由などあるわけもない。


「いやありがたいよ。オレも何も分からないから、色々と教えてもらえると助かる」


 グレースからの申請に了承のボタンを押し、この世界で初めてのフレンドができた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ところで、オレの現実世界の友達とフレンド登録したんだけどフレンドのリストから消えてるんだ。どうしてだろうな?」


 するとグレースも同じ状態だったらしく、大きく頷いてから手に持っていた飲み物のカップを一気に煽り、目測五メートルのゴミ箱へと見事にホールインワン。


「うん、私もリストの全員がフレンドを解除されていたよ。一応ギルマスのレナちゃんだけはきっちりとIDを覚えていたから、登録し直してさっきフレンド通話してみたんだけど、プレイヤー共通の事態らしいの」


「ということは全員が個人のIDはそのままに、フレンドリストだけを初期化されたのか。これじゃコーネリアとまた会えるのはいつになるんだよ……」


 あまりの突然の出来事に手のひらには汗が滲む。オレは顎に手をやりながら、今後のプランをおぼろげながらも立ててみることにした。


「まずは明日からはお金を稼ぐために近くでモンスターを倒して、ドロップアイテムでせめて二日分、いや三日分は欲しいな……」


 指折り目標を考えながらも、まだレベル一に加えてモンスターへの知識も無いのオレに、果たして倒せるだけの力があるのか?

 生きるために必死で今後の策を考えていたオレを隣で観察していたグレースは軽く息を吐くと、メニューを閉じて武器の蒼い弓をメダルに戻す。


「お金無いならご飯くらいは奢ってあげるわよ?」


 天の恵みか、神様からのプレゼントか、目の前にいる笑顔の少女にオレの視界がなぜか揺らいでいた。


「あっ、ありがとう……」


「ちょっと、そこまでお腹減ってたの? 目が潤んでるわよ?」


 グレースは全力でお礼の言葉を述べるオレに困惑していたが、気を取り直してからマップを開き、定食屋へとオレとグレースは歩き出す。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「……やっぱりフルダイブの味覚は慣れないわ。豚カツ美味しく感じないもの」


「うーん、オレも煮物はあんまりだったな」


 夕御飯の味に不安を吐き出しつつ、食事も落ち着いたところでグレースが驚くことを口にした。


「とりあえず君が今日から始めた初心者なのは分かったし、しばらくは面倒を見てあげるわよ」


「本当か? どうしてそこまでしてくれるんだ……」


 オレの疑念を込めた問い掛けに対して、グレースは栗色の髪を指に巻き付けて呟いた。


「別に恩を着せようなんて思ってないわ。まぁ君はコーネリア君とリア友らしいし、私としては右も左も知らない人がこの世界で途方に暮れているのを放ってはおけないわよ」


 その言葉にオレはテーブルに身を乗り出し、グレースの瞳を見つめた。オレにじっと見つめられていたせいかわグレースは結構困った表情を浮かべている。


「グレースさんはコーネリアの知り合いなのか?」


 もしもコーネリアとリアルの知り合いならば、もしかしたらリアルのオレの事だって知ってる。そんな僅かな希望を胸に抱いていた。しかしグレースは両手を振っている。


「彼とは一対一で話をしたことが無いし、あくまでもゲームの中での知り合いよ。もし彼みたいな人がリアルで知り合いなら私もすぐに気が付くよ。あんなにお人好しなおバカさんは見たことないもの……」


 そうオレを制止してからコーネリアとの関係性を説明しだした。


「最近レナちゃんと彼がデュエルしたのよ。僅差の勝負でレナちゃんが勝っているけど、彼女は『彼はいずれいいライバルになるわね』って言ってるくらいにはコーネリア君強いのよ」


「あいつそこまで強かったのか……」


 そんな事実を聞かされて驚くオレに、何やらグレースは不満そうな表情で指を突き付ける。


「あのね、なるべく私のことをさん付けはしないでちょうだい。私そういうのって好きじゃないの」


 そういうところで会計をするべく、「お勘定お願いします」と手を挙げて近くにいた店員さんに声を掛けた。

 お金を払い終わって店を出る支度をしているとき、近くの席で女子プレイヤー三人がこそこそしていたかと思うと、「あの……」と言ってグレースに近づいてくる。


()()のグレースさんですか?」


 格好の良い通り名らしきフレーズを出されて、さっきまでは淡々とオレと話をしていたグレースは顔を赤らめた。


「そ、その……。今の呼び名は止めてください……」


 さっきまでのクールな雰囲気が一転、あわてふためく女子になったグレース。そんな彼女に興奮していた女子達から何やら色々と質問責めに遭っていて困り顔を見せていた。

 そうして満足した様子で女子達が去っていった後に、蒼弓というやたらにカッコいい名前について聞いてみると、一時は顔をしかめていたもののなんとか答えてくれた。


「クリスタルローズは女の子だけで構成されたギルドなんだけど、小規模ながらこのゲームの最大レベルである八十の人も結構いるのよ。だから他の有名な大規模ギルドともまぁまぁ張り合っているの」


「すげえなぁ。そんな強いギルドになのかよ」


 思わず感嘆の声が出てきてしまった。やはりクリスタルローズの有名さは相当なもののようだ。


「そんな女の子たちが前線で活躍してきたギルドだからか、女子には結構な人気が有るのよ。私も武器に蒼い弓を携えているところから蒼弓なんて、変にカッコいい名前が通っちゃっているの」


 そうしたグレースについての会話を終えて外に出たところで、"領主からのお知らせ"という文字が浮かんだ上空に点滅する緑色のプレートが現れ、これを見たグレースも不思議そうな顔をしている。


「こんなのって元々あったのか?」


「各種族のホームタウンのことだって今日初めて知ったのよ? 多分この状況になるのに合わせて大型アップデートされたと思うけど、領主ってNPCなの?」


 グレースも首を振るだけだった。そして緑色のプレートの画面に一人の男性プレイヤーが映った。


「俺の名前はデモリテだ。今日からこの里の領主となったから、ここにいるプレイヤー全員俺様の指示に従ってもらうぜ」


 当然と言った様子の宣言にオレの頭がついていかなかった。周囲も困惑した状況ではあったが、デモリテなる男は更に恐ろしい言葉を言い放つ。


「まずはメダルの徴収だ。雑魚が強いメダルを持ってても意味がねぇからな。これからこの街の中央エリアでお前たちが使っているメダルの確認をするから、来ねえ奴とかメダルを渡すのを拒否った奴は牢獄行きにする!」


 まさしく青天の霹靂、寝耳に水な言葉にオレとグレースは顔を見合わせた。そして更に一言を男は付け加えるのであった。


「特にSSRメダルの所持者は俺様にきちんと渡せよ? 以上だ!」


 そう言う言葉を最後にプレートが跡形もなく消えさった。


「何よあれ、バカじゃないの? あのデモリテってプレイヤーだれなのよ!」


 グレースは拳を強く握りしめていた。だがオレにはそれどころじゃない。最後の言葉が心の奥深くに突き刺さり、体の底から震えが沸き上がっていた。


「どうしたのよ? そんなに震えて怖いかしら? 別にあいつのことを領主とか認めるわけ無いじゃないの」


 オレを案じて声を掛けるが、嘘をつく理由も無かったオレはグレースにメダルを見せることに決め、メニュー画面の装備一覧から一枚のメダルを手に取る。


「グレース、実は見てほしい物がある」


「ちょっと……これって……」


 オレがヒューマン族にした原因メダルであるヴァン・フレリアにグレースは目を丸くした。


「これは驚いたわよ。どうして使っていないのかは聞かないけど、こんなの無償であいつに渡すのは流石に無いわね……」


 しばらく俯いて何やら考え事をしていたグレースはなにか決意を秘めた眼をして顔を上げる。


「やっぱ君をここから逃がすべきかも……」


 呟いた言葉はか細かったが固い意思を感じた。しかしその言葉をオレが受け入れるには、あまりにも重たいものだった。


「そんなことして大丈夫なのか?」


 慌てたオレが口にした分かりきった質問にグレースも呆れている。


「そんなわけ無いでしょ? 牢獄行きとか言ってるのよ? どうやってそんな事するか分からないけど、確実にひどい目に遭わされるに決まってるわ」


 オレを見る鋭くも強い決意を秘めた瞳に、あのレナと似たものを感じた。


「それにいきなりあんな男がここの領主になったって言い出したのもおかしい話よ。とにかく君は言うことを聞く必要は無いし、あんな暴挙がまかり通るわけないわ!」


 頬を膨らませて怒りを撒き散らすグレースを見て、オレは彼女がいわゆる正義感の強い委員長とか、秘書のようなキャラなのだと思った。

 そんなどうでもいい妄想をしていたオレと怒っているグレース。

 すると大通りの方からチンピラのような目付きの悪いプレイヤーが通りがかり、オレらを見つけるや否や声を荒げる。


「おい、デモリテさんの言ったこと聞こえてなかったのか?」


 そう詰め寄ってくるではないか。どうやらあのデモリテなる人物の手下のようだ。幸い一人であることと、他のプレイヤーも怒り心頭な為に多勢に無勢だったが、冷静にグレースがオレの肩を叩いて耳元で作戦を伝えてくる。


「君はまだ初心者よ。だから現実でいくら足が速くてもレベルが数十も上の人なら、ステータスアシストで簡単に追い付かれるってことを理解しておいて。ここは私が暴れて君に目がいかないようにするから、その後に逃げてちょうだい」


 しかしその言葉にオレは素直に頷けなかった。自分自身が一連の後にどうなるのか彼女自身は考えているのだろうか?

 その見解をオレが聞く前に、グレースはオレを大きな門のある方向へと押しやる。


「誰があんな男の言いなりになると思ってんの? ふざけないで欲しいわ!」


 背中から蒼い弓を取り出し、腰に据え付けられた矢筒から矢をつがえた。それを見たチンピラがまさか反撃されるとは思ってなかったのか慌てていたが、グレースは構わずに矢を放つ。

 放物線を描いた矢はチンピラの足下に着弾すると、矢じりの根本にくくりつけられた丸いボールらしき物体から煙が吹き出して辺りを白く包み込んだ。


「さ、とりあえずここから出て他のプレイヤーが居るところに行って! 君はこんな所で立ち止まるべきじゃないの」


 そう言いながらグレースは次弾を取り出して構える。その煙の向こうを見つめる真剣な瞳にオレはこれ以上反論も出来ず、門へと走り出した。


「時間稼いだらグレースもすぐに逃げろよ!」


 そう言い残して走り出すが、後ろから怒声が響き、金属同士のぶつかる音や爆発音が起こる後方をオレは振り向けなかった。

 レベルが一のオレでは足を引っ張るのは明白だし、何より初めて会ったばかりのグレースに理由はどうであれ、ここまでしてもらった厚意を無駄にするのは出来なかった。

 どのくらい走ったのか、やっとのところで門の近くにまで来たオレは路地から門の近くに見張りがいないか顔を覗かせてみる。そこで見えたものは絶望的な状況だった。


 ――こんなに大勢のプレイヤーがいるのか……。


 そこには二十人程のプレイヤーの一団が逃げようとしているところを、更に多いチンピラ達がスクラムを組んで塞いでいる場面だった。


「お前達に従えるかよ!」


「離せよ!」


 そんな揉み合いが拮抗した状況に中心街の方から一人の男がやって来る。百八十センチはある身長に筋肉質の体躯という屈強な風貌している。

 身に付けた服は黒のワイルドな革のベストに同色のズボン、目付きはかなり悪く、髪を短く刈り込み、派手なピアスなどのアクセサリーを付けた厳つい顔をしていた。

 その男が、先程突然ここの領主を名乗りだしたデモリテその本人なのだ。


「おいてめぇら……何をやってんだよ?」


 ドスの利いた低い声が即座に辺りを黙らせる。そしてデモリテはここから脱出しようとしていたプレイヤーの集団にブーツの鋲を鳴らしながら近づいていく。


「お前らこの俺様が言った事……聞いてたのか? ああっ!?」


 威圧感バリバリで最後尾のの女性プレイヤーに迫るデモリテ。すると女性を守ろうとしたのか、鎧を着込んだ男性プレイヤーが割って入った。


「おい、何でお前みたいな最低野郎に従わないといけねぇんだよ?」


 そんな言葉で強面のデモリテから一歩も引かない鎧のプレイヤーを始めとした十人ほどのプレイヤーらに、デモリテは「面白いなお前」と口にしてからニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 それは突然だった。一体どこから出したのか、トゲが付いた鉄球に付けられた鎖を力強く掴んで振り回すと、鉄球全体が青く光りだし……。


「ウォラアッ!」


 迫力ある声と共に、鉄球を上から鎧のプレイヤーに叩き付けたのだ。そして頑丈であるはずの重装甲の鎧ごと、為す術も無く叩き潰されたプレイヤーは光の粒となって消えてしまった。

 そう、これがオレがこの世界における()を初めて見た瞬間だった。


「これが俺様の力だ! レベル八十の力なんだよ……ガッハハハ!」


 高らかに笑うデモリテ。これが最大レベルに到達したプレイヤーの力だった。

 あっけなく潰されたプレイヤーを見ていた女性を始めとした、低レベルと思われるプレイヤーらは「嘘だろ……」「勝てないよこんなやつ」とその場にへたりこんだり、諦めの表情を見せている。


「何だよあのパワーは……。一撃じゃないか……」


 さっきの決闘で体感したレナの強さとは根本的に違うものだった。彼女は本気を全く出してはいなかったし、最後に見た剣技スキルだけの判断だが、レベルによるステータスではなく純粋な技のキレだとかプレイスキルの高さで戦っている感じだった。


 しかしあの男、デモリテはレベルアップによるステータスの暴力とでも言うべきか、重装甲の鎧すらも意に介さずに叩き潰すという桁違いのパワーだった。


 このまま戦意を失った低レベルのプレイヤー達はそれなりに戦える者たちの後ろに隠れていたが、デモリテの攻撃力に為す術も無いまま陣形を崩され、大勢のチンピラ達によって取り押さえられていき、戦っていたプレイヤーもデモリテに叩き潰され、チンピラたちにタコ殴りにされて光の粒になって消えていく。


 領主を名乗るデモリテが数少ないであろうレベル八十のプレイヤーだということ、しかもその力は強大だということ、それだけでも見ているだけのオレは足がすくんでしまった。


「こんな奴に見つかったら……絶対に勝てない」


 門を前にして体が震えた。あんなので潰されればどうなるのか? 痛いのか? そんな想像が頭の中を支配していた。さっきの決闘で受けたダメージは痛くなかったからきっと痛くは無いだろうが、そう自分に言い聞かせても体の震えは収まる事はなかった。

 するとそこに一人のチンピラがデモリテ目掛けて走ってくる。なにやら報告らしく、相当慌てているようだった。


「デモリテさん、街の中心部で女が一人暴れているようです。しかもあのクリスタルローズの"蒼弓"らしいがどうしますか?」


 頭が真っ白になった。あの圧倒的な力を持ったデモリテにグレースが勝てるのか? いや、何人もいるカンスト勢をまとめられるあのレナがリーダーであるギルドの一員だ。もしかしたら圧倒的レベル差をひっくり返す実力があるかもしれない。


 ――そんなことあるのか? グレースのレベルは三十だろ……。


 オレは頭を振る。間違いなく多勢に無勢だ。きっと捕まるだろうし、最悪HP全損だってあり得るだろう。

 そして部下からの報告を受けたデモリテの声が興味深そうな色を帯びる。


「あの『蒼弓』だぁ? 良いじゃねぇか、あの有名ギルドが誇る命中率トップクラスのアーチャーだろ? 相手にとって不足はねぇなぁ……」


「嘘だろ、まずいぞ……」


 このままではあいつがグレースの所に行ってしまう。オレを逃がす為に一人で戦っているのに、オレはただ逃げて良いのか? しかし戻ったところで足を引っ張るだけなのは明白だ。

 オレはグレースがデモリテの狂暴な鉄球の手に掛かって、光の粒となって消える想像をしてしまった。


 ――そんな事させてたまるか! 何でもいい、何かあいつを足止めできる何かを……。


 グレースを助けられる方法を全力で頭の中で練り上げる。あいつがグレースよりも重要視する事を必死に模索していた。

 そして一つの答えにオレはたどり着く。


 ――これだ。でもこれしか……無いのか……。


 さっき流れたデモリテの映像から思い付いたアイデアなのだが、確かに足止め出来るが、オレ自身もかなりの危険を伴う策だった。それでもこのままオレを助けてくれたグレースに犠牲になって欲しくない。


 ――絶対にあいつをグレースの所に行かせたらダメだ。


 恩人を生き残らせる確率を少しでも上げる為に、オレはメニューウィンドウを操作した。そして手にしたのは一枚のメダル。それを装備欄のウェアの部分にはめ込まれたノーマル装備と入れ替え、装備完了のボタンを押す。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「おい、そこのデッカイ奴!」


 デモリテはどこからか自分の事を呼ぶ声を聞いた。何となく馬鹿にされような声にデモリテはストレスを感じている様子だ。


「何だ? 俺様を呼ぶ奴はよぉ!」


 周りを見渡すデモリテ。そして見つけたのはアレスティアをぐるりと囲む高さ十五メートルほどの壁の上に立つ一人の少年だった。

 だがデモリテの目に入ったものはそれだけではない。少年が身に付けている萌木色のコートだった。それはデモリテが喉から手が出るほど欲しかった物なのだ。


「おいテメェ……どうしてそれを持ってんだよ? そのヴァン・フレリアをよ!」


 だが少年は問い掛けに応える事無く壁から外に飛び降りた。デモリテの目には既にあのコートしか見えていなかった。そして隣にいた部下を呼びつける。


「『蒼弓』はお前らで捕まえとけ。デスペナがあるから絶対にHP全損させんなよ? いいな?」


 チンピラが了承したことを確認して、デモリテは目測五メートルはあろうかという壁を見上げた。


「俺様はあのガキからヴァン・フレリアを奪ってくる。ようやく見つけたお宝だぜ!」


 その言葉と共にあり得ない跳躍力で壁の近くの木、目測八メートルほどに手を掛けて跳び移っていき、ものの十秒ほどで壁の向こう側へと消えていった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 壁の向こう側はうっそうと繁る深い森だった。今居た門は中央部から走ってくる途中で確認したマップで南側と分かっていた。

 門から出たあとの事を考え、更に南に行けば渓谷があることも縮小したエリアマップで確認したので、そこまで行って川にでも飛び込んでしまえばもうデモリテ一人では探せなくなるはずだ。

 恐らくあの大男はオレを追いかけて来るだろう。さっきの映像からデモリテはSSRのメダルにかなりの執着があるようだった。


 だからグレースが助かる可能性を少しでも上げるために、オレが『ヴァン・フレリア』を装備してあいつの前に立てば絶対にこっちに来ると考えたのだ。


「……体が軽いし、絶対に足も速くなってるよな?」


 さっき里の中心から走ってきた時よりもずっと速く走れている感覚がしていた。装備前にヴァン・フレリアのステータスを確認してみたところ防御力はもちろん、敏捷性もかなり増やせるようだった。

 前の装備は防御しか上げなかったので、速さ関連も上昇させるのはかなり良いと思えた。流石はSSR、皆が欲しがるのも分かる気がする。


「おいこらクソガキ! さっさとそのコート寄越せや!」


 やはり引っ掛かった。デモリテがオレを追いかけて来たのだ。オレはグレースの絶対的ピンチを回避した安堵と、新たにオレにそのピンチがやって来た恐怖が同時に込み上げてきた。


 それでも里の中央からグレースが強敵を相手にして逃げ切るのと、オレがここからデモリテを撒く。どちらかが良いのかを天秤に掛けるまでもなかった。

 だがレベルの底辺と頂点との差はいくら装備でも埋まるはずが無いことをオレは思い知らされたのだ。


「ぐあっ!」


 里を出ておよそ五分、もう陽は沈みきって代わりに月光が辺りを照らす森の中、ようやく目の前が景色が開けて来たのと同時に後ろの地面が爆発したことで前方に吹き飛ばされてしまった。

 二、三メートルは吹き飛ばされたか、いつの間に森から出ていたオレは後ろを見ると、爆発ではなく鉄球が地面にめり込んでいるのが見えた。

 それでも五分も粘れたオレに努力賞を与えてほしいと思ったのは、ピンチでも余裕があったのか、完全に諦めの気持ちだったのか……。


「よぉ、ようやく追い付いたぜ。苦労させやがって……それがそのコートの力かよ?」


 ニヤつきながら鉄球を大きく振り回す大男にオレの背筋は震え上がる。もしもさっきの鎧のプレイヤーみたいにペチャンコにされてしまえば、確実にオレは死んでしまう。

 レナに立ち向かった時とは全く違い、あの大男と相見えてみると最早恐怖しか感じなかったのだ。


「さあな……」


 震える声を抑えてたった一言応えるのが精一杯だった。相手の方が足が速いならば、このまま逃げられるはずも無い。

 しかも立ち上がって先の方を確認すると、最悪な事にその先に地面が無く、黒一色のキャンバスに宝石を散りばめたような満天の星空と満月が浮かぶだけ。

 つまり、この先は崖だったのだ。このまま策が出てこなければ万事休すとなってしまう。


「お前のコートのメダルを俺様に渡せばこのまま見逃してやるよ。どうだ?」


 デモリテが提案をしてきたが、どう考えてもあの男が約束など守るように思えなかった。


 ――このままあんなやつにやられる位なら……。


 オレは最後に一つだけ抵抗してみることにした。


「お前に渡すくらいなら、ドブにでも捨ててやるさ」


 虚勢を張って相手を挑発した結果、相手はみるみる怒りのボルテージを上げていく。額に血管が浮かび、鎖を持つ手はわなわなと震えていた。


「んだと? じゃあお望み通りぶっ殺してからそれを奪ってやるよ!」


 鉄球が闇を切り裂くような真っ赤に光っていく。恐らくスキルだろうが、喰らえば確実にHPが吹き飛ぶ上に逃げ道も無い。


「うらっ、消えて無くなれやぁ!」


 空気を突き進むを立てながらこちらに向かってくる鉄球、どうしようもなく眼を瞑って喰らう瞬間から目を逸らそうとした。だがここで二つの幸運がオレに味方した。

 一つは鉄球が着弾した場所だ。そこはオレからほんの一メートルくらい手前の地面で、あいつは地面の傾斜を暗さで誤ったのか当てる場所を手前にしすぎたのだ。

 高い威力を持つ反面手元が狂いやすい武器なのかもしれない。そうして恐ろしい威力を地面に与えた結果、崖が崩落してしまったのだ。

 そして二つ目の幸運はオレが崩れた崖から落ちて気付いた。


「かっ……川?」


 下が岩や地面ではなく流れの強い川だったのだ。目の前にぐんぐん近づく激流、そしてオレは水面に激突した。水のクッションのお陰でなんとか落下死は免れたが、今日一日の余りに多すぎる出来事による疲労、そしてさっきまでの圧倒的恐怖にオレは意識が薄れるのを感じた。ここで溺れてしまうとどこで復活するのか?


「苦しい。意識……が……」


 何も分からないオレは泳ぐ体力も残されておらず、ただ水の流れに身を任せて水面に顔を出しているのが精一杯だった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ちくしょう! ミスってあのガキ落としちまった……」


 デモリテが喉から手が出るほど欲しかったヴァン・フレリアを着たセイリアが崖の下へと消えていく様を、デモリテはただ見ている事しか出来なかった。

 しかも下を確認したところで川だった事と死亡エフェクトである光の粒が無かったところから、まだセイリアが生きていることを察したデモリテは地団駄を踏むが、既に後の祭りだ。

 しかしここで部下から通話による一つの報告があった。


「デモリテさん、『蒼弓』に仲間の三分の一くらいやられましたが何とかHP残して捕まえたぜ!」


 この事に関しては彼にとっては良い報告だった。向かわせた人数の三分の一、およそ五十人くらいだが、ほとんどがレベル二十以下の雑魚チンピラだったようで特に問題は無いらしい。

 やはり数の力は素晴らしいが、だからこそヴァン・フレリアを取り損ねたのは相当悔やまれるものだろう。


「後はあのクソガキを探すだけだな。死んでれば神殿の奴等が報告するだろうし、川から上がれたところで遠くには行けないだろうから、探すのは明るくなってからでいいか……」


 着々と自分がホームタウンであるアレスティアの覇権を握りつつある状況に、デモリテは上機嫌だった。

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