第二十三話『クラヴィスとデネボラ』
――はぁ、どうやら敵も刺客を送ってきたようだな……。
杖を持っているところを見ると魔法職なのは分かる。しかし、路地裏で身軽な短刀使いを前にして、詠唱の時間を要する魔法職が挑んでくるとは、何か策があるのだろうかとシズクは身構える。
すっかり日も暮れて、街灯の無い路地裏はかなり視界が悪い状態になっていた。シズクは右手に持った得物を構えると、すぐに敵を倒す為に一直線に向かっていく。そのスピードはステータスを敏捷性に多く振ってきたお陰で、距離十メートルをものの数秒で埋めてしまった。
「ふっ!」
鋭く息を吐くと同時に最初等の短刀スキル『ダガー・スラッシュ』の構えに入る。すると、白い光が路地裏を照らし、敵が被る黒いフードの中の顔を刹那明るみに晒した。
「何っ!?」
一瞬だけ見えたその顔にシズクは動揺を隠せなかった。それ故に、死角から放たれた矢の風切り音を聞き逃してしまったのだ。それを察知した時には既に回避不可能な範囲にあった。
「チッ……」
シズクは既に攻撃に入っていたダガーを振り抜いて、目の前の相手だけでも手負いにしておこうとするも、それでも矢のスピードは速い。刃が相手を切り裂くよりも早く自身の頭を撃ち抜くと判定したシズクがクリティカルだけは避けるべく頭の位置をずらしたその時、突然矢から火の手が絡み付き、シズクの手前で燃え尽きてしまったのだ。
「全く……一人に何人が寄って集っているのかは知らないが、女一人で戦っているのは見てはおけん」
クラヴィスが纏っていた黒いローブで顔を隠して角から現れる。彼の魔法で矢を燃やしたのだ。後ろの角から現れてきた黒衣の魔導師の姿を横目で確認したシズクは迷惑そうに呟く。
「隠れていろと言っただろう、仕事の邪魔になるじゃないか……」
「しかし今のは貴様が頭を射抜かれていたではないか?」
その言葉にシズクは苦笑を返す。右手に持つダガーを器用に手の上で回してからクラヴィスの前で構え直す。
「……そうだな、だがお礼は敵を倒してからだ。今回の一件、お前は危なくないところで待たせる予定だったが、少しばかり手を借りさせてもらうことになる」
「仕方がない、それでは後衛は俺に任せてもらおう」
「なら炎魔法を準備してほしい。敵には多分暗視スキルを持ったアーチャーが居る。そいつをあぶり出したい……」
クラヴィスはシズクの後方から静かに詠唱を始めた。本来なら逃げるべき場面かも知れなかったが、前方がすぐに通りに出られる点から、後ろに逃げるよりも相手を倒した方が追い討ちを防ぐ点では好都合なのだ。
「いくぞ……灯りを出せ!」
シズクの合図で炎魔法を出したクラヴィスは火球を宙に浮かせて路地全体を照らした。オレンジ色の光が明るく照らした瞬間に黒猫は地を蹴り飛ばす。
対する魔導師は地属性の妨害魔法『荊の拘束』で迎え撃った。どうやら攻撃手のシズクを抑えてから場所を認識されていないアーチャーが二人を仕留める算段のようだ。
「甘いぞ……魔法使い!」
本来は隠蔽の得意なシズクは影からの闇討ちを得意としている。しかし、クリスタルローズに所属する程の彼女がそれだけのスキルでは終わらない。
地を這う荊に捕まれば魔法耐久のステータスが低ければ脱出は困難になる。そこでシズクは建物の壁に足を掛けると、壁を蹴って空中を移動したのだ。
「セイリアのやつとはまるで違うな……これは中々にやる」
これが彼女の真骨頂である。敏捷性に振られたステータスに加えて、軽業、暗視、隠蔽などの多数の特殊なスキルを活用して、あたかも闇を駆け抜ける忍者のような立ち振舞いを見せる。
このようなスキル構成をするプレイヤーは忍者を真似るために数多いが、シズク程の隠密活動に長けたプレイヤーは中々いないのだ。そこから彼女に付けられた通り名は『忍猫』だった。
「くっ……」
敵の魔法使いも流石の対応力で荊を操り、シズクを捕らえようとするが、あと一歩のところで華麗に避けてしまう。
そして敵の上空に到達したところで体勢を地面と逆さまにして急降下を始めた。相手もシズクが避けられない状況に好機と荊を差し向ける。
「危ないぞ!」
クラヴィスが危険を感じたのかシズクに向かって叫ぶ。だがシズクの表情は意外なものだった。
「笑っているのか?」
フードから見えた口には笑みが浮かんでいた。そして右手に逆手で持ったダガーを体を捻った構えを取ると、黄色いスキルエフェクトを宿したまま勢いよく回転して、襲い掛かる荊を切り刻んでいく。
短刀スキル『スピニングアタック』は本来なら死角となる背後を間合いとした近接スキルなのだが、シズクは周囲から襲う荊に対処する為にこのスキルを使ったのだ。
「なんだ、あの動きは……」
思わず言葉が漏れるクラヴィス。壁を駆け上がり、自身を襲う攻撃を鮮やかに対処する姿はシズクのプレイスキルの高さを物語っている。
「お前にはしばらく眠っててもらうぞ」
ソーン・バインドを対処したシズクはすぐにダガーを構え直し、敵の魔法使いに狙いを定めた。敵も杖を構えるが、近接戦闘なら確実にシズク優勢になる。
――この感じは……。
ここでシズクは一つの危険を察知した。相手との距離は三メートル。落下スピードからして一秒もしないうちに間合いに入り、敵を確実に仕留められる。
そんな絶好のチャンスに乗じて敵を射抜く為に待ち構えていたスナイパーの殺気といえる気配を、思考を、シズクは読み取ったのだ。
「そこかっ!」
すぐさま反応を見せたシズクは空中でベルトに仕込んでいたクナイ型の投擲用のナイフを滑るように左手で取ると、ちょうど矢が通るであろう建物の隙間に投げ入れたのだ。
そして、同じ場所から敵の矢が現れると、シズクの細い左二の腕をかすって反対の壁に突き刺さった。
「ぐっ……」
掠めた傷は痛くは無いが、傷から零れる血液エフェクトに加えて、いかんともし難い不快感に表情を歪める。そのまま魔法使いに止めを刺せないまま着地してから距離を取ったシズクは、加勢に来た黒衣の魔導師に一つ指示を出した。
「多分アーチャーに反撃はできた。私はそいつを追いかけるから、お前はあの魔法使いの相手をしてくれるか?」
「分かった、相手は地属性の魔導師だろう。俺なら相性のいい炎魔法で戦える」
クラヴィスの頷きを確認してからシズクは先程ナイフを投げた建物の屋上へと壁を蹴って登っていった。
「さて、お前の相手はこの暗黒の焔を使う俺が相手となったのだが……」
そこまで前口上を述べたところで突然相手方から驚愕に満ちた声が路地に響く。
「その名乗り方……クラヴィスなの?」
「ん? そうだが、貴様なぜこの俺の名を知って……」
「うっそ私だよ? デネボラだよぉ……」
「はぁ?」
そう語って敵の魔法使いが黒いフードを頭から外した。現れた顔は黒の猫耳に、クラヴィスとは反対の左目に彼と同じ眼帯を着けている。
もう片方の右目は緑色で髪色も同じような透き通るような緑をした癖っ毛で、顔つきは綺麗というよりは幼さのある可愛らしさがあった。そう、クラヴィスがずっと探していたデネボラ本人だったのだ。
「おっ、お前……何でこんな所で……」
「あんただって……まさか昨日一緒に仕事したシズクさんと居るなんて思わなかったよ」
そう、クラヴィスにはデネボラどうして仕事仲間を襲うような真似をしたのか気掛かりだった。彼女が仲間を襲う事など考えにくい事なのだ。
「そういえば、貴様はどうしてシズクを狙ったんだ?」
いつもの言葉遣いに戻ったクラヴィスを見たデネボラはハッとした表情を浮かべると、すぐに本来の言葉遣いに戻る。
「フフフ、この我が引き受けた仕事だからだ……」
「それはどういう意味だ?」
「シズクとは昨晩、ある人物の管理していた商品の取引書を盗み出すミッションを行い無事成功したのだが、その取引書を渡していないそうだ。だから我が引き取りに来たのだが断られたのだ」
「それで雇い主に言い付けられてやつを襲ったのか?」
クラヴィスの目に鋭い光が宿る。その問いにデネボラは決めポーズで答えた。
「そうだ! しかし我一人では勝てる気がしなかったのでな、たまたま出会ったヒューマン族のアーチャーと情報の取引をして助っ人を頼んだのだっ!」
ビシッと決めたデネボラの顔には『決まった……』と言わんばかりのドヤ顔。しかし、クラヴィスはその情報から恐ろしい事実にたどり着いていたのだ。
「ヒューマン族のアーチャーってまさか……」
「そう、そのまさかだよ」
路地裏に響く声。しかしその正体はその声で簡単に判明した。
「……シズクか。お前デネボラだと判ってて俺を残したのか!」
クラヴィスとデネボラが声の方向に向くとそこには、満月をバックに一人の少女を小脇に抱えたシズクの姿があったのだ。そして抱えられた少女の正体もクラヴィスはよく分かっていた。
「ちょっ、離しなさいよ!久し振りに会ったのにそんな事するの!?」
栗色のショートボブ、シズクの左手に握られていたのは月明かりに輝く蒼い弓、先程セイリア達と別れたはずのグレースだったのだ。
「話が違うわよソフィ! ターゲットってシズクちゃんの事じゃないのよ!」
知らない名前を呼んで、キャアキャアわめくグレース。クラヴィスは事の顛末を察してかデネボラの方を見てみるが、彼女もそっぽを向いて口笛でごまかしていた。
「貴様っ! ソフィなどと名を偽って、あいつを利用していたのか?」
右手で猫耳を、左手で眼帯のゴムをギリギリと引っ張ってお仕置きするクラヴィスに両手で抵抗するデネボラ。その様子はどこか兄妹を彷彿とさせる光景だった。
「いだだ……。べっ、別にそんなつもりじゃないもん……いだだっ! やーめーろー!」
「とにかく互いに捜していた人は見つけられたということだ。早いところ、ここからおさらば……」
「見つけたぞシズク!」
シズクの言葉を遮って、クラヴィスの後ろから何やら怒声が響いてきた。クラヴィスがその出所を探ると、足音が路地裏の両サイドから大挙して押し寄せている。
「貴様は……」
恰幅の良いスーツ姿の男、グレースとクラヴィスは昨日その姿をタウンホールで見ていたのだ。
「あんた……この街の領主じゃないのよ」
グレースが声を放った。まさかシズク襲撃計画が領主の手で練られていたものだとは思わなかっただろう。すると領主はグレースやクラヴィスの姿を目に留めると、面倒な物を見るかのような渋い表情をした。
「なんだ、さっき執務室に来たヒューマン族とディレムフォの奴らもいたのか……」
「貴様……なぜシズクを狙っているんだ?」
クラヴィスが領主を問いただす。それを聞いた領主はシズクを指差して声を荒げた。
「こいつが私の重要な取引書を盗んだのだ! 返してもらうのは当然の事だろう?」
「シズクちゃん、あなた何をやったのよ……」
なんとか小脇から下ろしてもらったグレースがシズクに問いかける。その問いにシズクは懐から一つの資料を取り出すと、領主に向けて指を突きつけた。
「これは奴が今までにした悪事の証拠があるんだ。あいつは裏取引をして、ここの物流の大半を握っていたんだよ。目的は……大方ケットシー族間で優位に立つために、ここの資源を牛耳っておくためだろうな」
驚くような暴露にここにいた全員が目を丸くした。仕事を手伝っていたデネボラも含めてだ。
「ちょっと! お前は仕事で手伝ってほしいと我に頼んできたのではないのか?」
「まぁ、今回のブツはこの街の商業ギルド連合から依頼されたものだ。確かにお前には詳しいことは教えなかったが、別に問題は無いだろう?」
「あっ、ありありだっ! この『闇の薔薇』を謀る(たばかる)なんて良い度胸だな?」
「奴等をどうにかしてからお前からの文句は受け付ける。今はこの場をなんとかすることを考えてくれないか?」
中二病的な言葉遣いで問い詰めようとするデネボラをうまいことあしらっていくシズク。グレースも事の顛末を把握したことで別の行動へと移していた。
こうして自身を差し置いて勝手に話を進めていく状態に業を煮やした領主は額に青筋を立てると、後ろにいた仲間であろうプレイヤーたちに向けて一つの命令を下す。
「お前たち、あの泥棒猫をぶっ殺して資料を取り戻すんだ!」
目測二十、いや三十人はあろうかという数。しかし、そこに一人の男が立ち塞がった。
「貴様ら……少女一人にこんな人数で卑怯と思わないのか?」
杖を構えた『暗黒の焔』クラヴィスが黒い炎を携え、不敵な笑みを浮かべる。そして、もう一人も側に並んだ。
「そうだ。そんなつまらない事をする軟弱者はこの『闇の薔薇』デネボラが暗黒の世界へと誘ってくれよう!」
凛々しい表情で立ち並ぶデネボラ。そして二人が対峙する人相の悪い手下たちに杖を突きつける。
「我ら『闇に堕ちし運命』、混沌の闇に愛されし堕天使の使いが貴様らを終焉へと導いてやろう!」
見事に一致した決め台詞を唱えた二人の表情は非常に清々しいものだったのだが、代わりに味方も含めたこの場の全員に流れる空気は絶対零度に迫る勢いで冷え込んでいくのだった……。
「なっ……何なんだ貴様らは! なーにが堕天使だ、なーにが終焉へ導くだ? 中二病をこじらせたガキどもがふざけるのも大概にしろよ。お前ら……コイツらも一緒に片付けてしまえっ!」
きっと二人にとっては脅かしも込めた決め台詞だったろうが、当然の如く怒りという火に不愉快という油を注ぐ結果になってしまった。
「うっ、うわあーっ!」
「きゃーっ、来ないでーっ!」
鬼のような形相の手下たちに怖じ気づいた闇に堕ちし運命(笑)は、とっとと路地裏から脱出しようと、まだ手薄だったクラヴィスとシズクが元来た道を魔法をぶっぱなしながら走り出していった。
「逃がすかクソガキ共!」
逃げる二人を部下たちが襲いかかる。そこに一筋の黒き閃光が手下の一人に上から襲いかかった。相手は何もできずに得物の短刀で頸を斬られて地に伏せる。
「お前たちは大通りまで走るんだ。私が時間を稼いでやる!」
シズクが手早く一人を戦闘不能にして立ち上がった。その姿はまさしく『忍猫』の名にふさわしい雰囲気を纏い、手下達を怯ませた。
そんな精悍な忍者の姿に一度こそ恐れた領主もすぐに立ち直ると、なおも部下をけしかけていく。
「お前ら早くコイツらを消してやれ!相手は三人だけだろ!」
発破をかけられた手下たちも、冷静さを取り戻したのか慌ただしさが収まっていった。
「そ、そうだよな。あのクリスタルローズの『忍猫』が居たって所詮は、たったのさんに……ウグッ!?」
手下の一人が奮い立たせる為の言葉を言い切る前に喉に矢を受けて地に沈む。矢の出先はシズクの後ろに立つ、不満げに月の光を背にした栗毛の少女がもう一つ矢をつがえている姿だ。
「あら……私だっているのよ? 四人の間違いね」
「ぐぅ……」
悔しげな声を漏らした領主。すると、得物であろう大きな槍をメダルから変化させた。
「私も出る。知っている限りではクリスタル・ローズのメンバーで最大レベルは少ないと聞く。奴らのスキルからしてもそうレベルは高くは無いだろうから、お前らは弓のやつと魔導師を捕まえろ。シズクは私の獲物だ」
「わかりました!」
威厳たっぷりの様子に一旦下がった敵の士気がますます盛り上がった。二人倒したとはいえ、相手はまだ何倍もの数がいる。わずか四人だけのクラヴィス達では多勢に無勢だ。
するとシズクはクラヴィスとデネボラの二人に何やら作戦を耳打ちすると、
「あっ、あいつら逃げ出したぞ!」
敵を蹴散らしていた元来た方向の道を一目散に走り出したのだ。それを見た領主がニヤリと笑みを浮かべる。
「あいつら、あそこから逃げられると思っているのか? お前たち、反対側の奴らに突撃命令を出しておけ」
「ウオオッ!」
敵に背を向け走る三人に敵が迫ってくるが、逃げる先の敵はまだ数名単位だ。それらをシズクを筆頭にクラヴィス、デネボラ、グレースの順に並び、敵を多く相手にするグレースは爆発矢といった足止め用のアイテムを駆使して退路を確保していた。
空に大きく浮かぶ月に雲が掛かり、この街に射し込んでいた月光が徐々に奪われていく。そうして辺りは少しずつ漆黒の闇へと様子を変えていくのだった。




