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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
最終章 蛍が丘高校野球部 最後の舞台へ
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第3話 高校最後の思い出作り

 9月中旬。そろそろ私立大学の推薦入試で忙しくなってくるあたり。そんな時期に高校生最後の学生イベントとも言える体育祭である。


「春馬く~ん、久しぶりの運動だよ。今日は頑張ろうね」


「体動くかなぁ? 野球部辞めてから本格的に体を動かしてるのは体育くらいだもんな」


 体操服姿の楓音が春馬へと背後から飛びつく。今までそれをやっているのは近江であっただけに、周りの人間は未だ違和感を拭いきれないところである。春馬に女子が引っ付いているのは近江コンビで違和感が無いが、むしろあの楓音がここまで男子に引っ付いているのが珍しいのである。


「大丈夫。春馬くんが出るときは私も応援するから」


 そう言われても応援ひとつで活躍できるほど簡単ではないのである。


「ま、まぁ楓音が応援してくれるならもしかしたら」


 ……男は女子の応援ひとつて活躍できるほど簡単な生き物なのである。


「本当? じゃあ、がんばってぇ~」


 春馬の背中で手を回しておおはしゃぎする楓音。やや頬を赤らめながら笑っている春馬をみるあたり、やはり春馬も男子なのだと分かる。


「新田。お前ってむっつりスケベか何かか?」


「な、なんだ突然」


 呆れ顔の最上が問うと、春馬はやや同様気味に返事。


「後ろ見てみてろ」


「後ろ?」


 と、そこには笑みを浮かべる楓音の姿。


「恋人が半そで短パンの体操服。きれいな太ももがいくらでも触れる位置にある上に、薄い生地の向こう側には楓音のつつましいふくらみ。どう思う?」


「最上くんの言い方がエロい」


「最上。貴様、むっつりスケベだな」


「な、なんだこいつら」


 全うな指摘をした結果、全うな指摘をされ返された。


「ねぇねぇ、最上君」


「だよな、近江。近江もそう思うだろ?」


 春馬―楓音同盟が成立している今、春馬との協定を断たれて孤立している近江こそが唯一の味方。そう言わんとばかりに近江に同意を求める最上。すると、


「エロい」


「うわっ、近江にまで裏切られた」


 近江、孤立している最上に平然と切りかかる。


「最上は楓音をそういう目で見ていたのか。他人(ひと)の恋人相手になんてヤツだ」


「でも新田も近江よりは楓音の方がいいんだろ? もちろんそういう意味で」


 最上の問いに、春馬は自分の肩口から顔を覗かせる楓音と視線を合わせる。一方で視線の外では近江が胸を張ってスタイルをアピール。


「5回コールド」


「勝った」


 春馬の一言に拳を突き上げる近江。なんともおめでたい。


「春馬くんはやっぱり私のほうがいい?」


 もちろん『5回コールド(で楓音が勝ち)』と、近江を除く全員が分かっていることである。しかしながら不安になるのか、それとも恋人同士の会話のネタなのか、春馬へと問いかける楓音。すると春馬は、


「楓音の方がいい」


 即答。


「やった。うれしい」


 彼の胸前に回した腕に力を入れてさらに強く抱きしめ、さりげなく自分の頬を彼の耳元に擦り付ける。その光景を見て、最上は鬱陶しいやら微笑ましいやら。


「青春してるなぁ」


 若干の皮肉をこめた発言。


「今が高校に入って2番目に楽しいかな」


「1番じゃないの?」


「1番は初めて甲子園に行った時かな。ライトから見た甲子園って、思った以上に大きかったなぁ」


 これが普通の女子高生ならば『ライトスタンドから』と言う意味なのだが、実際はまさしく『ライトから』なのだから本当に実感の篭った言葉である。


「そっか。僕は甲子園に負けたか」


「え? こ、甲子園の次だよ。すぐ次だから」


 意地悪く揚げ足をとった春馬に楓音が慌ててフォロー。以降も落ち込んだフリをした彼に彼女があれやこれやと言っているが、傍から見ている分には相当面白おかしい場面である。


「新田。そろそろ開会式始まるから落ち込んだフリもほどほどにな」


「ヘイヘイ」


 最上の注意に春馬がすぐにテンションを持ち直すと、楓音は彼の背中から降りながらむくれ顔になる。


「嘘だったの?」


「ごめんごめん」


 彼女の頭を撫でてあげると、こちらの不満顔もすぐに持ち直す。ただこの惚気を見ていて一番の不満者が声を上げる。


「春馬君。もう開会式っ」


「はいはい。近江が怒ってるからそろそろにしようか」


「は~い」


 野球部引退以来、久しぶりとなるスポーツが始まる。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 天高く響く銃声。


 舞い上がる砂埃。


 騎馬戦の始まりである。


「うにゃあぁぁぁぁ。突撃ぃぃぃぃぃ」


 去年に引き続き出場の近江。いつもの血の気の多さに加え、春馬に相手されなくなった要求不満から闘志満々で敵に突っ込む。


「いくよ、春馬くん。私たちも突撃ぃぃぃ」


 そして人数合わせの春馬たちが組む騎馬に乗るのは楓音。


「皆のもの頭が高い。奥州の狐・最上義光の出陣である」


「鈴木、うるせぇ」


 鈴木に拳骨を落としながら、最上もここぞとばかりに出陣。


 他の3年生野球部勢(因幡を除く)も姿を見せるが、ここで全学年連合チームである面白さが顔を除かせる。


「お姉ちゃん、勝負」


「近江先輩、行きましょう」


 近江優奈が敵方として、沖満が味方として参戦。


 島沢は他の競技に出ると、鍋島は「怪我が怖い」との理由で出ないらしい。なぜ蛍が丘高校野球部の女子は揃いも揃って血の気が多いのか。


「ふはははは」


 近江騎馬は戦場を縦横無尽に走り回り、次々と戦果を上げていく。


「春馬くん、右」


「はいよ」


 楓音騎馬は春馬(+クラスメイト2名)と抜群の連携で、高い機動力を見せながら他騎馬と挟撃を続ける。


「よっしゃあ。打ち取っ――」


「あっ、ごめん」


 最上、敵の騎馬を撃破しかけるも、後方に回った大崎にやられる。


「……あのさぁ、せっかく待ちに待った騎馬戦なんだし、もう少し活躍させてくれてもよくない?」


 天命を憂う最上。あいにく彼は神に愛されていないらしい。


 そんな中どんどん騎馬は減っていくが、どんどん戦いは激化していく。数が少なくなるごとに戦線は縮小され、結果として生き残った強者たちが狭いフィールドで争う形ができつつあるのである。


 さて、そんな強者だらけの中でいかにも弱そうな優奈騎馬。しかし弱そうゆえに誰からも警戒されず、しれっと後方に回り込み元生徒会長・南騎馬や、沖満騎馬を撃破した伏兵。そんな彼女は次なる標的を見つける。


「よ~し、あそこの騎馬にGO。お姉ちゃん、勝負っ」


「かかってこ~い」


 近江(妹)騎馬、近江(姉)騎馬に突撃。


 意外と双方の騎馬に身長の差はなく、しかも上に乗っている2人は同じ体格ときたものだ。案の定、姉ちゃんの方が身のこなしは優れているのだが、大暴れする姉ちゃんに騎馬が大変である。さらに防戦一方の優奈に迫る面倒事。


「よし、背後取った」


「さぁ、私とも勝負、勝負」


 新田コンビ、優奈騎馬の後方に出現。


「むっ、ワスを忘れておらんかの?」


「「「あっ」」」


 その一言に春馬以下騎馬3人と楓音が思い出す。


「重戦車ドーン」


「ぐえぇぇぇ」


「うげぇぇぇ」


「ぎょぇぇぇ」


 猿政騎馬(戦車)の突撃で、春馬以下3名が体勢を崩す。


「あっ、ちょっ、えっ」


 騎馬自体は崩れないとはいえ、それで困ったのが上に乗る楓音である。バランスを崩した楓音は正面に倒れこみ、


「あぁ、落ちるぅぅぅぅ」


「ちょっ、楓音――首ぃぃぃぃ」


 楓音、よりによって春馬の上に落下。上から圧し掛かられた春馬は、反射的に痛みを感じた場所を口にしながら地面に倒れこむ。


「痛い……さぁぁぁるぅぅぅぅまぁぁぁぁさぁぁぁぁぁ」


「す、すまぬ。ちょっとやりすぎた」


 恋人の楓音に圧し掛かられるラッキー展開への意識よりも、猿政への怒りが先行した春馬はそのままの状況で声を上げる。ちょっと体勢を崩して隙を作る程度に考えいていた猿政にとっては、楓音が落下する事態は想定外である。


「マジでこれ禁止しろよ。そのうち事故るぞ」


「うん。事故る。春馬くんが受け止めてくれて助かったけど」


「自分から受け止めたんじゃない。楓音が勝手に落ちてきただけ」


 そうしていると2度の銃声がした。規定の時間が終了したようであり、ついでに近江姉妹の決着は付かなかったらしい。


「う~ん。これは負けちゃったかな。残り方からして」


「かも」


「で、楓音。そろそろ降りてもらっていい?」


「もう少しこうしていたいなぁ……ダメ?」


「絶対にダメ」


 競技中である。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 午前中全ての競技を終えてお昼休憩。


「しゅ~んまくん。お昼食べよ」


 楓音は春馬の腕に抱きつく。楓音は午前最後となる3年生の競技に出場していたため、ほんのり汗をかいて色っぽい状態。


 その前に立ちふさがる、同じく汗をかいているのに色気が壊滅的な女子。


「春馬君。お風呂にする? お昼にする? それともわ、た、し?」


 いったいどこにお風呂があるのか。近江に問いたいところである。


「悪い。これから楓音とだから」


「えっ? 楓音をおいしくいただいちゃうの!?」


 楓音、その場に卒倒。後ろで黙っていた最上、吹き出しながらすかさず彼女を支える。


「なぁ、新田。近江(これ)、意味分かって言ってると思う?」


「いや、意味分からず言ってると思う」


 語彙力不足のせいで、時折奇跡的なタイムリー爆弾発言をする近江である。しかも本人に爆弾発言をしている意識がないだけに、まったく躊躇いがないのがたちが悪い。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 さて、そのあとすぐに楓音は意識を戻した。おそらく急激な感情の変化でぶっ倒れただけなのだろう。採血などで緊張のあまり倒れてしまう人がいるが、いわゆるそれと似たような状況ではなかろうか。


 そんな彼女は弁当置き場となっている職員室から大きな重箱を持ってくると、空き教室にシートを敷いて昼食の準備。外で食べるのは風や砂埃、直射日光の問題で避けたいが、体育祭らしさを出したかったゆえの苦肉の策である。人によっては開放されている屋上に行っているらしいが、日を避けるには室内が一番であろう。


「で、なんで近江ちゃんがいるの?」


「一緒に食べる」


「う~ん、まぁいっか」


 空気を読んでほしいという思いと、親友だしまぁいいかという思い。その2つが対決した結果、後者が勝ったらしい。なんだかんだ楓音も近江と仲がいいのである。加えて既に恋敵というわけでもない。そもそも既に近江が割って入るような間はないのである。


「じゃあ、食べようか」


 楓音は重箱のふたを開ける。


「「おぉぉぉぉ」」


 歓喜の声を上げる春馬・近江両名。


「これは凄いな。結構かかっただろうに」


「昨日の夜にある程度準備しておいたから、朝は1時間半くらいかなぁ?」


「そんなに時間をかけたのか。弁当すら持ってこなくて、なんだか凄く悪いな」


 春馬以上に目を輝かせている近江はもちろん自分の弁当を持ってきている。しかし春馬は前々から楓音に「私が作って来るから」と言われたため、飲み物以外は一切持ってきてはいないのである。いわば今日の昼食は楓音への丸投げとなっているのだ。


 それだけの時間を自分に使ってくれたのだと思うと、とても悪い気がしてきた春馬。だが楓音はいたって普通の笑み。なんなら少し頬を赤らめる。


「大丈夫。春馬くんのことを考えれば全然大変じゃなかったし……それに、これからの練習もしておかないと。ずっと春馬くんのお食事作らないといけないのに」


「か、楓音」


 実際は双方共に『そこ』まで行くつもりなのだが、正面切って言うのは照れるものである。


「ふにゃ? ずっとって、春馬君のお父さんとお母さん、旅行にでも行っちゃうの?」


 馬鹿で助かる。


 ひとまず馬鹿からの質問は無視しておき、さもいないかのように振舞う2人。


「食べてみて味が合わなかったら言ってね? 頑張って春馬くんの舌に合わせるから」


「楓音の作ったものなら大丈夫だと思うけど?」


 他の人が聞けばイラッとしそうなシーンだが、ここも聞いているのが馬鹿だけで助かるところである。この場にいそうな最上がいないのも半分は空気を読んだからだが、もう半分はこの惚気を見ていたくはなかったのだろうと思われる。


 春馬は箸を手に適当なおかずを摘んで口へと運ぶ。


 その味はというと、


「うん。美味い」


 これ以上無いまでに春馬にピッタリ。そもそもの話をすれば、楓音の手料理を食べたのはこれが初めてではない。かれこれ事あるごとに食べているために、春馬の口に合わせた料理を作れるようになったのだろう。ただでさえ真面目な楓音の恋する力は計り知れないものである。


「よかった。頑張ったかいがあったなぁ」


 楽しそうに食事を取る2人の正面で、自分の弁当を1人で食べるのは近江。1人で食べるよりも仲のいいメンバーで食べたいという邪な思いなどない素直な気持ちであったのだが、いざ場所を一緒にしてみれば2人と彼女の間には見えない壁ができつつある。


「近江ちゃんも食べちゃっていいよ。ちょっと多いかもしれないし」


「うん」


 と、思いきや壁は完全に出来上がらず。かれこれ親友は紛れもなく親友であるということだろう。その後はすぐに3人一緒に、体育祭についての話や、何気ないテレビの話などで盛り上がる。しばらくそうして話をしながら食事をしてきたのだが、ふと楓音が気付く。


「春馬くん、これ食べた?」


「あっ、まだ」


 最後のひとつを取った楓音。春馬に問うとまだ食べてなかったようで。


「でもいいや。楓音が食べちゃえよ」


 と、気を使う春馬だが楓音はやや考える。そして、


「はい、あ~ん」


 春馬の口元へ。


「いや、いいから」


「やだ? 箸のことなら別に気にしなくていいよ」


 間接キス云々のくだりは気にするなとのことである。この返しをするあたり、さしずめ1年以上前のことを覚えているのだろう。というのも春馬が自然な流れで近江に同じようなことをしたところ、後から最上に間接キスを指摘されてやや機嫌を悪くしているのである。そうだとすれば、女子の記憶力というより楓音の記憶力に驚愕するばかりである。


「はい、あ~ん」


「あ、あ~ん」


 諦めて口を開けると、楓音がそこにおかずを放り込む。


「どう?」


「美味しい」


「でしょ? 自信あったんだぁ」


 嬉々としながら再び食事を始める楓音に、やや嫉妬気味の近江はつぶやく。


「恋人みたい」


「恋人だよ?」「恋人だもんな」


「にゃあぁぁぁぁぁ」


 近江、ここで圧倒的な関係の差を思い知らされる。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 文化祭は1学期に、修学旅行代わりの野外活動は2年生で終わっている。部活も引退し、もはや残る行事はただひとつ。そんな青春の一ページもまもなく終わりを告げようとしていた。


 その最後を飾るのは3年生。


「去年は2年席(あそこ)で見ていたのに、今日はもうこっちなんだなぁ」


 いわゆるフォークダンスでラストとなるのだが、その入場直前で春馬が小さくつぶやく。


「寂しいか?」


「そりゃあなぁ。僕にとって高校なんて大学入学のための踏み台なんて感覚だったけど、3年間もいれば思い出なんていくつもあるしな」


「踏み台か。やっぱり授業も受けずにサボってたヤツは違う」


「いいんだよ。出席数はギリギリだけど、しっかり単位は出てるから」


 これも定期テストで毎回学内1位を走り続けたゆえである。もちろんそれは進学校である大野山南なんかでは難しかったろうし、近江が入学できる蛍が丘ゆえに通用した手ではある。そしてその近江も、なんとか単位をとれているようで卒業まであと少し。


「私も寂しい……多分、卒業式で泣く」


「泣きそう」


「だな。まぁ、僕も泣く気はするけど」


 春馬、最上、共に納得。というわけで春馬以下3人、かれこれ高校卒業は寂しいところがあるようだ。

そんな中で楓音が首をかしげる


「私は高校卒業は名残惜しいけど、でも得たものも大きくていいかなって思うなぁ」


「得たもの……あぁ」


 気付いた最上。と、そこでアナウンスが響く。


『皆様お待たせいたしました。蛍が丘高校体育祭最後を飾るのは、3年生のダンスです』


「行こう、春馬くん。高校最後のイベント。その思い出作りに」



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