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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第1章 復活戦!! VS強豪・大野山南高校
9/122

第8話 リリーフ

 マウンド上の最上は6回の裏。8番にシングルヒット。9番を送りバント2塁封殺でしのいだかに思われたものの、1番がショート春馬のエラーで出塁。1アウト1、2塁の大ピンチだ。


「悪い。ミスった」


「そうだよ、春馬君。さっきのダブらないとピッチャー苦しいよ?」


「いや、気にすんな」


 マウンド上に集まった内野陣。春馬が謝るもそれを最上が擁護する。


「お前が捕ったのは完全にヒットコースだ」


 三遊間の痛烈な打球で、しかも難しいバウンド。普通に見れば春馬が捕球後にバランスを崩してエラーしたよう見えたが、分かる人には分かるように彼でなければレフト前ヒットの一打であった。


 春馬はボールを最上に渡しながらも顔色を伺う。


「まだ行けるか?」


「どうだろな。少し疲れて来たかもしれねぇ」


「ネクストは日野さん、だよね」


 近江がみつめる先はネクストバッターサークル。


「リリーフしようか?」


「このタイミングでか?」


「このタイミングで。正しくは、これ以降は基本的に僕が最後まで投げるけど、日野さんが打席に入った時だけは最上がワンポイント」


「なるほど。頼めるか?」


「当然」


 皆月と視線を合わせて頷く春馬。皆月は振りかえるとホームまで戻っていく。


「主審。ピッチャーがショート。ショートがピッチャー」


 皆月は審判にシフト交代を告げると投球練習のためにマスクを外した状態のまましゃがみこむ。春馬は内野陣4人及び、外野から3人の視線を浴びながら、ノーワインドアップから1球、2球と球速にして120前後のストレートをミットめがけて投球練習。


「春馬君……私がキャッチャーじゃなくていい?」


「お前は臨時の捕手だからやらなくて結構」


「やりたい」


「ダメ。と言うかできれば、お前みたいな守備力の高い選手は後ろにいてくれた方が投げやすい」


「え……そ、そこまで言われたら……うん。セカンドで頑張る」


 照れ気味に顔を赤らめる近江。少し褒め言葉を含めてしまえば反論が容易く通ってしまうのだから、かなり扱いやすい人間である。春馬としては彼女が詐欺やその手の類に引っかかりそうで将来がほんのり心配になったりする。


「ラスト、ナイボール」


 投球練習が終わったところで皆月はピッチャーにボールを投げ返し、ホーム前でアウト確認をしようとしたところで、その声に先んじて大声を出すものが1人。


「ワンアウト、ランナー1、2塁。内野捕ったらゲッツー。外野捕ったらバックホーム。みんなぁ。無失点で乗り切るよぉぉ」


 春馬に褒められてかなりの上機嫌の近江だ。


『(ま、いっか。言ってることは間違ってないし)』


 声出しを近江に任せ、マスクをかぶってサインを出す。考えている間にバッターが打席に入ってプレイがかかった。


『(初球はバッターも見てくるだろうから、ストレートでストライクをもらっちゃおう)』


『(了解)』


 ランナーを2人置いた春馬は投球練習とは違いセットポジションに入ると、クイックモーションを始める。


「ストライーク」


 インコースへのストレート。球速は114キロを記録。お世辞にも速いとは言えないが、120キロピッチャーのリリーフとしては及第点だろう。


『(球速はまぁまぁ、前のピッチャーより少し遅いか?あまりクセのあるような感じもないし、次の球、ストライクなら同点かな)』


 2番バッターは自分で同点にしようと肩に力が入る。


『(春馬。次はこれでストライクもらう)』


『(……よし。制球利かなかったら悪いな)』


 最上とタイミングを合わせて1度だけ牽制を入れる。余裕のセーフも間を取る牽制としては十分だ。


 勝負は次のボール。グローブの中で握りを確かめ、クイックモーションからの2球目。ボールは高めの遅い球。球速で言えば100キロ台がいいところ。甘いと振りにかかる。その時だった。


『(なっ)』


 手元でボールが外に逃げた。中途半端にバットに当たった打球は一二塁間への速いゴロ。抜けてライト前になり、2塁ランナーは一気に3塁を蹴って……


「てぇい」


 近江が追いつくと、不安定な姿勢で回転しながら2塁へとサイドスローで素早い送球。


「アウト」


 2塁ベース上でショートの最上がボールを捕球しアウト。ピッチャーらしい地肩を生かして1塁へと返す。低めの送球を寺越がすくい上げた。


「アウト、チェンジ」


 一瞬の無駄もないダブルプレー。またしてもセカンドの近江に助けられた。6回の裏も無得点。大野山南が未だに無得点と言うとんでもない状態が続く。


「くそぉ。いい球だと思ったんだけど」


「近江君の守備上手過ぎやろ。大げさかもしれんが、高校野球史上二番の名手やないんか? 一番はもちろん新田君。それよりどないや? 大方、変化球とかかいな」


「カーブだろうな。逃げてく球だった」


『(ふ~ん。新田君のジャイロもなかなか元気にしとるみたいやな)』


 日野が持っていたバットやヘルメットを片付けていると、その2番バッターが首をかしげながらバックスクリーンの得点表示に目をやった。


「しっかしなんで変化球持ってる奴がリリーフで、ストレート一本槍がエースなんだろ? エースもなんだかんだで俺たちをここまで無失点に抑えてるし」


「……」


 日野は俯き気味にグローブを手に取ると、急いでマウンドへと駆けて行く。


『(やっぱし、鮭様の違和感に気付いてるのはワイだけやないんやな。去年の試合や甲子園も見てるけど、鮭様は変化球を投げている覚えないんよなぁ。球速ものきなみストレートレベルやし)』


 マウンドに上がると蛍が丘ベンチには目をやらず、ロージンバックを手に取って2度3度と転がす。


『(まぁえぇわ。こうなればこっちも無失点で切り抜けるのみや。ワイの本領、見せてやるで)』


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 テレビ局。新聞社。雑誌出版社。大野山南高校に集まった様々な情報媒体の取材陣。


『女子に男子硬式は不可能』


『高校野球への女子球児参加は無謀』


『規則の再改正を』


 昨日までは女子の高校野球参加に対しては批判の嵐だったマスコミも、自分たちの考えを結果論と言う絶対的な反論を見せつけられて次はどのような記事を考えようか。どうやって釈明しようかと考えるしかなかった。


「わりっ。ちょっと仕事が押して。試合はどうなった?」


 7回の表開始後に遅れてやってきた1人の男性記者。女子の高校野球参加には否定的な考えを持つものの1人である。彼は自分の同僚を見つけると、頭をかきながら歩み寄った。


「……」


「おいおい。どうしたんだ? 一方的な試合展開を見せつけられて言葉になら、な……い」


 彼は無言の同僚を見るやいなや、自分でスコアを見てみようとバックスクリーンの得点掲示板を見てみる。するとそこに書かれたスコアは、


「7回表で……1対0、だと」


 それも蛍が丘高校の1点リード。大野山南の3番にはエース日野の名前が浮かぶ。


「は、はは。大方、日野はこの回からリリーフか」


「先発だ」


「先、ぱ……」


 ハッとした彼はタッチパネル式の携帯端末を取り出すと、大野山南高校の選手一覧表を表示させる。そしてその画面とバックスクリーンのメンバーを照らし合わせるも、


「3番の日野、4番の白柳」


 すべてが大野山南のベストとも言えるメンバー。にもかかわらずここまでを無失点に抑えている。そしてなによりも、


「プロスカウトからも注目の日野から1点を奪った?おい、1点はどうやって」


「近江だ。近江のレフト上空への大アーチ」


「近江って、あの近江美優か」


 同僚がカメラを回しつつ答えると、彼は愕然とした。


『(嘘だろ。たかが女子高生が、あの日野からホームランを打つなんて。あり得るか。あり得るわけがない)』


「打てば先制ホームラン。守れば度重なるファインプレー」


「そ、そんなわけ……」


「俺だって、俺だって思ったさ。だがな、お前が来てない間にここに来ている他の社の奴らも含めて、全員がそんなまさかを見てんだ」


 その言葉を裏づけする様に、そして女子の力を信じない彼の考えを打ち破るかのように、7回の表の先頭打者・新田楓音は、3―2からの6球目をセンター前に弾き返した。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「ナイスバッティン」


「うん。ありがとう」


 楓音は肘の防具を外すと、1塁コーチの近江に投げ渡す。そしてそれを近江は1塁コーチボックス付近まで来ていた猿政へと渡した。


「楓音」


「うん」


 近江が3塁コーチの春馬を指さす。彼は帽子のつばや胸、首元や腕、手などをさわって複雑なサインを出す。


『(送りバント。私ほどじゃないけど皆月くんは打撃良くないし、仕方ないよね)』


 蛍が丘高校は自分も生きる目的以外のバントは使わない。アウトを相手に与えるデメリットと、ランナーを進めるメリットが釣り合わないと言う発想なわけなのだが、当然それもケースバイケース。使った方がいい場面と言うのは必ず存在する。


 楓音は牽制を受けても余裕で戻れるほどのリードを取り、バッターの皆月は早くもバントの構え。サードはじりじりと前に出始め、セカンド・ショートも次第に守備位置を変える。


 白柳は初球を立ち上がってストレートをアウトコース高めに思い切って外すと、第2リードを大きく取っている楓音に対して1塁へと牽制。彼女は逆を突かれ気味になるも、ヘッドスライディングをしながらタッチを避けて1塁ベースにタッチ。


「セーフ」


 審判の手が横に開く。


「うわぁ。危ない」


「危ないじゃなくて近江ちゃん。少しくらいランナーコーチとしての仕事を果たそうよ。あくまでもランナーコーチは補助で、結局はランナーの判断次第だけど」


「バック」


「遅ぉぉぉぉい。もうベースに戻ってるから」


 起き上がりユニフォームの砂を払う。近江は何も聞こえませんと明後日の方を向いて口笛を吹こうとしているが、上手く吹けないようで音が出ていない。


「近江ちゃん。もういいから、せめてお仕事して?」


 ピッチャーにボールが戻ってからも必死で口笛を吹こうとしている。楓音の声に気付いた近江は周りを見回したのちに右手を口元に当てて中腰で本職へと戻る。


「はい、リーリーリーリー。まだ1歩行けるよ~」


 言われた通りに1歩だけリードを広げる。すると日野の右足が上がった。


「リーリーリー、ゴッ」


 皆月の方へと注視しながら第2リードまで出る。そしてバントが3塁側に決まると2塁へとスタート。


「ピッチャー。ボールファースト」


 白柳はランナーを一瞬だけ確認するとファーストを指さす。ボールを拾い上げた日野。振りかえる過程で楓音を確認して1塁へと送球。2塁はまったく間に合いそうになく、指示通りに1塁へと送球してワンアウト。楓音は無理に3塁を向かおうと言う意思を見せずに2塁でストップ。


「ワンアウト2塁、か」


 ネクストバッターサークルのキツネがヘルメットをかぶりなおしながら起立。


『9番、ピッチャー、最上君』


『(名将・新田監督。どうしますかね)』


 ここまで2打数2三振と9番らしい成績ではある。右バッターボックスに入るなり1人前に足元をならす。3塁コーチの春馬を確認もサインは無い。


『(ここで1点を取る必要はない。日野さんは新田の予想通り疲れてるみたいだからな。上位に回せばそれで十分)』


 日野は帽子を取って汗を拭う。


 これら全て春馬の予想通り。今、マウンドに登っている日野は怪我以降初めての登板であり、最後に登板したのは夏の島根県大会。1年近くも間が開いた状態で、スタミナのペース配分ができるとは思えない。6回あたりに球速が上がっていたのは疲れに対して過剰な気合いで全力投球を続けたからであり、これ以降はおそらくはその反動がくるであろう。


「ボール」


 初球は外への抜け球変化球。はっきりとしたボール球を見送る。


『(抜け球も多い。球速落ちてる。リリーフされる前に点を入れないと)』

 春馬をサイン確認で向くもノーサイン。最上ならばこんな分かりやすい相手の弱点に対して付けこみ方を知っているだろう。ノーサインと言う信頼だ。


「ボール、ツー」


「ボール、スリー」


 ストライクが入らない。楓音の刺せそうで刺せない絶妙なリードの大きさと、未だここまで何もしてきていない山陰の狐の不気味さが日野へと圧迫感を与える。それもカウント3―0となればそうも言っていられない。ここまで2打席連続三振しているような9番バッターをフォアボールで出すわけにはいかないのだ。


 牽制もせずにバッター勝負。


『(カウント3ボールだし、次の投球は見逃して……)』


 最上は考えながら足を引いてスイング始動。


『(な~んて僕が考えると思ったか。甘いぜぇぇぇ)』


「うそやん」


 3―0からの甘い投球をセカンド頭上へと弾き返す。ボールは右中間寄りセンター前をワンバウンド、ツーバウンドと転々とするセンター前ヒット。


「回れ回れ回れぇぇ」


 春馬は楓音の足で十分に帰ることができると腕を回してホーム突入指示。楓音も3塁ベースを回ったところで少しだけセンターの方を向くと、すぐに前に視線を戻してホームへと全力疾走。


「まずい、バックホーム。まだ間に合う」


 白柳がホームで捕球体勢に入ると、センターからセカンドにボールは転送され、さらにそこからバックホーム。


『(余裕~)』


 しかし楓音はブロックをキャッチャーの背中側に回り込むことでかいくぐると、スライディングしながら伸ばした左手でホームベースをタッチ。その後にキャッチャーミットが彼女の背中に触れるも、当然ながら時すでに遅し。


「セーフ、セーフ。ホームイン」


 主審の手が横に開く。ヒット・バント・タイムリーと下位打線の3人衆で、この試合で初めてつなぎの野球で取った点は、7回の表の大きな大きな追加点。


「大崎、続けよ」


「春馬くん。ランコーチェンジ」


「おぅ。ナイラン」


 楓音と3塁コーチを交代してベンチへの帰り際にサインを送る。いつのまにやら1塁コーチも皆月へと替わっており、近江はベンチで先制点に大騒ぎしている。おそらくは皆月がベンチに帰った直後にはもう交代していたのだろう。


 試合が再開しない内に走ってバックネット前を通り過ぎベンチへ。


「ナイス采配」


「どうも」


 近江の賞賛に適当な返事をしておいて、クーラーボックスからスポーツドリンクを取り出しての水分補給。


「もう1点狙えるといいけど」


「運が良ければ満塁でお前だぞ」


「よせよ。さすがにプレッシャーが」


 気の弱い返事の寺越は焦ってヘルメットを地面に落とす。さすがの野球経験者であってもチャンスにプレッシャーがかかり緊張するのは初心者と同じ。むしろ初心者は状況の重大さがわからない分、経験者よりも落ち着きがあるのではないだろうか。


 ネクストバッターの因幡や寺越の視線が集まる中、大崎はアウトローのスライダーを泳いだ末にサードへのフライ気味のライナーに打ち取られてツーアウト。


 残念そうに帰ってくる大崎は恐ろしいまでの絶不調。彼の足なら内野ゴロでも転がせばヒットになろうに、今日の打席はすべてが三振やライナーと俊足が生かしきれていない。


「ごめん。1番なのに」


「日野さんのスライダーはキレが鈍っても高校レベルなら1級品みたいだし、仕方ないと言えば仕方ないかなぁ。ためしに次の打席あたりにセーフティでも仕掛けて見れば?さすがに調子悪くてもバントくらいはできるだろ」


「うん。次の打席、回ってきたら仕掛けてみようかな」


 バットをケースに放り込み、ヘルメットをきれいに揃えて置いておく。


「いっそ、ホームラン狙いでフルスイングしてみればぁ?」


「ボール球フルスイングはお前だけで十分だ」


「ボールじゃないもん。私のストライクゾーンだもん」


「広いストライクゾーンだな」


 つまるところがデッドボールになりそうなインコース低めも、顔の高さの釣り球もストライクゾーンらしい。フグのように頬を膨らませた近江は、春馬から視線をそむけて試合へと向ける。


 打席の因幡は初球ボール球から2球連続ストライク。


「ファール」


『(……少し早かったか)』


 4球目のチェンジアップに少しタイミングが早すぎ、3塁線を割るファールボール。しかし次第に因幡のタイミングもあってきている。そろそろ一本がでるころだろう。


 打席を外してバットを握りなおす。そして深呼吸をして構えて第5球目。日野の投球がアウトコースへ。


『(打て……うっ)』


「ストライクバッターアウト、チェンジ」


「っしゃあ。一丁あがりぃ」


 見逃し三振にガッツポーズで雄叫びのような気合いを入れながらマウンドを降りる。


『(……ストレート)』


 因幡はバックスクリーンに目をやると、


『140㎞/h』


「140か。かなり上がってる……」


 変化球で遅いタイミングに合ってきたところで速いストレート。約20キロの球速差に手が出なかった。


「因幡、切り替えていこうや。皆月、僕と最上が守備交代」


「はいはい」


 春馬に近江、異常な早さで防具をつけ終えた皆月がベンチから出てくる。彼は守備シフトの交代を主審に告げるなり、相方最上がマウンドに上がるのをしゃがんで待つ。しかし水分補給などを済ませるために少しだけ時間がかかるようで、相手のバッター・日野共々ベンチからなかなか出てこない。


 その間に内野は守備練習、外野はキャッチボールしながら暇つぶし。近江が1塁へとボールを軽く放りながら、春馬に背中で語りかける。


「どうせなら日野先輩と1打席だけ勝負すればいいのに」


「ストレートかスライダーにヤマ張られて、スタンドインが目に見えてる」


 短い会話をかわしていると最上と日野が出てくる。ほんのりお疲れモードの最上が投球練習不要のアピールをすると、内野と外野はファーストの寺越へとボールを集め、彼が代わりに1塁ベンチの中へと放り込んでおく。


「近江。前打席そっち行ってるぞ」


「分かってるよ~」


 近江は春馬へと顔を向けて右目でウインク。ウインクされた春馬も「いいから前向け」とグローブを持った手で前を差し示す。


「プレイ」


 日野が左打席に入り、審判からのプレイ宣告。最上VS日野の第2ラウンドが幕を開けた。


『(初球はどうするかな。シンカーで芯を外してもいいけど、1打席目でかなりボールを見てきてたからな。余計な事せず際どいとこストレートでファール打たすか)』


 セットポジションで配球を考えると、足を高く上げてモーション始動。日野への初球はやや抜いたストレートを際どいコースへと意識して投げ込む。


「ストライーク」


『(おっと、少し甘いところ行った。危ない、危ない)』


 日野が見逃したからこそ助かったが、打って出ていようものならスタンドに叩き込まれた甘いボールだったのは間違いない。


『(次はどうするかな)』


 最上のシンカーは多少見逃した程度ではストレートと見分けがつかず、仮に上手く打てずとも、「重いストレートで前に飛びづらい」と勘違いされてそれまでだろう。だが日野のようにあそこまでじっくり見られては、シンカーだとばれる可能性も少なからずある。


『(もう1球だけストレートで勝負するかな)』


 足場を整えながら日野の表情を探る。ここまでの投球の疲れによるものなのか、それとも最上の投球に対する理由不明な違和感のためなのかは分からないが、とにかく集中できているようには見えない。


『(よし。もう一丁、ストレート)』


 顔に出るほどの不安定な心境では、まともにボールを打てるとは思えない。ならば秘密兵器など見せずに追い込んでしまうべきだろう。


 皆月のミットを凝視しながら腕を振り下ろす。


「ファ、ファール」


「うぉ。ひ、日野ぉぉ」


「あ、あぶねっ」


「前に打て、前に」


 ファールボールが直接3塁側ベンチに飛び込み、ボールの代わりに野次が次々に飛びだしてくる。打球が当たったらしい1人は特に騒いでいる。


『(さ~てと。ラストはシンカーで……さすがに追いこんだら集中してきたか)』


 近江ほどではないが日野の鋭い眼光が最上を射抜く。しかしむしろその程度闘志むき出しの方が最上にはやりやすい。そういう奴に限って、細かい事考えずに真正面からかかってくるのだ。


『(日野啓二。討ち取ったりぃぃぃぃ)』


 最上の刃が日野へと襲い掛かった。


 が、日野はわずかにボールの上っ面もボールほぼ真芯を叩いた。自分のわずかに左を襲う打球にグローブを差し出すも、わずかにかするだけで打球方向や勢いはほとんど変わらずに二遊間へ。


「まずっ。近江っ」


 振りかえる最上。そこで近江の自称・黄金二遊間が『真・黄金二遊間』と化した。


 走りながら逆シングルでボールをグローブにいれた近江は、倒れ込みながら誰もいない二遊間へとバックトス。そんな無人のエリアに飛び出してきた春馬がやや高めに浮いているボールを、グローブを付けた左手を伸ばして捕球。そして走りながらに1塁へと無駄のない動きでランニングスロー。それも寺越のファーストミット一直線のストライク送球。1塁に近い左バッターとはいえ、足の遅い日野は間に合わない。


「アウトぉぉ」


 1塁審も好プレーについ熱が入り、プロ野球のような大胆なジェスチャー。蛍が丘守備陣や大野山南ベンチ、外野スタンドの2軍・新入部員、そして取材陣から大きな歓声や拍手がする。


「よし、オッケ。ナイセカン、ナイショート。今日は二遊間が一向に抜かれないな」


「いやいや。僕はただ捕って投げるだ……」


「練習していただけあるな。スイッチトス」


「それ言うなや」


 試合でいきなりやった方が格好いいのだが、最上がばらしたからにはもはやそんなことなどない。春馬は頭をかきながら近江の方へと振り向く。


「近江、怪我はないか」


「アウト取れた?」


 頭から二遊間に滑り込んだ彼女はアウトの瞬間が見えなかったようだ。


「アウト取れた。ほら、日野さんが悔しがってる」


「おぉぉぉ。頑張った」


「はいはい。頑張ったな。と言うか近江。今日はいつになく調子いいな」


「だって、今日は大切な試合だもん」


 今日、何度目になるか分からないハイタッチは素手どうし。その流れで近江に手を貸して起き上がらせる。


「さて、最上。交代。それともまだ投げるか」


「後は任せる。皆月、守備チェンジ」


 寺越からの返球を春馬が受け取りマウンドへ。最上は6回裏のようにショートへと守備位置を変え、それを皆月が主審へと申告するとウグイス嬢の大野山南女子マネージャーがしっかりとそれを球場内に伝達する。


 試合時間短縮と流れを途切らさないように、投球練習はカットして7回の裏1アウトからの守備に移る。4番の白柳から始まるとはいえバックを守るは意気上がる蛍が丘外野陣。1点すら与えるような心の隙もない。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 7回の裏は春馬が4番の白柳へレフト前ヒットを許すも、5番をピッチャーへのダブルプレーに抑えてスリーアウトチェンジ。終盤戦もそこそこの順調スタートを切るに成功し、ほぼ勝利を手中に収めたも同然となる。ここまで無得点の大野山南サイドの焦りも尋常なものではない。


「おいおい。何やってんだ」


 監督もつい貧乏ゆすりが始まる。甲子園出場候補が日野の言うように強いとはいえ、このような公立高校に負けるわけにはいかない。と言うのに、試合は既に7回裏が終了して2―0と相手にリードを許す展開。


「ほら、早く守備に行け。もう点を取られるんじゃないぞ」


「「「は、はい」」」


 動揺が隠せないのは監督だけではなく選手たちも同じだ。3番・日野のセカンドゴロも、5番のピッチャー併殺打も、どちらも並の高校ならばヒット性の当たりだった。それらを好守に阻まれ、クリーンアップからの攻撃も無得点と言う圧倒的劣勢。一方の蛍が丘高校の8回表はクリーンアップから始まる好打順。


『(さすがに怪我明け初登板で8回は辛いなぁ。そろそろ体力的にも厳しいで)』


 特に7回裏は1点を取られて以降に気合いを入れて投球しただけあり、かなりの体力を消耗した。そして7回裏に中途半端に休んだせいで体が重い。


『(でも、向こうもこの試合に賭けとんのや。やったらその期待を裏切れへん。意地でも抑えたろやないかい)』


 どうせあと2回。全員を三球三振に切って取るとすれば放る球数は最小で18球。1球で打ち取るならばわずか6球。


「シラナン。投球練習はええわ。調子ええから直接試合いこや」


 白柳が後ろを向いて頷くと、目を合わせられた主審はマスクをして寺越を指さす。


「バッターラップ――プレイ」


 寺越が左打席に入るとプレイ宣告。7回裏・8回表と両チームがイニング始めの投球練習をせずに試合が再開される。


「すげぇ疲れてるみたいだな」


「そう?」


 サイズを見ながらヘルメットを選ぶ春馬の一言に、近江は日野へと目をやる。見た感じは疲れている感じなどなく、球速や球のキレも落ちてはいるがそこまで大きなほどではない。言われれば気付く程度だ。寺越への投球も初球こそ外れてワンボールも、2球目以降はセーフティバント失敗のファールと、アウトローストレートでカウント1―2と追い込む。


「全然、疲れてないような……」


「どうだかな」


「新田殿。極力粘った方がいいかの?」


 ネクストバッターボックスにしゃがんでいる猿政は横目で春馬を視界にとらえる。


「その必要はないだろうな。序盤ならともかく終盤戦で1球2球での疲れを誘うくらいなら、甘いボールは逃さずに確実に打っていったほうがいい」


「うむ。分かり申した」


「はいは~い。じゃあ私もそうした方がいい?」


「お前はいつも通りで。打てると思ったらとりあえずフルスイングしとけ」


「分かった。任せて」


 近江は小さく敬礼。それに重なり審判の三振コール。もう4打席目だというのに、外のスライダーにひっかかったようだ。


「猿政。まだ変化球は健在。気を付けろ」


「うむ。情報、感謝いたす」


 寺越からの助言を得て猿政が打席へ。そして近江がネクストバッターボックスで気合いの入った素振りを始める。バットを振る度に空気を切り裂く音がし、それが周りの人間に近江のスイングの鋭さを教え込む。


『(そっか、次は近江君やな。それやったらランナー出すわけにいけへん。2点ならまだ追いつけるやろうけども、ツーラン食らって4点差になろうもんならその瞬間にお手上げや。別に近江君を抑えれば万事解決なんやが、今日は調子よさそうやからなぁ)』


 体の疲れも精神的な疲れも、気合いを入れればなんとか耐えることができる。しかし既に球速や変化球のキレは落ち始め、そちらを落とさないようにと全力投球すればコントロールが大きく乱れてしまう。


『(ふぅ。キッツイなぁ。やっぱ久しぶりで完投は難しいやろか?)』


 つくづくこの試合が公式戦でなくよかったと思う。蛍が丘相手にこの調子なのだから、島根県トップクラスの強豪校相手だといったいどうなるかなど考えたくもない。


「ボール」


 初球はアウトコースに大きく外れるボール球。


「楽に楽に」


『(分かっとるて。上手く入らんのや)』


 相方の不調を見抜いた白柳。少しだけうつむいて配球を考えると、半ば玉砕覚悟とも思えるサインを日野へと送る。


『(全力投球だとコントロールが乱れ、コントロール重視だとキレや球速が鈍る。だったらサインはこれしかない)』


『(ど真ん中ストレートとはシラナンも思い切ったサインやな。さしずめ、ワイにはコーナー突くコントロールないから、コントロールミスでコーナーへ散らせようって算段やろな)』


『(打たれたらバックを信用しろ。お前ほどじゃないが、十分に信用できる野球センスだぞ)』


 日野はサインに頷くと覚悟を決めて振りかぶる。


『(頼むで。打たれたら任せたぁ)』


 狙うはど真ん中に構えた白柳のミット。右足で地面を踏みしめ腰を回転させながら左腕を全力で振り降ろす。


「ストライーク」

 予定通りのコントロールミス。アウトコース高め、140キロのストレートがしっかりとストライクゾーンへと決まる。


 続くサインももはや考えるまでもない。


「ストライク、ツー」


 もともとのコントロールがいいだけに、乱れていると言ってもど真ん中を狙えばストライクがしっかりと入る。


『(あと1球。次で三振やな)』


 もう迷う事などない。次の近江も全力勝負に賭けるのみ。


「ストライクバッターアウト」


「っしゃあ。任せたらんかい」


 気迫あふれる、ライオンが吠えるようなガッツポーズ。寺越・猿政と続けての連続三振だ。


『(珍しく3連続ストレートか。疲れてきたから小細工を捨てて力技でねじ伏せるか。だったらこっちも蛍が丘最強の力技使いに託すしかないだろ)』


「任せたぞ」


「うん。今日2本目。バックスクリーンに叩き込むよ」


 ネクストバッターサークルでユニフォームを軽く整え、バットを手に打席へと駆けて行く。


「近江殿。すまぬ」


「気にしない、気にしない」


 猿政とすれ違い際に言葉を交わす。配球や球筋などのアピールはしない。そんなもの彼女に必要ない、意味がないと分かっているからだ。


『5番、セカンド、近江さん』


「っしゃあ。任せたらんかい」


「近江君、真似すんなや」


 バットの先でバックスクリーンを指し、足元の地面を整えてゆっくり間を取り構える。日野もその間にロージンバックに手をやったり、深呼吸をしたりと、じらされないように同じだけの間を取る。


『(さて、近江君、準備万端やな)』


 ヘルメットの影から見える鋭い目つきにそれを察した日野は、キャッチャーとのサイン交換もほどほどにプレートへ足を掛ける。


『(落ち着くんや。落ち着くんやで。近江君は一発があるといっても、ほとんど三振王や)』


 ストライクなら打たれる可能性がある。ボール球でも打たれる可能性がある。しかし空振りする可能性も高い。だからこそ配球など無意味。全てのコースが安全であり、全てのコースが危険。どうしても手堅い手段を取りたければ、敬遠が一番であろう。だがいまだかつてその手段を彼女に対して打った者は誰1人としていない。


 なぜなら彼女と対戦した投手の思いはただひとつ。


 女子ごときに負けられない。逃げられない。と……


「ストライーク」


 高めのボール球をフルスイング。わずかにバットをかすりファールチップになるも、キャッチャーが捕球して空振りストライク。


『(っし。ワンストライク、もらい。あと2つやな)』


 クリーンアップ3者連続三振に向けてあと2球。気を楽に持つ日野はキャッチャーからの返球を受け取るなりプレートを踏む。細かいコントロールが利かない今、投げる球は限られているのだ。


 軽く息を吐き、相方の構えるミットを見据えて右足を上げる。対する近江も左足を上げ、一本足で投球を待ち受ける。


『(これで……2ストライッ)』


 気合を込めた2球目。コースは外へと微妙に外れるボールゾーン。近江の左足がしっかりと地面に降ろされ、バットが動き始める。


「ストラ、いや、ボール」


 が、ハーフスイングでバットは止まる。


「スイング、スイング」


「ノースイング」


 白柳が1塁審にスイング判定を求めるもノースイング判定。

『(やるなぁ。まさかフリースインガーの近江君が、あの際どい絶妙なコースを見切るとは思わなんだで)』


 手当たり次第にフルスイングする近江と言っても、野球経験は10年以上。まったくもって選球眼がないわけではない。2球目はボール球を見切ってカウント1―1と平行カウントにもつれ込む。


「近江。繋ごうって思うな。いい球は問答無用でスタンドに叩きこめ」


 ネクストバッターサークルの春馬からの指示はホームラン。同時に出されたサインも『打て』である。近江も月並みな指示に何の反応も見せずに、バットを長く持ったまま打席へと踏み込み構えなおす。


『(スタンドにぶち込まれてたまるかいな。意地でも抑えてやるで。そいで9回の表は、新田君からの6、7、8で終いや)』


 睨みつけてくる近江を睨み返し、額に流れてくる汗を拭いての3球目。手首を利かせ、きれいな縦回転を意識した投球がインコース高めへ……


 近江が会心のストレートをきれいに振り抜くと、打球はレフト方向へ高々と舞い上がる大きなフライ。バットを投げて1塁へと走り出す。


「あかぁぁぁん。入るなぁぁぁぁぁぁ」


 日野はその場から動かず、レフトへと振り向いたままで打球を見送る。その打球は先制となった一発ほどの飛距離は無い。だがあの一発の恐怖が、この打球とあの打球を照らし合わせ思い出させる。


「入るなぁぁぁ。入らんでくれぇぇぇぇぇ」


 レフトはフェンスいっぱいまで下がり、ボールが落ちてくるのを待ち受ける。落下地点はレフトの頭上か。それともレフトスタンドで試合を見守る新入生の中か。


「アウト、チェンジ」


 3塁審がボールの行く末を見据え、右手を上げた。


 最終的に精一杯頭上に伸ばしたグローブでレフトがホームラン寸前の打球を捕球。レフトフライでスリーアウトチェンジ。


「……お、抑えた……抑えたんやな」


 肝を冷やすような打球を見送った日野は、緊張感が途切れてマウンド上にへたり込む。


「お、おいおい。大丈夫か? まさか怪我でも」


 ファーストの選手が駆け寄り日野へと手を貸す。


「す、すまん。ちょい、さっきの一発でビビってもうて……な」


 釈明しながら立ち上がった日野は、悔しそうにベンチに戻る近江へと視線を向ける。すると偶然に彼女と目が合う。


『(今日はもう近江君には回らん。個人的な勝負では大敗やろう。そやけど次は絶対に負けへんで。春季大会、それと夏大会で待ってるで。最強の女子高生スラッガー)』

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