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メダリオン~白と黒の協奏曲~  作者: たんぽぽ
第一部 第三章 『現実化への一歩』
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第四十七話 『未熟な全力』

「せりゃあっ!」


 気合一閃、セイリアの愛剣がガルディルの胸を目掛けて突き出された。敵がそれを右手に持った斧の柄で弾くと、左拳がセイリアへと飛び出す。それを間一髪で体を反らせて回避した。


「くっそ……馬鹿力かよ」


 地面にめり込んだ拳をちらりと目にいれ、舌打ちを漏らすセイリアにガルディルは体を捻って再び拳を構えた。


「鍛え上げた拳だ。貴様のような若い軟弱者に受け止められまい!」


「そうかよ」


 一言だけ応えてから、ガルディルの放つ拳を紙一重でかわしたセイリアは剣を大きく振りかぶる。


「くらえっ!」


 風切り音と共に、刃が空間を切り裂いていく。初級剣技スキル『バーティカル・スラスト』だ。


「そんな攻撃が当たるとでも思ったか!」


 単純な縦振りのスキルを容易く見切ったガルディルは、ごくわずかなモーションだけで首筋へと向かう剣の腹を叩いて攻撃を反らす。その時にパリィ防御を合わせられたセイリアのバランスも崩れてしまった。


「むっ!?」


 しかしセイリアのマナを帯びた剣の重さも甘いものではなく、剣を受けたガルディルも後ろに弾かれる。その時、セイリアの影から猫耳の剣士が飛び出した。


「セイリア君、スイッチよ!」


 無言で頷いたセイリアはノックバックの勢いにそのまま後ろに倒れ込むと、右手で地を着いたと思えば見事なバク転で後ろへと入れ換わる。


「次は私の番ね」


 同時にレナの構えた白く輝く刀身に薄い緑の光を纏うと、ブレスレットで集めた光熱が組み合わさり、弾けるような光と共にガルディルの左手を射抜いた。


「何だとっ!?」


 初撃はまさに『閃光』という言葉が当てはまるほどだった。すぐそばにいたセイリアでさえ、感じたのは刃が通ったあとから吹きつける圧倒的なエネルギーを持った光の熱だけ……


「まだよ!」


 うまく体勢を整え、バックステップで後ろへと下がるセイリアに変わってレナの攻撃が始まった。

 上下左右からの隙の無い連撃は、セイリアには到底真似できないような技で、後ろから二人の戦いに参加するために様子を伺いながら、レナの素早い攻撃に目を丸くしているばかりだ。


「剣技スキルを使ってないのに、あんなに速い攻撃ができるのか……すごいな」


 あまりの手数に、防御も間に合わないガルディルの体には一つずつ焦げた切り傷が増えていく。それでも一見して優勢に見えていながら、レナの心にはヒタヒタと追い上げるような焦りが生まれていた。


 ――有効打にならないわ。あいつ、やっぱりすごく強いわね……


 隙の出ない剣技スキルも加わった高速ラッシュをガルディルは全てを防御することはできない。

 それでも歴戦の猛者は、セイリアほどの威力を持たないことを見抜いた瞬間に、ダメージを最小限に抑える確実な防御を行っていた。

 右手で斧、左手では薄い革のグローブで焼けるよりも速く剣を弾いていたのだ。


「お前の剣は、あの少年のマナを使った一撃よりも軽い。それは過去の英雄たちと刃を交えてきたこの私が分かる」


 セイリアとは比較にならないほどの速度で剣を打ち込むレナに向かって、重々しい響きを含めたガルディルの声が伝わる。しかし、レナの表情は曇ることなくレイピアが美しい軌道を描いて飛んでいく。


「そうかもしれないわね。でも、私は私のやるべきことをやるだけよ」


 光熱による火傷が相手にダメージを与えるも、それ自体のダメージはHPゲージの減り方はごく僅か。それでもレナは真剣な表情を崩すことなく、無言で剣を振り続けていく。


「少しは動じるものだと思ったのだがな。お前には中々な胆力もあるらしい。しかし、お前の全力の攻撃を最小限で耐える私に、攻撃が止まればどうなるか分からないではあるまい?」


 右手で巨斧を器用に使い、左手にはめたグローブを用いて一瞬で致命的な攻撃だけを的確に落としていく冷静なる狂戦士に対して、若い猫耳剣士の顔には笑みが浮かんでいた。


「じゃあ、ここからはもっと速く攻撃しなくちゃね」


 最後に基本の剣技スキルである『スラスト』を打ち込み、レナを捕まえようと手を伸ばしてきたガルディルから一歩だけ後ろに下がってから、ゆっくりとレイピアを下段に構える。


「ここからあんたは、私のスピードについてこられないわよ」


 その時、レナの周囲から淡い水色の光が噴き出した。刀身から発せられるスキルエフェクトとは異なるものだ。それを見ていたセイリアはその様子に目を細める。


 ――あの感じ、似たものをどこかで見たような……


 レナの見せる雰囲気にガルディルも斧を構えて応戦体勢をとる。


「ほう、中々の剣気だ。視認できる気に関してはよく分からないものだが、お前から感じるものは一流の剣士に通ずるものがある」


 視認できる気とは、恐らくスキル発動時のエフェクトだろう。しかし感じ取れるものとは何だろうか? 表情には出さなくても、レナは不思議に思えた。


 ――フレリアも似たような事を言ってはいたけど、どうやら強い人たちは何かしらを感じ取れるようね。


 ふとそんな思考が頭を過るも、すぐさまそれを振り払い攻撃の準備へと集中する。レナの口元には戦いを楽しむかのような笑みが見えていた。


「古の強者からお褒めに与り光栄ね。だったらこのまま倒されてほしいものだわ」


 鋒が少しずつ上がっていく。スタンスを低く取り、その剣先が狂戦士を指したその時、レナの立っていた場所からは夜露が弾け飛ぶ。


「ムッ?」


 一瞬のうちに起こった出来事に対処しようと目を細めるも、その反応は手遅れだった。


「行くわよ古の強者さん。今の剣士だって強いってこと、教えてあげるわ」


 瞬間、レナの水色の太刀筋が空にいくつも現れたかと思うと、全てがガルディルの胸を十字に抉っていく。その間にレナの姿はまるで捉えられない。振るわれる剣の軌道が流星のように敵を射つだけだ。


「ウグッ、なんだ、この速度は?」


O・A(オリジナル・アーツ)は流石に知らなかったみたいね。どうかしら、私の『セブンス・コメット』は?」


 ガルディルから数メートル離れた場所に現れたレナのレイピアからは血が滴り、狂戦士の胸には見るも無惨なほどに焦げた太刀傷が十字に刻まれている。


「ふっ、ふふふ……」


 突然見せた笑みにレナは訝しげな顔を見せていた。刃に付いた血を振り落とし再びレイピアを構えてから、後ろに立つセイリアとアイコンタクトで次の作戦の開始を合図する。


「素晴らしい……素晴らしいぞ! まだ力を隠し持っていたのか、幾人もの強者をこの斧で叩き斬ってきたが、数千年もの時を経て、ここまで成長が楽しみな剣士に出会えるなど思わなかったぞ!」


「この技、七連撃の上級スキルにも匹敵するレイピアスキルなのに、どれだけタフなのよ?」


 今ので二本あるうちの一本を削りきった敵のHPゲージを一瞥してため息をつくレナ。

 プレイヤー同士、それも格上の相手でさえ五分の一は削るというのに、ブレスレットの光熱の力を使ってもHPは目測十分の一ほどが削れただけという、完全に期待外れの結果にかぶりを振る。


「はぁ、このレベルのスキルでこれだけのダメージなら……」


「ブツブツと何を言ってるんだ!」


 その巨体にへ見合わない速力で迫り、斧を振り上げるガルディルがレナを見下ろす。対するレナも迎撃のためにレイピアを構えようとするも、全身が見えない糸で縛られたかのように動きを止まった。


 ――硬直時間、長いわ……


 O・A(オリジナル・アーツ)もスキル発生後に課せられるクールタイムによって、動けなくなってしまうのだ。

 ほんの僅かとはいえ、今の状況にはかなり致命的になる。そんな厳しい状況にも、レナの目に焦りなど無かった。なぜなら……


「じゃあ、次は君の番よ」


 ガルディルが斧を横薙ぎに振る直前、レナとガルディルの間に右に剣を構えたセイリアが飛び込む。


「任せろ!」


 そして、紅と翠の二つの刃が再び衝突する。


「交互に戦うことで、私の体力を削ごうという策か。弱い者がするくだらん作戦だな」


「くだらないって言うなら、お前を倒して証明してやるさ」


 歯ぎしりをして力を絞り、巨体のガルディルとの力の差をマナの力で補う。額からは汗が流れ、剣の柄を両手で支えていても、その重さに両腕から悲鳴が上がる。


「今のオレらでもお前を倒せるってな!」


 それでも剣を思い切り振り上げ、二人の得物が弾かれる。

視界の端にレナが距離を取ったところを見計らい、セイリアは敵に集中すべく前を向くと、不意に切り裂くような痛みが左手を襲った。


 ――痛ぅ……何だよ?


 痛みの根源に視線を向けると、剣の柄に血が滲んでいた。だが、その理由を考察する前にガルディルが動く。


「ならば示せ! お前らの力がこの私に及ぶことをな!」


 巨大な刃を翠を帯びた剣が受け止める。その腕が痺れるような強い衝撃が剣を握る左手に伝わると同時に、手のひらに電流が流れたかのような痛みが貫いた。


 ――手が切れたのか? 一体どうして……


 攻撃を受け切ることで僅かに見えたガルディルの隙を突こうと、刃にマナを集中させたとき、再びセイリアの左手に鋭い痛みが走る。この時にセイリアは痛みの原因をはっきりと自覚した。


「この痛み……マナが原因なのか?」


 戦闘を左右するようなアクシデントに背筋がヒヤリとする。このままマナを使って戦うことができるのも、どれだけ持つのかセイリア自身にも予想がつかない。


「それでも、今は戦うことしかできないんだ!」


 自分の身に迫るリミットが垣間見えたことに少しばかりの不安を覚えながらも、敵に立ち向かうことしか今はできない。

 加勢が来るまでの辛抱とはいえ、手のひらに走る痛みはもはや長い時間戦えないことを示していた。


「お前、中々に良い動きをするじゃないか。感じ取れる気迫はそこの娘よりも小さいと言うのに」


「そんな事、言う余裕があんのかよっ!」


 数合も打ち合えば、ガルディルの巨体から生み出されるパワーと、同様に巨大な斧の重さに押されてしまう。

 そんな状態から、セイリアは一度距離を取ってはマナを剣に溜め込み、もう一度大地を蹴り飛ばして立ち向かう。その度に剣を握る手が切り裂かれていくことを実感しながら……


「おおおっ!」


「良いぞ……素晴らしいではないか! 小さき者がここまで私に食らい付き、それに加えて戦いの中でより洗練された強さに辿り着く! 何と喜ばしい事だろうか!」


 全力で剣を振るセイリアの手からはついに血が滴り、剣を握るための手を自身のマナで更に傷付けていく中でも、彼の頭の中には『痛い』なんていう感覚は消え失せたかのように剣を振る。


 ――動く、オレはまだ剣を振れる!


 必死に歯を食いしばって高速での剣撃を続ける少年に、この世界で指折りの英雄と戦ってきた狂戦士の中に一つの結論が過っていた。


 ――このままでは先に倒れるのは……私だろうな。


 セイリアの剣を確実にガードしている中でも、わずかにだったが剣に纏わせた風のマナはガルディルの体を切り裂きつつある。レナよりも早いペースでダメージを与えていたのだ。


「どうした、さっきからオレの攻撃を受けてばっかりだぞ。少しは反撃しろよ?」


 スキルを使っていない状態では、セイリアが剣を振る速度には確実に限界があるも、硬直時間を課せられるスキルを使わない絶え間ない攻撃により、ガルディルの反撃の芽を確実に摘んでいたのだ。


 ――この少年、先程よりも動きにムダが無くなっているな


 この世界に来てから三ヶ月弱、ゲームをしたことの無かったセイリアも、自身の戦い方を身に付け始めていた。初めてレナと決闘したときよりも、セイリアはずっと強くなっていたのだ。


「はっ!」


 斧の柄をセイリアの横腹に打ち付けようと振った所を、刀身で軌道をずらすと滑るように剣を横に振る。それをガルディルは左手で剣を弾くも、風属性のマナまでは防ぎきれずに掠めた頬からは血がこぼれた。


「上手く私の攻撃を受け流している。見極められてきたようだな」


 力で打ち合っても勝てないなら、付け焼き刃でも得てきた技量で隙を生み出し、新たに得たマナの力で足りないだけの力をサポートするというバランスの取れた戦い方だった。

 そんな中でセイリアは一際大きな声で合図を出す。


「レナ、いけるか?」


 そして、最早命のやり取りとしか言えないような、鬼気迫る二人の打ち合いの中でガルディルが目にしたのは、少女が死力をかき集めた止めの一撃の用意をしている場面だった。


「ええ、十分に時間を稼いでくれたお陰であいつを倒す算段が整ったわ」


「あの娘の光熱剣が頼りか……」


 二人から数メートル離れた場所には、レナが片目を強く閉じ、歯を食い縛りながら剣を両手で下段に構える姿があった。しかし、その剣には今までとは桁違いとも言えるほどの白。


「残念だったな、オレ一人だったらあんたには絶対に勝てなかったよ。だけどな」


 顔は苦痛に歪みながらもどこか不敵な笑みを見せるセイリア。対するガルディルからは、完全に余裕が消え失せていたようで、険しい表情へと変わっていた。


「オレには信頼できる仲間がいるんだ。あんたがいくら強かったとは言っても、ぺーぺーのオレ一人に手こずるくらい弱体化したようだけど、オレより強いレナの全力を止められるのか?」


 つばぜり合いの中で剣を握る手を裂くような痛みに力を緩めてしまいそうになるも、歯ぎしりをして歪んだ笑みを見せたセイリアに、ガルディルは犬歯を剥き出しにして唸る。


「それならば、力を溜める前に叩き潰せばいいだろう!」


 斧でセイリアの剣を弾き、セイリアの後ろで光を溜めていたレナに向けて飛び出すその時、それがガルディルの見せた最大の隙だった。


「オレもいるんだ、簡単に視線を反らすなよ?」


 セイリアはしゃがみこんで溜めをつくりだすと、緑色のマナを纏わせた剣を青い光が包み込む。それを目の当たりにしたガルディルの目が狂気を放つ。


「お前の剣など、フレリアの剣と比べればどうということはない!」


「そうだろうな、けどオレはオレだ。あんたがどれだけ強くても、ただ全力をお前にぶちこむだけだ!」


 左側に構えるセイリアの剣が加速を始める。それをガルディルが叩き落とそうと上から手刀を放つも、それよりも速くセイリアの剣が手刀をかわした。

 直後、辺りに何かを断つ音が響き、何かが落ちるような重たい音が後を追う。


「どうだ? これがお前の余裕の結果だ」


 二人からおよそ三メートル先には、見事に鍛え上げられた腕が一本。そして、ガルディルからの左腕があったはずの場所からは血が噴き出す。

 それでもガルディルの表情には怒りといった感情ではなく、自らを戒めるように深紅の血を見つめていた。


「これはかなりの切れ味だ。私も侮っていたようだな、お前ら二人の未熟な全力を……」


「遅せぇよ、気付くのが……レナ!」


「分かってるわ! あんたも斬られないように注意しなさいよ!」


 二人から離れ、無くなった左腕を黒ローブの切れ端で縛り付けて止血して大人の背丈に迫るほどの大きな斧を再び構えるも、レナの瞬足の斬撃に隻腕のガルディルが対応などできなかった。


「これで、終わりだあっ!」


 ようやく得たセイリアとレナの最大の好機、敵も二人の最大レベルの攻撃を被弾していても致命傷に繋がりうるものだけを対処していく。


「私も落ちたものだな。よもや侮りで危機を招くとは」


「それがお前の敗因だ。お前ら『虚無の軍勢』なんかに、この世界をめちゃくちゃにさせてたまるか!」


 セイリアのマナの力と剣技スキルの重ね合わせによる規格外の威力、そして自らを省みないほどの光熱を蓄えたレイピアによる技は、古の強者の反応を上回りつつあった。


「もっと速く、速くだ!」


「分かってるわよ、君も私に付いてきなさいよ!」


 セイリアが最も得意としているコンビネーション技『ベーシック・コンビネーション』と、レナのO・A(オリジナル・アーツ)である『セブンス・コメット』が黒いフーデットローブの上から刃を通していく。


「良いコンビだ。並の戦士ならば、とても受けられるだけの技ではあるまい。しかし……」


 みるみる間にダメージが積み重なり、HPゲージのラスト一本のレッドゾーンにまで削れていく。二人の実力を上回る敵に勝利という光が見えつつある。


「いける、あと少しだ!」


「早く、もう終わらせないと」


 しかし、遥か昔に名を残していたガルディルという狂戦士の実力は、二人の想定を意図も容易く越えていた。


「ぬぅん!」


 残った右手で斧を一振りしてレイピアを弾き、よろめいたレナに鋭い眼光を向ける。そこまで行き着いてから、レナは戦っている相手がいかに大きな存在なのかを理解した。


 ――こいつまさか、力を残して……


「弱っているとはいえ、この私を甘く見るなよ。未熟者風情が!」


 瞬間、戦いが始まった時から刃の色を血の如き深紅へと変わりつつあったガルディルの斧が、一層の紅い光で月明かりを上書きして草原を染め上げる。


「何だ、あいつの斧が輝いてるぞ」


「構わないで早く決めるわよ! 私たちの最後のチャンスだから……」


『ベーシック・コンビネーション』の最後の一撃を放とうと、突きの構えに入るセイリア。最大の黄色のスキルエフェクトが剣から放出され、射ち出された鋒が敵を射抜かんとするも、刹那の間にガルディルの姿を見失い、


「嘘、でしょ?」


 レナが見たのは、突然現れたガルディルが突きを外したセイリアを深紅の斧で斬り倒す瞬間だった。

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