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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第2章 『蛍光祭』開催 そして夏大へ
21/122

最終話 夏の開幕

 7月上旬 全国高等学校野球選手権島根県予選


 まず行われるは開会式。それが終わると、1回戦の第1試合から消化されていく。蛍が丘高校は2試合目の予定である。


 今年、夏の予選に出場する学校32校の野球部が、開会式前の球場に詰め寄せる。その中には蛍が丘高校の姿も当然あった。どれほど緊張しているかと思えば、


「むしろあっちの方がだな」


「待て、春馬。それよりも」


「聞き捨てならない」


 神妙な目つきで他校の生徒を指さし何やら談議をしている春馬・皆月・因幡の3人。


「ねぇねぇ、最上君。3人は何をしてるの?」


「聞かれても困る。さしずめ、他校の選手を見ながら今後の作戦会議だろ。気になるなら聞き耳でも立ててみればいいじゃないか」


「うん。そうする」


 どれほど真剣に難しい話をしているのか。近江は最上と共にやや離れたところで3人の話を盗み聞き。すると……


「だからさっきから言ってるじゃないか。あの子の制服のシャツの上から絶妙に浮かび上がる胸のラインは、巨乳とは違ってバランスが良くて、なおかつ自己主張の少なめな感が」


「う~ん。俺としては少し物足りないかな。それよりもあっちの子の方が、顔も可愛くていいと思うけど。胸のサイズで言えば春馬のストライクゾーンだろ?」


「向こうの方がいい。黒髪は正義」


「何を言う。ほんのり茶髪で、ふわふわ気味の髪の毛がベストだろうよ」


「同志よ。因みに聞くけど、髪の長さは肩あたりでカットだよな?」


「おぅ。肩上でカットか、肩にかかるくらいかは人によるけど」


 春馬・皆月同盟、開会式前に因幡陣営と激突


「いやぁ、なかなか真面目な話してるじゃないか」


「むぅ、真面目じゃないもん。他の女子の事話してるだけだもん」


「もしかして妬いてる?」


「妬いてないもん」


「近江って、典型的な『私の事だけを見て』タイプだよなぁ」


 最上の解釈でも間違いではないが、厳密には『他の女子を見ている暇があったら私に構って』タイプである。近江は3人の話を聞きながら頬を膨らませているが、これを妬いていると言わないでなんと言うのであろう。


「こう、なんて言うかな?手に少し収まらないかって言う際どい大きさがいいのであって、胸を考慮して服を作らなければならないほどの巨大サイズになると、むしろ目障りなところがあってだな」


「そうは言うが春馬。結局はバランスだろ?胸を考慮して服を作らなければならないレベルでも、要は体とのバランスがとれていればいいわけで。多分だけど」


 そもそも胸を考慮して服を作るのはせいぜいグラビア級やアニメの世界である。


「でも、なんだかなぁ」


「だったら、通常サイズの服を胸の大きな子が着ているというのは?」


「普通サイズに収まるなら可。ただ少し余裕が欲しいかな。はちきれんばかりとか、ボタンが留まらないとかは不可かな」


「春馬。皆月。2人が良いって言うのはあんな感じか?」


 因幡が指さす先にいるのは天陽永禄のマネージャー。身長は160センチ前後。太っているわけでも痩せているわけでもない理想体型。髪の毛は茶髪でやや肩口にかかるくらいでカットされており、やや胸が大きめな以外は春馬と皆月の要望通りである。


「少し違うな……いや、待てよ? 意外とあんな感じのタイプって悪くないかもな」


「おいおい。どうした? 急に手のひらを返したな」


「だって皆月。あの子、意外とアリじゃないか?」


 春馬の指さした先の天陽永禄の女子マネを見つめる皆月。


「春馬の言いたいことは分かるけど、やっぱり俺的には違うな。だけど、胸以外の点に関してはベストだと思う」


「皆月としては微妙か。僕としてはストライクなんだけど。個人的には、冬服ブレザーで首回りにマフラーみたいな、暖かそうな服装をしてもらいたいかな」


「「仲間」」


 握手をかわす3人。ついに3人の心が1つになった。


「ついでに髪の話に戻るけどさ」


「「うん」」


 調子をよくした春馬が話を戻す。


「アホ毛って言うんだっけ? 頭の上で髪の毛が1本だけ『みょ~ん』ってなってるのとか捨てがたくないか? あまり目立つほどのみょ~んじゃなくて、そう言えばなくらいのみょ~ん」


「「せやろか?」」


「なんで関西弁?」


 心が近づいたり、離れたり。完全一致はならず、遠からず近からずな心の距離を保ち続ける3人。その一方で、大崎・寺越・猿政の3人はと言うと。


「ねぇ、あそこの子、可愛くない?多分、隠岐水産かな?」


「俺的にはその隣の方が」


「どちらも物足りぬのぉ」


 類は友を呼ぶ。蛍が丘高校野球部の部員で他校の女子マネージャーについて話をしていないのは、一途なエースの最上、甘えん坊スラッガーの近江、恋する外野手の楓音。以上、3人だけである。


「うちの学校にももうちょっとグラマーな奴が欲しいよなぁ」


「「それは同感」」


 いいところを突いた春馬とハイタッチをかわす皆月&因幡。


「さすがにばゆんばゆんはドン引きだから、蛍が丘の既定の制服に入るくらいで大きくて目を引く感じのさ」


「いやぁ。やっぱり大きい子っていいよね」


「皆月が言うとただのエロオヤジ……」


「なんだと、こらぁぁ」


 因幡に大声で食ってかかるおっさん顔の皆月。


「春馬君、春馬君」


「だってほら。さっきから僕の事を呼んでる近江だって、僕の腕にしがみついてるのに胸の感触がほとんど無いんだぞ?これはもはや異常だろ」


「見た感じピッタリくっついてるのにな」


「……ペッタンコ」


「はうぅ」


「近江にもっと胸の質量があったら個人的にグッドだったのに」


「たしかに」


「……否定しない。むしろ肯定する」


「あうぅぅ」


 近江美優・撃沈


 彼女は性格上、人に好かれたいと思うタイプだ。だがその一方で、野球優先なところがあるのは否めない。仮に『胸を大きくする薬』とか『胸を大きくする方法』があったとしても、野球に邪魔だからと言う理由で実践しない可能性が高い。にも関わらず、楓音の体格を羨ましがっていたあたり、どこかに未練があるのだろう。


 少しすると、球場から天陽永禄学園吹奏楽部による演奏が聞こえ始める。開会式の始まりである。


「みんな整列」


 先頭は監督・春馬、キャプテン・近江。その後には背番号順に並び、最後は楓音。


「さぁ、夏の開幕。蛍が丘高校、逆襲開始だぜ」


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 開会式終了後の球場。先陣を切ってAシード・信英館学院VS石見高校の第1試合が始まった。


 しかし本来ならば試合途中であろう時間帯にも関わらず、既に第2試合に備え、1塁側ベンチには蛍が丘高校、3塁側ベンチに総合鈴征学院大学附属出雲共和高校が入る。


「5回コールド、15対0か。さすがシード校だな」


 ボールケースから投球練習用のボールを取り出す最上。前の試合のスコアが消えずに残っているバックスクリーンへと目を向ける。


「4番のジェンキンス、5番の東山(ひがしやま)に関してはそれぞれホームラン打ってるし、東山に至っては投げても、コールドだから参考記録だけど完全試合か」


「次はあんなの相手に投げなきゃダメなんだよな」


「あくまでも勝ったらな……炎上するなよ?」


「分かってる。皆月、投球練習行くぞ」


「お、おぅ」


 最上と皆月は一足早くベンチを飛び出し、1塁側ファールグラウンドの投球練習場へ。


 残った7人は、グラウンド整備を見ながら自分たちのノック開始を待つ。


「春馬君。スタメンは?」


「いつも通り」


 ベンチの陰で座って静かにしている春馬の横へ近江が座り込む。


『第2試合は、蛍が丘高校対、総合鈴征学院大学附属出雲共和高校です。それでは、先攻の蛍が丘高校、スターティングメンバーの発表です』


 バックスクリーンの表示が全て消え、スコアボードの先攻チーム名には『蛍が丘』、後攻チーム名には『鈴征大附出雲』と新たに表示される。


『1番、センター、大崎君。背番号8』

『2番、レフト、因幡君。背番号7』

『3番、ファースト、寺越君。背番号3』

『4番、サード、猿政君。背番号5』

『5番、セカンド、近江さん。背番号4』

『6番、ショート、新田春馬君。背番号6』

『7番、ライト、新田楓音さん。背番号9』

『8番、キャッチャー、皆月君。背番号2』

『9番、ピッチャー、最上君。背番号1』


 ウグイス嬢による発表と同時に、バックスクリーンに9人の名前とポジションを指す数字が浮かぶ。


『続きまして、後攻、総合鈴征学院大学附属出雲共和高校のスターティングメンバーは』


 1~3番の名前が呼ばれる。そして……


『4番、キャッチャー、立花道雪君』


 記者の言っていた通り。4番で正捕手は2年生の立花道雪。


「あれ? フルネーム?」


 春馬の前に立っていた楓音が、不思議そうに彼を見下ろした。


「あぁ、ベンチに弟がいるみたいだな」


「名前はメンバー表見れば分かるかもだけど、なんで兄弟って分かるの? もしかして有名な兄弟とか?」


「いやいや。同姓でベンチ入りしてる奴は大概兄弟だろ。考えてもみろよ。兄弟以外でベンチ入りメンバーの苗字が被るとかさ……」


 楓音がバックスクリーンを指さすと、春馬は頭を抱える。


 彼女の指す先に表示されていたのは……

『6 新田春 SS』

『7 新田楓 RF』


 灯台下暗し。


 ベンチ入りメンバーどころか6、7番コンビであった。


「やべぇ。慣れ過ぎて忘れてた」


「たしかに、私の事を苗字で呼ぶ人なんてほとんどいないもんね。最近、私を苗字で呼ぶ人って言えば1人しか……」


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「ぶえぇくしょん。あぁ、ボケコラカスゥ」


「ど、どうした?」


 試合会場までの移動中、急に罵声を吐く日野にビビる白柳。


「あ、すまん。ちょい大きいくしゃみが。空気悪いんやろか?」


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「あぁ、僕が知る限りでも1人だけ、だな」


 春馬は「さてと」とわざわざつぶやきつつ立ち上がる。


「はい、全員集合」


 ベンチ前に最上・皆月を除く他の6人を集め円陣を組ませる。いつものように春馬の隣は近江である。


「とりあえずサインな。これがキーサイン。ここをさわったら送りバントで、これが盗塁で、それでこれが……」


 少しサインの数は多いがそれもいつものとおりでありみんな覚えている。全員、適度に流しつつもおさらい感覚で春馬のサイン確認を聞いておく。


「以上。それでなんだけど、春季大会の後に決めたこと、覚えてるよな?」


「春季大会の後で? なんだっけ?」


「うむ。サインの自己判断ではなかったかのぉ」


 猿政の答えに春馬が頷いて肯定する。


「スクイズ、エンドラン、盗塁。ランナーとバッターの共同作戦に関しては例外だけど、それ以外に関しては現場の判断で注視して可。それと盗塁も、スタートが悪かったら無理に行く必要はないからな」


 これは春季大会の教訓である。1回戦。大崎がサインに従い、スタートが悪かったものの、無理に盗塁を敢行したところ余裕のアウト。2回戦では、楓音のバントが投球前から明らかに読まれており、極端なバントシフトの前に、サード正面のダブルプレー。


 そうしたミスを防ぐための作戦として、現場が「無理だ」と判断すれば、作戦を中止して構わないということである。例えば、春季2回戦における楓音の例で言えば、バントシフトに対し、裏をかいたバスターが考えられる。


「一応、サインも出すけど、基本的にはノーサイン。現場に任せる。それと盗塁は自己判断(グリーンライト)


「行けたら行け?」


「近江。マスコミに振り回されるな。いつの国際大会だ」


 グリーンライト。いつぞやの野球国際大会で『行けたら行け』なんて無責任な指示だと叩かれたものである。だが、これの本来の意味は『行けると判断したら、ベンチの許可を待たずとも良い』と言う、『指示』ではなく『許可』である。


「そういう事だから、しっかりみんな頭を使ってな」


 ひとまずの打ち合わせも終えたところで、試合前シートノック中だった総合鈴征学院の選手が引き上げていく。さらにスタンドから階段を使い、蛍が丘ベンチ前に降りてくる大人の姿も。


「春馬。本当にいいんだよな」


「島根の高野連には確認を取ったから大丈夫。それじゃあ、父さん。お願い」


 蛍が丘野球部のユニフォームを着た彼は、春馬の父親である。蛍が丘高校は9人ジャストであるため、ノックをまともに行えない。そのためやむを得ない処置として、保護者によるノック補助を認めてもらったのである。


「新田君。おはよう。頑張ってね。美優も頑張りなさいよ」


 ノックを打つのは、元高校野球部である春馬の父。そしてノック補助は、高校時代、ソフトボール部の正三塁手であった近江母。


「人生に3回しか訪れない、高校生の夏。いろいろ思うところはあるかもしれないけど、とにかく楽しんでい来い」


「うん。分かった」


 ノックバットを手にしつつ、空いた片手で春馬の背中を叩く父親。


「なんて言うのかな? 新田君の父親っぽい」


「この父にこの息子ありってこと?」


「うん」


 彼の父親に、どことなく春馬らしさを見出す大崎。そして楓音も同意を示す形で頷く。


「それじゃあ、楓音ちゃんも、ウチの春馬をよろしくね」


「え、あ、はい」


 と、蚊帳の外であると思っていたところで話しかけられた楓音は、少し戸惑いながらも素直に返事。


「なんで私だけ?」


「マネージャーだからじゃないかな? 一応は」


「そう……かなぁ? たしかにマネージャーだけど。一応は」


 なぜ自分にだけ言うのかを疑問に思いながらも、大崎の意見にそこそこ納得。


『それでは蛍が丘高校。シートノックを開始してください。時間は7分です』


 ウグイス嬢の声が球場に響き渡り、選手兼任監督の春馬が指揮を執るようにグラウンドへと踏み出し、そこへ近江、さらに他のメンバーが続く。


「よぉし、蛍が丘高校の夏、開始だ」


「行くよ。みんな」


「「「おぉぉぉぉぉ」」」


 ブルペンに入っている最上・皆月を除いた7人。そしてノッカーの春馬父、ノック補助の近江母もベンチから飛び出していく。



 蛍が丘高校の逆襲 本格始動だ


第2話は文字数が第1話よりかなり少なくなっています

そのため、1章あたりの文字数を減らしてはみたものの、

章の数は結局、第1話と同じになりました。

因みに作品内容に関して

新田春馬が使っている『携帯電話』など、

少々、廃れつつある文化の名前が出てきています

ですが、この作品自体が2~3年ほど前に書いたものであるため、

そこのあたりはご理解をお願いします

因みに日下田は第2話投稿時点で、

ガラパゴス式とも言われる『携帯電話』を使用しています


さて。それはさておき、次回から夏が始まりますよ

野球バカ・日下田、復活の時です

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