アライスと狼領主一家の晩餐会
「マリーン殿」
広間がまたざわざわし始めました。
あちこちから「魔法」「賢い人」「森の」とよくわからない言葉が出てきます。
えと、じゃあ、この人がニコの言っていた『魔法使い』さん?
白いお髭のおじいさんは、私の隣までやってきて顔を覗き込んでから「ふむ」と納得したような、考えるような、そんなそぶりを見せました。
そうしてご領主様の方に向き直り、ひざまずいて頭を下げました。
「申し述べる事、お許しいただければ」
「許そう」
「では、私見ではありますが……この娘をこのまま城に留め置く事、賢明とは言えませぬ」
ざわっ
ご領主様へのご報告の邪魔になるからか、今度の動揺は一瞬でした。
難しい言い回しでしたが、その言葉の意味が私の身の安全を保証するものではないと分かって、きっと私は青ざめてしまっていたでしょう。
ですが、おじいさんの言葉はそれだけでは無かったのです。
「過ぎたる知識は、この地、この国に悪影響を及ぼしかねませぬ。幸いな事、かの娘は聡明さを滲ませ、深き知を吸収するに足る良き頭脳の片鱗が見えまする。ゆえ、権力からは遠ざけ、必要な折り、その知恵を利用すれば良いのではないかと―――かように愚考いたしまする」
今度は、ざわめきやどよめきはありませんでした。
ただ、困ったような空気だけがそこにあります。
「……ならば、誰に預けるが良いか」
長い沈黙の末にご領主様は、多分とりあえずその意見を聞く事にしたみたいでした。
おじいさんは、それすらも聞かれると思っていたのかスラスラと答えていきます。
「教会にお預けになるのは、お勧めいたしかねまする。異端の子として抑圧され、弾圧されましょう。かといって城の者では先も述べました通り欲に絡めとられ、悪しき事象を招き込みかねませぬ。ならば……ここはわたくしめが、お預かりいたしましょうぞ。なに、ご心配めさるな。きっちりと“仕込んで”みせますとも。――――――この世には言っていい事と悪い事がある、その善悪の判断を、きっちりとですな」
ふほほ、とご老人は笑いますが……。
あの、言葉半分も良く分かりませんが、もしかして私、ものすごく面倒な事に巻き込まれてませんか……?
「では、料理をここへ!」
流れ流れて、いつの間にか私が理解できていない内に話は変わってしかも終わっていたようで、話された単語の意味を考え込んでいる間に、気がつけば広間には大きな長テーブルがいくつも運び込まれ、長椅子もこれまたいっぱい運び込まれ、えーとえーと、と何が始まったのかと周囲の人たちの顔を見ている間に大皿の料理がいくつも運ばれてきました。
会見というか尋問というか、とにかくご領主様との面会の後は、どうも宴会になるみたいです。
……誰か1人くらい、今日の予定がどういう流れで何をするまでここにいなきゃいけないのとか、そういう事教えてくれてもいいと思うんですよね……。
「こっちよ」
お姫様のお1人に手招きされて近づくと、ここよ、と席に着くように指示されました。
……ニコの隣はまあいいです。
でもそれってつまり、偉い人たちの席って事ですよね?
私、一般庶民なんですが。
私、さっきまで怪しい人物扱いされていたんですが。
本当にいいんでしょうか……?
あ、ニコとは反対の隣りに、さっき睨まれた大きなお兄さんが。
さらにその隣に座った奥さんっぽいお姫様が、優しくにこって。
……逃げられませんね、これ。
そうして始まったのは、どっかで見た事があるような出来事の再現。
つまり、ニコのお兄様方の自己紹介でした。
でーすーかーらー!!そんなにいっぺんに言われても覚えきれませんって!!(2度目)
ふう、自分の為にも一度ざっとまとめてみましょう。
テーブルの一番偉い人の席に座っているのが、お父様でご領主様の『キャルヴィン様』
ロマンスグレーなナイスなミドル様でいらっしゃいます!!
……まあ、恐れ多くてお名前でお呼びする事なんて一生無いでしょうけれども。
そして、先ほど謁見した時にはいらっしゃらなかった奥方の『シュリエッタ様』
「キャルヴィン様ったら、いくらなんでも気にしすぎなんですのよ?少しくらい動かないと、逆に具合が悪くなってしまいそうですわ」
「ご病気、ですか?」
無理しないで下さいと言った方がいいのかな、とか思ったんですが。
「いえその……あのね、赤ちゃんが、いるの」
「……ごほん」
ご夫婦揃って赤面とか!
その歳でご懐妊させちゃったんですか!?ご領主!
そりゃ、私だって学校に通っている頃はそれなりに(ごにょごにょ)な話を友達ときゃーきゃー言いながら話した事くらいありますから、赤ちゃんがキャベツ畑で栽培されてるとか、コウノトリやペリカンに運ばれて来るんじゃ無いって事は知ってますけど……ウチの領って、いろんな意味ですごいんですね……。
ご兄弟は順に、ご長男の『ダニエル様』から末っ子の『ニコラス』までの5人。
ダニエル様は、私の隣に座られた方ですね。
……そんなに睨まなくても、何もしませんし逃げませんよぅ……。
お父様によく似ていらして、濃いこげ茶の髪と深い深い青い瞳がとっても印象的……はい、前向きにとらえてみました!実際怖いですだからガンつけないでくださいってば!
そんな気難しそうなご長男さんのお嫁さんが、ほんわかした感じの『マリア様』っていうのは絶妙なんですか、どうなんでしょう?
「…………」
「アナタ、そうあまり睨まないであげてくださいな。さすがにお可哀そうよ?」
「そうそう。兄上のそのギロッ……っていう目は泣く子がもっと泣き叫んじゃうくらいなんだからさ」
「兄上」
「くすくす」
……お兄さん、人望はあるみたいですね。
この方が、将来この領地を継ぐのでしょうか?
まあさっきの『赤ちゃん』の件もありますし、当分先の話でしょうけども。
次男さんは『ジョセフ様』
前にニコに聞いた話ですが、この2番目のお兄様、ご兄弟の中では一番頭が良いんだとか。
良く本も読むし、魔法使いのところでお勉強もしているとか?
魔法使いのお勉強はともかく、この国で本が読めるのは限られた人だけです。
紙も、羊皮紙……つまり動物性タンパク……い、いえいえ、考えたら負けです!!むしろロマンなんですってば!!(言い聞かせ)
つまりはそんな、作るのに手間とお金のかかる素材を使った本をたくさん読めるこの人は、やっぱりとってもすごい、って事なのでした。
そんなジョセフ様のお嫁様が『エリザベス様』
先ほどの女子会?の時もちょっと思ったんですけど、少しだけつーん、ってしてるのは、もしかしてアレですか?ツンデレとかいうやつですか?
「しかし残念だな。城に滞在するのなら、いろいろ話がしたかったのだが。ニコに聞いたが、君は文字が書けるそうだね。書けるというのなら読めもするだろうから、蔵書について意見を聞きたかったのだが……」
「こんな幼い子に何を言っていますの。だいたい日頃から思っておりましたけど、貴方の本は専門的すぎますわ。わたくしついていけません」
「えーっと……小さな子や本に構うくらいなら、自分の事を構って欲しい、かな?」
「なっ!?貴方のその曲解ぶりには、いつも驚かされるばかりですわ!!」
「くすくす、あながち間違いでもないだろう?大丈夫――――――愛しているのは君だけだ」
「馬鹿じゃありませんのーーー!?」
金髪ゆるウェーブの長い髪に、同じ色の瞳のお姫様。
物語に出てくる意地悪王女様、とか、そんなイメージがわいてきちゃいますけど、見てたらちゃんとデレてるみたいなので、きっと本当は優しい人なんだと思います。
次男さんは……そうかー、そういう人ですかー……。わあ、すごいなあー……(棒)
3男さんの『サイラス様』は、何というか肉体自慢な人みたいです。
少し例えが古いかもですが……シュワちゃんみたいな?
あ、どこかの空軍の少佐さんとかも、それっぽいかもです。
まあ、共通点マッチョってだけなんですけど。
大きな声でがはは、って笑うのが良く似合ってます。
お嫁さんの『ベアトリス様』も、あまり貴族っぽくないですね。いえ、いい意味で……かな?
「馬はいいぞ?乗れる事を覚えておけば、行動範囲も広がるしな」
「羊飼いの真似事をしていたのなら、案外すぐに覚えるんじゃないかな。動物の扱いなんて大差ないし」
「頼むからこいつに妙な事吹き込まないでください、サイ兄上!ビー義姉上もですっ!」
「何故だ?その方がお前にとっても都合が良いだろう?2人きりで遠くに行けるんだぞ?いちゃいちゃし放題だぞ?」
「ただでさえ危なっかしいこいつに、馬なんか持たせたりしたら……!それにっ、おれたちはそんなんじゃありませんから!!そういうことしか考えてない兄上たちと、一緒にしないでくださいっ!」
「……」
「…………」
そういう事が何なのかよく分かりませんが、考える事が同じなのはどうやら他のご兄弟さんたちも同じみたいですよ?
あ、長男さんも顔そらしました。お兄さんもですか……。
触ってほしくないみたいだったのでそこはスルーするとして、さらにお話を聞くと、お2人とも騎士と一緒に訓練したり、領内の見回りがてらよく遠乗りに出かけたりするんだとか。
戦闘系夫婦ですね!わかります!
昔読んだファンタジー小説を思い出して少しわくわくしちゃったのは内緒、です。
4男さんの『スタンリー様』は、一応庶民のはずの私にも気さくによくおしゃべりしてくれます。ますが……。
「何だ、まだそんな事もしてないのか。駄目だぞー?ニコ。女ってのはなー」
「だから兄上達と一緒にしないでくれって、何度言ったらわかるんだよ!」
半分以上がニコに対するからかいなのは、どうなんでしょう……。
仲が良いんですね?って言ったらニコに睨まれました。何故。
「ふふん、ニコお前、大事だからってもたもたしてっと、余所にかっさらわれてしまうぞ?手あかとかついちゃうぞ~?」
「不潔ですわ」
「……」
ばっさり斬り捨てたのは、お嫁様の『ブリギット様』
この方はその、さっきから見てて思ったんですが、男性に対する態度と女性に対する態度がまるで違うっていいますか……。
一瞬冷えた夫婦仲を、他のご兄弟のご夫婦が「まあまあ」ってなだめています。
「まあ、今のはさすがにやりすぎだな」
「女性の前なのだから、少しは気を使わないとな」
「まったくだよ」
「ざまあwww」
最後に何か1つ、とりなす気の無いのが混ざったような気がしますが……。
「ええっと……ゴメン?」
「……」
「わかったよ、やりすぎたって!」
必死っぽく謝っているあたり、ここのご夫婦は奥さんの方が偉いのかもしれません。
さっきは偉そうに「女は~」なんて言っていた人と同じとは思えませんが、そこも含めて面白い人、なのかもしれません。
「……」
「うん?何か?」
「あ、いえ(大した事では)」
見ていたのがバレて、口の中でごにょごにょと言い訳をします。
ご兄弟の中でも一番端っこの席に座られているのは、5男のロバートさま。
賑やかなご兄弟たちのお話を、ずっと静かに聞いていらっしゃったみたいでした。
会話、参加しないのかな?って思っただけなんですけど、見てるのに気がつくくらいには感覚の鋭い人みたいです。
一見そうは見えませんが、やっぱり鍛えたりとかしているんでしょうか?
そう思いながら見ていたら、サイラス様やスタンリー様に絡まれました。
飲めって強制されてます。
どうやらロバート様が今まで黙ってたのに気付いて、お前も輪に加われとお兄さん命令が下されたみたいですね。
お嫁様がいないのは、ご兄弟の中ではニコとこの方だけのようです。
ニコはともかく、ロバート様は恋人の1人や2人いてもおかしくなさそうですが……。
だってこう言っては何ですが、ご兄弟……いえご家族全員揃って結構な美男美女さんばかりなんですよ?
そういう話とか、無いんですかね?今度……機会があればニコに聞いてみようかな?
機会があれば……ですけど。
本当、これからどうなるんでしょうか。
お兄様方にニコがからかわれて何故か顔を赤くしたりしてて、大丈夫かなって思っていたら、不意にサイラス様がこちらに向かって問いかけてこられました。
「そういえば、お前さん歳は14っつったか?」
ああ……そうか、調べられてるんですね。
「いえ、もう15になってしばらく経ちます」
「同い年か」
「ニコよりは年下に見えたけど……ふうん」
「そ、っかー……じゃあもう酒とか飲める歳なんだよな」
ジョセフ様やロバート様が何か考え込んでるなー、って思っていたら、スタンリー様がにやりと笑ってお酒をどん!とテーブルに乗せてきました。
え、っと。
その流れは。
思わずひやりと背中に汗が流れます。
「あの!私の故郷では、お酒は二十歳になるまではダメなんです!」
「「は?」」
男性陣が一斉にきょとん、という顔をしました。
……ご領主様までです。
逆に女性陣は、ほっとしたりうんうん頷いていらっしゃいます。
「あの、ですね、お酒もタバコも、あまり早くから飲むのは良くないと聞いています。身長、伸びなくなってしまいます」
飲まされるのはマズイんじゃないかなと思って訴えたところ、何故かさっきまで真っ赤だったニコが、今度は顔を青ざめました。
……飲んだんですか?お酒。あ、そっと飲み物をテーブルに戻して奥へ押しやりました。
……いつも飲んでいたのなら、今更なような気もしますけど。
そんな気はしていましたけど、この世界……この国では、お酒やタバコは早くから解禁されているみたいですね。
世の中広いですから。そういう国もあるという事は知っています。
ただ、日本がそうでないというだけで。
それに。
「ニコ。安心してください、ニコ。ニコはお父様もお兄様方も皆さん大きい人ばかりです。だから、きっと大丈夫ですよ」
「……それ、根拠になるのか?」
「なりますよ!あ、でも、もしお母様の背が低いとそうでもないかも?」
男の子は母親に似るって言いますからね。
「ぶふっ」
「っぐ」
「ぐふっ」
「…………」
何故でしょう。
抑えきれない笑い、みたいなこの状況は。
お嫁様たちの生温かい視線が、こう、非常にいたたまれない感じです。
「ま、まあまあ」
「あー、ニコの身長に関しては今後に期待、って事で」
まだ口元笑ってますよ?お兄様方。
「ちょっとくらいならいいんじゃね?」
「乾杯だ乾杯!」
「そうだ!乾杯だ!」
やんややんやで―――主に3男のサイラス様と4男のスタンリー様が張り切って―――断りきれない空気になった私は、試しという事ででちょっとだけ口を付けることになってしまいました。
「えっと、乾杯!」
「「乾杯!!」」
……。
「どうだ?美味いか?」
「本当にちょっとだけだったな」
「もっと飲まんと味がわからんだろう」
「……あの、あまり無理強いは良くないのでは?」
『…………にが』
場が、しーんとしてしまいました。
あれ?と思って周囲を見回してみます。
ニコ達だけじゃありません。
他のテーブル席にいるたくさんの人たちまで、気づけばこちらを見ていました。
「今、『にが』っつったか?」
「それって、どういう意味だ?」
「『アライス』?」
あ。
そっか。
今思わず『日本語』でしゃべっちゃったんですね。
「えっと、今のは“苦い”って意味で……。すみません、思わず」
こういう時とっさに出てくるのって、今でもちゃんと『新井鈴花』として14年間ずっと使い続けていた日本語なんですね。
繋がりが断ち切れていないみたいでほっとしたような、思い出して少し寂しくなったみたいな……。
「今のが、お前の故郷の言葉?」
「そうです。『日本語』と言います」
「じゃぱにーず……聞いたことない言葉だな」
「やはり、イングランドとは関わりがないのか……」
話し始めたご兄弟やご領主様の声を聞きながら、私は故郷の事について思い返していました。
今までは毎日忙しくてそれどころではなかったし、悲しくなったり不安になったりするのが嫌で思い出すことは避けていましたが、なんとなく、なんとなくぼんやり思い返していました。
……ちびちびと、グラスに口をつけながら。
ええと、その、多分、自覚は無いけどヤケ酒です。
気がつけば……。
「あっ!?おい、アライス!!」
ふらふら、ふわふわ、くるくるり。
世界がくらくら回ってました。
「もう酔っぱらったのか!?」
「まあ、真っ赤ですわ」
「誰か、水を!」
「ん?そんなに飲んでないぞ?こいつ」
「ちょっと弱すぎじゃないか?」
失礼なー。
そもそも日本人は、お酒に強くないんですようー。
外国の人とは体のつくりが違うんですー。
「これをお飲みなされ」
白くて長いおヒゲの、サンタさんみたいなおじいさんがやってきて、お水をくれたところまでは覚えてます……。




