アライスと狼領主の謁見場
「……」
「……」
お互い、しばらく見つめ合ってしまいました。
普段の、頭からか被って紐で縛るだけの簡単な服と違って、農村ではまず見かけないような石や金属で飾られたベルトをつけ、所々ポイントに綺麗な刺繍がされた上着を着ているニコは、本当に偉い人の息子さんなんだなあとぼんやり思いました。
「御前である、頭を垂れよ」
大臣みたいな偉そうな人がやっぱりエラそうに宣言すると、周りのお姫様や並んだ兵士さんたちが揃ってしゃがみ込みました。
ニコも一緒の男の人たちも、向き直ってご領主さまにご挨拶します。
私は慌ててお姫様たちの真似をしてしゃがみ込み、同じようにして頭を下げました。
両ひざを床について、スカートはふわっと広げるように。
そして頭を下げるようにお辞儀。……これでいいですか?
横目でチラチラうかがいながら頭を下げていると、上から「頭を上げよ」と今度は別の……凄くシブくてちょっと甘くていい感じに重みのあるどっしりとした声がしました。
ケーキで言うなら甘さ控えめガトーショコラでしょうか?ヤバいです、これはヤバいですよ!!
視線を上げると、ご領主さまとバッチリ目が合っちゃいました。
これは……さっきの凄くイイ声は、ご領主さまの声、って事ですか?
うわあああああ!この1点だけでイイです!凄くイイ!!
私はすっかり、この領地に生まれ住んでいる人が羨ましくなってしまいました。
声に釣られてホケッとしていたら、いつの間にかお姫様たちはご領主さまの前に立つ男性たちの隣に移動されていました。
最後のお姫様は私の肘を軽くとんとん、と優しく叩いた後、やっぱり殿方の方へ優雅に歩いてゆかれます。
これは……つまりお姫さまの隣に立つ男性が、その方の旦那様という事でしょうか?
ニコと、もう1人の方の隣は誰もいません。
ちょっとだけほっとして――――――ん?
「アライスと言ったか」
「あっ、あの、はい!」
周りからクスクス笑われた気がしました。
少し考え事していただけなんです!ボケっとしていてすみません!
うう、急に話しかけられて、思わずびっくりしちゃいました。
「普段の生活はどうだ?何か不自由はないか?」
えと。
これは……本当に農家の暮らしぶりを聞いているんでしょうか、それとも何かの前フリなんでしょうか?
「えと、不自由な事は……」
口ごもります。
だってまさか、正直に言えないじゃないですか。
洗濯機が無いとか、電子レンジが無いとか、ドライヤーが無いだとか、それ以前にガスコンロさえないので火をおこすのも維持するのも一苦労だとか。
麦だって機械が無いから全部手作業だし、農薬もないから野菜は全部虫食いで、特に葉っぱものは食べる前に洗うのにどれだけ念入りにチェックしなければいけないかとか……そのせいで「遅い!いつまでやってるんだい!?」と義母に何度雷落とされた事かとか……。
ええと、ええと、ご領主さまのご機嫌を損ねないように、さりげなく農家の生活向上の役に立つような何か……。
だってこんな、直接お話しできる機会がそうあるわけじゃない事くらい、私にだってわかりますもん!
このままタダで帰ったなんて知れたら、義母に嫌味交じりで絶対雷落とされちゃいますよ!!
「いや、多大な苦労をかけているのだろうな。せめてこれからの冬、ひもじい思いをさせぬよう今から十分に蓄えておかねばなるまい。それと温かくするための毛皮や織物などだな。やがて来る厳しい冬であろうとも耐えられるよう、出来るだけ備えておくよう様々に考えておる。幸いにも、今年もまた実りに恵まれた。大地や民より与えられたものは、その分返さねばならん。無碍にはせぬゆえ、安心するとよい」
あー……えー、あー、自己完結?ですか?ま、まあ、言い難いのは確かなので、助かったと言えば助かった……のでしょうか。
「それで……時にそなた、普段より我が息子と親しくしておるそうだな」
ぎく。
ついに来ました。
「あの、ええと」
けれど、憶測で物を言っていいのでしょうか?ここまでくれば、全部明らかにするつもりなのだというのは分かる……様な気がしますが。
「そなたも知っておろう?ニコ……そこにいるニコラスの事だ」
あ、やっぱりそうなんですね。
「ニコは、私の友人でした。たくさん、遊んでもらいました。楽しかったです」
少し場がざわつきます。
あの、その、直球な言い方をするのは見逃して欲しいといいますか……。
あまり複雑なしゃべり方はできないんですよ、何せ農家育ちなもので。
でも、周りがざわざわしているのに対してご領主さま―――ニコのお父さんは、心から楽しそうにはっは、と笑いました。
「そうか、楽しかったか。それは何よりだ。ニコもな、遊びから帰ってくるたびに目を輝かせて語るのだ。アライス―――そなたは偉いと、なんでも知っている、とな」
ええええええええええ!?
「ちっ、父上!何を!」
「まーまー」
「どーどー」
私と同じように動揺したっぽいニコが、お兄様方に拘束……いえその、なだめられていました。
ニコも結構大きいはずですが、それよりさらにがっしりしたお兄様方は、ニコを軽々と留めています。
その様子を微笑ましげに見たご領主さまは、穏やかな微笑みのまま爆弾を投下して下さいました。
「もしよければ、これからも遊んでやって欲しい。ニコラスの事、よろしく頼む」
ざわわっ……!!
えと、それ、は。
私も動揺してますが、それ以上に周りで聞いている人たちの方が動揺していますよ!?
「あの、私、ただの人です」
平民ですよ?一般人ですよ?それ、本当にいいんですか?
戸惑う私に、ご領主さまは優しくおっしゃいました。
「ふむ、確かにニコラスの周囲には多くの人間がいる。家族、兄弟、その内甥や姪も増えるだろう」
その言葉にお姫様たちがハニカミ、隣の旦那様が嬉しそうな……何て言いますか……ドヤ顔?
「さらには仕えてくれる優秀な臣下たちもいるな」
臣下、の声にざわざわの雰囲気が変わった気がしました。
「だが」
しかし、ご領主さまの声音も変わります。
「主と慕い仕えてくれる臣下がいたとして、それは対等な関係ではないな?同じものを見、同じ事を学び取り、時には同じものを食し、対等に腹を割って話せるような者は少ない。また、治るべき地の民の言葉は何よりも尊い宝よ。いずれ何がしかの役目を持ち職に就く身とて、今は身分にこだわらず意見を聞き、よりよいものとするべく考える、その研鑽をつむべき時。その様な貴重な機会を奪う事は、何よりも愚かな事だ」
は、はあ。
そうですか、としか私には言えません。
難しい言葉も少し飛び出たけど、ええと、要するに下々の生活を垣間見るのもお勉強のうちだから……って事ですか?
本当に気にせず、今まで通り遊んでいいって事ですか?
はー……。
本当に評判通りの人なんですねえ。
懐が広いのだなあ。
私はすっかり感心してしまいました。
狼領主、なんてあだ名が付いてますけど、どちらかといえば孤高の荒っぽい狼というよりは、群れを統率する狼王といったところでしょうか?
しっかりきっちり締めてます。
そんな風に、ご領主さまを尊敬した時でした。
「それでだな、そなたは東から来たと言ったか?」
今!?今その話ですか!?
もしかして、それが今回の本題だったとか言いませんよね!?
……まだまだお話は終わらないようです。
「この領、この国の周囲についてはどこまで知っておる?」
「え、ええと」
「ふむ?」
えーと。
知っているかも何も、全然知りませんが。
「知っているのは、この場所の事くらいです。遠いところの話はよく分かりません」
「……そうか」
ええーと。
考え込まれてしまったみたいです。
「ならばそなた……イングランドという国の名に聞き覚えはあるか?」
イングランド?イングランドっていえば……。
「えと、イギリスの事、ですか?」
「ふむ?いぎりす、とは?そちら聞き覚えがあるものはいるか?」
広間がざわざわします。
「似た響きであるからには、属国か何かのようではあるが?」
聞いた事が無い、と後ろから躊躇いがちな声がしました。
「United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland」
ぽつり、呟いた言葉にざわめきは一気にどよめきへと変わりました。
「その3国で連合王国だと!?ありえん!」
「いったい奴はどこから来たのだ……!」
「魔女か」
「いや悪魔だ!」
と、いう正式名称な国なんですが……と続けようとしたんですけど。
あの明るく構ってくれたお姫様たちでさえ、こちらを見て旦那さま方とヒソヒソしています。
どうやら私は、名前を言ってはいけない国の名前を言ってしまったようです。
そんなにいけないんですか?イギリスって。
戸惑う私に膨れ上がる恐ろしい空気。
戸惑いが怯えに変わりかけた、その時でした。
「静まれ!!」
ご領主さまでした。
「知ってか知らずかその様な名を出すとはな。言うまでもないが、ブリテンとはブリタニアにおける古き異名。そしてブリタニアこそ、我らが偉大なる国王陛下が治るこの国であるな?」
その話は聞いているので、こくこくと首を縦に振ります。
「イングランドは……1年と半年ほど前になるか。内紛によって滅んだ」
えーーー、あー……。
そう、ですか……。
何とも言いようがありません。
「アイルランドはこの国の北にあるのだが、この国とさほど仲が良いわけではないのだ」
「さほどではなく、ぶっちゃけ険悪、だろ?」
ぼそり、と言ったのはご兄弟の中のお1人のようでした。
というか、険悪って……。
「……そう身も蓋もない言い方をするな。……間違ってはおらぬがな」
はあ、間違ってないんですか……。
「春と夏に小競り合いして、秋冬に自国へ戻ってくよね、あいつら」
「まあこの辺りは国境から遠いから、直接何かあるわけではないがな」
「しかし、油断はできん」
「向こうは今かなり好戦的な状況ですからね、いずれ全面戦争をも視野に入れて動く事も考えられる。油断は禁物でしょう」
堅い話を堅い声で言うという事は、それなりに深刻な事態なのでしょうか?
それにしても……小競り合いって事は、戦争……って事ですよね。
「だから……その3国が手を取るなどという事はありえんのだ。……しかし、もしそのような国があったのなら―――それは素晴らしく発展した大国になるのだろうが」
ご領主さまは深く深く、息を吐きました。
そこまで、ですか……。
「それで、その滅んだ……いや、国として成立していないだけで、地方にはまだ残っている貴族などもおるようだが、そのイングランドの最後の姫が行方知れずなのだそうだ」
「……」
は、はあ。
なぜそんな話になったの分からなくて、仕方なく黙っています。
「私は、それがお前だと疑っていたのだがな」
「え」
えええええええええええええ!!??
「違います!」
思わず周囲に人がいる事も忘れ、叫んでいました。
「私はお姫さまではないです!普通の人ですよ!?」
「しかし出身は東なのだろう?それに優れた知識を持ち、頭の回りも悪くなさそうだ。何より時期的にも合う」
「東といっても、そのお話だとかなり近い場所ですね?私が来たのはもっと遠いところです。地図が無いので正確には分かりませんが、海の向こう、大陸を越えてさらに海の向こうの島国です」
「ほう?それが本当なら、確かにかなり遠いところだな」
本当ですよ。ほとんど世界の裏側ですから。
「細かい違い、大きな違い、色々あってよく分かります。――――――この国は、私が住んでいた国とは違うのです。もし周りの国がここと同じような文化なら、間違いなくその国は私の故郷ではありません」
きっぱりはっきり言い切りました。
「違うというのなら、お前はどこから、どうやって来たのだ」
尋ねたのはご領主さまではなく、その一番近くにいた大柄な男性でした。
騎士だと言われても驚かないくらいたくましく、見ただけでも強そうです。
しかしその質問に、私は答える術を持ちません。
だって本当にいきなり来ちゃったんですから。
眠っている間に連れてこられたとして……もし誰かが故意にやったとして……そんなの、神様くらいしか出来そうにありませんが、少なくとも私は、その誰かを見たこともないし知りません。
困った私はもう、黙りこむしかありませんでした。
「答えられないのか」
大きな男の人は、怖い顔をして睨みつけました。
こんな風にされるのは、一番最初に来たあの時以来です。
残念ながらこの国―――この世界では、黙秘権という権利は無いようですね……。
ただ、幸いな事にひどい言葉で罵られたり、剣や暴力で脅される事はありませんでした。
周りの男性達や、お姫さま方が押さえてくださったからです。
「この様子……イングランドの件とは関わり無いにしろ……いやはや、何とも不思議な事だな」
ご領主も困っていらっしゃるご様子。
「どうすればよいだろうか」
椅子の肘掛に肘をつき、呟くように言ったご領主さまに、待ってましたとばかり周囲から声が飛びます。
「魔女」「悪魔」「処断」「取り換えられた子」
ざわめきはさざ波の様で、いまだ十分に聞き取れない私には1つ1つを拾うことはできません。
ただ、不穏な単語だけが耳に入ってきます。
ご領主の下にいたお姫様たちが困惑し、それから守るようにかばっていた男性陣がどことなくピリピリとしている空気の中、こつり、と声ではない音が聞こえました。
「バーレイ卿、この案件、わたくしめにお預かりさせて頂きたく」
広場に並ぶ人たちの中から歩み出たのは、木の杖をついて歩く、長いローブを引きずった1人の老人でした。
そう、まるで、おとぎ話に出てくる魔法使いの様な。
1/3 イギリスの正式名称に“Northern”を付け加えました。
ご指摘感謝です!




