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メダリオン~白と黒の協奏曲~  作者: たんぽぽ
第一部 第三章 『現実化への一歩』
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第三十四話 『セイリアのカタチ』

 それは風のようだった。気ままに、そして嘲笑うかのように敵の鋭爪や硬牙をかわすのだ。紙一重の差でそれらを避けながら、確実に鋼鉄のように敵の刃を拒んできたウロコを剥ぎ取っていく、それはさながら風の刃である。


「何よ……あの動きは……」


 その姿を最前線で見ていたレナは驚嘆した。

 一パーティー、四十八人がやっとになって敵の攻撃パターンを読み取り、HPをラスト一割まで減らしてなお、勝てないと思わされたドラゴンを一人で対応している、初心者の姿を……


「あれがレベル三十の動きな訳が……」


 一人の壁役(タンク)が、あり得ないほどに強くなっている剣士が見せる活躍に対する正直な感想を述べたその時、


「これが、セイリアさんの未来の姿だと思います」


 聞いたことの無い美しい声が近くの茂みから奏でられた。


「何者だ!」


 掛け声一閃、シズクの飛び道具であるクナイ型の投げナイフが、一直線に声のした茂みへと突き刺さる。


「キャアッ!」


 可愛らしい声と共に茂みからその姿を見せた少女の姿に、全員が息を呑んだ。

 一言で言い表すならば、『純白』という言葉がまさしく最適解なのである。身に纏うローブ、陽に当たることで煌めく白い髪、瞳こそ吸い込まれるような深い碧の眼ではあるものの、現実世界では見ることのできない美少女なのだ。

 男のプレイヤーのみならず、女のプレイヤーでさえ目を見張るほどの容姿ではあるのだが、レナが一つの事実に気が付いた。


「あの子……プレイヤーじゃないわ、NPCよ……」


 レナの視点では、純白の少女の頭上にNPCを示す、青色のカーソルが浮かんでいた。

 それを確認したプレイヤーからどよめきの声が……こんな人が立ち入らないような場所に人がいれば、イベント関連のキャラか、それこそ敵対する可能性すらあるのだ。それ故に、プレイヤーたちは少女に対して警戒心を抱いている。


「あなた、セイリア君のことを知っているみたいだけど、どういう関係かしら?」


 レナが静かに、しかし、僅かながらの警戒心をにじませて問いかける。

 すると少女は起き上がり、「痛いです……」と頭についた葉っぱを手で払ってから答えた。


「強いて言うなら命の恩人です。崖から落ちて気絶していた彼を、地面に激突しないように守りました」


 その言葉にシズクから息のつまる音が聞こえた。セイリアはシズクがドラゴンの突進による角の串刺しを身をもって庇ったことで、突進を直撃し、その勢いで崖から投げ出されてしまったのだ。


「そのあと、下手な魔法で乱れていたマナを整えてから、一緒に崖の下から脱出してここに至るのです」


「じゃあ、セイリア君のあの活躍は? 彼はこの中で一番レベルが低いから、少しは扱える魔法を活かすために魔法隊に組み込んだんだけど……」


 その言葉に少女は目を細めた。


「未熟な魔導師を戦場に送り出すのは失策ですよ。普通なら、こんな場所にまで出してはいけない方でしょう?」


「……そうね」


 レナには言い返すことができなかった。レベリングを兼ねた探索にする予定だったのだが、せめて一度くらい、よりレベルの高いパーティーを編成するべきだった。

 これは彼女の想定の甘さが引き起こした事なのだ。もしも、もう少しでもレベリングを進めてから探索を始めておけば、ここまでドラゴンに苦戦を強いられることも無かっただろう。


 今までならば、より強い偵察隊から得られた情報を擦り合わせてから、確実な攻略法を組み立てる事からが、彼女の本領であった。

 その場の対応力はあくまでも、高難易度のダンジョンで高いレベルのパーティーや、レイドバトルで発揮されるべきであって、今回の場合ではその意味を為していないのだ。


 すると、少女は


「それでも私が彼に出会えたことは、この世界に大きな進歩をもたらしました」


 突然の言葉にレナは首を傾げる。すると少女は苦笑して、「いえ、今のは聞かなかったことにしてください……」と、訂正すると、


「とにかく、彼自身に秘められた才能、というか、本来の彼の戦いかたを可能にできるように、私の加護を彼に与えました。この戦いの間は、彼の想像する未来の姿を体現できるはずです」


「未来のセイリア君……」


 レナの見つめる少年の姿は、たった一人で後ろの仲間たちを守る剣士だった。


「レナさん! 最後のポーションでアタッカーと壁役のHPを回復させておきました。敵のHPもあと少しなので、ごり押しもできるかと……」


 セイリアの攻撃はドラゴンのHPを削るまではいかなかったが、硬いウロコを確実に剥がし取ることで、ラスト一割を確実に吹き飛ばす事が可能になるようにしている。

 その上、たった一人でドラゴンのターゲットを背負っている為に、他の全員が回復する時間を稼ぐことに成功したのだ。さっきまでの魔法攻撃よりも、ずっと活躍していた。


 レナは一つの勝ち筋を描いていた。今のセイリアの存在がそれを可能にしていた。


「……壁役は後方を守って、もう防御は要らないわ。それと、アタッカー部隊も、私の指示まで攻撃スキルを保持したまま待機。あとは……」


 メニューを操作しながら、一つのメダルを取り出したレナは、最後に一つだけ、苦笑してから呟いた。


「今の私は、チームプレーを乱す地雷行為をすることになるわ。だから、今から見せる私の戦いの事はなるべく黙っててちょうだい」


 その言葉に、クリスタルローズの二人が驚く反応を見せた。


「レナちゃん、使うの?」


「あれは危ない装備だって、言ってたじゃないのか?」


 その言葉をレナは一つのメダル装備を身に付けることで応じる。

 現れたそれは、小さなブレスレットだった。

 先程まで身に付けていた、スチールの籠手を外していたことから、白い腕があらわになっており、防御力は目に見えて減少していることは明らかだった。


「レナさん? そんな装備じゃ……」


 近くにいたアタッカーの一人がおずおずと声をかける。どうみたって防御力を下げれば、ドラゴンの一撃が辛くなる。しかしレナは大丈夫と言わんばかりにレイピアを抜くと、


「セイリア君とウロコを剥がし終わったら、合図を出すから一斉攻撃で倒して」


 その言葉と共にレナはドラゴンに向けて一直線にダッシュを敢行した。


 一人の女性から心配の声が上がるが、側からレナのことをよく知るグレースが「安心して」と、肩に手を置いた。


「今のレナちゃんは、普通にチームプレーをしていたら皆の邪魔になっちゃうわ。でも、誰も見たことがない、クリスタルローズのギルマスが見られるから……」


 その言葉に女性は不思議そうな表情を見せる。そんな女性を、グレースは頼もしく走っていくギルマスを見ながら呟いた。


「いいから、あんなレナちゃんは他では見られないよ」




 引いたレイピアからは青い光が煌々と輝く。青のスキルエフェクトは中級スキルの中でも、一番の熟練度が要求されるものだ。そしてレナはある言葉を口にし始める。


「我が言葉の詠唱を聞く英雄の身に付けし、高貴なる光の紋章よ。我が光の力をそなたに捧げん! そして我が敵を撃ち抜く光の矢で我が身を守りたまえ!」


 言葉を詠唱し終わったレナの剣の周りには、燦々と輝く光の弾が現れる。

それらはレナの右手に付けられたブレスレットから、光の粒を取り込み、徐々に鋭く、長細く形を変えると、羽の無い矢の形を為した。

 その光の矢が十ほど完成したのを確認したところで、レナは一気に地を蹴って、地面を滑るようにギリギリのところを飛翔し、レイピアの範囲にドラゴンの腹を捉えた瞬間、


「いやあっ!!」


 全力の気合いを込めた中級レイピア剣技『アーク・ストライク』を放った。

 体重と加速度を、たった一発の全力に込めることで、レイピアの鋭い鋒から重量級の両手剣の一撃にも匹敵するほどの高威力を、相手にぶつける大技の一つだ。

 無論、レナの全力の一撃は、硬いウロコのせいでほとんどのダメージがシャットアウトされてしまったが、重たい衝撃がドラゴンの体勢を崩し、大きな隙を生み出した。


「レナ!」


 セイリアの声が彼女を呼ぶが、更なる追撃の為にレナには応える余裕などなかった。レナは一つ大きく深呼吸すると、


「いけっ! 光の矢たち!」


 その言葉に剣の周りを浮遊していた光の矢はスゥと前に出ると、風切り音を上げながら、レナが先ほど攻撃したドラゴンの腹を直撃し、見事に全て刺さったのだ。


「すごい……」


 着地したセイリアはレナの持つ力の一端を目の当たりにしたのだが、光の矢の持つ力はここからだった。


「グギャオオッ」


 思わぬ一撃を浴びたドラゴンは、怒りの雄叫びと共に、大地に鉤爪を食い込ませて立ち上がろうとする。しかし、レナはレイピアを左手に持ち替え、持つ右手をドラゴンにかざすと、ドラゴンの動きがピタリと止まった。


「なっ、何なんだよ!?」


 セイリアは、レナが何をしたのか確かめるために彼女を確認するも、ただドラゴンに手を向けるだけで特に変なことはしていない。しかし、光の矢を受けているドラゴンは身動ぎさえできない様子。

 そして、レナはそのままドラゴンの動きを止めた状態で声を大きく出した。


「グレース! アレ使ってドラゴンのウロコを剥がせるだけ剥がしてちょうだい!」


「分かった!」と返答がしたあとにグレースは空に向けて弓をゆったりと構える。長い時間を掛けて弓を引き絞り、集中しているのか一言も喋ることは無い。

 すると、グレースの周囲を風が吹き始めると、それはグレースの弓を覆い始める。周囲のプレイヤーも、巻き起こるあまりの突風に顔を反らす者も現れるなか、ただグレースは弓を引き絞るだけだった……


「レナちゃん! セイリア君! 離れて!」


 その言葉が放たれた直後、レナの右手がセイリアを掴む。


「おっ、おい!?」


 抵抗する間もなく、セイリアを軽々と引きずって後ろへと下がるレナ。そして、グレースの最後の攻撃が始まる。


「いっけぇっ!!」


 濃密な風を纏ったグレースが矢を放つと同時に、その風はレナの光と同じように、しかしより精巧な矢の形を模して、一斉にドラゴンへと降り注ぐ。その数はおよそ百を越えていた。

 そして、ドラゴンに着弾した瞬間に矢の一本一本が轟音を立てて風の爆発を起こしていく……


「すっ、すげぇ……」


「これが、グレースの『O・A(オリジナル・アーツ)』よ……」


「オリジナル・アーツ……」


 文字どおり、風の爆撃は魔法を通さないはずの鱗を、一枚一枚を確実に剥ぎ取っていく……


「オリジナル……って、グレースだけの技なのか?」


「……そうね、あまりこの事は言うべきでは無いけど、本物の強者なら一つは持ち合わせているわ」


 矢を射ち続けているグレースの表情は苦しいのか、苦痛に歪んだ表情だ。弦を引く右手からは血が滴っているほど……

 それでも、ありったけの力を振り絞るグレースの技は、確実にドラゴンの絶対防御を打ち崩しつつある。


「そろそろね……」


 レナは小さく呟くと、


「皆! そろそろ爆撃が終わるから、攻撃の用意!」


 後ろで構えていたプレイヤーたちが、一斉に武器を構える。攻撃できる手数は半分以下、たった一割のHPを消し飛ばせるのかさえ危ういほど……

 それでも、セイリアが生み出した隙を、レナがチャンスに変え、グレースの固有技が最大の好機を切り開いた。


「これが本当に最後のチャンスよ。セイリア君、行けるわね?」


 レナの問い掛けにセイリアは笑みを浮かべる。


「当たり前だろ? まだまだやれるさ!」


「……愚問よね?」


 二人は互いに剣を構えた。グレースの爆撃も最後の一撃が炸裂したとき、射った本人が地面に突っ伏した。右手からは痛々しいほどに血を流し、肩で呼吸をする様子からはHPもほとんど残ってはいないだろう……


「後は頼むわよ!!」


 グレースの全力の叫びと共に、リーダーは武器を掲げて高らかに声を上げた。


「これが最後よ! 街の皆に最高の報告をするわよ!!」


「うおおっ!!」


 鱗がほとんど剥げ落ちたドラゴンに、十名ほどのプレイヤーたちは、鋼鉄の鱗に攻撃を遮られ、刃こぼれや、一部が欠けた武器を構えると、決意の雄叫びが戦場を彩った。

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