第3話 生徒会長と掛けまして、一発や芸人と解きます
文化祭も寸前まで迫ると、放課後の学校は準備に追われ始める。
校舎裏では1年生が刑事ドラマ風味の映画撮影。裏庭には『巨大なオブジェらしい何か』を作っている3年生。各教室でも各々のクラスで自分たちの出し物の準備を進めており、廊下もテンションの上がった生徒たちで騒がしい。先ほども妖怪の姿や、段ボール製チェンソーを手にマスクを被った人たちなどの謎の大行列が、田舎の駅構内における特急列車ばりの勢いで通過したばかりである。
「えっと、これをこうして……あれ?」
こちらも文化祭の準備に追われていた南であったが、ふと春馬がいないことに気付いた。どこにいるのかと探してみると、突然、筆箱を片手に教室へ飛び込んできた。
「ズドン」
そして追いかけてくるクラスメイトに筆箱を向けると、そんな効果音を口に出しながらまた走り出す。よく見ると同じような事をしている男子が他にも数人。
「ぐはっ」
「「「鈴木ぃぃぃぃ」」」
さらに追いかけてきていた男子に軽く触られた別の男子は、まるで死んだようなふりをしてその場に倒れる。
「ねぇ、何やってんの?あれ?」
近くでお手玉をしていた最上に問いかけると、彼は一瞬だけ男子陣の方に目をやって、お手玉に視線を戻す。
「1年の時もたまにやってたな。迫りくるゾンビと戦う銃撃ごっこだって」
4人+やられた男子が手に持っている筆箱が銃の代わりなのだろう。そして生きている4人を千鳥足で追いかけている、男子がゾンビのようである。
「しかも新田の奴、かなり凝ってる」
「え?」
見ると春馬は一発撃った(演技をした)後、筆箱を縦にして何かを入れるモーション。長い棒のようなもので押し込むフリをしつつ構えなおす。
「何やってんの?」
「火縄銃じゃね?」
他のメンバーは動きからして通常の拳銃のつもりであろうが、春馬だけは一発ごとに弾を込めて撃っての繰り返し。
「ほんと、男子高校生ってアホね……あんなのが生徒会副会長で、なおかつ2年生の首席だなんて」
「男子高校生がアホってそんな。男子ってそうひとくくりにするのはどうだよ?」
「そりゃあ、最上みたいにアホな事をしない人もいるけど」
「そうじゃなくて」
最上は後ろのドアのあたりを指さす。
「バーン、バーン」
「女子高生もだぞ」
「お、近江さんもぉぉぉぉ?」
そこには男子による銃撃戦に介入している近江。ゾンビ役の男子は思わぬ参戦に目を丸くしていたが、すぐさま撃たれたフリをして役をこなす。ノリがいいと言えばノリがいいのだが、アホと言えばアホである。
「はぁ、あのバカたちは……」
南は右拳に息を吹きかけて立ち上がる。
「どうした~南」
「ちょっとあのバカを一掃して来る」
「せめてバカかアホか統一してやろうぜ。それはそうと、どうするんだ? 1人を捕まえただけだと終わらないだろ」
「総大将を捕まえてくる」
そうとだけ最上に伝えた南は、織田信長を狙う明智光秀の目で春馬に近づく。それにいち早く気付いた彼は臨戦態勢。
「マズイ。一時停戦だぁ。敵襲、敵襲」
春馬が呼びかけると、死体と化していた男子や、ゾンビ役の男子も銃撃戦をやめる。
「うわっ、マジかよ」
「怪獣がきたぁぁぁ」
「ミナミンだ。怪獣ミナミンだぁぁ」
男子勢+近江は一か所に集まると、怪獣ミナミンを敵として銃撃戦を再開。
「な、なんだと? 銃が効かない?」
「そんなバカな」
「銃が効かなければどうやって」
それもそのはず。南は少なくとも悪ノリする気はない。
その後も怪獣ミナミンから逃げつつ、手りゅう弾やら、ロケットランチャーやらを使う(フリをする)のだが、まったく効果はなく差が詰められる。
「くそっ。橋川。いますぐアメリカ空軍に連絡だ」
「了解」
「お、おれは大日本帝国空軍にも援軍要請を……」
「じゃ、じゃあ私は、えっと、NPBと……」
「気持ちはわかるけど、NPBに軍事的な戦力は無い」
春馬の指示に妙なテンションが上がる数名。しかしその合間に怪獣ミナミンが一気に間合いを詰めると、春馬へと右拳が振り下ろした。
「ふげっ」
「何遊んでのよ。バカ。遊んでる暇があったら手伝いする」
「だってやること、もうほとんどないだろうが。部活に行かせてくれないなら、せめて遊ばせろ」
「うだうだ言わずにさっさと来る」
右腕を首元に回されて捕獲され、連行される春馬。総大将が陥落した2年4組防衛部隊は総崩れ。瓦解することとなった。
これが後の歴史でも有名となった怪獣ミナミンと日本防衛軍・蛍が丘支部の決戦。
『怪獣ミナミン事変』である
……と言うのは嘘である。
「あぁ、面倒くせぇ~」
南によって捕獲された春馬。彼女の横の席に座らされ、わずか3分でそう口を開いた。
「新田は最近、それしか言ってない気がするけど、他に何か言った?」
「知らん。少なくとも今『知らん』とは言った。さらに少なくとも今、『少なくとも今『知らん』とは言った』と言った。さらに少なくとも今」
「もういい。キリがない」
小学生のような事を言い始める春馬を制し、自分の仕事に取り掛かる南。喫茶店の看板を作っている彼女の横で暇そうにペン回しを始めた彼は、時折腕時計を気にしながらただ茫然と作業を眺める。
「そろそろ部活行っていい?」
「ダメ。みんな頑張ってんだから、新田も頑張りなさい」
「はぁ、仕方ないなぁ」
「だから逃げるな」
「トイレ。まさかお前、トイレの時間もダメって言うのか。そんな事じゃろくな会社経営者にならないぞ。ブラック企業リストの1番上はお前の会社だな」
「分かったから早く行ってきて。そんなにボコボコに言われると心折れそう」
「へいへ~い」
立ち上がって教室を出ようとする春馬に、近くにいた近江が駆け寄る。まだ右手首負傷中であり、ほぼ戦力外で座っているだけであった。
「どこ行くの?」
「トイレ」
春馬はいかにもトイレに急いでいますアピールをしながら教室を飛び出す。しかし角を曲がったあたりでそれをやめてため息を漏らす。トイレに行くと言うのはもちろん嘘であり、作業を抜け出すための適当な口実である。
彼は野球部のメンバーの顔を見ようと2組の教室へと向かう。
「よぉ、寺越。久しぶり」
「久しぶりって、昼休憩に鉢合わせした以来だと思うけど?」
「そう。その昼休憩は実は1年前の昼休憩で……」
「暇なら2組の作業、手伝ってくれない?」
「断る」
「まぁいいか。暇なら部活に行けばいいのに。春馬が暇ってことは、4組みんな暇なんだろ?」
「それが4組の生徒会長が、『みんな頑張ってるんだからお前も頑張れ』って、『みんな残業頑張ってるんだからお前も残業しろ』って言う非合理的なアホ上司みたいな事言いだして」
「おいおい。生徒会権限で退学させられるぞ~」
「案ずるな。生徒会に大きな権限があるのはアニメだけで、リアルの生徒会はあまり権限ないから。仮に権限があったとしても、南は名ばかり生徒会長で僕が実質的トップ」
「こえぇぇ」
「それはそうと……寺越って右で文字書くんだな」
春馬は寺越が右手にペンを持っていたのに気付く。メモ帳に書いてある字はそこそこきれいであり、無理に右手で書いたようには見えない。
「言ってなかったか?俺、右利き左投げ」
「あぁ、そういえば言ってたような。事故で右腕壊してその間に左投げで野球してたら、左投げがしっくりくるようになったんだけ?」
「知ってんじゃないか。知っててあえて聞いたろ」
「因みに左手でも書けるの?」
「バッチリ」
寺越は左にペンを持ち替え、メモ帳に春馬の名前をフルネームで書く。
「どうよ?」
「惜しいな。僕は『春』の『馬』で春馬だから。それじゃあ『俊足』の『馬』じゃないか」
見事に書かれた名前は『新田俊馬』
「あ……」
「俊足の『俊』は『大崎俊太』な。わざとだろ。試合の時とか、バックスクリーンに名前が表示されるだろ。僕は春馬の『春』まで」
「あはは……知ってるのに聞いた仕返し?」
寺越の顔からして、本気で間違えている様子。
「お前って奴は。しかし、そう考えるとウチの野球部って左利きが1人もいないんだな。それはそれで珍しいような気がする」
現在右投げの8人は全員右利き。唯一の左投げである寺越も右利きなのだから、要は野球部員全員が右利きと言う事になる。
「たしかになぁ。どれくらいの確率なんだ?」
「左利きがどれくらいの確率だか分からないから知らない」
右利きと左利きの割合さえ分かれば暗算もできるが、あいにく春馬はそんな確率など知らない。
なお日本の場合、右:左=9:1とされている。つまり左利きの割合は全体から見て10%である。野球部員全員(9人)が右利きである可能性は9/10の9乗のため、その確率は38.74%となる。言いかえれば、その補集合である61.26%の確率で左利きが少なくとも1人いることになる。
38.74%=3割8分7厘
半分を下回っているにもかかわらず、イチローが日本で記録したシーズン最高打率(パリーグ最高記録)と同じと考えると高いようにも見える。つくづく野球とは確率の感覚が狂わされるスポーツである。
「寺越~。ちょっとこっち手伝ってくれ」
寺越と話していると、彼を呼ぶ声が教室の隅から聞こえる。
「悪い。呼ばれたから行ってくる。お前もそろそろ教室に帰れよ。俺だって忙しいんだ」
「へいへい。次は1組にでも行くかな?」
「だから帰れよ。1組でも邪魔扱いされるだけだから」
「いやいや。大天使・大崎はお前よりも心優しいから」
「大崎だって、さすがに鬱陶しく思ってると思うけど」
「大崎がそんなことを思うはずがない。あいつをそんな奴に育てた覚えはまったくない」
「お前は誰だよ」
「寺越~、まだか~」
「はいはい、ただいま。じゃあ俺、今度は本当に行くから。じゃあな」
寺越は春馬との話を打ち切り、自分を呼んでいたクラスメイトの元へと駆けて行く。廊下に残された春馬は、暇そうに1組の教室へ。しかしよくよく見てみると、教室はもぬけの殻。教室以外の場所で作業をしているのか、それとも既に準備を終えているのか。
「どうしようかな。1年生とか3年生の教室にでも行ってくるか?暇だし」
「そうなんだ。だったらクラスの仕事を手伝えば?」
「いいや。生徒会長の強引女はぎゃーぎゃー言ってるけど……ん?」
なんとなく答えていた春馬であったが、いったい誰に話しかけられたのか分からずにふと後ろを振り返ってみた。するとそこにいたのは……
「『生徒会長の強引女』で悪かったね~」
「……ふっ。生徒会長と掛けまして、一発屋芸人と解きます」
「その心は?」
「任期(人気)はせいぜい1年です。よし、上手く決まった。ちょっと謎かけに詳しい先輩に評価してもらおう。レッツゴー」
「ちょっと待てぃ。即興にしては上手かったけど、誇るほどじゃないのは私が保証してあげるから、とにかくちょっと待てぃ」
生徒会長の強引女は、副会長の襟を捕まえる。
「その保証は不安だからさ。日本の年金制度並に不安だから」
「それってどれくらい?」
「近江の学力」
「近江さんって、テストの度に補習受けてるでしょ?それ、ほぼ壊滅って意味じゃ……」
辛うじてお情け程度の可能性が残っていて、まったくの0ではないくらいである。
「ほぼ赤点」
「それと私の保証が同じレベルって……」
「ひぐっ」
「「え? まさか」」
南と春馬の2人。何か嫌な声を聞いた気がした。まるで誰かが泣くような。
「私だって、私だって頑張ってるんだよ? 春馬君や南には勝てないかもしれないけど、私だって頑張ってるんだよ?」
サポーターの付けた右手で目を擦る近江がそこにいた。
「これは南のせいだな」
「な、なんで? これは新田が……」
「よしよ~し、南が酷いことしたなぁ。いいもんな。近江は野球が上手いもんな~」
迷うことなく近江の頭を撫でる春馬。
「うん。野球、頑張ってる」
「だよな。勉強が全てじゃないもんな。それで、悪いのは?」
「南」
春馬の胸に顔をうずめながら南の顔を指さす近江。
「お、おのれ新田。謀ったなあぁ」
「な~んのことだか?」
一瞬だけ悪そうな顔を浮かべた春馬も、まるで策にはまった戦国武将のような事を口にした南に、近江へと視線を落として再び頭を撫でる。
「近江は頑張ってるのにな。南が酷い事ばっかり」
「うん。南、酷い」
「生徒会長にあるまじき奴だな」
「うん。生徒会長にアルマジロ」
「アルマジロ?」
「そうだよなぁ。こいつ最低」
春馬は南へと冷たいさげすむ目。
アルマジロが「あるまじき」の言い間違えだと分かった春馬はしてやったりの顔。
「これは徹底的に私を陥れるつもり? ね、近江さん。新田はもっと酷いでしょ」
「春馬君は優しいもん。酷い事なんてしないもん。頭をなでなでしてくれるもん」
「なにこれ。洗脳?」
「案ずるな。洗脳って言うのは、暴力とか精神攻撃で主義・思考を変える事だから、あえて言うなればマインドコントロールが正しい」
「どっちでもいいわぁぁぁぁ」
南の出した大声に驚いた近江は、体を震わせながら春馬に抱きつく。
「おいおい。お前が脅かすから、近江が怯えちゃったじゃないか」
「えぇぇ、私が悪いの?やっぱり私が悪いの?」
「じゃあ、近江。あとで満足いくまでなでなでしてあげるから、今は泣き止んでお仕事頑張ってこいよ」
「うん。頑張る」
「じゃあな。近江。今日の練習で」
「じゃあね~」
「あ、逃げたぁぁ」
「うぅ、南ぃ。春馬君に酷い事したらダメ」
「大丈夫。酷い事はしないから。ごめんね。近江さん」
南は近江に軽く謝ると、逃げ出した春馬を猛追。身体能力の差以上に、走り方の差が出て彼に突き放されそうにはなるが、上手く人の間を通り抜ける絶妙なライン取りで突き放された分差を詰めて行く。
前を走る春馬は渡り廊下を渡るなり、文化部の部室棟へと逃げ込む。角を曲がった春馬に対し、姿を見失うまいと猛スピードで追いかける南。春馬が曲がった角を曲がり、部室棟の廊下へと出たのだが……
「あれ?」
そこに春馬の姿は無かった。代わりに髪を茶髪に染めた不良の女子が、マンガ研究部の部室前にいるくらい。上靴の色からして3年生である。
「あの~、すみません」
「何?」
「さっき、2年生の男子が来ませんでしたか?」
南が聞くと、彼女はわざわざ気怠そうな顔をして、廊下の反対側を指す。この部室棟には両端に階段がある。彼は1階に降りて南から逃げたようだ。
「ありがとうございました」
南は礼を言って颯爽と指さされた方へと走っていた。そして廊下に残された女子はと言うと、彼女がいなくなったのを確認してマンガ研究部の部室へと入った。
「はぁ、ほんと、女子に追いかけられるなんて青春楽しんでるわね~」
「まっとうな女子なら楽しいですが、あんなの、休日出勤を迫る上司みたいなもんですよ」
そこにいたのはもちろん春馬。
「『じょし』じゃなくて『じょうし』ってか。さすが、頭がいいのは言う事が違うね~」
彼女はマグカップを2つ取ると、その中にココアを入れて牛乳で溶き、机の上に置いた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
彼女の向かいに座った春馬はココアを一飲み。
「さっきのって、生徒会長の子よね」
「はい。南天海です」
「生徒会長と追いかけっこの後は、3年の不良とティータイム、じゃなくてココアタイム。本当に優等生なのか、不良なのか分からない人よね」
「先輩は見た目だけの不良じゃないですか。中身と言う意味では、僕はなかなかいい先輩だと思いますよ」
生徒会副会長・野球部監督・学内成績1位。そんな絵にかいたような優等生である春馬。しかし、授業サボりの常習犯、友人には蛍が丘高校不良集団のみなさん、と言ったように、優等生とは思えない一面があるのもこれまた春馬である。
「嬉しい事言ってくれるぅ。じゃあ、もし付き合ってって言ったら、どうする?」
「お断りします。今の僕は野球部と大学受験で手一杯ですから」
「ひゅぅ、優等生発言」
「優等生なら文化祭の準備をサボりません」
春馬は優等生でも不良でもない。かといって中立的とも言い難い。あえて言うなれば、両極端な2つの顔を持った両性的とでもいうべきであろう。