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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第3章 関ヶ原の戦い in 出雲 開戦  ~最上義光 VS 立花道雪 ~
24/122

第2話 勝てばいいんです

 なんとか次のバッターを1―6―3の併殺打に抑えて1点で凌いだ2回の裏。1点を追う蛍が丘高校。3回表の攻撃は、7番・楓音、8番・皆月、9番・最上の下位打線。


「楓音。なんとか塁に出ろよ。期待してるからな」


 ヘルメットの上から頭を2度叩く春馬。楓音はヘルメットのつばを持って深さを調整する。


「任せて。なんとか頑張ってみる」


 ひじに白色のエルボーガードを付け、軽いバットを手に打席へと駆けて行く。


「なんとか塁に出てくれればいいけど……」


「正直、楓音はお前よりも信用できるけどな」


「春馬、ひでぇ」


 ネクストバッターサークルで素振りしながら落胆する皆月。


「ひでぇのはお前の打率と出塁率だ。通算で言えば、お前と楓音でほとんど打率変わらないだろ」


「だったら俺より楓音の方が信用できるって言うのはおかしい」


「楓音は去年から野球を始めたんだぞ?楓音の打率が低いのは去年の始めは三振ばっかりだったからで、去年秋以降で言えばお前よりも楓音の方が打率も出塁率も高い」


「それは……すまん」


 野球経験10年が野球経験1年ちょっとに負けているのは、皆月が下手なのか、それとも楓音の才能か。


「下手くそ~」


「最上は『どんぐりの背比べ』って知ってるか?もしくは『五十歩百歩』でも可」


「いいんだよ。出塁率は高いから。そんなことより、外野の守備位置すげぇな」


「外野?あぁ、アレな」


 春馬はベンチに座って頭をかく。


 総合鈴征の外野は、『超』が付くほどの前進守備。ほぼ内野とは言いすぎであるが、ギリギリ外野と言えるであろう程度の位置まで出てきている。頭を抜こうものならばランニングホームランだって有り得るほどだ。


「普通の女子高生には外野の頭は抜けないって事だろうな」


「普通の女子高生?」


「普通の女子高生」


「野球規則をかなり暗記していて、OPSやISODを普通に知っていて、好きな野球選手が村山実な女子高生が普通?」


「プロ大注目の超高校生級ピッチャーが投げたえぐいスライダーを、レフトスタンドに軽々叩き込む奴に比べれば余裕で普通」


「ごもっとも」


 春馬の反論に最上も納得。


『(このシフト。楓音に抜ければいいけど……)』


 腕組みしながら試合を見守る春馬。当然ながらサインは無い。


 すべてを任された楓音は、初球ストライクを見逃して球筋を確認。


『(高校野球の地区予選としては中の上ってとこかな?)』


 相手も先制できたことで浮かれている。カウンターパンチを食らわせるならできるだけ早い方がいい。


『(狙いはストレート。変化球なら拾って内野の後ろに落とす)』


 2球目はアウトコースへはっきりと外れる変化球。打つ気を見せながら見送って平行カウント。


 最上並みのテンポで投げ込んでくる佐伯。続く3球目が甘いコースに飛び込んだ。


『(絶好球)』


 インコースベルト当たり。体の前でボールを捉えて投球をはじき返す。痛烈な打球は速いゴロで一二塁間を破る。


 楓音はすぐさまバットを投げ捨てて1塁へと全力疾走。


 外野にこそ打球は抜けたもののライト真正面。さらに外野は前進守備。


 のんびりしている暇などない。


 楓音が1塁を駆け抜けるよりも早く、ライトからの送球が1塁に到達。


「アウトっ」


 審判のアウトコール。


「ライトゴロか。中学以降初めて見た気がするな」


「あれ?楓音って1年目にライトゴロ無かったっけ?」


 ネクストバッターサークルに入る直前、春馬の方を向いて聞く最上。春馬は間髪入れずにあっさりと答える。


「いいや。ライトゴロは無い。ただしセンターゴロならあった」


「それはそれで珍しいよな」


「楓音は1年生の時はあまりヒット打ってないし、そのほとんどが流し打ち、もとい振り遅れのレフト方向だからな。因みにレフトゴロは未だかつてない。いや待てよ。楓音のレフト前ヒットで判断を誤った近江が、3塁フォースアウトになったのは記録上レフトゴロか」


「ってことは楓音、高校に入ってレフトゴロ、センターゴロ、ライトゴロを全部経験してんのかよ」


 バットケースから近江のバットを取り出す最上。


「まぁそうなるよな。高校通算であればサイクルゴロとかやってそうだな。それはそうと、皆月。塁に出ろよ」


「あいつ、打ち上げたぞ」


「……」


 言ったそばから初球を打ち上げキャッチャーファールフライ。春馬はつい頭を抱える。


「皆月め。よくあんなあっさりと」


「まぁまぁ、バットに当てただけ上出来じゃないか」


「少年野球の初打席か」


 ネクストバッターサークルに入る間もなかった最上は、笑いながら直接ベンチから打席へと向かって飛び出していく。


 結局その最上も空振り三振に倒れ、この回は3者凡退。ここまでの出塁は因幡のレフト前ヒットと、近江のショート内野安打。しかし2人ともアウトになり、結果的には3回まで9人で攻撃を終える事実上の3イニング連続3者凡退である。


 何よりも意外なのが、いいバッティングをしているのは総合鈴征よりも蛍が丘であると言う点。1人のランナーを大事に返す総合鈴征に対し、蛍が丘はどうも打線がかみ合わない。


「う~ん。点が入らない。どうしたものか……」


「さぁ、まだ序盤だよ。切り替えていこう」


 常に冷静沈着な監督の春馬。それに対していつでもアクセル全開の近江。


「この回も任せたぞ~。ウチの黄金二遊間」


「努力はする。期待はするな」


「はいは~い。任せて~」


「任せたからな。あ、皆月。投球練習いらねぇ」


 ロージンバックに手をやりながら2人の温度差を感じるエース最上。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「はい、セカン」


「ファースト~」


 3回の裏。先頭バッターはレフトフライに打ち取ったものの、続くバッターにレフト前ヒットを許す。しかし3人目はショート真正面。ボールは6―4―3と送られ、


「アウト、チェンジ」


 ダブルプレーで無得点に終わる。


「いえ~い。ナイスプレ~」


「はいはい。ナイスプレー」


 満面の笑みの近江は、炎天下の中でも涼しい顔の春馬とグローブでハイタッチ。


「近江、グッジョブ」


「ナイスピッチング」


 さらに最上とは素手同士のハイタッチをかわす。何気ないダブルプレーでここまで騒ぐ近江は、まるで無邪気な野球少年である。


「大崎、なんとか塁に出ろよ。このイニングはせっかく1番からなんだからな。それと塁に出たらの話だけど、ヤツの肩には注意な」


「うん。塁に出たらだけど……」


 大崎の背を押して打席へと送り出す。選抜出場校として慢心しているわけではないが、総合鈴征程度の相手であれば、そろそろ1点を取っておきたいところ。そのためにはランナーを出すことが最優先事項となる。


 俊足の大崎を左打席に置いて、立花は前進守備体系を指示。長打の可能性が低い以上、セーフティバントやテキサスヒットを防ごうとするのは妥当な判断でもある。


『(新田君からのサインは無し。セーフティ狙う? わけにはいかないし、かといって強行策で突破するのも難しい。だったらここは)』


 ピッチャーの投球モーション始動。リリース直前でバットを寝かせた。バントの構えに内野手がバント警戒シフトに切り替え、猛然と凄まじい勢いで前進して来る。バスターのようにバットを引く様子もない。


 ピッチャーとサードの間にできたわずかな隙間。そこを一瞬だけ確認し、リリースされたボールへと集中する。


 芯を食ったボールは前進守備してきたサードと、ピッチャーマウンドの間をライナーで破り無人の三遊間へ。


『(うそっ。プッシュっ)』


「ショートぉぉ」


 予想していなかった作戦に、立花はあわて気味にポジション指示。ショートがただちに三遊間の打球へと追いつくが、普通のバッターでさえ間に合わない当たりであることに加え、大崎が仕掛けたのだからもっと間に合うわけがない。ショートはボールを捕るだけに終わり、1塁へは投げられない。


「くそっ。先頭出した」


「ドンマイドンマイ。大丈夫です。走られたら僕が2塁で刺します」


「ま、任せた」


 ピッチャーはずれた帽子を深く被りなおしながらショートからボールを受け取る。


 1点を取った直後のイニングだけに抑えたい。立花の声掛けはそんなプレッシャーと、先頭バッターを出してしまった事による圧力から解放させた。


 続く因幡が打席に入り、ピッチャーがセットポジションに入ると、大崎はいつものように大きな大きなリード。1塁コーチ最上の声に合わせてリードを調整する。


「リーリーリー、ゴッ、ん?」


『(あれ?)』


 最上は声を出してしまいながら、大崎は心の中で、ピッチャーの投球モーションに違和感を抱いた。


「ボール」


 投球判定は高めに外れてボール。カウント1―0とボール先行。


「ねぇ、最上君」


「タイム、タイム」


 大崎がランナーコーチの最上に違和感を伝えようとした時、3塁審判が空気を読んだようなタイミングでタイムを掛けた。総合鈴征側のリリーフが、投球練習中にボールをグラウンドに入れてしまったのだ。それを期に大崎は最上を呼んだ。


「ねぇねぇ。さっきのピッチャー……」


『(行け)』


 最上から盗塁のサインが出される。


「え? 最上君の独断は……」


 大崎が小さな声で反論すると最上は春馬を指さし、口パク&ボディランゲージで意味を伝える。


『(大丈夫。あいつからはノーサイン。つまりグリーンライトだ。容赦なくやっちまえ)』


 ボールが投球練習場に戻りプレイ再開。ピッチャーのセットポジションに大崎はさきほどより少しだけ小さめのリードだが、その違和感は直後に確信へと変わった。


「リーリーリー、ゴッ」


『(やっぱりあのピッチャー)』


『(立花からの「僕が2塁で刺す」を受けて)』


『『(クイックが遅い)』』


 足を高く上げる余裕のあるモーション。大崎の抜群なスタートでかなり余裕のセーフにも見える。が、まだ分からない。


『(走った。絶対に刺す)』


 アウトコース高めストレート。因幡は手を出さない。


「ストライーク」


 球審の手が上がる前に立花は2塁へと送球。立花の鉄砲肩から投げ出される一投。ピッチャーの頭を越えてほぼ地面と水平に進むボールは、カバーに入ったセカンドのグローブに突き刺さった。


「セーフ、セーフ」


 大崎の足がコンマ1秒、むしろコンマ1秒に満たないほどだがわずかに早かった。審判の両手が横に広がってセーフ。大崎が盗塁を決めてノーアウト2塁の大チャンスだ。


「ナイスラン、大崎。ここは……」


 春馬は因幡へとサインを送る。


『(指図はしない。ノーサインだ。因幡。お前に任せた)』


 因幡は了解の意を込めてヘルメットのつばを右手でさわって右バッターボックスへ。小さく深呼吸しながら相手守備陣の状況を確認する。


『(内野はバント警戒シフト。外野はバックホーム体勢の前進守備……)』


 バントの構えの因幡。立花はそれを見てピッチャーや内野陣へとサインを送る。


『(クリーンアップで1アウト3塁はきつい。バントはやらせたくないし、厳しいコースを突いて失敗させましょう。内野は当然、前進をお願いします。それと1球だけ牽制を)』


 アウトコース低め、ストレートの指示。ピッチャーは頷き、内野陣もサインを受け取った。


「リーリーリー、セカンド入った。バック」


 3塁コーチ皆月の指示を受けつつ、牽制で2塁へと戻る大崎。そのタイミングにはわずかに余裕があり、もう一歩余裕にリードを取れると思えなくもない。とはいえここでわざわざリスクを取る必要もない。ボールがピッチャーに戻ると、大崎はさきほどと同じくらいの大きなリードを取る。


『(あれだけリードを取っていて刺せない、か。仕方ない。バッターを殺しましょう)』


 立花は勝負のサイン。ピッチャーの足が上がり、内野手は前へと駆けてくる。大崎は3塁を目指して大きくリードを広げた。


 その直後、因幡がバットを引いた。


『(まずっ。まさか)』


 既にピッチャーはボールを投げている。よりによって要求通りのコースでストライクゾーン。


 因幡は引いたバットを勢いよく振り下ろした。


 バットは投球を捉え、打球はセカンド定位置へ。しかしバント警戒シフトのため、そこに三藤はいない。ボールは内野をあっさりと抜け、無人の右中間を破る。


「よっしゃぁぁぁ。大崎、帰れ、帰れぇぇぇ」


 皆月が腕を大きく回し、2塁ランナー大崎が快足を飛ばして3塁を蹴ってホームへ。打った因幡も遅れて1塁を蹴った。


「ボールセカンドぉぉぉ。急げぇぇぇ」


 立花はマスクを外して外野に指示を送る。その背後で大崎がホームを駆け抜けて早くも蛍が丘高校が同点に追いつく。


 右中間を抜けた打球にようやくセンターが追いつき、中継に入った三藤に送球。


「2塁蹴った、ボールサードぉぉぉ」


 因幡はさらに3塁へ。三藤は元ショートの強肩を生かして、推定50メートルの距離をものともしないロングスロー。だがやや無理をしたのが問題だった。三藤の送球は3塁ベース上で構えていたサードの頭上を大きく越える。


「行くな、因幡」


 ところが皆月はレフトがカバーに入っていたのに気付いて因幡を止めた。


「っしゃ。ナイバッティン」


 春馬はガッツポーズ。するとその声を聞いてか、因幡は照れるようにヘルメットのつばに指を当てた。


「続けよ。クリーンアップトリオ」


「当然」「うむ、任せよ」「ホームラン期待してて」


「大崎もナイラン」


「ありがとう」


 クリーンアップの3人に声掛けすると同時に、大崎ともハイタッチ。


「タイム」


 立花がタイムを掛けてマウンド上に内野手を集める。


「だったら、寺越」


 ならばと春馬はこの時間を生かして寺越をネクストバッターサークル付近まで呼ぶ。


「作戦?」


「まぁな。ついでに猿政も」


「私は?」


「近江もついでに来い」


 クリーンアップ3人を集め、外から見えないように円になる。


「ここまでの展開からすると、この試合は1点勝負と向こうは読んでいるはず。だったらスクイズ警戒をしてくるだろうから、こっちはスクイズなんてしない」


「と言う事は、強行策か?」


 寺越が問いかけると、春馬は体を起こして彼の背を叩いて大声で告げた。


「スクイズなんてせずに強行策だ。蛍が丘打線の本気を見せてやれ。まず先鋒は寺越な」


「っし、分かった。なんとかランナーを返してくる。だから猿政、近江、続いてくれよ」


「了解した」


「もちろん。因みに~春馬君もチャンスで回すからしっかりね?」


 口だけの春馬に言ってやったりの近江。だが春馬の方が口は上である。


「ホームラン期待してって言った割に、チャンスで回してくれるのか?」


「あうぅ」


 チャンスで回すという事は、ホームランは打たないという意味。揚げ足を取られて落ち込む近江に、春馬は彼女の背を叩く。


「チャンスで回そうと思うな。お前はスタンドに叩き込んで来い」


「うん、頑張る」


 近江は元気を取り戻し、総合鈴征の守備のタイムが解けると同時にベンチへと戻った。


『(春馬からのサインは、当然だけど無し。本当に強行策みたいだな)』


 左バッターボックスの寺越は3塁ランナーの因幡を見て「絶対に返す」と念じながら構えた。


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