第三十八話 『英雄召喚』
「今から数千年前に一度、ブランシェリスを脅かす敵が現れたのです」
その言葉にオレたちはルルを見つめた。彼女はうつむき、瞳に翳りが見えるが、すぐに表情を元に戻してからオレたちに説明し始めた。
「マナの流れにイレギュラーな存在が現れました。それは自らの力で産み出した敵を送り込むことで、ブランシェリスで破壊の限りを尽くしたのです」
「……それは何なの?」
ずいぶんと余裕を無くしていたレナが立ち上がると、「すぐに言いますから」と、ルルが慌ててレナを落ち着かせる。
「一言で言うならば、『虚無の龍』と言いますか、私たちはそう呼んでおります。ただ分かることは……」
ルルの小さな拳が震えている。そこまで危険な存在だろうか、
「守られるべきマナの流れを全て消し去り、世界全てを虚無へと変えてしまおう……そんな意思の塊が感じ取れました」
「世界全てを……消したいというの!?」
声を荒げたレナの言葉にルルは無言で頷いた。
「じゃあ、オレたちはそんなのを相手にしていく……ってことなのかよ?」
もう一度ルルの頭が縦に揺れる。レナは無言で紅茶のカップを持ち上げるが、その時に手が震えているのか、カタカタと音がソーサーとカップがぶつかっていた。
一週間前にアップデートでリアルな痛覚に近づいたことが発覚し、徐々にこの世界が本物であり、プレイヤーたちが異世界へと飛ばされた可能性が濃厚になりつつあるなかで、ルルのこの言葉だ……
アップデートよりも前にならば、きっとゲームの隠し設定とか、大型イベントとかで済まされていた話でも、現実味を帯びてきた世界では恐怖を煽る事実でしかない。
「……こことオレたちの世界とは何か関係はあるのか?」
「あなたたちがこのブランシェリスを知らない、魔法を知らないというならば……考えられるのは……」
しばしの沈黙、
「今から、二人に紹介したい子がいます。見ていただければ、今の話の信憑性もあるかと思います」
正直話のスケールが大きすぎてイマイチ把握はできていないにしても、世界の危機なのは何となく分かっていた。
そしてルルはフードの中で、さっきからもぞもぞしていた何かを両手で抱えると、テーブルの上にちょこんと乗せた。その姿にオレたちは理解ができなかった。
「白い……ドラゴン?」
しばしの沈黙、そして何かを決心したかのように頷くと、胸のボタンを外して白いローブを脱ぎ始めた。
「今から、二人に紹介したい子がいます。見ていただければ、今の話の信憑性もあるかと思います」
ルルはフードの中で、さっきからもぞもぞしていた何かを両手で抱えると、テーブルの上にちょこんと乗せた。その姿にオレたちは理解ができなかった。
「白い……ドラゴン?」
レナからこぼれた小さな声、ルルが見せた子は純白のドラゴンだった。
大きさは大体二十センチも無いほど、体に纏うのは頑丈な鱗ではなく羽毛のようなふわふわした毛のようなものだった。角すらも無く、小さな耳が頭の上に確認できるだけでなんとかドラゴンと翼の形とかから判断できた。
「クルルル」と唸り声を上げながらルルに頬をスリスリさせると、ルルの両手がその白いドラゴンを持ち上げる。
「この子、『リュナ』はドラゴン族ではありません。ブランシェリスを護る龍の子です。まだ言葉を話すことはできませんが、いずれは強大な力を世界の守護の為に奮うことになります」
雪のようなふわふわした様子はとても世界を守護するような存在には見えない。リュナと呼ばれた龍について確認する為に、視線カーソルを合わせてみたのだが、白い龍に合わせても何も表示されなかった。
「……本当に何も分からないわ。どうやら未知の存在なのかしら?」
「じゃあ、この龍は……」
「話にあった白龍と見てもいいんじゃないかしら? ここまできてルルさんが嘘をつくなんて思えないし」
その言葉にほっとした様子で微笑むルル、リュナもルルの肩に上ってから、嬉しそうに両手をパタパタと動かしている。
「あの……この子と随分仲が良いみたいだけど、どんな関係性かしら?」
「この子を守りながら、住んでいた里の外を見せるために一緒に旅をしているのです」
「守りながらって……ルルってそこまで強いのかよ」
「一応はセイリアさんに加護は与えられますから……セイリアさんよりは全然強いと思いますよ。私の加護は同格以上の力を持つ方には与えられませんからね」
微笑んで紅茶を楽しむルルの姿からはとても戦いができるようには思えないのだが……
すると、レナはメニュー画面を確認しながら一つ質問を投げかけた。
「……あなたのその白い姿も白龍と関わりがあるのかしら?」
ルルの姿をじっと見つめてレナは静かに問いかけた。オレとしても初めて会った時からただ者とは思えない雰囲気に、純白の髪からは
「そうですね……私の生まれた里では、こうして白い髪をもって生まれた女の子を、『白の巫女』として白龍のお付きの世話人として育てております。魔法の英才教育を施され、白龍の加護と言われる莫大なマナを扱う為にずっと修業しておりました」
蝋燭の光によって宝石のように輝く真珠のような髪を、ルルは手ですくと、自身の髪をじっと見ている。
「その色は白龍のマナが生み出した色って事か……」
「でも私は嫌だとは思っていません。この色は、私にとって使命を与えられた証です。誇りなのですからね、毎日丁寧に手入れをしていますよ」
オレの言葉にリュナの頭を嬉しそうに撫でているルル。彼女の隠された力はまだ底が見えないが、同様にこの世界がどのようなものなのかも、まだ表面的にしか掴めていない。
「それで、数千年前はどうやってその危機を回避してきたのかしら?」
レナが話を戻そうとすると、ルルは鞄からあるものを取り出した。
「フィルト様を始めとした、古の英雄たちの活躍が虚無の軍団を退け、龍を封印することができたのです」
その言葉と共にテーブルの上に置かれたものは、またもや一枚の紙。しかし、この紙には何か円形の模様が描かれていた。
「これは『マナの人形』という魔法の陣です。私のマナのみ使える固有の魔法で、持ち主の遺品などに残ったマナを魔法によって、一時的ですが……持ち主本人の姿をを再現することができるのです」
「……誰を再現するというのかしら?」
「それはもちろん、当時の英雄です」
「それって……」
オレが続きを言う前に、ルルがオレの前に手を差し出した。
「マナの親和性が高い方にのみこの魔法は適用されます。今の私には、セイリアさんにしか対象にできません……なので、私の手を握っていただだけませんか?」
「えっ、あっ、ああ……」
しどろもどろな返事の後にオレはルルの白く小さな手を握った。数時間前と全く同じように、温かい手からじわりと熱が伝わってくる。今ならはっきりとルルのマナであると分かる。
前と違うのは、彼女の手を通じて何か吸い出されるような感覚があった。きっと、オレのマナを吸収しているのだろう。
そして、鈴のような声が魔法の詠唱を始める。未だに魔法の詠唱に使われる言葉の意味が分からないが、今までに聞いたどの詠唱よりも長い。ゆっくりとだが、彼女の唇から一単語一単語が紡ぎだされていき、次第に魔法陣に緑色の光が溢れだしていく……
「それでは、セイリアさんのコートに宿る英雄の魂をここに召喚します。すみませんが私の腰の小刀を取ってくれませんか?」
そうルルに頼まれたオレは、彼女の身に付けていたローブの腰にあった小さな鞘から、イーヤの短刀よりも短い刃の付いた刀を取り出して手渡す。
すると、イーヤは鋒をオレの手に握られた方の手から一本だけ指を出し……
「くっ……」
「おっ、おいっ!? 」
指の腹を突き刺し、深紅の血液が零れ出した。生温かい感覚が彼女の小さな手を握っていたオレの左手の甲に侵入したその時、
「うぐっ……」
痺れるような熱さが襲いかかった。始めは体の奥底が表面とは反対に冷たくなっていく気がしていたが、徐々に感覚が戻っていく……ルルが自らのマナを流し込んでくれているのか、手に白い光がほのかに輝いていた。
「……少しはマシになりましたか?」
額から汗をかいて微笑むルル。オレは彼女が無理をしていることを察した。元々白かった肌に一層の青白さが見てとれたからだ。
「無理……してるのか?」
「ふふっ、こんなの無理のうちには入りませんよ。完全には私のマナに馴染んでいなかったところに、少しだけあなたのマナに近づけたマナを注ぎ込みました。これで拒否反応が治まりますよ」
笑顔の中にも苦しそうな表情が垣間見える。そんなルルを見ていたオレは、なぜか握っていない右手をルルの方向へと伸ばし……
「ヒャッ!?」
変に響く幼い雰囲気の声、オレの右手がルルの頭に乗せられているのだ。ふんわり柔らかな髪にそっと指を通してみると、相手がムッと表情を変えていた。
「その……できればそういったことは止めていただきたいのですが……」
「わっ! ごめん……」
無意識だった。ルルの頬はほんのり赤く染められ、目を伏せている……
「ちょっと、セイリア君ってそんな人なの?」
隣からは突き刺さる声が、恐る恐るそこを確認すると、レナが冷ややな視線を浴びせていた。
「確かにルルって可愛らしいけど、あくまでも別世界の人よ? あまり変な気は起こさない方がいいと思うわ?」
顔はそこまで怖くはなく、どちらかと言えば笑っているかのように見えるが、目が完全に笑っていない……オレはすぐさま右手を引っ込めると、プイッとそっぽを向く。
オレは無意識とはいえ、女の子に対して髪をいじくるという失礼なことをしでかしたことに反省しつつ、進行する魔法の様子を見守っていると、
「セイリアさん、これから魔法陣に私の血が付いたまま左手を着いて下さい。それで儀式は完了です」
「……分かった」
その言葉の後に、オレはゆっくりと血に濡れた左手を光輝く魔法陣に押し付ける。
じわりと紙に血が染み込んでいく……その様子は、赤い絵の具をポトリと筆で垂らしたかのようだ。そのまましばらく着けていると……
「久しぶりね……セイリア君」
オレの真後ろに、同じコートを羽織る女性の英雄の姿がはっきりと捉えられた。




