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メダリオン~白と黒の協奏曲~  作者: たんぽぽ
第一部 第三章 『現実化への一歩』
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第五十話 『満身創痍』

「どうして戻ってきたの!」


 最大の危機を救ったのは、今までHPをほとんど残していなかったセイリアの一太刀だった。再び翠に燃え上がる風のマナを纏わせた刀身は戦闘が始まった頃よりも遥かに弱々しいはずなのに、不思議と大きく頼もしく感じ取れる。


「当たり前だろ。オレはまだ戦えるし、あんたはもう限界だろ?」


 セイリアの返答にフレリアは言葉を返せなかった。剣を持つ左手は震え、立つことさえ難しくなってしまっているだけに自らが足手まといと言える。

 そしてセイリアが不意を突いた攻撃も、急所を捉えることはできなかったものの、動きを止めることに関しては十分で余りある程だった。


「背後を取られるのは迂闊だったが……」


 それでもガルディルの力は緩むこと無く、セイリアが両手で上から押し込む剣の刀身を掴み、片手で容易く押し返していく。


「くっそ……」


「自身の不甲斐なさに少々苛立ってきた。気を引き締めなくてはな」


 狂戦士の瞳から迸る殺気がセイリアを狙い定める。セイリアのマナを帯びた刃を握る右手からも血が滴り、既にかなりの血を失っているはずが、未だに圧倒する気迫が満ちていた。


「折角命を拾っておきながら、血肉が沸くほどの戦いを邪魔した罪は重いぞ!」


「知らないな。オレは仲間の危機を見過ごせないだけだ!」


 強い言葉で自身を奮起させようとも、埋まることのない力の差。体に巻かれた包帯はすぐに血が滲み、傷の痛みにセイリアは表情を歪める。負けたくない、負けられない。そんな感情を力に変えて両腕に乗せても、目の前の相手と大きな力の差がそこにはあった。


「早く退きなさい。君じゃあいつに勝てないよ!」


 そんなフレリアの言葉を無視して剣を押し込むセイリアを意にも介さずにガルディルは蹴りで剣を弾くと、再度右手で斧の柄を掴んでセイリアの胴を真っ二つにせんとその刃を紅く輝かせた。


「その命……無惨に散らすがいい!」


 体勢を崩し、防御の為に剣を斧の軌道に滑り込ませることすら叶わない中でセイリアは歯をくいしばる。

 対抗できるフレリアがここで死んでしまえば、今後ルルの魔法で復活できるのか分からない。しかし、元々はゲームである自身が死んでも蘇ることができるシステムならば、また立ち上がれる。それがセイリアの判断だった。

 そんな考えを持って、斧が胴体に食い込む感覚に耐えようと下腹部に力を込めたその時、突然風圧を残して斧が動きを止めた。


 ――どうしたんだ?


「くっ、ここまでか……」


 一瞬動きを止めたのを機に、手を振りほどいたセイリアは距離を取ってフレリアの側にまで戻るが、足が崩れて草原にうつ伏せになってしまった。


「痛みがあるのに……よくそんな無茶できるんだね」


 戦いで蓄積したダメージと疲労、そして使いこなしきれていないマナを戦闘に使ったことで肉体と精神の両面が遂に限界に達したのだろう、セイリアは顔を上げることなく右手をひらひらと振る。


「はは、もう体に力も入らないや。それよりも、あいつどうしたんだ? 斧を振る前に急に動きを止めたぞ」


 その言葉にフレリアは安堵の表情を見せて立ち上がりると、腰に携えた革のポーチから小さな瓶を取りだし中身を一気に飲み込んだ。


「多分時間切れよ。助かったわね」


 セイリアの胴からほんの数センチ前で止まったフレスベルク。その血塗られた深紅の刃は元の鈍色へと戻ると、塞がれていた傷が開いて血が溢れている。

 うめき声を漏らすガルディルに向け、フレリアは息を吐き出してから声を上げた。


「お互い辛い状況じゃないの? あんたフレスベルクの解放時間短くなったようだけど?」


「そのようだな。そこの未熟者共に二度足を掬われ、このフレスベルクを解放した時点で昔よりも衰えを認識していたさ」


 不満げな言葉を発するも、ガルディルは未だ戦いを続けようと言うかのように右手の巨大な斧を肩に担ぎ直していた。


「だが別に機会はある。こうして私はこの世界に再び甦ったし、貴様も同じくこの地に立っているだろう?」


「そんなに甘いものでも無いわよ。お互いに既に死んだ身だし、時代というものは彼らのような次の世代が担っていくものなんだから」


 自らが古い存在ということを達観したフレリアの言葉にガルディルは苦笑を見せた。


「はっ! 貴様らしくもない言葉だな」


 その言葉の後にガルディルが顔をしかめて地に膝を着ける。後ろからやって来たレナは相手の全身の傷から少しずつ血が流れ出しているのを見逃さなかった。


「あれ私たちが与えた傷よね? 塞がっていたはずなのに」


 フレリアに顔を向けると、その問いにフレリアが無言で頷いてレナに向けて敵の得物について口を開く。


「あいつの持つ斧はフレスベルク。通称"死を喰らう斧"と呼ばれる名高い武器で、敵を倒せば倒すほどに、自らが傷付けば傷付くほどに魔力を溜め、それを解放すれば持ち主の傷を塞いで圧倒的な膂力を与えるわ」


 フレリアは震える脚と地面に立てた剣を杖代わりにしつつ大きく呼吸すると、膝を着く狂戦士の姿から目を離さないように再び剣を構えた。


「でもそれは一時的で、時間が来ればこうして傷は再び開いて持ち主の命を危ぶめるから、まさしく諸刃の剣ってやつよね」


 セイリアが与えた肩からの袈裟斬りによる傷、レナの光熱を纏った斬撃といった痛々しい痕が、敵に与えてきた傷の深さをありありと示す。それでも狂戦士の様子には苦痛どころか、重傷とは思えない余裕を見せる立ち振舞いだった。


「さてと、私はフレスベルクの力を失ったが、お前たちも満身創痍にも見える。決着は着いてはいないがどうしたい?」


 その言葉にレナが得物を構えるものの、それをフレリアが手を出して制止させる。


「あんたらにとっては引いた方が懸命だと思うけど、残念ながら私にはあんたらを見過ごせないのよね。本当の狙いも私は察しがついてるもの」


「どうやら貴様には筒抜けか……」


「予想が当たっているなら、私たちはここであんたらを討伐する必要があるから逃がす訳にはいかないんだけど」


 最後の力を使いきって倒れたセイリアは二人のやり取りを地に伏して聞いていることしかできなかった。


「せめて立っていられれば……」


 自身の力不足を痛感するも、全力を出しきっただけにこれ以上の高望みも無駄なだけだと噛み締めることしかできなかった。


「お前かなり苦戦してるようだね?」


 両陣営が限界のところに、ガルディルの後ろから魔法を右手に保持したままの少年魔導師トリトンが飛んでくると、その様子から戦況を確認したガルディルは軽い舌打ちを交えて一つの提案を出した。


「トリトン殿、我々もそろそろ退くとしよう。そっちもあの剣士に痛い目に遭わされているじゃないか?」


 十歳前後らしい小さな右手を前に出して魔力が黒々と輝いていたトリトンにはエレノアに与えられたのであろう、細かな太刀傷が所々に見られていた。


「むぅ、ボクはそこまでやられてないけどさ、お前の方がヒドイ怪我してんだろぉ? それにまだやることが……」


 あちこちに刻まれた傷から少しずつ血が滴る酷い状態のガルディルに指を指して反論するトリトンだが、対する狂戦士は深い傷口にローブの切れ端を巻き付けながらも冷静に言葉を投げかけた。


「いや、あのフレリアに感付かれている可能性がある。口振りからはハッタリの臭いもあるが、本当ならば最早我々二人で片の付く話ではあるまい」


 ガルディルの発言にトリトンの目には嫌悪の色が浮かんでいた。そんな彼は杖でガルディルの足を一つ叩いて頬を膨らませて大声を張り上げる。


「ふざけんな! ボクには簡単に負けて帰って来るほどの余裕は無いんだよ!」


「だが一つ目的は達成しただろう? これ以上は我々が不利なだけだ。見たところ、向こうから走ってくる鎧の槍使いと魔導師も手練れのようだし、ここで一度退くのが正解かと思うのだが?」


 地団駄を踏んで怒るトリトンに対し、遠くを見ていたガルディルが指さしてフレリアたちの後ろからやって来た加勢を示すと、我を忘れたように大声を出していたトリトンも目を細める。

 二人が立っている丘の向こう側からやって来たのは鎧の騎士テッドと、街の経営のやり手も兼ねる魔導師のカルヴァンの二人が率いる二、三十人の一個大隊だった。


「うげぇ……援軍かよ。それにあのムカつく猫耳女は確かに強かったし、これ以上はボクらの方が殺されちゃうなぁ」


 笑みを消したトリトンの言葉にガルディルは満足げに頷く。


「それでこそトリトン殿だ。歳はまだ子供ながらも、私の言葉に耳を傾けるだけの余裕はお持ちのようだ」


「それって誉めてるつもりかい?」


 不満そうに口を尖らせる黒ローブの少年。それでもため息を吐き出し、地面に何やら唱えながら手を軽く地面に着けた。


「今回はボクらの負けでいいや。一応大まかな目的は果たしたし、これからもキミたちにちょっかいをかけに顔を見せるかもね」


 その言葉の後に二人を中心とした魔法陣が展開する。そして何やら詠唱し始めた単語を聞いたエレノアの表情が途端に険しくなった。


「あいつら転送魔法で逃げる気にゃ!」


 その言葉と共にマナの補充をしていたフレリアも同時に飛び出した。エレノアの剣には橙色のスキルエフェクト、フレリアの剣には濃密な風のマナを纏っている。


「ここで逃がせば面倒になるわ。絶対に倒すわよ」


「当然にゃ!」


 迫り来る二人の手練れ。それでも魔法を詠唱するトリトンの目には焦りなどなかった。もう片方の手を迫り来る二人に向けると一言呟いて余裕を漂わせた笑みを見せる。


「保険なんて、いくらあってもいいモンだね」


「おい! 何だよこれは?」


 遠くから駆けつけたテッドから焦ったような声が響いた。レナが後方を確認すると、地面から土で形作られた人形が現れて援軍にやって来たテッドとカルヴァンたちを襲っていた。


「にゃっ、またあの土人形にゃ!」


 それはエレノアのスキルを受け止めるほどの固さを誇る魔法の土人形だった。土人形はエレノアたちとトリトンらの間に割り込み、上級スキルすらも受け止める耐久性をもって援軍を妨害していた。


「何だよ、こいつら結構硬いぞ!」


 エレノアと同様に最大レベルのステータスをもってしても、かなりの耐久性に手間取るテッドだったが、魔法職のカルヴァンが何かに気付いたのかすぐさま魔法の詠唱を始めていた。


「ここは任せておけ」


 素早くカルヴァンの魔法詠唱が終わると同時に杖を振った。すると先端から光球が現れ、それが人形に直撃すると共に周囲を明るくするほどの爆発を起こし、十を越える土人形は跡形もなく消えていた。


「ちっ、あの魔導師ウザイなぁ……」


 舌打ちをしながらもトリトンは同じ詠唱を繰り返し、更に人形の増援を増やそうと両手を前に出したが、草地を颯爽と一人飛び出した。


「同じ事をさせると思ったかしら?」


 戦える人員の中でも敵の標的にされていなかったレナが二人めがけて飛び出した。メンバーの中でもレベルが随分低いはずなのに駆け抜ける速度は風のごとく。レイピアを肩まで引き寄せて光熱とスキルエフェクトを乗せた突きの構えを取ったときには、既に間合いの手前まで距離を詰めていた。しかし、


「残念だが、貴様一人ではトリトン殿には届かないぞ」


 その動きに反応したガルディルがトリトンを庇うように立ち塞がる。対するレナも体勢を低くして更に加速した。


「次は突破してやるわよ!」


 ガルディルの斧の一振りがレナのレイピアの刀身を捉え、衝突の金属音が草原にこだまする。だが均衡も一瞬で、ガルディルのパワーに押されたレナが夜露に濡れた草に足を取られると、隙を突いた回し蹴りが彼女の横腹を直撃した。


「ぐぅ」


 寸でのところで防御に左手を滑り込ませるも、体重差のせいで簡単にレナが弾き飛ばされ、そのまま丘の頂上から下へと落ちていく。それと同時に手から離れたレイピアも地に突き刺さると、夜露の蒸発による湯気とともに月の光の下で刃は銀色の光を放つだけのものになっていた。

 その間にもトリトンの詠唱が進み、それにつれて二人を囲むように光の壁が展開されていく。


「ザンネンだったねぇ? ガルディルも昔の力が無いとはいっても、キミみたいな雑魚剣士一人になんか負けないんだよ」


 受け身からの着地を軽やかに決めるも、丘の上から下まで落ちてしまったために、トリトンの憎らしい挑発の言葉を聞くことしかできなかった。


「これじゃ……」


 歯ぎしりをして剣を持った右手を握りしめる。握りしめていた柄と手に巻き付けた包帯からは血が滲んで小刻みに震えていた。

 敵の目的もはっきりしていないが、テッドたちの加勢によってようやく巡ってきた好機もここで逃げられてしまえば全てが水の泡になってしまう。


「どうすればいいの。逃がさないための一手は……」


 そこに見えたのは剣を失い、包帯を雑に巻き付けられていただけの右手。その右手でできること、それは一つだった。


「だったら……。目にもの見せてやるわ」


 焼けつく痛みに歯を食いしばり何やら決意を込めると、レナは包帯を巻いた指先に意識を向けた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「くっ、オレ……だって……」



 たった一人、敵からの標的にもされなかったセイリアは両腕に力を込めるも、マナ切れのせいか立つことはおろか、体を起こすことさえもままならなかった。

 フレリアを始めとした強力な人員たちは時間稼ぎの土人形に足止め、唯一直接攻撃ができたレナも射程外へと離されていた。


「それじゃ、また会おうねぇ」


 悔しさに満ちた表情を見せるレナたちに向けて嘲るように手を振り、強まる光の中で勝ち誇った笑みを見せる憎たらしい魔導師。そして土人形に手を焼くフレリアと横に倒れているセイリアを無言で見つめるガルディル。


「またいずれ(まみ)える日も来るだろう。セイリアとレナか……中々に闘争心を沸き上がらせる剣士たちだったぞ」


「くそ……くそぅ」


 残る力をかき集めても、土の人形から狙われもせずに戦うことさえできなかったセイリアは走ればすぐに追い付く先で消えていく二人をただ見ていることしかできなかった。


 ――こんな……オレは見ているだけなのかよ……。


 セイリアが悔しさに拳を地面に打ち付け、最後の反撃のつもりで剣を握りしめたその時、すぐそばを一筋の光線が草原を飛翔した。


「なん……なんだ?」


「うぎゃああっ!」


 その正体を探る間もなく夜の草原に悲鳴がこだまする。あまりにも不意に起こった出来事なだけに、状況判断さえもままならないセイリアは悲鳴の出所を確認すると、嘲るような口調のトリトンが左目を押さえている。


「ぐああっ! なん……何だよ一体!」


 頭を上げたセイリアが飛翔してきた流星の出所を見てみると、そこには右手を銃の形に構えたレナが丘の下に立っている。指先に巻かれていた包帯は黒く焦げ付き、酷使した右手の痛みに顔をしかめていたが、それはセイリアの窮地を救った光線と同様のものだった。


「せめて一矢報いることくらいはしておくわよ! このまま逃がすのも私としても癪だし」


「ああっ! このクソ女ぁ!」


 完全に想定外の一撃に魔導師からは本性とも取れるような雄叫びが迸る。セイリアとレナを相手に終始平静を保っていたガルディルさは暴れるトリトンを押さえつけながら、撃ち抜かれた左目から溢れる血を止めるのに手一杯だった。


「冷静になれ! 落ち着かなければここで命を落とすぞ!」


「くそっ、畜生……殺してやる。あの女絶対に殺してやる!」


 予期せぬ最後の反撃で意地を見せたレナ。そして痛みに呻きながら魔法詠唱を終えたトリトンの魔法陣が月に照らされる草原を一際明るくした。


「そこのケットシーの女、次会ったら後悔させてやるから覚悟しておけよ!」


 その言葉の後に魔法陣から強烈な閃光が放たれ、セイリアらは手で光を遮るだけで手一杯だった。そして閃光が収まったあとには二人の敵がいたはずの場所には魔法陣の跡があるだけで、姿は完全に無くなっている。


「あいつら逃げたのか?」


「そうみたいね。転送魔法みたいだからどこか指定した遠距離だろうし、今から追いかけるのは無理よ……」


 辺りを見回すセイリアに、駆け寄ってきたレナが返答をした。そしてセイリアが視界の端に捉えたのは、フレリアの口を真一文字に結んだ表情は敵を討ち漏らした自身への戒めにも見えた。


「そうか……」


 セイリアは一言だけ答えると、何もなかったかのように黒のキャンバスを彩る光点を仰いだ。


「死ぬかと思ったよ。こんなに体が痛くて、心臓がバクバクしてるの……初めてかもしれない」


 その言葉にフレリアは剣を鞘に納めると、空を見つめるセイリアの横に腰掛けた。


「そうね……。でも生きてる。それに仲間を失うほどの大きな戦争とかこんなもんじゃない。君も覚悟しておいた方がいいわよ」


「覚悟って?」


「この世界に起こっている危機は、君たちが想定していることよりも深刻ってことなのよ」


 こうしてリリヴィオラを襲った虚無の軍勢と呼ばれる敵の二人は、その脅威の大きさを垣間見せて草原から跡形もなく消えてしまった。

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