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プロローグ

「さすがに勝負にならなかったか」


 1年生主体で挑んだ琴ヶ浜女子高校戦は、14―0の5回コールドという圧勝で幕を閉じた。昨年に比べれば上手くはなっているが、さすがに1年程度で蛍が丘に追いつけるほど簡単ではない。仮に琴ヶ浜の部員全員が1年生の頃の楓音並みの急成長を遂げたとしても、そこへ達することはならない。それだけの高い壁だったのである。


 ただ春馬にとっては事前に警戒しただけあった強さであったとも言える微妙なところ。勝てたことには違いないが、ベストオーダーを崩しただけに圧勝とはならなかった点は否めない。

「相手もよくバットに当ててきたしなぁ。3番手とはいえ、もう少し空振りを取れると思ったんだが……」


 春馬相手に打席に立った6~1番の5人。その中で三振は0と言うのだから、なかなかの実力とも言えるだろう。


「ぴょ~ん」


 そしてそんな彼に飛びつくのは言わずもがな近江姉。

「春馬君、最後頑張ったね。よしよし」


「頭を撫でるな。抱き着くな。顔を摺り寄せるな」


「むぅ、優奈と佳苗のせいで春馬君が酷い目にあった。でも春馬君は無失点で抑えた。グッジョ~ブ」


 スキンシップを取る近江姉に、沖満は毎度のこと不満顔を浮かべる。しかし近江によってミスを指摘されると、あまり大きな顔ができずに引っ込んでしまう。


 もしミスがなければ春馬の成績はライトフライ、レフトフライ、ショートゴロの3者凡退で終わらせていたはずである。だが優奈がエラー、沖満がフィルダースチョイスを行ったせいでランナー2人を置き、要注意人物たる岩井ひなたに打席をまわしたのは紛れもない事実である。


「こんな暑い日に抱きつくなって。暑苦しい」


「頑張った春馬君へのごほーびだよ?」


「それ、ただお前がやりたいだけだろうが」


「違うもん」


 いくら一方的な展開で終わる比較的に楽な試合であったとはいえ、やはり真夏の一日である。気温も30度を越えている中で、女子に抱きつかれるのは嬉しいよりも先に暑いのがきてしまう。相手が近江とあればなおさらだ。


「くんくん」


 彼女は抱きついたままで春馬の匂いをかぎ、さらに顔を擦り付ける。


「何やってんだよ。お前」


「私の匂いをつけてる」


「マーキングって犬かよ」


「他の女子の匂いをつけたらダメだよ? 特に楓音の匂いがよくするし」


「完全に犬じゃねぇか」


「ワンワン」


 両手で耳を作って犬の真似をする近江。


「よぉ、新田副会長。元気そうで何よりだ」


「先輩。お久しぶりです。もう副会長は辞めましたけどね」


 そんな折にやってきたのは、去年で蛍が丘高校を卒業した先輩女子学生。今では大学に通っているそうだが、可愛い後輩の試合くらいは見に来ているらしい。


「今年は最後の夏だけど、どうだい?」


「私と春馬君がいれば無敵だぁ~い」


「うるさい。黙れ。暑苦しい」


 背中に飛びついた彼女の生暖かい吐息が、春馬の首筋にかかるくらいの近い距離。彼は背中に手を回して引き剥がそうとするが、どうも彼女のこうしたときのパワーはとんでもない。


「うちの野球部はいつもどおりですけど、先輩は暇なんですか?」


「暇。大学の夏休みはすごく、ね」


「また今度、大学のことについて聞かせてください。大学選びの参考にしたいです」


「あぁ、いつでも電話なりメールなりよこしてきな」


 近江や楓音といった野球部女子勢に比べると豊かな胸を叩きつつ、頼りがいのある言葉を口にする。


「で、次の相手はどこなんだい? なんでも組み合わせがあまりよくないって聞いたけど」


「えっと、次はてんよーえいろくだよね」


「その予定のはず――ん?」


 その天陽永禄は今現在試合中である。もっとも今現在の甲子園筆頭候補たる高校だけに、1回戦の突破は容易い。逆に言えば2回戦にて蛍が丘が苦戦する可能性だって否定できない。


 そう考えていた春馬は、カバンから携帯電話を取り出して気付く。着信履歴である。


「信英館の監督さん?」


 電話のあった時間はちょうどゲームセット直後である。それほど時間が経っているわけではない。


「もしもし。蛍が丘の新田春馬です」


『新田君か。すぐに県営球場に来れるか?』


「今、試合が終わったところですので、片付けも含めてあと30分くらいで――」


『天陽永禄の偵察に来ているんだが……0対0だ』


「イニングは?」


『6回裏終了。バックネット裏にいる』


「すぐに向かいます」


 電話を切った春馬は最上を呼ぶ。


「最上。片付け任せた。ちょっと急用ができた」


「どうした?」「どうしたんだい、監督さん」


 最上と同時に、先輩姉ちゃんが振り返る。


「県営球場に行ってくる。天陽永禄がまずい」


「視察か。分かった。片付けは任せとけ」


 状況を直ちに把握した最上は振り返り片付けに向かう。そして春馬は最低限の荷物だけ持ってバスの時間を調べる。すると、


「監督さん。県営球場だって?」


「はい」


 聞こえる姉ちゃんの声に振り返ると、


「メット被って乗りな。連れて行ってやる」


「ありがとうございます」


 春馬はヘルメットを被ると、姉ちゃんのバイクの後部座席にまたがる。


「ほら。落ちるよ。私をガッツリ掴んで」


 そして彼女の腹に手をまわして後ろから抱き着く形。その件について近江が騒いでいるが気にせず。


「さぁ、離すなよ」


「はい。お願いします」

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