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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第1章 復活戦!! VS強豪・大野山南高校
10/122

第9話 やっぱり勝負は最終回

 8回の裏。6番から始まる大野山南高校の攻撃。蛍が丘高校はいきなり先頭バッターに一二塁間を破るセンター前ヒットを許してノーアウト1塁の大ピンチ。


 かなり厳しい状況であるが、マウンド上でセットポジションの春馬は気が楽になる。それもそのはず。7番バッターは早くも送りバントの構えだ。


『(進塁1つ程度でアウト1つをもらえるなら、やらせないわけにもいかないよな)』


 ノーアウト1塁からの送りバントは高校野球なら定石手段。だが定石は必ずしもベストな選択ではない。先頭バッターを出したという状況において、バントによってアウトを1つ与えようとする行為は、ピッチャーにとって立ち直る余裕と気楽さも同時に与える。


『(どうする? バントさせるか?)』


 皆月からのサインに首を振って自分からサインを送る。


『(いや。バスターの可能性も否定できない。ここは1球様子を見よう。バントさせるのはそこからでも遅くはない)』


『(よし。外に外すぞ。暴投すんなよ?)』


 あらかじめ外に寄った皆月。春馬は横目でランナーを警戒しながらも、牽制は入れずにクイックモーションで投球。


「ボール」


 初球はサイン通りに外へのボール球ストレート。


『(と、初球は見たわけだけど、どうだった?)』


『(引くのが遅い。バントだな)』


 春馬はマウンド上でさりげなく内野へとサインを送る。バントのサインだ。それに頷いた皆月はサインを送る。


『(作戦はバントと。で、やらせるか?)』


『(当然。失敗してくれるならそれがベストだけど、ファール続けてバッティングに切り替えられても厄介だからな)』


 ど真ん中ストレートのサインに頷きセットポジションに入ると、牽制のために1塁ベースに着いている寺越以外の内野陣は、ゆっくりとバント警戒シフトへと移っていく。


 春馬の足がわずかにあがり、バントをやらせるために緩いストレートをど真ん中めがけて放り込む。


「よし。ピッチ任せた。ボールファースト」


 わずかに狙いより高めに外れた投球をピッチャー前へとバント。皆月はボールの処理を春馬に任せて1塁を指さす。


「アウト」


 1塁にボールが転送され、バッターは余裕のアウト。その間に1塁ランナーが2塁へ悠々と滑り込みワンアウト2塁。スコアリングポジションにランナーを置いてしまう。


「外野」


 寺越からの返球を受けながら、春馬は外野へと手招き。外野は指示通りに前へと守備位置を変え、1点もやらないためのバックホーム体勢。次の打順は8、9番ながら、守備位置はセカンド、ショートと守備の要。そう易々と代打を出すとは思えない。


 案の定、バッターボックス、そしてネクストバッターサークルには先発していた背番号4と6の選手が入る。


『(別に2―0でも2―1でも勝ちは勝ち。だけどここでの1点は取られたくない。最終回、上位打線に回るのに、下位打線相手に点をやるわけにはいかない)』


『(どうするかな……外野前進守備で上げられるとまずいし、アウトコース低めストレートでどうだ?)』


 皆月のサインに首を縦に振り、初球。


「ボール」


 アウトコースへとわずかに外れるボール球。始めから初球は見ると決めていたバッターは、微動だにせず平然と見送る。


 さらに2球目。


「ボール」


 高めに浮いてツーボール。


「春馬。楽に……」


「楽に楽に~打たせてこ~。セカンドに打たせよ~」


 グローブを叩きながら、皆月の声掛けをそれ以上の大声で遮る近江。春馬に安心感を与えようとするも、彼は安定しているがピリッとしない結果の投球。


「ボール、フォアボール」


 全て際どいコースではあったが、3球目、4球目、共にボール。ストレートのフォアボールで1アウト1、2塁とピンチが拡大してしまう。春馬や皆月、さらに最上は特に戸惑う表情を見せないが、近江はやや怒り気味。


「むぅ。なんで打たせないかなぁ。春馬君、しっかりしようよ」

膨れっ面の彼女をよそに次のバッターとの勝負に集中する。春馬と皆月は歩かせてもともとの考えで、その結果が際どいコースを4球突いてのフォアボール。2人と真意を悟っていた最上にとって、それは想定の範囲内であった。


 続けて打席に入る9番は早くもバントの構えを取る。2アウト2、3塁にして1番に託すつもりであろう。


『(またバントか。やらせるか?)』


 ストレートのサインに首を振る。

『(だったらまた1球外すか?)』


 2回目のサインに首を振った。そして春馬は身を起こしてサインを送る。


『(ここは失敗させるように厳しいコースを突こう。ランナーを得点圏に2人置いて1番に回すのはいただけないし、9番には強行策に出てもらった方が、よっぽど都合がいい)』


 際どいコースでバントを失敗させる旨を伝えるサイン。皆月はそのサインを受け取って新たに配球のサインを出しなおす。


『(だったら、ストライクのスライダー。その前に1球だけ2塁に牽制放っとけ。さすがに無警戒過ぎる)』


『(OK)』


 セットポジションにはいった春馬。皆月はミットを構えていたが、最上が2塁に駆けると同時にミットを降ろす。それを合図に2塁へと牽制。


「セ、セーフ」


 素早い連携に2塁ランナーはアウトになりかけたが、少しだけ送球が高くなったためにタッチが遅れてギリギリのセーフ。


『(惜しい。ま、これでリードが小さくなるだろうし、牽制の最低限の目標はクリアかな)』


 春馬は引きずらずに気持ちを切り替える。


『(さてと。初球はストライクのスライダーだったな。インを意識しとけばいいか)』


 ストライク以外のコース指示はなかった。勝手にコースを決めて、セットポジションからの初球。モーション始動し内野陣がバントシフトに動き始める。


「ファール、ファール」


 ど真ん中の投球をバントしようとした9番。だがボールが外に逃げ、なんとか食らいつくも、キャッチャー後方へ転がるファールボール。


「ナイボー。その調子、その調子」


「おぅよ」


 新しいボールを受け取ると、帽子を取って軽く汗をぬぐう。


『(次は、これ)』


『(了解)』


 カウント0―1となり、次こそはしっかり決めたいだろう。そこで皆月が選んだコースは高めストレート。2塁ランナーは春馬が目で牽制をするだけで警戒して大きなリードを取ることはしない。


『(バント失敗してくれよっ)』


 春馬の振り抜いた右腕。そこから投げ出されたボールは狙い通りの高めストレート。バッターは目をしっかり開き、足を使って上手い高さ調整のバント。


 だが打球は最悪だった。


「キャッチャー、任せた」


「あいよぉ」


 ピッチャーマウンドとホームの中間地点よりややホーム側に高々と上がる小フライ。フライであるからこそランナーは進めないのだが、進まないなら進まないで不都合が起きてしまう最もたちの悪い当たりだ。


「ランナー……走ってない」


「あい、サード」


 春馬のランナー合図に皆月はわざとワンバウンドでボールを落とす。そして猿政がベースカバーに入っている3塁へと送球、フライでランナーはスタートが切れていないため余裕のツーアウト。猿政が2塁の最上へと転送し、2塁も余裕のアウトでスリーアウトチェンジ。当然だがインフィールドフライにバントフライは適用外だ。


「ナイス、皆月。2重の意味で」


「どうも、どうも。だてにキャッチャーを小4からやってないって」


 スライダーを意識させておいてストレートで打ち上げさせるというかなりの好リード。最上ほどではないが、配球の上手いだけある皆月だ。


「ナイスピッチ。緊張してる?」


「どうして?」


 ベースカバーに入っていた1塁から、ベンチに戻りつつ春馬の方へ駆けてくる近江。ハイタッチをしながら心配そうに声を掛ける。


「うん。8番をフォアボールで出したのが。それもストレートのフォアボール……」


「無茶言うなよ。ゲームでもないんだし、無四死球試合なんてめったにできないって。そんなフォアボール1個や2個でギャーギャー言うなって」


 ストライク率の異常に高い最上の場合は無四死球試合を量産できるが、あれはコントロールがいいからではなく『意図してストライクしか投げない』からだ。


「ギャーギャーなんて言ってないもん」


「気付いてないだけで相当うるさいぞ」


「うぅ。どうしてそう言う事言うの? いじわる……」


「どうせいじわるですよ。それより早くランコー行って来い」


「はーい」


 8回の表は近江のレフトフライで終わり、9回の表は春馬から。6番・春馬、7番・楓音、8番の皆月はさておき、9番・最上、そして上位へと言う、一癖二癖ある気の抜けない打順だ。


 ヘルメットをかぶりバットを手にベンチを出る春馬。その後ろでは楓音がエルボーガードを付けながらネクストバッターサークルに足を踏み入れる。


「かなり疲れてるみたい、だね」


「そうだけど待球策にでるイニングでもない。前のイニングからはほとんどストレート主体でストライクゾーンに入れてきてはいるし」


「じゃあ変化球は捨ててストレート狙いでもいいかな?」


「いいと思うぞ。ただ、ボールカウントに余裕のあるストライク先行カウントになった時だけは気を付けろよ。ボール球になってもともとで曲げてくるかもしれないから」


「うん。気を付けとく」


 イニング始めの投球練習が始まるのを待っていると、マウンドをならした日野は春馬に向かって手招き。


「新田君。もうええで。この回も投球練習カットや」


「それじゃあ」


 春馬はバッターボックスへと走っていくと、2回だけ素振りをして打席へ。


『(なんとしても先頭バッターとして出ないとな。フォアボール、デッドボール、エラー、なんでもいい)』


 楓音にも伝えたとおり、変化球は捨ててストレートを狙う。


 初球、日野の投球はアウトコース低め。春馬はイニング始めのボールを狙い打つ。


「ストライーク」


 空振りストライク。今までスライダーを意識してホームベースから離れていたために、この打席では外のストレートにバットが届かなかった。


『(球速は132キロか。かなり落ちてるな)』


 球速表示を目に入れつつ打席を外す。いくらコントロールと変化球を捨ててストレートで勝負しているとはいえ、さすがに何か月ぶりものマウンドでは体力が続かない。ついに球速すらも落ち始めてきている。


『(この調子ならスライダーもないだろうし、打てないこともない。かな?)』


 日野の伝家の宝刀・スライダー変化のジャイロボール。それが無ければ、バッター視点ではかなり楽になる。


 スライダーが無い今、ホームベースから離れる意味はない。ホームベース近くギリギリいっぱいに立ちなおす。これで外のストレートにバットが届かないということはもう起きえないだろう。


 続いて日野は、1度だけサインに首を振り自らサインを送る。


『(なんだ? 1球様子見とか……もしくはタイミング外すチェンジアップとか?)』


 スライダーやフォークならばコントロールが定まりにくい事もあろうが、チェンジアップならばある程度はコントロールも可能であろう。


『(ちょっと気を付けとかないと)』



 ストレートとチェンジアップを頭に入れた春馬。マウンド上の日野に集中。ストライクであれば大きく明暗を2球目。コースはインコースいっぱい。球速はストレートよりもはるかに遅い抜け気味の球。


『(インコース、チェンジアップ。この程度……っ)』


 打てると思った分だけ反応が遅れた。


「デッドボール、デッドボール」


 主審が両手を上げてコール。インの抜けたスライダーに、左脇腹直撃のデッドボールだ。


「に、新田君。すまん。怪我ないか?」


「はい。変化球で球速も出てなかったですし」


 帽子を取ってマウンドを駆け降りる日野を制すと、バットをベンチの方へと放り投げて1塁へと走る。そしてさらに帽子を取って謝るファーストや心配する1塁コーチの猿政にも大丈夫だと伝えておく。


 そんなことよりも春馬は忘れないように、楓音が自分の方を見ているのを確認してサインを送る。もっとも内容はノーサインといつも通りだ。


『(バントは論外。エンドランもコントロールが荒れている今、仕掛けるのはかなり難しいだろうな。それに変化球でデッドボール当てているわけだし、投げる球はストレートのみ。頼んだぞ。楓音)』


 日野のセットポジションと同時に春馬がリードを取り始める。すると楓音はその時点で早くもバントの構えを取る。


『(おいおい。ノーサインだから自己判断でバントしてもいいけどさ、この状況でバントはなかろうに)』


 しかしサインを出したのは自分。わざわざタイムを掛けたりせずに見守る。


「リーリーリー」


 1塁コーチ猿政からの声に加え、春馬もできる限り大きなリードで日野へとプレッシャーをかける。


「リーリー……ゴー」


 日野がクイックモーション。内野陣もバントに対して前へダッシュする。が、それが裏をかかれた。


 バットを引いた楓音は、インコースのストレートをヒッティング――バスターだ。打球は前進してきたファーストの右を抜けて1塁線を襲った。


『(ナイス、楓音)』


『(よし、抜けたぁ)』


 ゴロになったのを見てスタートを切った春馬と、バッターの楓音。だがそこで1塁審の両手が上がった。


「ファール、ファール」


 わずかに1塁線を割ったファールボール。フェアなら1点が確実だった当たりだ。


「ナイスバッティン。その調子、その調子」


 楓音へ声掛けしながら1塁へ戻る春馬。楓音は帰り際にバットを拾いながら、下唇を軽く噛んで悔しがる。


『(ファール、かぁ。どうしよう? バスターは奇襲だから2回連続で仕掛けても成功しないだろうし。セーフティバント仕掛けてもいいけど、この内野陣だとヒットにはなりにくいだろうし)』


 最善の奇策が失敗したことで、もはやヒッティング以外に打つ手が存在しない。


 少し悩みながら打席に入った楓音に対しての2球目。様子見のために高めに大きく外すと、彼女は特に何かしら策を弄することもなく見逃しワンボール。キャッチャーは捕球後に1塁ランナーの春馬を警戒するが、これといって特別な動きもない。


『(動いてこない。次か? また外すか)』


 サインを出すも日野は首を横に振る。ここでこれ以上ボール球を放っても自分の首を絞めることになるだけだ。


『(要は打たれなきゃええだけや。100%な確信が無い限り、コースはストライク一本や)』


「ストライーク、ツー」


 アウトコース高めへとストレート。球速は130キロと完全に打ちごろだ。楓音は1度打席を外すとバットを長く持ち直し、外野の守備位置を確認。非力の楓音に対して外野は前進守備を敷いている。


『(この程度のスピードなら振り遅れは無い。長く持って前進守備の外野の頭を抜く)』


 抜けば1点は間違いない。さらにスコアリングポジションに自分を置いて8、9、1番の大チャンスだ。


 1球だけ牽制を放り、カウント1―2からの第4球目。日野の左腕から放たれた投球はアウトコース低めのストライク。


『(甘いっ。流せば左中間に抜けるっ)』


 かなり緩いボールに楓音が手を出す。


『(えっ?)』


 そこで大きく外に逃げていく。ここまで散々苦しめられた外のスライダーだ。なんとか腕を伸ばし、腰砕け気味になりながらバットに当てると、打球は3塁コーチ・近江の頭をかすめるファールボール。


『(危ない危ない。コントロール乱れてるって言っても、まだあんな球投げるんだね)』


『(さすが、楓音さんは近江君と違って対応が柔軟や。そう何度もスライダーにはひっかからんみたいやな)』


 普通のバッターなら三振の投球をファールにされた日野は投げる球が無い。しかし新しいボールを受け取るとすぐにサイン交換。追い込まれていたのはもとからであり、投げる球が無いのは今更だ。


 1塁ランナーの春馬と睨みあい、駆け引きをしながら迎えた5球目。


『(アウトローストレート……入ってる)』


 難しいコースであるがストライクである以上は手を出さなければならない。楓音は振り遅れながらもバットに当てると、打球は三遊間へと転々としていく。今度はファールにならず、完全なフェアになる。


「サードぉぉ。ボール2つ」


 白柳がマスクを外して内野に指示を出すと、サードはボールを捕球して2塁へと送球。ベースカバーに入っていたセカンドが捕球して1塁ランナー春馬がアウト。


「1つ。間に合う」


『(させるかっ)』


 さらに1塁送球指示を出す白柳。一方で春馬は2塁ベースにスライディングするようにみせかけてセカンドの足を狙うゲッツー崩し。セカンドは足を上げて回避するも、それによって1塁送球がかなり遅れてしまう。


『(お願い。間に合ってぇぇぇ)』


 楓音がエビ反りになりながら頭から1塁に飛び込み、それに1塁送球が重なる微妙なタイミング。顔を砂に汚した彼女と、ファーストの選手が1審判へと顔を向ける。


「アウト、アウトぉぉ」


 ヘッドスライディングもむなしく1塁アウト。ノーアウト1塁の大チャンスがダブルプレーで呆気なく潰れてしまう。


『(せめて楓音が残ればと思ったけどダブルプレーか)』


 ベンチへと走って帰り、こちらもベンチに帰っている楓音へと追いつく。


「ご、ごめんなさい。ダブルプレーになっちゃった……」


 申し訳なさそうに視線を落とす楓音に、春馬はベンチへ戻り次第タオルを投げ渡す。


「気にすんな。バントのサインを出さなかった時点でダブルプレーも想定内だ。そんなことより、そんな砂だらけの顔を拭け。怪我はないか?」


「う、うん。多分、怪我は大丈夫だと思うよ。血とか出てない?」


「どうかな?」


「ひゃわ」


 顔を上げる彼女に、春馬は軽く顔を見まわしたのち前髪をかき上げてチェック。まさか前髪をさわられると思っていなかった楓音は一瞬だけ体を震わす。


「おっと、わりぃ」


「別に、いいけど……」


「外傷はなさそうだな。気合い入れてプレーするのもいいけどほどほどにな。怪我したら元も子もないし」


「うん、気を付ける。それより春馬くんもデッドボールは大丈夫?」


「当たった時は多少痛かったけど、たかだか球速も110キロそこそこだから尾を引くような痛さは無いからさしたる問題はない」


 春馬はヘルメットを元の場所へと置くと、コップに麦茶を注ぎながら打席の方を振りむく。


「皆月のヤツ。なんであんな高めに手を出すかな?」


 初球のボール球チェンジアップは見切ったものの、2球目のアウトローストレートを見逃し、3球目の高めボール球も空振り。追い込まれた皆月は1度打席を外して深呼吸。


『(これはダメっぽいな。守備の準備しておくか……)』


 自分のグローブを見つけると左手に付け、帽子をかぶっていつでもマウンドに上がることができる準備。すると途端に快音が響き渡った。


「「「打ったぁぁぁぁぁぁ」」」


「マジでか?」


 ベンチの全員が打球に目を向け、春馬も予想外の音に反応を見せる。


「アウト、チェンジ」


「「「あぁぁぁぁぁ」」」


 当たりはよかったものの、打球はセンター真正面の痛烈なライナー。飛んだ場所が悪くスリーアウトチェンジだ。


「チッ、しゃあねぇな」


 舌打ちしながらベンチに戻る最上の横を春馬が通り抜ける。


「さぁ、みんな。2点差で最終回裏。意地でも1点以下に抑え込むぞ。特に外野。上位に回るからな。忙しくなるぞ」


「任せろ」


「センターはバッチリ任せてよ」


「私もできる限り頑張る」


 レフトに因幡、センターに大崎、そしてまだほんのり顔に砂が付いている楓音はライトへと、春馬を追い抜いて走っていく。そしてマウンドに向かう春馬と近江のすれ違いざま。


「あ……」


 彼女が呼び止めようとするが、彼は気付かない。


「あ、悪い、近江。防具付けるの手伝ってくれ」


「う、うん」


 さらに皆月に呼ばれてしぶしぶベンチへと走って戻って行った。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 マウンドに上がった春馬が、皆月の準備が終わったことで投球練習を始めようとする。するとベンチから直接近江が駆け寄っていき、彼の前にて立ち止まると何か言いたそうにもうつむいて口を開かない。


「どうした。そんなモジモジして。邪魔だから用件があるなら早くしてほしいんだが?」


「あの、そのね。えっとね……」


「なんだ?」


「その……」


「5、4、3」


 春馬がカウントダウンを始めると、あたふたしながら言葉をひねり出した。


「きゃ」


「きゃ?」


「キャッチャーがやりたい」


「キャッチャーって、アレ?」


「アレ」


 皆月を指さし聞き返す春馬に、近江も皆月を指さし答え返す。


「……ヘイ。ミスターモガミ?」


「ノー。アイアムサイジョウ」


 春馬に呼ばれた彼はショートの守備位置に向かおうとしていたが、マウンドへと行き先を変えた。


「近江がキャッチャーやりたいって」


「ふ~ん。それで? 僕は抑えられればなんだっていいし」


「ヘイ。ミスターミナツキ?」


「あぁん? 何か用か?」


 皆月が構えていたミットを降ろすと、3人が集まったマウンドへと歩み寄る。


「お前って外野できるよな」


「おぅ。外野できるぞ。中学の時は練習試合なら何回かレフトで出たことあるぞ」


「レフトか……」


 春馬はマウンドの上で右手を口元に当てて少し悩む。そうしているといつまでたっても投球練習を始めない春馬に対して主審までもがマウンドへと駆け寄る。


「どうしましたか?」


「……主審」


「はい」


「守備位置の交代。キャッチャーがレフト、レフトがセンター、センターがセカンド、セカンドがキャッチャー。以上です」


 守備位置を指さしながら指示を出す春馬。


「え、俺チェンジ?」


「そう。皆月はレフト。因幡がセンターで、大崎がセカンド」


 そう選手陣に指示を出す春馬へ近江が顔を上げる。


「わ、私、キャッチャー」


「キャッチャーだから早く準備を……」


 と、そこまで言った時、近江が春馬へと飛びつき抱きついた。


「やったぁ。春馬君、だ~い好きぃぃ」


 彼の背に両腕を回してしっかり掴むと、頬を胸に擦り付ける。


「お、近江。離れろ。早く準備しろ」


 近江の胸はペッタンコ。さらには9回裏まで試合をしているだけあってほんのり汗臭い。そのせいもあって欲情はなんとか抑えこめているが、それでも女子は女子なわけで春馬自身抵抗がないわけではない。


「えへへ。優しくて大好き~」


「はいはい。ありがとう。だから早く離れてキャッチャーの準備。OK?」


「イエス、ウィードゥ」


「だから、Weは私たち。正しくはIな。いい加減覚えろ」


「イエス、アイドゥ」


 ようやく離れた彼女は皆月が外した防具を次から次へと身に着け始める。最上は大崎をセカンドへ呼び寄せ、因幡をセンターへと移動させる。


「えっと、ここがこうで、これが……」


「近江。グローブ借りていいか?」


「う、うん。代わりにミット借りるね」


 防具をつけ終えた近江は皆月のミットを借りてホームへ、皆月は近江のグローブを借りて外野へと走っていく。近江は慣れないホームベース後方へとしゃがみこむ。


「さ、春馬君。いいよ。えっと、練習は何球でしたっけ?」


「投球練習、5球」


 主審が右手で5を表すと、近江はミットを前に突き出して構える。1球ボールを受けるごとに歓声が上がり、取材陣のカメラのシャッターが切られる。


「ラストぉぉぉ。ボールバック。2塁送球行くよぉぉ」


 4球受けた近江は女子らしい高い声をグラウンド内に響かせ、2塁送球練習のために1度しゃがみこむ。春馬の5球目はセットポジションからのクイックモーション。投球後はすぐに1塁の方へと体を避ける。


「てぇい」


 やや高めに浮いた投球を捕った近江は、早いモーションで低いワンバウンド送球。2塁ベースカバーに入った大崎のグローブへとストライク送球。


「ナイボール。はい、新田君」


「あいよ」


 大崎からボールを受け取った春馬は荒れたマウンドを整え、そこへとマスクを手にした近江が再び駆け寄る。目的はただ1つだ。


「サインか?」


「うん。どうするの?」


 サインと言っても球種は2つ。コントロールもとりたてていいわけではないので、別に複雑なサインが必要なわけでもない。


「近江がリードしてみるか?練習試合だし経験の一環として」


「いいの? リードしちゃって」


「近江がどんなリードするか。監督として知ってても損はないし」


「じゃ、じゃあ、私がリードするね」


「任せた」


「それでサインは、コースのサイン、一旦グーを出して、ストライク・ボールのサイン。もう1回グーを間に挟んで球種の順で」


「球種はパーがストレート。チョキがジャイロボール。ストライク・ボールは、パーがストライク、チョキがボール。右バッターのインが親指1本、真ん中が中指で、小指がアウト。左バッターならその逆でどう?」


「それで構わん。ついでに言うと、ストライク指示の時、小指1本でウエストもな。それと、リセットは左肩」


『(ぶっちゃけ、コースはインとアウトに投げ分けるので精いっぱいだけど。それにしてもこいつ、よくそんなサインがスラスラ出てくるな。さては前から考えてたのか?)』


 1つだけ注文を付けるとロージンバックを拾うと、何度か手のひらで転がして放り捨てる。


「了解。それで……」


「他に何か用件でも?」


「その……頑張ろうね」


 近江が軽く春馬の左肩を右手で叩く。すると春馬は近江の頭を1回だけ叩き返す。


「お前もな。リード考えるのはお前だし」


「は~い」


 定位置へと帰っていく近江は『とてとて』『ぴょこぴょこ』のような擬態語が似合う軽い足取り。しかしそのような軽さも払拭させる大声が響き渡る。


「9回裏ぁぁぁ。バッター1番から。無失点で切り抜けるよぉぉぉぉ」


「「「おっしゃぁぁぁぁ」」」


 皆月とは違う声の高さ。男とは違う黄色い声であるが、男子としてはこちらの方が気合いは入るようで、春馬と楓音を除いた野手陣からの返事は非常に大きい。


 マスクをかぶった近江はしゃがみこんで足の間に右手こぶしを置くと、野球の頭に切り替えてサインを考える。


『(えっと、初球にはストレートで様子見を……)』


 外にボールのサイン。

『(う~ん。まぁいっか。今日くらいはあいつのリード通り投げてやるか。打たれたらそれもお勉強だ)』


 頷いた春馬はノーワインドアップモーション。近江は左バッターの外角へと移動してミットを構えると投球を待つ。すぐさま放られたストレートは、近江の構えたところよりわずかに高めへ。


「ボール」


「抑えて抑えて」


 両手の平を下に低めにとジェスチャーを送って返球。受け取った春馬は歪んだ帽子を直しながら天を仰ぐ。


『(そこまで高めには浮いてないだろ。あれくらいは許容範囲内じゃないか?)』


『(次はインコースのストレート)』


『(はいはい)』


 急かすような素早いサインに春馬はプレートへと足を掛ける。引き続きノーワインドアップは変わらず、近江も初球と同じように配球に合わせてインコースに移動。


「ストライーク」


 やや真ん中に入ったが、バッターが見逃してくれて助かった。これでカウントは1―1とカウントを整える。


『(えっと次は……)』


「おい、近江」


「へ?」


 サインを出そうとしていた近江に対して春馬が大声を出した。


「サインが早い。せめてプレートに足掛けるまで待てや」


「は~い」


 今度は春馬がプレートに足を掛けるまでじっくりと、サインを考えながらも出さずに待ち続ける。そして春馬がプレートを踏むと同時に待ってましたとサインを出す。


『(外、内と来て外。と見せかけてインのスライダー、はどう?)』


『(さすがにそれはダメ。当てるぞ? とは言いたいけど、今日は近江のサイン通りって決めたからな)』


 納得できてはいないが首を縦に振る。近江は再びインへと構える。


 春馬はノーサインドアップからの3球目。春馬は当てないようにと神経を使いながら腕を振り下ろす。投球はやや真ん中。デッドボールを意識しすぎた結果、外へ逃げてしまった。


『(ま、マズイ)』


『(しゅ、春馬君? コース甘すぎっ)』


 内へ食い込むスライダーをうまく巻き込みながらライト方向へと弾き返す。打球はファースト・寺越とセカンド・大崎の間を抜いたライト前ヒット。近江の初リードは惜しくも先頭バッターを出す展開になってしまった。


『(さてと、近江はこんな時どうするかな?)』


 キャッチャーは守備の要として冷静であることが求められる。もしこのような状況下で焦っているようならば、公式戦において1点を争う展開ではまず使えない。


 ロージンバックに手をやりながら、帽子のつばの影から近江へと目を向ける。彼女はホームベースの前でしばらく呆然と立ち尽くしていたが、すぐに首を振って気持ちを切り替える。そして大きく息を吸い込んだ。


「ノーアウトランナー1塁。バッター2番、内野捕ったらゲッツー。外野捕ったらボールサード」


『大野山南高校、選手の交代をお知らせいたします。2番、高鍋(たかなべ)君に代わりまして、ピンチヒッター、川口(かわぐち)君』


 ウグイス嬢が代打を告げる。すると近江の判断も早かった。


「バッター右の代打出たよ」


 即座にその事を伝えると春馬へと一瞬だけ心配するような目を向けておいてしゃがみこんだ。


『(少しだけ丁寧すぎる気がするけど、そこは経験でなんとかなるだろ。つーか、なんなんだろうな? キャッチャーとしては未熟な割にどことなく投げやすいな)』


 呼吸が合うとか、リズムが一致するとか、非常に抽象的で具体化しにくいものだが、確かに投げやすい何かが存在する。


『(さて、近江。配球はどうする?)』


『(代打だよね。だったらおそらくは初球から打ってくると思う。だからアウトのスライダーでどうかな? 入れば儲けもの。外れてもOK)』


『(了解)』


『(走ってきたら私が殺す。だからしっかり投げるの集中して)』


 セットポジションに入ると背後からランナーコーチの声が聞こえ始める。


「リーリーリーリー、バック」


 春馬はプレートを外さずに1塁へと牽制。非常に上手い牽制にランナーはアウトになりかけるも、なんとかタッチを避けるように滑り込みセーフ。


「あいつ、牽制うめぇな。気を付けないと」


「だろ? 気を付けろよ? 日野が言うには去年、1試合で最高2人殺してるみたいだからな」


「うげっ」


 ランナーコーチと情報を交換した1塁ランナーはゆっくりとリードを取り始めるが、さきほどのような大きなリードは取らない。最終回で2点を追う展開。攻め過ぎは間違いなく勝機を潰すことになるだろう。


『(これでおそらく走ってこないだろ。これでも走ってきたら近江、任せた)』


 初球。近江の要望通りの外へのスライダー。バッターは彼女の予想通り初球からスイングし空振り。


『(アウト、もらったぁぁ)』


 その近江はリードの大きな1塁ランナーに向けて牽制を放る。


『(ナイス、近江。これは刺した)』


 近江の小さく素早いモーションの送球。これにはランナーも戻れない。


「「って、えぇぇぇ」」


 完全にアウトのタイミングに1塁ランナーも戻れず諦めた顔だった。にも関わらず判定は余裕のセーフだ。


「わ、わりぃ」


「本当にこれはお前、凡ミスだぞ? 近江のファインプレーを潰しやがって」


 寺越がボールを弾いてのセーフ。突然に1塁へ投げられて驚いたのはランナーだけではなかったようである。


『(まったく。ファーストが騙されてどうすんだか)』


『(はぁ。今の刺したと思ったのになぁ。次、アウトのストレート)』


『(ストライクポンポン取り過ぎじゃないか?)』


 最上の影響であろうかストライク要求率の高い近江。とりあえずは頷きセットポジションからクイックモーションで要求のコースへと投げ込む。ランナーは春馬と近江の牽制が頭に残り大きくリードが取れない。


『(ナイスボール……え、うそっ)』


「ラ、ライトぉぉぉぉ」


 外の際どいストレートをきれいに流し打ち。打球はファースト寺越の頭上を越えて1塁線際へのヒット。近江はマスクを脱ぎ捨ててランナーに注意しながら打球を目で追う。


 打球が転々としている間に1塁ランナーは3塁へ。打ったバッターも1塁を蹴って2塁へ向かおうとする。しかし、


「ストップ、ストップ」


 ランナーコーチは2塁へと進もうとしたのを止める。楓音の守備位置が非常に良く、すぐに打球へ追いついたのだ。結果、打球が内野に早いタイミングで帰ってきた。それは幸運だったが、あくまでも不幸中の幸いに過ぎない。


『3番、ピッチャー、日野君』


 ノーアウト1、3塁に大ピンチでバッターはスラッガー日野。ここまで3打数1安打と彼らしくない成績だが、その2つの凡退も近江の好守備に阻まれたものであり、実質的に3打数3安打だ。


「最上」


 ここで対日野啓二戦の秘密兵器を呼び出す春馬。しかしその回答は単純明快。


「断る。お前の出したランナーくらいお前でケリ付けろ。というか、1回くらい日野さんと勝負してみろ」


「けっ。なんだよ、一番のピンチで逃げやがって」


「ふっ。策士とは負け戦を勝ち戦にする者ではない。もとから負け戦はしないのだ。三十六計逃げるに如かずってな」


 もっともらしいことを主張する山陰の狐。諦めた春馬は不気味に微笑む日野と目線を合わせる。最後の最後で師弟対決の実現だ。


『(ようやく新田君との勝負やな。しかも一発が出ればサヨナラの場面。ものごっつおもろい対決やないけ)』


 左打席の日野は顔に闘志が満ちている。


『(さてと、師弟対決の初球。僕はストレートと読みますが近江捕手はどう読む?)』


『(男と男の対決で逃げちゃダメだと思うよ。レッツ、ジャイロ)』


『(さすが近江……アホじゃん)』


 わざわざ待っているボールを投げるとは驚きである。しかし春馬も、どうせならば日野と変化球勝負をしてみたい気持ちもある。サインに頷いた春馬はランナーを気にせずに第1投。1塁ランナーがスタートを切る。1、3塁においては3塁ランナーの突入を考慮し、1塁ランナーの盗塁がフリーパスな場合が多いからだ。


『(来た。スラや)』


 待ちに待った投球に日野はバットを出そうとするも、コースを見切って止めた。


『(ちょ、低いっ)』


 近江は低めのワンバウンドを体で止めて前に落とす。スタートを切っていた1塁ランナーは2塁へと到達。これでノーアウト2、3塁。ワンヒット同点の大ピンチ。


「タ、タイム」


 近江がタイムを掛けてマウンドへと駆け寄る。これほどない大ピンチだけに今駆け寄らずば、駆け寄る時などなかろう。彼女はマウンドまで来るなりボールを春馬のグローブの中へと入れる。


「走ってきたね。日野先輩が打席だから1塁は空けないと思ったけど……」


「あの人は長距離砲じゃなくて単打量産型に長打力を付加したようなタイプだからな。得点圏にランナーを進めたのは相手としては好判断だろ。仮に歩かせようものなら、次は4番バッターってのもあるだろうけど」


「どうするの?勝負する?」


「勝負しないと言う選択肢があるのか」


「ないけど?」


「……はぁ。行くぞ。近江。あそこのマスコミ陣に蛍が丘の力を見せてやろうぜ」


「うん」


 一打同点。一発出ればサヨナラのピンチ。だからこそここをしのぐことで蛍が丘の、そして女子の真の実力を見せつける。


「ノーアウトランナー2、3塁。内外野前進。意地でも1点を阻止するよ」


 近江の指示に内外野が前進シフトを敷く。一発のある打線だからこそ一発は諦める。むしろ当たり損ねの内野ゴロや浅いフライからの得点は確実に防ぎにかかる。


『(勝負、やな。後ろのシラナンを警戒しとるんかもしれんけど、そんな警戒も無駄やっちゅうこと、教えてやろうやないかい)』


 カウント1―0からの2球目。近江の要求は言うまでもない。


 春馬の投球はど真ん中。ここから日野の足元へと曲がりながら落ちる、スライダー変化のジャイロボールだ。


『(この程度、スタンドやぁぁぁぁ)』


 日野のスイングがボールにぶつかり金属音がする。そして打球が春馬と近江、日野の視界から消えた。

「ま、マズイ」


 いち早く気付いていた春馬は少し上を見上げる。ワンバウンドした打球が高く跳ねてピッチャーへのゴロになったのだ。たちの悪い事にランナーは突っ込んできている。


「近江。そこにいろ」


 春馬は猛然とダッシュ。そして落ちてくるボールを捕球すると、弾くようにグラブトス。ミットにしっかりと収めた近江は、走り込んでくるランナーと交錯しながらタッチ。ランナーの体が小さくクロスプレーで吹き飛ばされることはなかった近江は、ミットに入っているボールを主審に見せてアピールした。


「アウト」


 すぐに1塁を向いて投げようとするが、こちらは既に日野が駆け抜けている。3塁も2塁ランナーが進塁を果たしている。


 1点を阻止して1アウト1,3塁。


「よし、よし。ナイス近江」


「春馬君のトスがよかった」


 頬に着いた砂を拭って、春馬の指しだしたグローブにボールを入れる。


「これでゲッツー取ればゲームセット」


「うん。あともう少し。頑張ろう」


 悔しそうな日野を1塁においてバッターは4番の白柳。ゲッツーを取ればその瞬間にゲームセットで蛍が丘の勝ちが決まるが、一発を浴びればこちらもその瞬間にゲームセット。ただし後者は大野山南高校の逆転サヨナラ勝ちだ。


「新田ぁ。しっかりな。手ぇ抜くなよぉ」


「内野ゴロ打たせたら僕と最上君でしっかりゲッツー取るから。安心して」


「春馬。今度はエラーしねぇから気兼ねせず打たせてけ。内野も暴投を恐れるな。絶対に捕る」


「任せるがよい。我が聖域は誰にも抜けぬ事をお見せいたそう」


 内野全体から声がかかる。


「春馬くん。近江ちゃん、頑張って~」


「近江。しっかり相方を引っ張ってやれよ」


 外野からも大きな声が内野に届く。唯一無言の因幡が半身でグローブをこちらに見せているのも、『任せろ』と言う無言の意思表示だろう。


 そして春馬の相方も無言ではいない。


「どんな暴投でも捕って見せるから。しっかりね」


 マウンドの春馬は手に持ったボールをみつめる。


『(猿政が言ってたよな。ピッチャーを支えられない野手にも問題があるって)』

 顔を上げると視界に入るはキャッチャーの近江。さらにそこから振りかえると、7人の蛍が丘高校守備陣。


『(馬鹿言うな。僕はこいつらにしっかり支えてもらってる。だからこそ、僕みたいな未熟者が今まで選手兼任監督なんて無茶苦茶やってこれたんだ。それに、今のキャッチャーは僕をしっかり支えてくれる最強の女房役だからな)』


 バッターボックスには一発のある主砲・白柳。だが春馬に怖さは無い。彼は両手を上げて選手全員に声を掛ける。監督としてではなく選手の1人として。


「っしゃあ。みんな、任せたぁぁぁぁぁ」


「「「おぉぉぉぉぉぉぉ」」」

歩く主人公とか、沈むジャイロボールとか、いろいろ奇をてらってはみたものの、結局、最終回に盛り上がるポイントを作ってしまうのは野球モノフィクションの天命でしょうか?

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