第六十話『セイリアVSイーヤ~4ヶ月の成果~』
この数ヶ月の旅でイーヤという少女のイメージは相当な負けず嫌いだということだ。ウォルリーネを出てからというもの、レベルの近かったオレとイーヤはよく対人戦の練習をしていたが、結果は9割位以上オレの負けという散々なものではあった。それでも数回ばかりの僅かにあった敗北に彼女はとても悔しがっていた。「もう一度、次は絶対に勝つ」大抵その言葉の後にはオレがボロ雑巾にされていたのだ。
「せっかく修行してきたんだし、お互いに実力を再確認しておこうよ」
数ヶ月会わなかっただけというのに、いつの間にか日本語も達者になっている。旅の間にも英語の堪能なフーリエさんから日本語のレクチャーは受けていたのだが、いよいよ日本人のそれと差がなくなっていた。
「ああ、1本ならいいよ」
了承の言葉にイーヤの表情がぱっと晴れやかになる。どうやらかなり楽しみにしていたようで、メニュー画面から即座に広場にある決闘スポットの予約を入れたくらいだ。
「下の広場でやろうよ。最近対人環境も整備されていて、みんなよく使っているんだ」
こっちとしてはムサシとの修行のときには、インスタントでできる決闘エリアだけで試合をしていただけだし、本格的な対戦はかなり久しぶりだ。対人スキルをそれなりに身に着けてから、他の人でそれを確認できるという点で楽しみではあったが、ちょっとした懸念点もある。
そんな事を考えても仕方のないことだ。タウンホール1階に新しく決闘用のスペースを設けたということで早速行ってみると、確かに見慣れないステージが3つ新設されており、その中の一つでイーヤがなにかパネルを操作していた。
「戦うの久しぶりだね! 4ヶ月ぶりくらい?」
「そんなもんだなあ」
「道具は無し、魔法はあり、O・Aもありでいいよね?」
「ああ、それで頼むよ」
まあ互いの手はよく知っている。O・Aも一応この4ヶ月で使えるようにはなったが、まさか魔法までアリにするのは意外だった。
そうこうしているうちにカウントダウンが始まった。相手は腰のホルスターから短刀を抜いて半身に構えた。前とは構えは変わっていないが、その立ちふるまいには明らかに余裕が満ちていた。
こちらも剣を抜いて以前とは変わらない構えをとって様子を見る。
『試合開始』
無機質な機械音声のアナウンスとともにイーヤが突っ込んできた。右手の短刀が緑色の光を纏っているところから第3階位か第4階位のスキルだ。対人戦においてどのスキルで攻撃してくるかを読むことは重要な要素になっている。攻撃を避けるか、カウンターを合わせるか、その時の選択によって戦況が大きく変わるからだ。
短刀の間合いに入ったその時、目の目にいた少女の姿がふと消える。それに合わせてオレの体が自然と、後ろへと流れると、目と鼻の先を一閃が駆け抜ける。第4階位の体術スキル【ソニック・アッパー】硬直時間のない連撃系スキルだ。以前からこの技自体何度も見ていたが、出だしの速度があまりにも違っていた。前なら見えるくらいだったが、今のは反応が遅れていたら間違いなく喰らっている。初撃は沈み込んだ体勢から拳を振り上げるのだが、その動きが視認できないくらい早かったのだ。前よりも遥かにスキルの練度が上がってる。
「よく避けたね」
その言葉が聞こえるよりも早く次の攻撃が飛んできた。そのどれもが以前とは比べ物にならないほど疾く、そして的確にオレの急所が合った空間に刃を通していく。そのどれもが前のオレでは避けることはおろか、剣で受けることもできないほどの技のキレだった。それでも見てから避けるだけの反応速度は修業で手に入れているし、これくらいなら正直ムサシの剣のほうが圧倒的に疾かった。
だがそれはここまでの話だった。
スキルの切れ間でオレがカウンターのスキルを用意する。第3階位片手直剣スキル【ソニック・スラスト】を上段から振り下ろすと、その刃は空を切っていた。それだけなら良かったのだ。振り切った後に、スキルのキャンセルを入れて距離を取ろうとバックステップをしたその直後、背中に何かが通った感触が走ると、それのあとに続くように痺れるような痛みが背中に走った。
「ぐうっ!」
視界の左端でHPゲージが1割位削れるのを捉えると、すぐに痛みが引いていき、後ろを薙ぐように剣を振る。しかしその手応えは無く、代わりにオレの右腕にさっきと同じ痛みが駆け抜けていった。
――どんなスピードしてんだよ……。
いきなりギアを上げたイーヤの動きに瞬間反応することすらできなかった。そうだ、相手は両手剣ではなく短刀使いだ。手数と素早さがまるで違う。そのことを失念していたのだ。
「そうだよな」
次は上に飛び出してオレの背中に回ろうとしていた少女の姿を視界の端に捉えた。【軽業師】のスキル無しにこんなアクロバティックな立ち回りをするのも彼女の持ち味だ。そこをオレは読んだのだ。
イーヤの短刀が橙に瞬き、オレの剣が白色光を発して衝突する。向こうのほうが高位のスキルだが、使っている得物の重さである程度は均衡が保たれるはずだ。その隙にオレは剣にマナを纏わせて押し切る。
「うおおおおおっ!」
左手に力を込め、白いスキルエフェクトを纏う刀身に鮮やかな若葉色を塗りたくると、オレの剣が均衡を壊してイーヤの首に迫るが、首を刎ねる前に体を捻って回避されてしまった。それでもわずかに掠っていたのか、首筋に血が垂れていた。
「やっぱりいい反応。しかもマナで加速もしてる」
「まだ笑っていられるのか?」
会話の間にオレは第1階位体術スキル【地蹴】で加速しながら【ダッシュ・スラスト】の瞬発力を乗せて瞬時に間合いを詰めた。そのままスキルにマナを乗せて袈裟懸けに剣を降り下ろす。だがイーヤの口元には不敵な笑みを浮かべていた。
「だけど、それをセイリアだけが使えるとは思わないでね」
互いの武器が衝突した瞬間、剣に纏わせたマナが弾けた。今までに見たことのないような現象に一瞬オレも困惑してしまったほどだ。
「なんだ?」
弾けたマナの残滓が薄まり、鍔迫り合いの様子を確認すると、イーヤの短刀にも水色のオーラを纏っていたのだ。オーラよりも水に近いそれはまさしく【生命纏い】のそれだった。
――イーヤもマナの操作ができたのか。
そしてここで判断の差が出てしまった。生命纏いをした武器同士の鍔迫り合い。差が出るのは互いの力と技量、そして得物の重さだが、オレはそのまま力で押し切ることを選択したのだ。いや、実際はイーヤの体重と短刀からこれが正解択だろうが、左腕に全力を込めてもイーヤの剣を押し返すどころか、少しずつこちらが押されている。なんならマナを更に込めても止めるのが精一杯だったのだ。
「セイリア意外と力無いんだ?」
「うるさいっ!」
余裕を見せる少女に対してオレは力いっぱい剣を押していた。現実世界ならきっと立場は逆転していかもしれないが、ここはゲームの中だ。どうすれば勝てるか考えるのにオレは必死だった。
「くそっ!」
オレは左手の力を緩め、イーヤの剣を横から払う。力比べから逃げる選択に歯痒い思いはあったが、これは決闘だ。負けたらそんなプライドなど意味を全く持たない。今は目の前の強敵に勝つための最善を練り上げるしかないのだ。
短刀を払い上げても、取り回しやすい以上は大した隙もできない。それでも次のスキルを用意することはできる。一番得意な突きスキルの構えに入ると、イーヤも受けて立つと言わんばかりに短刀スキルの中でも一番高威力のものを選択していた。次は負けるわけにはいかない。その想いを剣に乗せ、ありったけのマナで赤いスキルエフェクトの上から塗りつぶす。
「ぜりゃあああっ!」
「やああああっ!」
気合を込めて放った【ジェット・ストライク】がさっきよりも深い蒼を纏うイーヤの剣と衝突する。そこで決闘場に声が響いた。
「はいはい、二人ともストップよ!」




