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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
最終章 蛍が丘高校野球部 最後の舞台へ
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第2話 結果こうなる

「で?」


「「で?」」


 9月1日。最上が机に肘を突いて問い、春馬と楓音が聞き返す。


「どうしてこうなった?」


 最上の横で頬を膨らませていじけているのは近江。そして春馬の背中に抱きついているのは楓音である。どうみてもいつもとポジショニングが逆なのだが・・・・・・


「イエーイ。告白成功だよ」


「しゃあぁぁぁぁ」


 Vサインの楓音と、犬歯むき出しで威嚇する近江。


「ふ~ん。ようやくか。長かったなぁ」


「ようやくって、最上は知ってたのか?」


「もちろん」


 興味なさそうな真顔でそれなりには話に入ってくる最上は、腕組しながら椅子の背にもたれかかる。


「意外とすんなりOK出た感じだったか?」


「うん。凄く緊張して遠まわしに言ったら、春馬くんに真意を読まれちゃって」


「あれ? 新田って、他人の好意に敏感なタイプなのか?」


 もしくは楓音の言う遠まわしが決して遠まわしではなかったのだろうか。すると春馬の回答はというと・・・・・・


「いやぁ、自分も楓音に聞こうと思ってた方法で楓音に聞かれたものだから・・・・・・」


「うぉぉぉ。奥手なヤツ同士が横道で出会いやがった」


 決して好意に敏感なタイプではなく、奥手な人間同士で呼吸が合ったらしい。すると近江が無駄な女子力を見せ付ける。


「ふにゃ? 『自分も楓音に聞こうとした』って、春馬くんは楓音のことが好きだったの?」


「・・・・・・んんん!?」


 と、最上も気付く。もちろん楓音の好意を受け入れたのだから満更ではないということになる。しかし『自分も楓音に聞こうとした』ということは、前々から彼女に対して好意を持っていたということである。


「いやぁ、まぁ、そうねぇ。楓音といると落ち着くというか、呼吸が合うというか」


「にゃああぁぁぁ。私というものがありながらぁぁぁぁ」


 怒り狂う近江の首根っこを掴んだ最上が問いかける。


「マジかよ。しかしなんで新田は楓音に好きなこと言わなかったんだ? お前、自分からは言えないタイプか?」


「それもだけど、タイミングが・・・・・・」


 春馬はひとまず楓音を背中から降ろしながら返答。楓音も春馬の背中から降りて自分の席に向かう。


「タイミング?」


「野球部引退してからにしようかと。部内恋愛はまずいだろ?」


「お前ら、本当に相性いいよな」


 楓音が今の今まで恋愛感情を押し殺していた理由も『部内恋愛はまずい』という理由である。なんだかんだで二遊間コンビは、春馬が近江に合わせていたところはある。しかし春馬と楓音に関しては、本当にやることなすこと相性のいいコンビである。


「でもよかったじゃないか。両思いってヤツだ」


「良くないと思う」


「なんでだよ。近江、さては新田に捨てられるとおびえてるな?」


「違うもん。春馬君が心配なだけだもん」


「「「心配?」」」


 いったい何が心配なのだろうかと一斉に疑問に思う3人。少なくとも楓音とは両思いであることからも、かんけいはかなりの良好。特別なにかしらも問題を抱えているわけではないように思える。そんな2人の関係に近江がかかえる問題とは。


「きっと、楓音はそのボンキュッボンなナイスバディで春馬君をゲンナマしようとしているんだよ」


「幻惑か? なんだよ現金(ゲンナマ)って」


 近江語をとっさに理解した春馬は、その間わずか1.5秒の素早いツッコミ。


「しかし楓音がナイスバディ?」


 最上は首を傾げつつ楓音へと目をやる。


「そりゃあ悪くは無いけどさ・・・・・・ボンキュッボンはないよな?」


 春馬もその横で首をかしげる。


「うぅぅ、本当のことだけど、私も分かってるけど酷いよ」


 そして楓音を襲う理不尽な悪口。


「でもでもでもでもだよ?」


 彼女は立ち上がり楓音の後ろに回りこむと、彼女の脇の下から両手を前に回して胸を掴む。


「ひゃわっ」


「私に比べると大きい」


「お前に比べりゃ誰でも巨乳だ。とにかく黙ってろマツスタの低いフェンス」


 そして春馬の理不尽な罵倒は広島東洋カープの本拠地を襲う。


「せっかくならフェンウェイのレフトがいい。あの威圧感のあるグリーンモンスター」


「「結局、絶壁じゃねぇか」」


 とにかく平たい壁である。


「お、近江ちゃん、確か前もグリーンモンスターとか言ってきた記憶が・・・・・・」


「うにゃあぁぁぁ。私が気にしていることを」


「お、近江ちゃんが先に言ったんでしょっ」


「言ってないもん」


「「「言った」」」


 全会一致。せめて数秒前に自分が言った内容くらいは覚えておいて欲しいものである。


「もう怒った。楓音のバユンバユンの胸なんてこうしてやるもん」


 そうして激怒した近江は楓音のバユンバユンの胸(近江比)を揉みしだく。


「や~め~て~」


 もっとも嫌がる楓音にとっては少々くすぐったい程度みたいだが。


「せこいよ、楓音は。どうせ毎日デートしてるんでしょ? 休みの日は遠出するんでしょ? 今度の土日とかも」


「あっ、そういうの決めてないけど春馬くん、今度の土日お出かけする?」


 近江と自分の胸をめぐる攻防を繰り広げながら、春馬にデートの申し込みをする楓音。


「パス。土日は用事がある」


「そっか・・・・・・」


「はっはっは。断られてやんの~」


「近江ちゃんが凄く煽ってくる」


 よっぽど春馬を取られて悔しかったのであろう。楓音の背後から抱きつきながら、胸の防御で手薄になった腹部を触り始めつつ煽り続ける近江。自分の被害の無い春馬は買ってきたペットボトルのお茶を飲みながら、ふと口を開く。


「日曜日、楓音も来るか?」


「え? どこに?」


「私も行く」


 どこに行くか問う楓音と、どこに行くか答える前に同行を求める近江。


「近江はややこしくなるから来るな。楓音も別に2人だけでの外出じゃねぇぞ。鍋島も一緒」


「鍋島くん?」


「あぁ、以前話してた引継ぎか?」


 と、そこまで聞いた最上が思い出す。彼は以前、春馬から少しだけ聞いていたことがあったのである。


「そう。ちょっと信英館ともう一校くらいな。7月末から8月中は新人戦で忙しかったし、あまり遅くなると僕らが受験で忙しいからな。今後のことも考えて早めに引継ぎしないと」


 言ってしまえば春馬が持っている他校との関係について、「監督が変わりますがこれからもよろしくお願いします」というものである。鍋島の名前が挙がったのは、彼が春馬から選手権人監督の地位を引き継いだからに他ならない。


「しかしいちいちそれをやらないといけないとは新田も鍋島も大変だ。監督専任の教員が続いてやってくれれば楽なんだろうけどなぁ」


「ま、それは鍋島に任せる。僕はここで野球部からは手を引くしな。あとは好きにやってくれってことだ」


 あまり春馬が口を出していては、自分が卒業した時に本格的に野球部の機能がダウンしてしまいかねない。ある程度は背中を押すものの、基本的に動かすのは鍋島新監督である。


「で、楓音。どうする?」


「せっかくだから行こうかな。私もマネージャーとして溜め込んでたデータを鍋島くんに渡しておきたいし」


「で、待ち合わせは?」


「待ち合わせは――って、自然な流れで入ってくるな」


 しれっと集合場所を聞き出そうとした近江に気付く。


「楓音。あとでメールする」


「うん。待ってるね」


「むぅ。私の春馬君が完全に取られた」


「残念。昨日から私の恋人だもの」


「うにゃあぁぁぁぁぁ」


「ひゃわぁぁぁぁぁぁ」


 近江、楓音を襲撃。しばらくこの光景は定期的に見られそうである。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 週末に高校生最後のイベントたる体育祭りを控えたある日。


「さすがにそろそろ新田との恋仲にも慣れてきたか?」


 昼休憩。じゃんけんで負けた春馬がパシリに使われ、近江がトイレに行っている間、最上は楓音に恋事情を聞いてみる。


「そうだね。さすがに受験勉強で忙しいから一緒におでかけなんかはできないけど、一緒に部屋で勉強してその後おしゃべりしたりとかくらいなら」


「ひざの上に座らせてもらったりとかしてるだろ?」


「よく分かったね」


「大方、近江がやってもらってることを同じようにしてるんじゃないか。ってな」


 近江が春馬といちゃついているのを羨ましく思っていた子である。彼女と同じようにしてもらいたいと思うのも妥当なところなのだろう。


「新田はどうだ?」


「どうって何が?」


 春馬自体のことを聞かれた楓音は首をかしげる。


「楓音と恋仲になって楽しそうかってこと」


「どうかなぁ。2人とも受験勉強で右往左往だもん。はしゃげるような時じゃないかな」


「それもそうか」


 本当におおはしゃぎするのは受験後か。もっとも国立志望の春馬の受験が終わると、1ヶ月後には大学生。さらに県外の大学に進学する可能性があるため、遠距離恋愛は免れない。そのため受験勉強に忙しいといっても、春馬と楓音にとっては大事な時間なのである。


「でも・・・・・・」


「ん?」


 これまで曖昧な表現に留めていた楓音が不安そうな表情を浮かべる。


「なんだか春馬くんは、近江ちゃんに思うところがあるみたいなんだよねぇ」


「これはマジで浮気か?」


 近江は事あるごとに「春馬が浮気した」と言っていた。それ自体は単に彼女がバカを言っているだけであったが、今度はまさかの展開だ。楓音という明確な恋人がある中で近江に向かうなど、まさしく浮気である。ところが、


「そういうことじゃないっぽいんだよね」


 別に浮気ではないらしい。


「でも、私は近江ちゃんに勝てないって思ったなぁ」


「恋仲が勝てない?」


「うん。春馬くんと近江ちゃんを繋ぐもの。それはきっと、私が春馬くんを思う気持ちよりも遥かに強いものだと思うなぁ」


「恋愛感情より強いものって?」


 最上自身だって恋はしたことあるし、将来を誓った彼女だっていた。だからこそその恋愛感情によって構築される強固な関係は知っている。だが楓音はそれよりも強いものが2人の間にあると言うのだ。


「例えば私が最上くんを好きだって思ったら、春馬くんに向けてる好意も薄まると思うよ。恋愛感情なんてそれくらい脆いものだもん。でも春馬くんと近江ちゃんの関係は、きっと何があっても揺るがないよ。それこそどちらかが一方的に裏切らない限り」


 彼女は表情を明るくして続ける。


「最上くんは以前、私と春馬くんを『相性がいい』って言ってたよね。でもね、言葉すらいらない以心伝心。それを成し遂げるためのお互いの理解と、強い信頼関係。あれはどうあがいても勝てないよ」


「そうか?」


 それは単純に近江と楓音では春馬と一緒にいた時間が違うからやむを得ないものではないかと思う最上。


「うん。私はそう思うよ」


「僕にはいまいち分からないけど、楓音がそういうならそうなんだろうなぁ。けどさ」


 どうも意見が合わない。しかしそれでも彼は楓音の恋を応援する立場の人間だ。


「だったらこれから楓音も近江みたいな関係を築けるかもしれないぞ。新田と近江の関係なんて、せいぜい高校生になってからだしな。厳密にはちょっとした因縁もあるが、あの程度は深いもんでもないだろうよ」


 因縁とは春馬の少年野球における最後の試合、その時は知り合いではなかったが近江にサヨナラホームランを許したという話である。あれは因縁というよりは、子供のころの思い出程度のものであろうが。


「どうかなぁ? 近江ちゃんは高校野球における女子選手の境遇だとか、春のセンバツの騒動だとか。後は何気ない普段の野球のプレーだとか。そうしたところから一緒に困難を乗り越えていったからこそ春馬くんと今の関係を築けたってところはあると思うし」


「でも楓音だって新田とこれからいろんな困難に立ち向かわないといけないだろ?」


「困難ってどんな?」


 出来立てホヤホヤのカップル相手に困難の話をし始める。ただ真面目な内容ではあるため、特に嫌な表情もせずに首をかしげる楓音。


「いや、具体的には分からないが・・・・・・結婚なんてしたら困難だらけだろうよ」


「け、け、結婚!? 春馬くんと私が結婚!?」


「え? するんじゃねぇの?」


「し、したいよ? 私だって春馬くんと結婚したいよ? でもそういう話は早いと言うかなんと言うか」


 顔を真っ赤にして反論する楓音は、やや満更ではなさそうである。と、その時である。


「まったくだ。なんつう話してんだ。お前らは」


「おっ、新郎さんお帰り」


「だから早えぇよ。発想が」


 春馬がパシリから戻ってきた。


「わ、私はいいよ? 春馬くんと結婚できるなら、今すぐにでも結婚届に印鑑を押すよ。だけど物事には順序ってものがあるし・・・・・・でもでもでも」


「楓音」


「ひゃいっ」


「声がでけぇ。周りがめっちゃキョドキョドしてる。特にそこの元名ばかり生徒会長」


「へっ? べ、別にキョドギョドしてなひし」


「舌が回ってないぞ」


 舌足らずな元生徒会長・南天海に釘を刺しておきながら椅子に腰掛ける春馬。


「で、お前らはなんつう話してんだよ。結婚云々って」


「いや、新田と楓音が結婚するなら困難ばかりだって話をだな」


「僕と楓音が結婚か。少なくとも壁は少ないわな」


「マジか」


 困難ばかりと言っていたが、春馬的には困難ではなかったようで・・・・・・


「まず、苗字には困らないな」


 前言撤回。大した壁ではなかった。


「なんて低い壁だよ。もっとあるだろ。両親の許可とか」


「あっ、楓音の父親から『うちの楓音の事を任せた』ってこの前電話が・・・・・・」


「は?」


 しれっと高い壁、越える。


「元から両家交友があるからさ、なんとなく2人の関係を察していたみたいなんだよね。だからある意味でお見合いみたいになっちゃって。楓音を僕の家に泊めたのってこれが目的だったのかって思うくらいに」


「でもでも、どこの馬の骨か分からないヤツに自分の娘をみたいな」


「楓音の父さんって、僕が生まれた頃から知ってるような人だし・・・・・・」


「いやいや、生まれた頃を知ってても今の新田をだな」


「基本的に親の間だけとはいえ、両新田家は今でも交友あるし知ってるんじゃない?」


「Oh・・・・・・」


 親公認の関係ときたらもう何も阻むものはない。あとは結婚前に春馬か楓音かが浮気をしてしまうことが最後の可能性くらいか。


「そうか。もう新田は結婚までまっしぐらか・・・・・・」


「あのなぁ」


「そうはいうけど、新田も楓音も満更でもないんだろ?」


「そ、そりゃあ、楓音みたいな子を嫁に貰えればなぁ」


「わ、私が春馬くんのお嫁さん・・・・・・どうしよう。お嫁さんできるかな?」


 同意する春馬。そしてそのやや肯定的な春馬の言葉を聞いて動揺する楓音。


「嫁って『する』『しない』の話じゃないよな?」


 さらにそれを聞いた最上が半笑い。例えば料理できるかな? とか、そういう話ならまだ分からなくもないのだが、お嫁さんできるかな? というのはまたおかしな言葉である。いったい楓音にとってお嫁さんとは何をするものなのだろうか。


「お嫁さん、お嫁さんって言えば・・・・・・」


 楓音は頬を赤くし、


「春馬くん。子供、どのくらい欲しい?」


 とんでもないことを口走った。


「楓音は近江と違ってなまじ知識がある分、何を言い出すか怖いよなぁ」


 呆れ半分であるがまぁ想定内な範疇で想定外というよく分からない状況であったおかげで、最上も落ち着き気味の横槍を入れられる。


「野球ができるくらい」


「新田は頭がいい分、もっと何を言い出すか怖い」


 おそらくいつもの冗談なのだろうが、今の楓音がその冗談を冗談と受け取るかと言うと、


「えぇぇ、9人? しゅ、春馬くんが頑張るなら私も頑張る」


 真面目に受け取ってしまう。


「どうすんだよ、新田。野球チームができるぞ。11人家族になるぞ」


「んなわけないだろ」


「そりゃそうだよなぁ。さすがに――」


「僕と楓音がプレイヤーなら子供7人の9人家族でいい」


「お前、恋愛のせいで脳が急速退化してね?」


 なまじ頭がいい(底辺公立における学年トップ)ヤツの冗談はよく分からない。それともその頭が悪くなっているのか。


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