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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第2章 『蛍光祭』開催 そして夏大へ
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第7話 運命の組み合わせは?

 6月下旬。島根県営アリーナ・メインホール。


「うぅ、少し緊張する……」


「約束だからな。くじ引きはお前」


 春馬が近江の頭を叩く。


 全国高等学校野球選手権島根県大会。俗に言う夏の甲子園・予選の組み合わせ抽選会である。


 今回の抽選では蛍が丘高校野球部員の全員も参加し、自分たちの行く末を見守る。よって『蛍が丘高校』と書かれた座席には、9人全員が2列に分かれて並んでいる。


「新田。今年のシード校はどこだっけ?」


「信英館学院、天陽永禄、松江水産、それと宍道(しんじ)商業」


「大野山南がノーシードか」


「まぁ、ピッチャーの日野さんは病み上がりだから仕方ないって。バッターの日野さんとしては春季大会3本塁打って絶好調みたいだけど」


 後ろの席から春馬の手に持った冊子を覗き見る最上に、彼は目次の高校名を指さしながら答える。


 島根県大会におけるシード権は、春季大会ベスト4に入ることが条件となっている。蛍が丘高校は2回戦敗退でベスト16に辛うじて入った程度。大野山南はと言うと、エース日野の調整が遅れたことで、あえなく3回戦でベスト8どまり。


 よってセンバツ出場校である蛍が丘高校、甲子園出場候補の大野山南高校がノーシードと言う、組み合わせ抽選から非常に見どころのある展開なのだ。


「もっとも聞いた話だと、ついこの間まで県外の高校と練習試合組んだりしてかなり調子は上げてきてるとか。試合勘も完全に戻ったっぽい」


 春先はちょっとした事でコントロールが乱れ、ランナーも無警戒。スタミナ配分も下手で、さらにはマウンド状態の変化に弱いと、あまりに試合勘の狂っていた日野。しかし夏はそう簡単ではないだろう。


「……本当の勝負が今始まる」


「なんか、因幡がかっこいいナレーションを付けてくるんだが」


「時に因幡。サブタイトルは?」


 最上に言われて振り返る春馬。因幡はほんのり悩んだのち、小さな声で簡潔に答えた。


「第120話。蛍が丘、逆襲の時」


「「話数、多っ」」


 いったいどこからどこまでが1話分なのかは不明ではあるが、因幡がそこそこいいサブタイトルを付けたあたりで話はオチたわけでありまして。


「そんな事より春馬。くじ引きの順番は?」


「1番から4番がシード。5番以降はノーシードで、蛍が丘は32校中8番目」


「ノーシードの中では3番目か……」


「因幡は計算が苦手か?4番目だ」


「……8―5?」


「8―4だな」


「春馬は凄い」


「ぶっちゃけ、小学生の算数だぞ?」


 文系・因幡。算数により撃沈。


 ショックを受けて項垂れる因幡の一方で、緊張のあまり項垂れているのは近江。


「近江は生きてるか?」


「き、緊張する……」


 彼女に似合わず足が震えているように見える。そこで最上が彼女の頭を押さえつつ耳打ち。


「近江。ひとつ役に立つことを教えてやろう。脇腹、骨盤の少し上の当たりを指で押してみろ。右でも左でもいいから」


「骨盤ってどこ?」


「ここ」


 春馬も訳は分からないが、とりあえず近江に骨盤の位置を教えておく。すると彼女は右手の親指で最上に言われた場所を押し始める。


「そこ、緊張が和らぐツボな。あまりやりすぎると体が慣れて効果が薄らぐからほどほどに」


「あ、そう言われると少し緊張がほぐれた気がする」


 たしかに彼女の足の震えもゆっくりだが収まっていき、顔も明るさが増す。


「最上君。ありがとう」


「どういたしまして」


 いつも通りの近江が戻ってきたところで、春馬が驚きを隠しきれず振りかえる。


「すげぇな。そんなツボがあったのか」


「新田にはそのツボの秘密を教えようか」


「と、言うと?」


「Do you know Placebo effect?」


「Yes I do」


 春馬はあえて返答を英語にし、直後に日本語に戻す。


「言いたいことは分かった。たしかに効きそうだな、それは。特に近江には」


「だろ?だてに最上義光じゃねぇって」


「伊達なのに最上?」


「いいんだよ。一応は親族だから」


 長く待たされていることで、蛍が丘だけではなく次第に他のチームもざわめき始める。半分大人の高校生だが、逆に言えば半分は子供。そう長々とした時間を待つほど落ち着きがあるわけではないのだ。


 するとまるでこれを待っていたかのように、ホール前方のステージに司会と思われる男性が歩き出てきた。


『ただいまより、全国高等学校野球選手権島根県大会の組み合わせ抽選会を始めます』


 別の男性2人組がパネルを引っ張り出す。これから島根県内32チームの高校が振り分けられていくのだ。甲子園までの必要勝利数は5勝。わずか5勝とも考えられると同時に、強豪クラスを含む相手に5連勝もしなければならないとも考えられる。


『それでは、まずシード校の組み合わせ抽選です。シード権を得ている4校の代表者は、ステージ上にお願いします。また、その他の学校の代表者も、あらかじめステージ右側で控えておいてください』


「それじゃあ、行ってくるね」


「おぅ。健闘を祈る」


 春馬は近江に『8』と書かれたプラスチックの板を渡す。


 受け取った彼女は、右骨盤の上側を親指で押さえながらステージ右へと向かっていった。


「大丈夫かな。あいつ」


「大丈夫じゃないか。僕が教えたツボを、律儀に押してたし」


「う~ん。どうだろ?」


 春馬は心配そうになりながら隣の楓音へと目をやる。彼女は膝の上に冊子を広げており、その最後のページにあるトーナメント表に学校名を書き込む準備をしている。


「そろそろ始まるぞ」


「うん。準備はいいよ」


 シャーペンを手にステージ上に注目。そこでは松江水産の女子マネージャーが先陣を切って箱へ手を入れる。そして1枚のプラスチックの板を引くと、それをみつめつつマイクの前へと立った。


『松江水産高校、17番です』


 マイクに向かって告げたのちに、『松江水産』と書かれたパネルを受け取り、トーナメント表の自分が引いた数字のところへと掛ける。


「松江水産がCシードか」


「正直、1番目だとよきも悪きも判断できないな。今年の夏は丁度2の5乗の校数。シードだろうがノーシードだろうが5試合勝たないとダメだし」


「となると、次からがキーか」


 春馬の指摘を受け、最上は腕組みしながらステージ上を凝視。


 続いて信英館学院のキャプテンがくじを引いてマイクの前へ。


『信英館学院、1番です』


 トーナメント表、1番に『信英館学院大附』のパネルが掛かる。


 さらに……


『宍道商業高校、32番です』


『天陽永禄学園、16番です』


 シード校すべての組み合わせ抽選が終了。各ブロックのシード校が決定した。


「新田はこの結果を見てどう思う?」


「さぁな。この時点でもまだどうとも言えない。あえて言うなれば、仮にシード校が全チーム準決勝まで残ったとすると、信英館と天陽永禄の試合が実質的な甲子園決勝になるってことぐらいかな?」


「どういう意味?」


 春馬の横に顔を出しながら聞いてきたのは大崎。


「シード校の中で甲子園濃厚なのは天陽永禄と信英館。正直、松江水産は少し力不足だろうし、宍道商業はもっと厳しいだろうな」


 宍道商業の春季大会は準決勝で天陽永禄に敗れたものの、ベスト4には残っている。しかしこれは、あくまでも入った山が偶然にも強豪校のいなかった山と言うのがある。あえて言うなら大野山南とも衝突したのだが、あの時期の大野山南が強豪校に値するかと言われると難しいところがあるだろう。


『続いてノーシードの学校の組み合わせ抽選です。予備抽選5番から9番の学校の代表者は、ステージ上に上がってください』


 ステージ上に5人の代表者が登る。その中には緊張でいっぱいの近江も含まれており、知名度と経緯の都合から、ここがひとつの盛り上がり場所でもある。


「新田君の希望は?」


「シード校とは3回戦以降でぶつかるところ。それと、大野山南と早いタイミングで当たらないところ。今現状では5から12、21から28ってとこか?」


 5番目、6番目の学校がくじを引いてトーナメント表を埋める。番号は7に11と、春馬が希望するうち2つの枠が消滅。


 7番目はノーシードの優勝候補・大野山南高校。が引く後ろで、緊張の面持ちの近江が係員に予備抽選の板を渡す。


「本当にあいつ、大丈夫か?」


「大丈夫なんだろ? お前が教えたツボを押してたって言ってたじゃないか」


「そうだけどあれ、マジで医学的に効果があるわけじゃないからさぁ」


 最上もステージ上の彼女を見て不安になってきたのだろう。


 大野山南高校の女子マネージャーがマイク前に立つとほぼ同時に、抽選箱に開いた穴に右手を突っ込む。


『大野山南高校、8番です』


「ふ~ん。8番か。まぁどうでもいいや」


「いっそ、縁起を担いで、うちの唯一の左利きに引かせた方がよかったんじゃないか?」


「寺越の事か?」


 最上の謎発言に、春馬が横目に寺越を見ると彼は自分を指さす。


「なんで? つーか俺、右利き左投げなんだけど?そもそも左利きの縁起って何?」


「運を言うなら右投げの方がいいんじゃないかな?」


「大崎。その心は?」


 挑戦的な目つきの最上に対し、大崎は胸を張る。


「右腕は、和を中心に運があるから」


「よくそんな上手くもない恥ずかしい事を自信満々に言ったな。僕が誉めてやろう」


「うわぁ。嬉しくない」


 ちょっとした漫才を演じる一方で、緊張の面持ちの近江がマイク前に立った。


『ほてゃっ……』


「「「あ、噛んだ」」」


『蛍が丘高校。4番です』


 彼女が噛んだことで吹き出すような笑いが聞こえたものの、その数字を聞いてホール内が水を打ったように静まり返った。


「……やっちまったな。あいつ」


「新田?」


「2回戦、信英館学院」


「いや、それだけじゃない」


 楓音が的を射たと思われる発言をしたが、春馬はさらに付け加えようとした。その直後だ。


『総合鈴征学院出雲共和高校、3番です』


「……マジで?」


 春馬は耳を疑った。


 訳もない。もしも優勝候補と言われる学校が勝ち進んだ場合、蛍が丘高校が今後ぶつかることになるチームは以下の通り。


 1回戦 ベスト8の常連・総合鈴征学院大学附属出雲共和高等学校

 2回戦 県内甲子園出場回数最多・信英館学院大学附属高等学校

 3回戦 ドラ1確定級エース日野啓二所属・大野山南高等学校

 準決勝 前年春夏連続甲子園出場・天陽永禄学園高等学校

 決勝 県下最強打線・松江水産高等学校


 甲子園レベルの組み合わせと言うほどではないが、地区大会レベルの組み合わせにしてはいささかハードすぎる組み合わせ。


「ひゃうぅ、噛んじゃったぁ」


「あぁ、近江、よくもやってくれたな」


「うぅ、噛んでごめんなさい……」


 いつになく暗い春馬に、帰ってきた近江は論点の違う謝罪。


「最上。勝てると思うか?」


「ふっ。強豪校との連戦?おおいに結構。いずれ戦う事になるなら早いも遅いも関係ない。大切なのは甲子園に出るか出れないかであって、地区大会で上位に食い込むわけじゃないんだから。つまり、地区1回戦で負けようが、決勝で負けようが、甲子園に出れなければ一緒さ」


「やべぇ、最上がかっけぇ……動揺して足が震えてるのを除けばな」

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