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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
最終章 蛍が丘高校野球部 最後の舞台へ
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最終話 これが私の甲子園

 3月中旬


 まだ肌寒さ覚える島根県において、ある球場に春馬が立っていた。


 8ヶ月前。蛍が丘高校黄金世代の夏が終わったグラウンドだ。


 あの試合を最後として、一切の試合を行ってはこなかった。当然である。なぜならもう春馬たちはあれ以降、野球部の部員ではなかったのだから。


「しゅ~んま君。待った?」


 と、直後に彼の背中に抱きついてくる女子。ここ最近は楓音のほんのり大きく柔らかい感触ばかりだったため、この肋骨が直に当たって痛いのは久しぶりである。


「ちょっと待ったな」


「むぅ、待ってないって言うのがデートの常識だと思う」


「どうだかな」


 春馬と近江がこうしてここに来たのは、春馬が約束を果たすためである。というのも先の大田山吹戦にて春馬は『負けたら近江とデート』と、近江は『甲子園大会までに復帰できなければ勉強』という約束をしていた。そして負けた春馬は、彼女とのデートに踏み切ったのである。


「でも寒いかも。あっ、でもこうすればいいかも」


 と、春馬に抱きつく近江。一方の春馬はそんな彼女も気にせず近くのベンチに腰掛ける。


「僕も来年度から岡山に行くことが決まったからな。早めに約束は清算しておかないと」


「寂しくなる」


 近江も春馬の腕に抱きついたベンチに腰掛ける。


「言ってもたまには帰ってくるよ。彼女もこっちにいるし」


「わ、た、し?」


「いや、楓音のこと」


 楓音は地元の信英館大学に進学を決めた。学部こそ違うものの、近江と同じ大学であるだけに心強いところはあるのではなかろうか。ただ恋人と離れ離れになるのは、春馬にとっても楓音にとっても辛いところか。


「でも、今日は私だけの春馬君だよ~」


「だけ・・・・・・か」


 意味深な言い方をする春馬に疑問符を浮かべる近江。しかし考えるだけ無駄なので早速デートの話を振る。


「で、どこに行くの? デート」


「どこにもいかねぇよ」


「え? じゃあここ? ラインも引いてるし、どこかの社会人チームが試合でもするの?」


 この時期は高校野球部は原則オフシーズンである。となると、この規模の球場を使って試合をするのは社会人野球やクラブチームだろうが・・・・・・


「なぁ、近江。野球は好きか?」


「うん。大好き」


「だったらよかった。僕が近江への罪滅ぼしにできる、最高の試合をプレゼントできる」


 彼は右手をポケットに突っ込みながら答えた。


「そんなにいい試合なの?」


「あぁ、そんなにいい試合だ」


 そう答えた春馬は黙りこくり、近江も待ちわびるようにグラウンドを目にする。


 と、わずか数十秒後。3塁側ベンチの方へと白いユニフォームを着た人達が入ってくる。と言っても背番号がないことから練習着であろうと思われる。


『皆様、お待たせいたしました』


 と、さらにそこへウグイスの声が響く。


 だが近江はその聞きなれたウグイス嬢の声に気付いた。


「え? この声って」


「さて、近江行こうか」


「ど、どこに?」


「どこにって――」


 その春馬の声に続いて、近江優奈がウグイスの声を響かせる。


『まもなく、蛍が丘高校3年生チームと、信英館学院大学付属高校3年生チーム。引退試合を開始いたします』


「言ったろ? 最高の試合だって。今日は、二遊間&5、6番コンビのデートといこうや」



「じゃあ、最上君。最初はキャッチボールでいいのかな?」


「大崎・・・・・・まずはランニング」


 1塁ベンチから最初に出てきたのは大崎・因幡の1・2番コンビ。


「よっしゃ。じゃあ、監督とキャプテンがいないから俺が代理を」


「寺越殿。ワスらの監督とキャプテンはあの2人だけだの」


 続くは3・4番の寺越、猿政。


「もう、今日だけだよ。今日だけは近江ちゃんに貸してあげる」


 そして7番、春馬の恋人たる楓音。


「今日は完投だろ? 春馬だけマウンドに上がらせちゃ、デートにならねぇしな」


「バ~カ。その時は近江を一緒にキャッチャーにしちまえばいい」


 最後に蛍が丘高校黄金世代が誇るバッテリー。



「な、なんで・・・・・・」


「信英館の監督に相談したら、最後の公式戦に出られなかった3年生の引退試合ってことで引き受けてくれた。両者引退済みのメンバーなら、高野連のオフシーズン規定にも引っかからないしな。てなわけで、今回の1年生ズはお留守番・・・・・・いや、1人ベンチ入りしてるか」


 高野連の公式戦ではない以上、スコアラー・武川も練習着を付けてベンチ入りだ。だが基本のメンバーはあのオーダーとなることだろう。


「さぁ、行こうか。近江。練習着と道具は優奈に頼んで手配してある。急ごう、あのナインには2人足りないからな」


 そのコールに近江は元気に頷く。


「うん」


 そして春馬と近江はグラウンドに繋がる階段を駆け下りる。



 それから約30分後・・・・・・


『1回の表、蛍が丘高校の攻撃は、1番、センター、大崎君』


 先頭の大崎が左バッターボックス。マウンドには信英館2軍の左ピッチャー。


「この前の夏は信英館の戦略に負けはしたが、戦術で負けはしない。『蛍が丘高校野球部の再挑戦』、受けてもらおうか」


 今まで以上に興奮する春馬。その手を握る近江。


「ねぇ春馬君。なんだか分かる。まだ試合は始まってないのに分かる。この試合、凄く面白いよ。楽しいよ」


「あぁ、僕も楽しい」


「これが私の甲子園みたい」


「じゃあ、その甲子園大会を始めよう。最初で最後のお前の甲子園大会をな」



 そして球審が勢いよく手を挙げ、まだ肌寒さ残る空の下、狭い地方球場にコールが響いた。



「プレイボール」


どうも、日下田弘谷です。蛍が丘高校野球部の再挑戦、これにて完結です。


本当は甲子園まで行って、春のセンバツでボコボコにされた相手を下す

そんな展開を考えていたのですが、日下田の『ビターエンド大好きセンサー』がそれを拒否しまして、

結果、夏の大会で近江が負傷退場。そのまま敗退というバッドエンド展開に、

それをややビターにするための味付けとして今回の引退試合という形をとりました。

そもそも9人ピッタリ+α程度のチームが、そう簡単に甲子園なんて言うのもできすぎですしね


さて、ここらで日下田の『野球小説』は終了or中断となる予定です

というのも、単純に「野球以外を書いてみようかな」と思っただけで、

今のところその別ジャンルを書いています。

そのうち投稿します

(もしかしたらこの最終話の投稿時点で新作を始めてるかも)

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