第1話 生徒会副会長・新田春馬
「面倒くせぇ~」
「はいはい、そんなこと言わない」
机に伏す春馬の背中を、同じクラスの南天海が叩く。
生徒会室には、生徒会長・副会長・会計・書記の生徒会執行部、文化委員長、そして文化祭実行委員長が集結し、蛍が丘高校文化祭『蛍光祭』に向けての会議が行われていた。
「それで、1年生の2組が揚げ物をしたいみたいなんだけど……」
「いいんじゃね? やらせれば」
「もう、しっかりしてよ、副会長」
「副会長って言われてもなぁ。お前と違って選挙を突破したわけでもないし、元々やる気があって生徒会に入ったわけじゃないし」
野球部監督と言う立派な肩書を持った春馬。しかし今の肩書は蛍が丘高校生徒会副会長。
さかのぼること1か月前。生徒会選挙が終わって、3年生から2年生へと生徒会が引き継がれたわけだが、立候補者の数が圧倒的に足りず、生徒会副会長を始めとする多くの役職が空いてしまったのだ。その場合、選挙で当選した生徒や教師などが、適任と思われた生徒に生徒会参加を頼み込むのである。当然ながら野球部監督であり、しかも学力は安定して学内トップと言う春馬に白羽の矢が立たないわけがない。
その結果が……
「面倒くせぇ」
と、言うわけである。拒否権もあるにはあり、嫌だと言えば逃げ切られた。しかし生徒会長・南によるスカウト作戦は強大だった。春馬への直接スカウトが無理だと分かった途端、まずは近江や楓音を始めとした野球部、そしてクラスメイトなど春馬の周りの人間に協力を仰いだのだ。それ以降と言うもの、教師陣や南、そしてクラスメイトからのスカウトを受け続けた。
こうして難攻不落の春馬城は、外堀を埋められたことで容易く陥落したのであった。
「とりあえず話を戻すよ。まだ1年生なのに、油を使って調理をさせるのはいかがなものかと思って」
「そう言う保守的な考え方はいかんと思う」
「お?」
面倒と言っていながら議論に入ってきた春馬に、南は興味を示す。
「いざやってみたらできるかもしれないだろ。できないかもしれないからやらないのなら、いつまでたっても現状は変わらない。できない。でも、できるかもしれない。そんなことは、一回やってみよう。無理だと判断するのはそれからでも遅くない」
「新田も言うじゃん」
「と言うわけで会議終了。部活行くぞ」
「ちょっと待てぃ」
部屋を出ようとした春馬の衿を掴んで引き留める。
「結局、早く部活行きたかっただけかい。さっきの大層な演説はハッタリ?」
「女子野球と言うイレギュラーに挑む野球部の監督があんな嘘を言うとでも?」
「あ……」
春馬の先の演説はその場しのぎではない。当事者ではないが、当事者に近い人間としての、非常に中身の詰まった重い言葉であったのだ。
「女子高生の高校野球参加は難しい。でもできるかもしれないという可能性が少しでもあるのなら、常識を変えるためにやる価値はある。だから僕は、できないかもしれないことでもやってみようと思う。あくまで常識を変えるためにやる価値であって、デメリットも含めてやる価値があるとは限らないけどね」
春馬は日の光に照らされてかっこよく映る横顔を南に見せる。
「さてと」
そして扉の方を向き、やや長めの髪を揺らす。
「じゃあ僕はこれから、高校野球の常識を変えるために行かなくては」
「だから、ちょっと待てぃ。あやうく騙されるところだった」
「ダメ?」
「ダメ」
学内学力1位の副会長と2位の生徒会長の戦いは続く。
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2年4組の蛍光祭の案は見事にお隣3組とダブり、ジャンケンの結果4組の案が練り直しとなってしまった。現在はLHRの時間を生かして、新しい出し物の計画を立てているところである。
「映画~」
「メイド喫茶」
「お化け屋敷は?」
クラス中から提案の声が上がり、なかなかまとまる気配を見せない。まったく案が出ないよりはまだいいのだが、ここまで来るとむしろそちらの方がいいとも思ってしまうほどの迷宮入りである。
「はいは~い。食べ物屋さんした~い」
包帯を巻いてサポーターを付けた右手を上げるのは近江。
小さな体でホームランを打てるのは高度な技術あってのもの。しかしその高度な技術は、まったくもってデメリットがないわけではない。要は高出力の出ない体で無理して高出力を出すのだから、当然ながらその小さな体は耐え切れるわけがないのだ。その結果が通算3度目の腱鞘炎である。
「幅広いなぁ。もっと絞ればいいのに。喫茶店だって飲食物関連だし、屋台だってそうだよな」
近江の左後ろでは、硬球を3球使ってお手玉をしている最上。その横には、中に小豆の入った手作りのお手玉2つで最上をまねている楓音もいる。さすがに3つはまだできないもよう。
「私はあまり飲食物とかやりたくないかなぁ。できれば映画とか作りたい」
「僕はなんでもいいや。できれば一番、面倒くさくない奴で」
そして副会長は毎度のごとくやる気がない。
「新田はすげぇ気が抜けてるよな。去年とかものすごくはしゃいでなかったか?」
「中学校では無かったし、去年が初めての文化祭だったからなぁ。でも生徒会に入ってから忙しいから面倒になってきた。まぁ、実際に文化祭が始まったらテンションは上がるだろうけど」
「つまりは、っとあぶねぇ。つまりは文化祭が嫌いなわけではないんだな」
「そうだけど、そんなに人の好みまで気にする必要あるか?」
ボールを落としそうになったが持ち直した最上に、春馬は横目に視線を向ける。
「なぁに、ちょっと近江が寂しそうな顔してたから」
「近江が?」
最上に言われて見てみると、彼女は確かに目を潤ませて寂しそうな雰囲気を醸し出していた。
「どうした? そんな市場に売られる子牛みたいな顔して」
「うぅ、だってぇ。私、春馬君と蛍光祭まわりたいのに、そんな楽しくなさそうだから嫌なのかなぁって」
「楓音とか最上とまわれって。僕は不本意ながら生徒会役員だし、馬鹿な生徒会長に仕事させられる可能性あるからなぁ」
「ば、馬鹿って。学内2位に馬鹿って」
教卓前に立っていた南はそれを聞いて猛反論。しかし残念なことに、それを口にしているのは2年生主席である。
「うるせぇ。実質文化祭実行委員長にしたてやがって」
素早い返しで反論を封じる。
文化祭実行委員長はいるにはいるのだが、どうしても生徒・教師間での話し合いとなると、生徒側が立場的に不利になってしまう。そこで生徒会長・南が目を付けたのは、1年生の時から野球部の監督および実質的な顧問業務を請け負い、年上にも物怖じしない2年生主席の副会長であった。春馬は教師との話し合いを筆頭に何かと文化祭計画の第1線に引っ張り出され、ほぼ文化祭実行委員長となっているのである。
「適材適所って四文字熟語、知ってる?」
「だったらお前は即座に生徒会長をやめろ」
「何言ってんの。生徒会長は大変。副会長がいないときはその業務を肩代わりしないといけないんだから」
「それは副会長もまたしかりだろうが」
ケンカを始める生徒会長と副会長。それを相変わらずお手玉を続けながら見ているのは最上である。
「南は座ってるだけで、生徒会を動かしてるのは新田か。まるで傀儡政権だな」
「らいらいせいけん?」
「かいらいせいけん。ある国の政治や経済を、他の国が操作してるような状態」
「うぅ、難しくて良く分かんない」
早くも頭がオーバーヒート状態に達しようとしている近江。
「近江にも分かりやすく言うと……ヘッドコーチが作戦を考えたり選手交代を考えたりして、監督は反論も提案もせず、言われるままにサイン出したり選手交代したりするだけ。みたいな感じかな」
「勉強になった。らいらいせいけん」
「かいらいせいけん」
『(無理に野球で例えたから少し違うけど……まぁいいか)』
やはり野球の事になると吸収力は格段に違うもよう。
そろそろ腕の疲れてきた最上は、ボールを口の開けたままにしていたカバンの中に放りこむ。
「南。そろそろ話を元に戻した方がいいぞ。そのままじゃいつまで経っても終わらんからな。きっと、新田あたりが妙案を思いついているはずだ」
「はいはい。それで、新田には何か案が?」
「ない」
「ふっ。学内主席もそんなものですか?」
「力不足で申し訳ない。こんな時はきっと、学内次席が助けてくれるはずだ」
「あはは……」
鋭い返しに視線を逸らして額に汗を浮かべる。何も案は無いようである。
「ったく。しゃあねぇな。適当に喫茶店でもやっとけばいいんじゃね。午前中くらいで食材が無くなったって言い訳すれば、午後から遊び放題だし」
「うん。じゃあ、候補は喫茶店。ただし後半は聞かなかったことにする」
「聞けよっ」
「時間もないので強行採決します。牛歩作戦による遅延も認めません」
痺れを切らしたことにより、思い切った強行策に出た南。雑な文字の書かれた黒板に右手を叩きつける。
「はい。まずは映画作りたい人っ。ハイ、1、2……2人ね。次。メイド喫茶。はい、1、2、3……12人。何? 男子の欲望? 次、お化け屋敷。ゼロ。せめて発案者くらいは手を挙げなさいっ」
サクサクと進む強行採決。男子勢の大半は欲望のままにメイド喫茶を希望。このままではメイド喫茶確定なのだが、
「はい。ふつ~の喫茶店。はい、多い。決定」
赤のチョークで『喫茶店』の文字に大きく丸を付ける。男子勢の大半がメイド喫茶を望んだとはいえ、女子の全員が希望した喫茶店。民主主義的に多数意見が採用され、『メイド喫茶』ではなく『普通の喫茶店』となり、男子のほとんどが落胆表す。
「はいはい。そういうわけだから、みんな。喫茶店で決定だからね。今度のLHRで、店名とか、衣装とか、役割とか決めるから。考えてくるように。新田も分かってる?」
「分かったよ。夏大1回戦の先発は最上でいく」
「何の話よっ」
「悪いな。僕にとっては文化祭よりも野球の方が大事なもんでな」
南天海内閣総理大臣の強引な手法により、蛍が丘高校衆議院議会はこれにて閉会。文化祭に向けてこのクラスは全速前進の動きを見せ始めた。
ふと第1話を見ていた時、1章あたりの文字数が多いなと思いました
よって今作は実験的に1章あたりの文字数を少なくして、
章の数を増やしてみようと思います