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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第1章 復活戦!! VS強豪・大野山南高校
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第2話 復活への切り札は?

「どうぞ」


 ノックをするとその奥からおじさんのような低い野太い声。監督として何度も何度も聞いた、生徒としても国民的アニメ並にいつ終わるのか分からない話を幾度となく聞いた。そんな校長の声であった。


「失礼します」


 丁寧に礼を言って部屋へと入る春馬。目の前に立っていたのは説明など不要であろう。蛍が丘高校の校長である。


「新田君。いや、新田監督。まぁ、とりあえず掛けてくれ」


 入室して向かって左側のソファを示す。軽く一礼して座る春馬は、監督歴が1年近いとあって空気にはかなり慣れている。


「まずは、2年生進級おめでとう」


 続いて校長も机を挟んで春馬の反対側へと腰かける。


「そうですね。とにかく内申点は相当悪かったですから。僕の親は進級できるのかってハラハラもんだったみたいですよ」


「新田君自身はハラハラしなかったと?」


「そりゃあ、取る点は取ってますから」


「たしかに取るところはしっかりと」


 校長室の一角に貼ってある蛍が丘高校各学年上位の定期テストの結果。時期的に去年度の学年末テストのものであるが、1年生の総合点1位には『2組 新田春馬』と堂々名前が掲載されている。


「野球部では選手兼任監督をしながらレギュラーを張り、学業ではテストで毎回のように学内1位の好成績。文武両道は君のためにあるような言葉だね」


「野球部は9人ジャストですから嫌だと言ってもレギュラーですし、蛍が丘のテスト結果で1位なんて自慢にもならないでしょ。お山の大将ってやつです」


「な、何事でも1番はいいことだぞ」



『(う~ん。新田君と話すと、どうも話の主導権を持っていかれるなぁ)』


 心の中で落胆しながらも上手く言い返す校長。しかしこの言い方がまずかった。1番と言うのは、何もいい事ばかりではない。


「もっとも、僕らはセンバツで下から1番だったわけですが」


 実際のところ、高校野球は最下位決定戦などしないから明確な最下位は決まらない。しかし、あの試合結果を見ればセンバツ出場校で1番弱いと言うのは決まったも同然であろう。


「新田君。本題はその話なんだ」


 顔をしかめると、対する春馬は面倒くさそうな顔。


「なるほど。責任を取って、次の練習試合で勝てなければ廃部ですか」


「どこの野球漫画?」


「そして、「感動した」とか「勝ち負けではない大切なものを教えてもらった」とかで、負けたのに野球部存続とかですか」


「だからどこの野球漫画?」


「で、最終的には甲子園で優勝と」


「そろそろ本題に入っていい?」


 まさしく話の主導権を持っていかれ、どっちが校長でどっちが生徒か分からない状況になりつつあった。そこで校長は半ば無理矢理に話をねじ込む。


「どうも野球部の方へとマスコミから取材依頼が殺到しているみたいでね」


 春馬の眉が一瞬だけ動く。


「受けてないですよね?」


「そこは安心してくれ。すべての取材を断った」


「では、本題とやらは?」


「たしかに断ってはいるんだが、絶え間なく取材依頼が……」


 そこまで言った時、校長室と職員室を繋ぐ扉がノックされた。校長が答えると、そこから教頭先生が顔を出す。


「校長。テレビのしゅざ……」


「断っておいてくれ」


「はい」


 言い切らない内の返事に教頭はすぐにドアを閉めて職員室へと戻って行った。


「と言うわけなんだ。断ってこそいるんだが、それでもいろんなところから取材依頼が来ているんだ」


「つまり、きりがないと」


「うむ。その原因は、いや」


 何かを言おうとしたが口を閉じた。言おうとしたことは結果論から導き出されたひとつの正論ではある。しかしそれを言う事は校長として、教育者としてはあってはならないと思い口を閉じたのだ。


「女子高生の野球、ですね」


 そんな彼の思いを春馬が代わりに口にした。


 蛍が丘のセンバツ出場。これには選手兼任監督の春馬、部員全員が地元生え抜き、そして何よりも大きいのが高校野球史上初めての女子野球部員。つまり完全に実力を無視して、話題性重視での選抜。もっとも春のセンバツ出場には夏の甲子園のように明確な選考基準はないために、昔から非常に曖昧な選考が行われてきたのは確かである。だが今回のものは、明らかに女子野球部員と言う存在を晒しにかかったようにも見えた。


「あの規則改正自体、やれるものならやってみろ的な発想があったように見えなくもないですからね。まさしくあのセンバツで女子は男子と共に野球はできないと世間に知らしめたようなものです。さしずめ、女子野球と男子野球の差を見せつけ、女子が勝手に男子硬式から離れる方法を狙ったってとこでしょうか」


「さすがにそんなことはないだろうが」


「どうでしょうかね。あの規則改正前は男子と共に野球を、みたいな声はチラホラありましたけど、最近はやっぱりできない。男子と女子は力の差がありすぎる。そんな声まで上がってますからね」

「新田君は女子に野球はできると思うか?」


「女子は男子に比べて筋力に劣る。たしかにスポーツである以上はパワーが必要ですが、頭脳、技術、メンタル。それらも必要です。そもそも」


 春馬は柔らかいソファで腰が痛くなったのもあり姿勢を変える。


「筋力ってのは唯一の方法ではないですからね。打球を遠くに飛ばす事。速い球を投げる事。速く走ること。ボールを捕ること。それらを行うための要素に過ぎないわけですから」


 打球を飛ばすと言う事を例にとる。長打を打つには何が必要かと言われた時、100人いれば99人は筋力、もしくはそれに準ずる何かを答えるだろう。だがそれだけではない。ベストタイミングで打つリズム。手首の返しに腰の回転。さらにはバットスイングの角度や体重の掛け方もそうだろう。つまり筋力を付けるとは、ボールを飛ばすと言う目的におけるたった1つの方法なのではなく、いくともある方法のうちの1つでしかないのだ。


「えっと……う、うん。そうだね?」


『(さ、さすが理系。理詰めすぎて言っていることがあまりわからん。なんとなくは理解できるけど)』

 軽い感じの質問に対して理詰めの回答。ほんのり校長は引き気味だ。


「まぁ、結論から言えば十分に野球はできるでしょうね。そもそも長打が打てずともプロで通用している人もいますし、球速の遅さも平均球速の高いプロではかえって武器になるでしょうし」


『(もっとも、長打の打てない人ってのはえてして守備や走塁が上手いわけだけど)』


 春馬は掛け時計をチェック。そろそろ練習が始まる時間帯ではある。最上や近江には呼び出しを受けた事を伝えてはあるが、あまり遅れて行くのは好きではない。


「さてと。そろそろいいですか」


「待て待て。本題はまだ」


「え? まだ? 前置きが長すぎでしょ。だから生徒に話が長いって言われるんですよ?」


「分かった。分かったから。と言うか、ほとんど新田君が話を持って行ってたでしょ」


「それで、本題はなんですか?」


「本題は、学校側はなんとか対策を立てようってなったわけだ」


「何の?」


「マスコミの」


 間が開きすぎていったい何の話をしていたか忘れてしまう。


「取材拒否じゃダメなんですか?」


「それはキリがない。と言うわけで君を呼んだわけなんだが……野球部監督の目から見て何か対策らしい対策は?」


「う~ん」


 春馬へと向ける強い視線。向けられた彼はソファの背にもたれかかり、腕組みをしながら目を閉じ、悩むような声を上げる。が、表向きでは悩んでこそいるものの対策はひとつだけ思いついていた。


『(あるいにはあるんだけど、リスキーと言えばリスキーなんだよな。今回の騒ぎの問題は女子が高校界で通用しないのではないかと言う点。言いかえれば、女子が高校野球界で通用すれば問題は解決するはず。当然ながらそうなるとマスコミはこの話題からは手を引かざるをえないわけだ……)』


 では高校野球で通用とは具体的な方法は何か。端的に言えば試合に勝つことではあるが、蛍が丘高校は曲がりなりにも甲子園出場校である。弱小校に勝っても意味がなく、中堅校に勝ったところで「まぐれ」と言われてしまえばそれまで。よって勝つべきは、まぐれでは勝てない強豪と言えるレベルの学校相手なのだが。


『(島根県下で強豪と言えば、野球留学規制までは調子のよかった信英館(しんえいかん)学院。一昨年・去年の夏に甲子園に行った天陽永禄(てんようえいろく)学園。もしくは島根県下では信英館に次いで甲子園出場の多い、古豪・松江水産(まつえすいさん)。このあたりが甲子園出場経験ありだな。それ以外なら県外。広島、山口、鳥取、岡山とかな)』


 いずれにせよ強豪校。蛍が丘が勝つ方法があるとすれば、偶然に取った1点を意地で守り抜くしかない。エース最上が絶好調ならば無くはないが、出会いがしらの一発であっても食らった時点で事実上の敗北である。


「新田君、新田君? 起きてるか?」


「起きてます」


 右目だけを開けて答えると、すぐに目を閉じる。


「どうだろう。ここでいっそのこと最初で最後と言う事で取材を受けてみると言うのは」


「……」


『(たしかにそれが一番ローリスクだろうな。だけど、取材陣の予測しえない質問にどうやって答えればいいんだ? 変な受け答えをするとろくな事にならないし、やっぱり女子野球と言う問題に対してはかなり効果が薄い……)』


「新田君」


「校長。試合をしましょう」


「は?」


 口を開け放ったままで硬直する。


 Q.取材を受けてみるとどうであろう?


 A.試合をしよう


 なのだからその反応も無理は無い。だからこそ春馬はその真意を校長へと説明をしてみる。校長と言えど1人の教育者。生徒の意見を頭ごなしに否定し、自らの意見を無理やり押し付けるようなことはしないだろう。


 そんな春馬の予想通り、校長はところどころ頷きながら無言で彼の説明を聞いていた。それも話がひと段落したところで反論に移った。


「君の言いたいことは分かった。だが、どこと試合をする気だ?」


『(やはりその質問か)』


 予想できた質問だ。相手学校の候補は世間的に強いと評判であり、なおかつ勝てる要因があるチームに限られる。しかし強い=勝てるが九割方なりたつスポーツ界において、その2つはほぼ相反する事象であり、言わばどんな盾でも貫ける槍と、どんな槍でも貫けない盾を用意しろと言っているようなもの。一般的にはなら片方が存在しえても、片方は存在しえない。


 一般的には……


大野山南(おおのやまみなみ)高校」


「お、大野山南と言えば」


「はい。蛍が丘の近くにある有名校。甲子園出場すらありませんが、今年の夏は甲子園確定であろうと言われている学校です。またキャプテンの日野啓二(ひのけいじ)さんは投げては多彩な変化球を持つ技巧派左腕。打っては通算打率4割以上かつ一発のある3番バッターです」


「う、うむ。それは知っているが……勝てるのか?」


「勝てない事は無いです」


 大野山南高校はある事情で強さと世間的評判が一致しない。厳密に言えば今頃の間だけ大野山南の戦力が落ちていると言うのが分かりやすく正しい。


「それならいいが、そもそも試合はできるのか?向こうの事情も」


「案ずる必要はないです。大野山南高校キャプテンの日野さんは……」


 春馬は制服の右ポケットから薄汚れた硬式球を取り出すと、人差し指と中指をボールの縫い目と平行に掛けた握りで前に突き出した。


「僕の変化球の師匠です。練習試合を頼んだら、おそらく回答は「喜んで」です」


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「もちろんや」


 喜んでではなかった。


 あの校長との話をした直後、野球部の練習を休んで大野山南の野球部専用グラウンドに単身乗り込んだ春馬は、見知った監督と師匠の日野を前にして練習試合の申し込みと、その経緯の説明を行ったところだった。


「なぁ、監督。えぇんとちゃうか?」


 作っているのではないかと疑いたくなるほどの関西弁。身長175センチで、太っていると言うよりは筋肉質の男子野球部員。見た感じどこにでもいそうな彼こそが、大野山南高校のキャプテン&エース&3番バッターの日野啓二。プロ入り確定とまで言われる彼であるが、むしろ春馬にとっては彼こそが勝てる要因であったりする。


「日野はいいのか?」


「何がや?」


「肘」


「ええで。ってか、もう4,5か月ほど前に治っとぉし、そろそろ実戦登板したいところやったんや。相手が甲子園出場校なら、みんなも文句なしやろ」


 日野は2年生の夏。つまりは去年に、夏大会地方予選での連投と長時間の練習で肘を壊している。選手生命を絶たれなかったと言う意味では幸いにも全治4ヶ月で済んだのだった。


「そうか。日野がいいと言うなら、お前の久しぶりの実戦登板と言う意味でも蛍が丘相手はちょうどい、これは失礼」


「ほんまやで。蛍が丘は十分強いで。甲子園であんだけボコられたとはいえ、いろいろ甲子園校の片りんは見せてもろうたで」


「結構、日野さんの言葉もグサリと来ましたよ?」


「その、言い訳はせんわ。ワイが悪かった。すまん」


 わざわざ頭を下げて謝る日野。だが春馬が笑いながら言った事もあって、日野も軽い気持ちで笑顔になりながら顔を上げた。


「ま、そう言うわけや。監督。試合決定やろ?」


「そうだな。ぜひ、試合を受けよう。去年に続いて今年もよろしくと親善試合も込めて。日程と場所はどうしようか」


「蛍が丘は特に試合を入れては無いので、基本的にはいつでもいいです。春季大会との兼ね合いがあるのでできれば今月末は相談ですけど」


 監督がスケジュール手帳を手に取り、日野がそこへと覗き込む。


「今週末の土曜日がええんとちゃうか? 新入生に試合を見せるって意味でも早い方がええやろうし。そう言えば蛍が丘は新入生どうやった? 甲子園出たしそこそこ入ったんちゃうか?」


 相変わらずのマシンガントーク。最後に会った去年の秋と何も変わっていない。


「入学式は明日ですけど、残念ながら0でしょうね。あの甲子園での悪評が響くか。はたまた大野山南に野球部員を全員吸い取られたか。甲子園出場決定報告の時期には、ほとんどの受験生は志望校を決まってたのもあるでしょうし」


「あはは……シャレにならん冗談やめてぇな」


「ほんまやで。あ、いや、本当だな」


 罪悪感があるのか視線を逸らす日野。そしてエセ関西弁が移り掛けた監督は、スケジュール手帳を閉じる。


「それじゃあ、今度の土曜日。試合場はここでいいかな?」


「はい。蛍が丘よりも大野山南の方が練習設備整ってますし」


「よし。分かった。では、今週末土曜日。大野山南高校野球グラウンド。よろしく」


「よろしくお願いします」


「よっしゃ。お手柔らかに頼むで」


「こちらこそ」


 春馬は監督、日野と順番に握手を交わした。


「しかし甲子園の悪評を払うための戦いとは。まるで試合に負けたら廃部みたいな、妙な練習試合の重みやなぁ」


「手加減してくれます?」


「もちろん……全力でやるで? 負けたかて廃部にならへんのやろ?」


「廃部にはなりませんけど、心理的な意味で廃部になるかもしれないですね」


「親友の部活がそれは困るなぁ。せやけど、手加減したワイたち越えてもしゃあないやろ。今回の試合の本質的にも。マスコミ来るんやろ?」


「どうでしょうか? 断定はできませんが、一応、校長には取材依頼が来たらその話をするようにと付けてありますんで、おそらくは。因みに校内における取材はすでに大野山南の校長に話してあるので気になさらず」


 春馬としては来てほしい。今度の試合は甲子園での悪名を取り払うためには、もっとも即効性があり、可能性も存在するもの。大々的に報じてくれた方が都合はいい。


「ってことはワイもテレビに……」


「テレビ局はさすがに来ないとは」


「そか。それはさすがに残念やなぁ。一度、テレビに出て見たかったんやが」


「奇跡的に来るかもしれませんけどね。地元のテレビ局あたりが」


「ほ、ほんまか。ほな、より本気でやらせてもらうで」


「はい。こちらも本気で戦わせてもらいます」

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