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物語は契約の後に

作者: 仲春つくよ



 二月終盤の某日、とある高校では卒業式が恙なく終了した。

 高校での最後のホームルームも終わり、卒業生は別れの涙を流したり、楽しそうに写真を撮ったりと大忙しの中、男女二人が人気のない非常階段の踊り場で向かい合っていた。

 黒渕眼鏡をかけた少年と綺麗な黒髪を風に揺らす少女だ。



「これで僕たちの契約も終わりですね」


「そう、ね。ありがとう、浅木くん、あなたのおかげで楽で、そして楽しい三年間だったわ」


「そう言って頂けただけで、僕の三年間は報われましたよ」



 二人はとても親しげで、傍から見れば付き合っている、ないしそれに準じた関係である、と見て取れる。

 少年の少女を見る目は正しく愛しいモノを見るソレであるし、少女が少年に向けるモノも情愛に似たソレで間違いない。



「でも、今思うと私も本当に酷なことをしたわね……それに付き合ってもらったあなたには感謝の言葉しかないわ。そして、感謝だけじゃなくて、ごめんなさい」


「……僕も、謝られても困るんですけどね。あれはあれで、いわゆる役得ってやつでしたから。三年間良い夢を見させて頂きましたよ」



 罪悪感の見える瞳を向ける少女に対して少年は頬を掻く。

 確かにそう思われても仕方がない。

 そんな関係を少年と少女は、あの日――高校一年生の頃のゴールデンウィーク明けから続けてきた。

 ある意味酷い仕打ちとも言えるそれは、他の人たちが知れば少女を非難すらしかねないようなものである。

 それでも少年にとって至福の三年間であったことに違いはないし、それですら少年には嬉しいことであった。



「僕以外にあんなことを頼まれなくて、本当に良かったって思います。偽物とはいえ、僕以外があの位置にいたらと思うと、それだけで腸が煮えくり返る」



 少年の言う軽口も今となっては思い出を噛み締めているような声色であるが、少女の罪悪感を少なからず突いているのも事実。

 お互いにそれには気付いていて、あえて言葉にして互いに刻み合う。

 これまで行ってきたこと自体が逃避だったからこそ、理由はそれぞれ違うとはいえ、最後はじくじくと締め付ける痛みがお互い、心のどこかにはあった。

 だからこそ、少女の少年へ向ける綺麗な黒い瞳には少年に対する申し訳なさと自責の念が揺れているし、少年が少女へ向ける眼鏡の向こう側の瞳には慈しみが浮かんでいる。



「あなた以外には頼まなかったわよ。出会ってからたった一月で私の二番目まで登りつめた男なんですもの」


「一番になれなかったのは残念ですけど、それでも嬉しいな」



 少女は少年にとあることを頼み込み、少年はとある挑戦を少女に飲んでもらうことを条件にその頼みごとを承諾した。

 結果として、少年の挑戦はお互いから見て奮闘に違いはないが、失敗に終わった。

 今は、その結果の精算である。


 青い挑戦だった。

 今思い返すと、よくあんな条件を叩き付けたものだ。

 悔しい思いもある。

 後悔なんて数えだしたらキリがない。

 数えるまでもなく、山のようにある。

 それでも、楽しい毎日だった。

 それだけは断言できる。


 少年はどこか満足そうな笑みをこぼして、少女へと向き直る。



「黒河さんは青大に進学でしたよね。国立なんてすごいなぁ」


「ええ。でも、そういう浅木くんも有名私立大でしょう?」


「黒河さんが勉強に付き合ってくれたおかげですよ。僕だけじゃ、たぶん高二辺りで埋もれていってたんじゃないでしょうか。そういう意味でも本当に僕は感謝しています」


「どういたしまして。追い付いてくるのが早いものだから、私も背中を見せるので精いっぱいだったんだから」


「へえ、それは惜しいことをしました。せめて勉強面くらいでは肩を並べられたらよかったんですけどね」


「残念でした」


「ま、必死な頑張りは無駄にならなかった、ってことで」


「ふふふ」


「ははは」



 本当に楽しい高校生活であった。

 だが、それも今日で終わり。

 高校生活の終わりとは、少年と少女の交わした契約の終わりでもある。

 卒業式まで、そういう契約であったから、卒業式の終わった今、契約は終了し、少年の挑戦も幕を下ろした。



「さてと、それじゃあ、名残惜しいですが、そろそろお別れですかね。僕も家に帰って荷物を片付け始めないと」


「……そうね。片付けって、浅木くんは引っ越しの?」


「そうなんです。来週から下宿先への入居が始まるんですけど、人生初の独り暮らしなもんでして色々と準備がねぇ」


「ふふ、応援してるわ」


「ありがとうございます」



 二人は笑みを交わし合う。

 おそらくこれで終わり。

 今度会う機会があったとしても、こんな会話はできないだろう。



「僕はこのあと、クラスに戻って少しだけ話してきますけど、黒河さんはどうしますか?」


「私はもう少しここにいるわ。ありがとう、浅木くん」


「いえいえ。それでは、僕は失礼しますね」


「ええ、本当にありがとう。そして、ごめんなさい」


「堂々巡りしてますよ。僕は楽しかったですし、感謝は受け取りますが、謝罪は僕自身が適わなかっただけです。こちらこそありがとうございました」



 少年は律儀に頭を下げて、校舎の扉へと手を掛ける。

 手をかけて――ドアノブを捻らずに少女へと振り返る。



「やはり僕は届きませんでしたか?」


「…………」


「はは、そうですか。困らせてすみません。

 でしたら、頑張ってくださいね、黒河さん。心の底から応援していますよ、僕の愛しい人」



 最後にそんなことを爽やかに言い残して少年は扉の向こう側へと消えていった。

 少女は一人、踊り場の手すりに肘を突いて校庭を見やる。

 続々と帰宅していっている同級生たちの姿が見えた。



「何が愛しい人よ。そう言うなら奪う気概でも見せればいいのに。律儀に約束なんて守って、馬鹿みたい。本当に、本当に……困らせてくれる人ね、あなたは」



 おかしそうに、愛しそうに少女は微笑む。

 少女も少年のことは嫌いではない。

 むしろ好きな部類で間違いない。

 それでも、『一番』ではなかったのだ。



「これで玉砕したら笑い物ね。その時は……さて、どうしましょうか」



 扉の向こう側では少年もまた決心を着けるように扉を背に目を閉じていた。



「……結局、名前で呼べませんでしたし、呼んでもらえませんでしたか」



 自嘲気味に吐き出した息は胸に響くも、それを治す薬を手に取る勇気はなかった。























「そういえば直斗、お前、最近黒河さんとはどうなんだ?」


「黒河さんとは卒業式以来一回も会ってませんよ。と言いますか、僕たち別れましたし」


「はぁ!? あんだけ仲良かったのにか!?」


「そういうこともありますよ」




 大学生になっても、学年が上がっても、成人しても、まだ胸の痛みはあった。

 でも、少年は少女を応援すると決めたから。




「お前の元カノ、最近テレビでも大人気だな」


「鼻高々ってヤツですね。嬉しい限りです」


「割り切ってんのな」


「……割り切れていたら、どれだけ良かったか」


「ん?」


「いえ、何でもありませんよ」




 久しぶりに見た彼女は、画面の向こう側。

 手の届かない遥か先だった。




「あ」


「あ」


「お久しぶりです。活躍は聞いていますよ」


「そう、ね。久しぶりって言えるくらい会ってないものね。久しぶり、浅木くん」




 もう会うことはないと思っていた。

 けど、二人はまた出会ってしまった。

 出会ってしまった。




「誰ですか、こんな夜中に」


「――――浅木、くん」


「ッ、どうしたんですか、黒河さ、とにかく上がってくださいっ」




 もう切れてしまっていたと思っていた運命の糸は、偶然の再開を機に絡み合い、ほつれを生む。

 どうしようもなく絡んでしまった糸は、もはや切り裂くしかほどく手段はない。





「迷惑かもしれませんが、僕は今でもあなたを愛してますよ、黒河さん」


「私、は……」




 少年と少女、二人の物語(プロローグ)は契約が終わってから、ようやく始まったのであった。

思い付きをテキトーに。

書いただけじゃもったいないので、たまには投稿してみる。

たぶん続かない。

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