第8話 いざ戦場へ
組み合わせ抽選会が終わってホールの外に出ると、前の広場は高校生と地元マスメディアでにぎわっていた。
「すみませ~ん。蛍が丘高校の新田監督ですよね?」
「はい。たしかに」
「出雲新聞社の高波です。少し取材いいですか?」
「少しだけなら。あ、少し待っててください」
当然のように春馬も男性新聞記者に捕まり、取材を受けることになった。その前に記者に断って待たせると後ろを振り返る。
「とりあえず帰りたい奴は先に帰ってていいからな。ひとまずここで解散」
野球部のメンバーに伝えて置いて向き直る。
「はい。お待たせしました」
「それじゃあ、あの春のセンバツ以降、最初となる甲子園への挑戦ですが、意気込みを聞かせてもらっていいですか?」
「う~ん。意地でも甲子園に出場して、春の雪辱を晴らす。とは思っていたんですが、いかんせん組み合わせがあまりよくなかったですからね……」
「たしか1回戦の相手が……総合鈴征学院」
手帳をチェックして答える記者に、春馬は頷いて肯定。
「えぇ。いきなり強い所ですから」
「総合鈴征学院と言えば、タチバナ君を中心としたチームですね」
「タチバナ?」
横から首を突っ込む最上に、春馬は帰らなかったのかと目を向ける。するとそこには楓音もおり、離れたところでは近江・大崎・因幡の3人が野良猫とじゃれあっていた。
「タチバナミチユキ。総合鈴征学院のキャッチャー。1年生からレギュラーを務め、今年の春季大会からは打順も6番から4番に上がった期待の2年生ですね」
記者が解説すると、最上はまさかと言う顔をして質問を返す。
「タチバナミチユキって、漢字は『立つ』『花』に『道路』に『小雪』ですか?」
「『立つ』『花』に『道路』に『小雪』ですね。ちょうど……モガミ君、だったよね?」
「『もがみ』ではなく『さいじょう』です」
「あ、それは失礼。だが、字が同じで読みが違うと言う意味では、君と同じく戦国武将の名前だね。最上義光君に立花道雪君」
「それは否定しません。しかし、最近は戦国武将の名前を子供に付けるのが流行ってるのかな?」
仮に流行っていたとすれば、正しくは最近ではなく16年ほど前のことになる。
「さて、話を戻そうか。とりあえず、総合鈴征学院は打線と守備を強化したみたいだから、かなり手強くなるだろうね」
「記者さんの予想として、蛍が丘と総合鈴征学院の試合結果は?」
春馬がそれとなく流れで聞いてみるが、彼は笑いながら答える。
「ははは。どっちも計り知れない力を持つからね。記者経験10年になる僕にも分からないよ」
立場的にどちらとは断言をせず、曖昧な回答。しかし予防線を張る意味では、かなりいい回答であろう。
「とにかく、いい試合を期待してるよ」
「監督として善処はします」
「じゃあ、最後にもう1つだけ。勝てると思う?」
「例え相手が甲子園優勝校であっても、全世界選抜であっても、勝てると信じて采配を振るうこと。それが僕の監督としての役割ですから。ルールに反しない限り、いかなる手段をもってしても勝って甲子園に行きます」
「なるほどね。ありがとう。どんな記事になるかは分からないけど、僕もいい記事を書けるように頑張るよ。それじゃあ、頑張って」
「はい。それでは」
新聞記者と別れてその場を後にする春馬。他の記者に捕まる心配もあったが、他の高校に付きっ切りでそんなことはないもよう。最上と楓音を含めて3人。野良猫とじゃれついている近江たちの元へと歩いていく。
「帰るぞ」
「見て見て~。子猫ちゃ~ん」
「お前は元気だよなぁ。こんな状況なのに」
一応、記者には自信があるような回答はしていたが、本心を表に出せば辛い状況であると分かっている春馬。その一方で、この原因を作ったとも考える事ができる近江は、かなりテンション高めで猫を抱えている。
「ぬくぬくで気持ちいぃ」
近江の抱える猫は、隣にいる因幡の顔を見つめ始める。すると彼は右人差し指を猫の目の前に突き出し、トンボの目を回すように円を描き始める。
「いったい因幡は何やってんだよ」
「……目を回させる」
回るわけがない。
「近江さん。僕にも抱かせて」
「うん」
近江が大崎に猫を手渡す。
「あ、そうだ」
春馬はふと思い出し、カバンの中を探る。その奥から出てきたのは猫じゃらしに似たおもちゃであった。彼はそれを猫の方に向けて軽く振ってみるが、
「う~ん。あまり反応無いな」
「なんで新田はそんなもん携帯してんだよ。つーか、お前って猫飼ってたっけ?」
「いいや。これ、猫用じゃないんだよな」
「猫用じゃない?」
普通なら猫に使うものである。しかし猫に使わないとなると、
「こう使う」
春馬はその猫ではなく、左の方へいる人物へとそれを向けた。
「あう、あう」
近江である。彼女は春馬が猫じゃらしを振ると、それを目で追い掛けて猫パンチ。
「近江ちゃん。楽しい?」
「楽しい。楓音もやる?」
「私はいい、かな?」
やんわり断る楓音。その間も春馬は振り続け、近江は目で追い続ける。
「普段はもっと凄いんだけどなぁ」
「「「普段?」」」
「野球部が休みの時とか、たまにこいつが僕の部屋に遊びに来るんだけどな。床に寝転がったままでパンチしてきたり、四つん這いのかがんだ体勢から飛びかかってきたり」
本物の猫である。
春馬はほどほどにしようとカバンにしまうと、近江は残念そうな顔をした。
「そろそろ帰ろうや。大崎、猫逃がせ」
「うん」
大崎は道路とは反対側の方へと猫を離す。すると猫はホールの方へと素早く逃げて行った。
「しかし、新田の家行って何するんだよ。あいつの家って何か面白い物あったか?」
「僕は行ったことないけど、新田君の家って、そんなに何もないの?」
「俺も行ったことない……」
近くのバス停へと向かう6人。最上が掘り起こすように話題を提供する。
「何もない。漫画とかほとんどないし、ゲーム機はあるけどソフトなんて5本くらい。本当に高校生の部屋かって思うな」
「面白いかどうかは分からないけど、他にも物はあるぞ」
「なんかあったっけ?」
「大学の過去問とか、参考書の類とか」
「できれば勉強以外で頼む」
「それ以外なら、小説とか本があるくらいかな。あとは映画や野球関連のDVDとか。あと、クローゼッ
トの中なら将棋盤とかもあるぞ」
ほとんど何もなかった。
「近江さんって、新田君の家行って何してるの?」
「ゲームソフト持って行って一緒にやったり、野球中継見たりかなぁ?」
「ゲームソフト持っていてるのかよ。つーか、新田自身は普段、プライベートは何やってるんだよ」
大いに疑問である。近江自身は自分のゲームソフトを持って行って解決しているようだが、新田自身はどうしているのだろうか?
「どうって言われても、勉強したり、レンタルDVD見たり。あとはネットとか、父さんからPCゲーム借りてやったりってくらいかな?」
「エロゲ?」
「まさか男子勢を差し置いて、近江の口からその単語が出るとは思わなかったな。期待に沿えず残念だが全年齢対象。一昔前の経営シミュレーション」
「全年齢対象の経営シミュレーションのエロゲ?」
「「「どんなゲーム?」」」
5人そろって近江にツッコむ。そんなものがあるなら見てみたい云々以前に、全年齢対象の時点でエロゲの前提条件が崩壊してしまっている。
それは例えるならば、日本の領土ではない日本領。プロではないプロ野球選手。みたいなものである。
「そもそもそんなに言うならさ、みんなはプライベート何してんだよ?」
「私は野球の練習とか、ゲームとか、マンガ読んだり、アニメ見たり」
「近江さんって、俗に言うオタク?」
「野球の。大崎君は?」
近江らしいと言えば近江らしい。
「僕もゲームかなぁ。あと、たまに兄さんと一緒にサッカーはするかな」
「う~んと、私は近江ちゃんに近いかも。プロ野球とか見ながらあれこれ考えるの好き。あと、パソコン使って選手のデータ収集とか整理とか」
意外とこの中で異質なのは楓音かもしれないと言う空気が漂い始める。
「みんないろいろやってるのな。僕はなんだろ?ネットで麻雀はよくするな。あと、囲碁、将棋とかかな」
「ふ~ん。そのうち最上と将棋で対局してみたいもんだな。いかほどの実力か」
「そうだな。新田と勝負してみるのも面白そうだ。それで後は、因幡は?」
「新聞を読んで批評」
「「「批評?」」」
頷く因幡。
「将来は物書き志望」
「物書きって作家?」
大崎が確認を取ると、因幡は迷いながら首を横に振る。
「作家じゃなく、むしろ新聞記者」
「しかしみんなもいろいろな趣味を持ってるんだな。僕も他の趣味を……とか本来ならそんな話もしたいんだけど、よくよく考えたら、今ってそんな状況じゃないんだよな」
そこでまさかの春馬が肩を落とす。
「夏の予選、だね」
楓音の的を射た指摘に、近江を除く5人の雰囲気が一気に落ち込む。
「ねぇねぇ、みんなもっと元気出そうよ。待ちに待った夏だよ?」
「近江は元気だよなぁ。1回戦から決勝まで大激戦必至の組み合わせなんだぞ?」
「だよね。見てよ、他のグループ。スッカスカじゃん。Dグループなんてシードが宍道商業で、それ以外も8割方、毎年1回戦で負けるようなところ。なんでAグループだけこんなに大激戦なの?」
最上に同意を示す楓音であるが、しかし近江の謎のハイテンションはまだ続く。
「面白くていいじゃん。コールド勝ちみたいに圧勝だと、緊張感無くて面白くないもん。春馬君は激戦って嫌いなの?」
「別に好き嫌いはないけど、最初くらいは楽に勝ちたいと言うか」
1回戦から苦戦を強いるような展開は望んでいない。できるならば1回戦を圧倒して弾みをつけ、それ以降の強豪校との試合に挑みたいところではある。
「だったら楽に勝っちゃえばいいじゃん。勝つ負けるに相手は関係ない。いつでもそれは私たちの実力の問題だよ?」
「……言い方が近江らしくない」
最上の影でさりげなく小さな声で漏らす因幡。
「それもそうか。なんとなく気が楽になったかも」
「だったらよかったぁ」
近江は春馬の目を見つめ続ける。
「何?」
「ご褒美」
「はいはい」
頭を撫でろと言う事らしい。
「はふぅ。気持ちよくてドキドキするぅ」
「関係あるか?それ」
「うん。胸がドキドキして熱くなる」
「発情期か。お前は」
頬を赤らめて見上げてくる近江に、春馬は視線を逸らした。
「「「いつもこと」」」
一方で他の4人は声を合わせる。もはや見慣れた光景である。
駅前のバス停にやってきた春馬たち6人は、蛍が丘高校方面のバスに乗り込む。休日とはいえ5人程度しか乗客がいないのは、昼も微妙に過ぎて時間が中途半端であるからだろう。6人は適当に車両後方の座席を占有する。
「私は春馬君のとなり~」
春馬の隣は言うまでもなく近江。その後ろには最上&楓音、通路を挟んで向かいとなる右側には大崎と因幡。
「えへへぇ。春馬君のとなりぃ~」
体重を預けて寄りかかり、ためらいなく彼の手を握る。
「あぁ、邪魔くせぇ」
「邪魔とか言わないでよぉ」
「よく見ると姉貴に似てる……」
「そう言えば、因幡って姉ちゃんいたな。どんな姉ちゃんなんだ?」
甘えてくる近江に構ってあげながら、向かいの窓際にいる因幡の方を向く。
「昨日は、俺が風呂に入ってたら乱入してきた……」
「うわぁ」「マジで?」「そ、それは……」「きついなぁ」
近江以外の4人が憐れそうな声を挙げる。
「先週の土曜日はお酒に酔った姉ちゃんに襲撃された。抱きつかれたり、キスされたり」
あまりにもひどい状況である。
「因みに姉ちゃん、友達の間では『ブラコン』って呼ばれてる」
「公園の遊具?」
「「「それはブランコ」」」
近江らしいストレートなボケに、全員は声を合わせてストレートなツッコミで返す。
「因幡君も新田君も大変だよね。男兄弟でよかったと思うよ」
「僕は別にこいつと兄妹じゃないけどな」
「うぅ、おにいちゃ~ん。そんな冷たいこと言わないでよぉ」
「誰がお兄ちゃんだ。そもそも、誕生日的にはお前の方が年上だろうが」
近江の誕生日は5月。春馬の誕生日は偶然にも楓音と同じ11月で日にちも同じ。単純計算で半年ほど近江の方がお姉さんである。
「いいじゃないか。大概リアルの妹なんて『うるさい。話しかけるな』とかツンケンしてるし、だったら近江の方がよっぽど妹としては可愛らし……悪かった。頼むから小さく『キツネそば、キツネそば』って繰り返すな。怖いから。って、新田。鼻、鼻」
「鼻?……あ、やべっ」
春馬が自分の鼻に触れてみると、指には真っ赤な鮮血が。楓音と大崎がすぐさまにティッシュを取り出す一方で、近江は細めで春馬を睨みつける。
「うわぁ。春馬君、エロい」
「なるほど。さしずめ、近江の誘惑に欲情したか?」
「んなわけあるかぁ。つーか、近江の方がよっぽどエロいだろ。あからさまな誘惑しやがって」
「うぅ、私はエロくないもん」
悪乗りする最上もろとも否定しておき、大崎にもらったティッシュで鼻を押さえる。
「つーか、エロい発想で鼻血ってアニメだけ。医学的根拠はないぞ」
「ほぉ。では新田エロ軍師はなんで鼻血をだしているのかなぁ」
「苗字で呼ばれると、私にも言われている気が……」
分かって入るが、そんな気がしてならない楓音。
「さっき、近江が頭突きしてきたからだと」
つい1分ほど前の事。リアルの妹が云々と最上が話をしていた時にバスが動き始め、揺れた近江から鼻のあたりへ頭突きを食らったのだ。鼻血の原因は一応、近江なのだが、ベタな理由で近江ではないだろう。
くじを引いた時はとやかく言いながらも、結局は落ち着いた様子の蛍が丘高校。しかし蛍が丘高校以上に、気が気ではない学校があった。1回戦から決勝まで、甲子園クラスの学校と衝突し続ける、あの学校であった。
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
「冗談じゃないぜ」
「キャプテン。どうかしたんですか?」
総合鈴征学院大学附属出雲共和高校。組み合わせ抽選から帰ってきたキャプテンに、ブルペンで投球を受けていた立花が走り寄った。
「どうもこうもあるかよ。この組み合わせ」
「どれどれ……はい?」
キャプテンが立花に組み合わせを書いた紙を手渡す。すると彼は自分たちの学校名を見つけ出すなり、相手の名前を見て絶句した。
「1回戦にセンバツ出場校の蛍が丘……」
「2回戦は信英館。仮に勝とうものでも、3回戦は大野山南。4回戦は天陽永禄で、決勝は松江水産。あくまで下馬評通りに試合が動けば……だけど」
「ほとんど甲子園経験校じゃないですか」
「唯一甲子園未経験の大野山南も、今年のエースはプロ大注目でドラ1は確定、うわさではメジャーのスカウトも注目しているとか言われている日野。これは甲子園にいけないどころか、下手したら1回戦で消えるぞ~」
「よく見たら、他の山は全然大したことない……島根県の強豪校がほとんどAブロックに集中って、キャプテンどんだけくじ運悪いんですか?」
「待て待て。くじを引いたのは俺じゃない。マネージャーの高橋だ」
「高橋さんをくじ引きに抜擢したのは誰なんです?」
「すみません。俺です」
自身が甲子園出場校である蛍が丘高校も大騒ぎなのだから、あくまでも最高順位ベスト8に満たない総合鈴征学院はもっと大騒ぎである。むしろ大騒ぎを通り越して、既に諦めているような空気も流れている。
「あぁ、夏が終わったなぁ」
「冗談じゃないですよ、キャプテン」
「本当にごめんなさい」
「俺はあと1年あるけど、キャプテン達、先輩にとっては最後の夏なんですよ?4月に、今年こそは準決勝進出って決意したのに……なのに……」
「ごめん……」
彼は拳を握ると、キャプテンに向かって右ストレート。頬を殴られたキャプテンはしりもちをつき、そして周りにいたチームメイトも戸惑いを隠せない。
「おまっ、何すんだ」
副キャプテンが仲裁に入ろうとしたが、立花は俯いたままで話し始める。
「先輩を殴ったのが問題だって言うなら、殴り返すなりレギュラーを外すなり好きにしてください。でも、僕がわざわざ先輩を殴った意味も察してください」
彼は副キャプテンを睨みつける。
「僕らの仕事は、後々どんな制裁を受けたとしても、トップが道を違えたならば正しい道を行くように諌める事です。自分の保身に動くだけのごますり野郎なんか、害悪でしかありません」
「それは……確かに俺が悪かった。謝る。キャプテンとして、こんなマイナス思考、ダメだよな」
殴られた頬をさすりながら起き上るキャプテン。
「でも、殴ることないだろ。口で言えよ」
「あぁ……すみません。つい激高しちゃって」
だが、立花の激高はかなり効果があったとも言える。普段は冷静沈着な彼が怒る場面を見せたからこそ、この淀んだ空気に喝を入れることができたのだ。
落ち込んだこの雰囲気を一喝。あっという間に闘争心へと変えてしまった立花道雪。実質的に彼が率いる総合鈴征学院大学附属出雲共和高校。蛍が丘高校の覇道を阻むべく、ベスト8の意地でぶつかる所存だ。
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
開会式と初戦を2日後に控えた蛍が丘高校野球部。
「しかし1回戦目から総合鈴征か。たちが悪いよなぁ」
昼休み。食後にその話題を引っ張り出した春馬は、楓音がパソコンで編集し印刷した組み合わせの書かれた紙を流し見る。
「春馬君。総合鈴征学院ってどんなとこなの?」
「事前情報からすると、キャプテンよりもキャッチャーの立花道雪を中心にまとまったチームみたい。勝てない相手とか手強い相手とかではないけど、油断してたら足元すくわれるだろうな」
「ふ~ん。で、新田。チームとしては守備型? 攻撃型?」
「どっちともいえず。平均型とでもいうべきかな。ただ、プロのスカウトの間でも有名なくらいに立花の肩がいいらしくて、おそらくは機動力が封じられるだろ。そう言う意味では、かなり今年の夏は点が取りづらそうだよな」
蛍が丘高校は典型的な守備特化型チーム。裏を返せば攻撃力に欠けるチーム。
上位打線はまともだが平均レベルであり、春馬以降の下位打線はと言うと打率の低いメンバーが集まっている。もっとも春馬と最上は低打率高出塁率のフォアボール量産機であるため、そこまで致命的な問題と言うほどでもない。
「じゃあ、今後ぶつかるチームって、投手力はどうなってる?」
「投手力か?」
春馬が聞き返すと、最上は小さく頷く。
「総合鈴征は先発がしっかりしてる。それと今年入ったらしい1年生には、信英館や天陽永禄みたいな名門から声がかかるほど凄いのがいるらしい」
「他には?1人のピッチャーにおんぶにだっこみたいなチームは?」
「信英館・天陽永禄・松江水産は名門らしく、先発リリーフ共に充実。大野山南は日野さんが怪我がちだったのと、監督が怪我を恐れはじめたのがあって、かなりリリーフも優れてる。大野山南は島根県屈指の投手大国とでも言えばいいかな」
「そっか。残念。1人のピッチャーに頼り切りなら崩す方法はあったのに」
高校野球は最上の言うように、1人の選手、特にピッチャーに頼ることが珍しくない。例えるならば、日野が怪我をする前の大野山南高校。あの時は、いまだ2年生の日野に頼りきりであった。だからこそそれが悲劇を生んだとも言える。
「ピッチャーを崩すって、マンガみたいにバント作戦とか、ファール作戦とか、待球作戦とか?」
近江がいくつか挙げると、最上はあごに手を当て微妙な反応。
「スタミナを消耗させてしまうっていうのもあるかな」
「その言い方からして、他に手があるってことだよね?」
「楓音はするどいな。たしかにあるにはある」
「一応、聞かせてもらっていい?参考に」
春馬が問いかけるなり、最上は簡潔に答えた。
「ピッチャーを潰す」
本当に簡潔であった。
「具体的には? 近江の言っていたような作戦か?」
「馬鹿言え。そんなの時間かかるだろ。もっと単純な作戦」
「どんな?」
春馬の質問にため息交じりに返す最上。
「よくよく考えてみろ。僕も新田もあんなバカみたいに硬いボールを投げる仕事してんだ。なんとな~く分からないか?」
「お前。まさか」
「簡単だろ? 怪我させちまえばいい」
「鬼か。貴様」
高校野球でもプロ野球でも、怪我させてしまえばいい。そんな発想にいたる投手はかれくらいのものではなかろうか。
「少し過激な言い方したけど、別に怪我させずとも、ちょっと痛ませてピッチングに影響が出ればそれで十分。デッドボールでランナーを出すのはこっちにとっても痛いけど、それで相手が崩壊するなら安いもんだって。それに最近は右投げ左打ちも多いからな。律儀に利き腕をピッチャーに向けてくれるなんてな」
「お前。相手に怪我させるのに抵抗はないのか」
「ピッチャーたるもの、自分で防衛しなくてどうする。利き腕をピッチャーに向けないように打席を変えるとか、おとなしく隅で立って三振するとか。打席に立って打つ気を見せている以上は、ぶつけられる覚悟もしとけって話」
「それでデッドボール当てても謝らないのか。お前は」
気付いたように最上を睨みつける春馬。
「戦場で撃って怪我した敵に謝るか? それと同じ。打席と言う名の戦場に来る以上は、撃たれて怪我する覚悟はしとけってこった。打ちたいけどデッドボールを投げられるのは腹が立つってバカみたいな考えの奴は打席に立つなよって思う。てか、ピッチャーだって痛いんだぞ。ほぼ無条件で出塁なんだからよ」
「間違ってはない。けど、あまり無茶しないでくれよ。僕が記者から文句言われるんだから」
「監督の宿命だ」
「よし、じゃあ、監督権限でお前のエースナンバー剥奪な」
「すみませんでしたぁぁぁぁ」
素早く土下座体勢に移行する。クラスメイトは「何が起きたんだ」と言う表情でこちらを見ているが、それ以上に興味を持つことはない。少し騒がしいのは蛍が丘野球部の特徴でもある。