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狼領主の末息子と魔法使いの弟子  作者: 深月 涼
アライス15歳、魔法使いの弟子になる
3/16

狼領主の末っ子と構いたがりの兄たち



今回は別の視点です。




 ブリタニア王国西方に位置するバーレイ地方、キャルヴィン城。

 『大麦』の名の通り、一大穀倉地帯でもあるこの地を統治するのは、豊かな地を守るに足る精鋭の兵を擁し、民間問わず広く意見を求める一方で時に果断な判断を下す、文武に優れ強い求心力を持った『狼領主』の名で知られる『キャルヴィン=ディー・バーレイ伯爵』その人である。

 そして現在伯爵のもとには、彼自慢の息子たちが全員揃っていた。


 すでに独立し、各々諸所の事情を抱え、またそれを解決した為、上から4番目の兄弟までは己の領地と呼べるものを持っている。

 しかし本来収穫も間近のこの季節、治るべき土地を離れるなど本来ならばあり得ないのだが、父領主の急の召集とあって妻子共々登城した次第。

 用件が済みしだい至急帰らなければならない上、火急の知らせあれば取って返さねばならないのだが、それでも久々の家族との逢瀬、喜ばぬ兄弟など1人としていなかった。


「とまあ、逢えたのは嬉しいが、こうも拘束され続けるのはなあ」

「別に部屋に閉じこもれと言われた訳ではないのだから、ここが嫌ならどこへ行こうと構わないんだぞ?そもそもこれは父の要請だ、少しくらい窮屈に感じたとしても諦めろ。だいたいご婦人方がこの長逗留を楽しんでいらっしゃるんだ、そしたらなおさら俺達に拒否権など無い。そうだろう?」

「結局何時の世も“女は怖し”だなあ」

 兄弟たちが集う居間で、飽きたと言わんばかりに長椅子にどっかりと座りこみ杯を傾けているのは、3男のサイラス。

 そして、それにつき合っているのは4男のスタンリーだ。

 ただし、そんな和やかな空気も長くは続かない。

「それはお前のところだけだろう?サイラス」

 からかう様なスタンリーの言葉に、

「へー……じゃあ何か?スティーのとこは、そうじゃないとでも?」

 買った(のった)のはサイラス。

「……」

「……」

 そしてこのありさまである。

「止めないか、2人とも」

 ため息をつきながら、大人げないにらみ合いを止めたのは、次男のジョセフ。

 年の近い2人だが、決して仲が悪いわけではない。

 しかし、じゃれあいがいつしか本気の喧嘩に発展するのもまた、彼らの日常であったのだ。


「しかし、父上も何故この時期に我々を?」

 痛む頭を押さえたジョセフに、疑問符を投げかけたのは5男のロバート。

「イングランドの件だろう。また使者が来たそうだ」

「……キナ臭いな」

 ロバートとジョセフの会話を聞いていたらしい長男のダニエルが、そうぽつりとつぶやいた。


「そういや、ニコはどうした?」

 深刻になりかけた空気を払拭したかったのか、気持ちを切り替えたらしいサイラスがぐるりと辺りを見回す。

 窓の小さな造りゆえ、中からでは外の景色などまともに見られないのだが、そこは雰囲気というもの。

「どうせまた遊び歩いているんだろう」

「お前とは違って健全な遊びだけどな」

「奥方に言いつけるぞ」

「止せ!?濡れ衣だ!」

 スタンリーが茶化すも、サイラスの切り返しに慌てふためく。

 『遊び』について触れられたくないのは、2人とも同じらしい。


「また“例の子供”かな?」

「例の子供?誰の話だ?」

「最近出来たニコの友人の話」

 頬杖をつき適当な話のつもりで言ったロバートに、心当たりの無かったダニエルが問うと、これまた興味が無さそうに、ぽいとつまみを口に放り込み返事をした。

「ああ、ニコの変わった原因」

「何か急に小難しい事言い始めたあれの元か。けど最初に聞いた話では、手に負えないくらい暴れたとか言ってなかったか?泣きわめいて何言っているのか分からない、気狂いの子供だと」

 変わった話題は、最近謎の急成長を見せた末の弟の話。

 普段この場にいない兄達に代わり、父の部下としての仕事もこなす為、情報の入りやすい5男のロバートがあれこれと説明をする流れとなった。


「黒髪黒目、この辺で見かけない顔立ち。……話を聞いて、何かに巻き込まれたかとも思ったのだがな」

 ダニエルが深く考え込む。

「今は?」

「ランス預かり。ずいぶんおとなしくなったし、逆らわず言いつけられた仕事もこなすと」

「あの女子供にやたら人気の軽薄な奴か。んで?上手く丸めこまれて大人しくなってくれたって?まあ、奴なら子守はうってつけかもしれんな」

 考え込んでいたのはジョセフも同じだったのだが、さらなる情報を求めてロバートへと問う。

 返って来たのは、このキャルヴィン城でもある意味よく知られた人物の名で、それが良い事なのか悪い事なのか、兄弟達は少々判断に苦む事になる。

 

「しかし聞くだけきいたが、器用なのかそうなのかわからんな。出来ない、という訳ではなさそうだし、慣れてない、というのがしっくりくるか……?しかしそもそも1人でまともに火を起こせなかったとなると、育ちもある程度限られてきそうだがな……」

 畑仕事だけではなく、生活する術すら覚束なかったらしいと聞き、サイラスが首をかしげる。

「どこの子かわからないんだよな?」

「当人は、東から来たと」

「見張られている様子もないし、やはり何かに巻き込まれて捨てられた?」

「まだまだ監視は必要の様だな」

 ロバートとサイラスが話し合う中、1人深く沈黙したのはジョセフ。

「……」

「どうした?」

「いや……」

 唯一の兄、ダニエルがそっと声をかけてみるが、何事か考え込んでいるらしく、その返事はあやふやなものだった。

 そこへ――――――


 ばたん!


 大きな音を立てて部屋の扉を開けたのは、そこにいなかった最後の兄弟。

「ニコ、どうした?」

「おい、何かあったか?」

 末の弟の表情は、何か酷く驚いたような、とんでもない間違いを犯した直後の如く茫然とした表情で。

 心配した兄達が次々に声をかけてもニコは放心したままだったが、三男の「お前、顔、真っ赤だぞ?」という言葉にようやく顔をそちらへと向けた。

 

「……女だった」

「「は?」」

「だから、あいつ……女だったんだよ!!」

「「はあ!?」」

 吐き出した末の弟の叫びに、兄たちは混乱する羽目となった。 


「あいつって?」

「アライス!」

「最近よく遊んでいた?」

「そう!」

「というか男だと思ってたの?」

「スカート履いてなかった!胸もなかった!」

「……それ奥方たちに言うなよ?絶対言うなよ?」

「ちょっとまて。服着て分からなかったのに、分かったってのはつまり……」

「見たのか!?見たんだな!?」

「結婚だ!責任取って結婚だ!」

「おめでとう!おめでとう!」

「ちょ!?え!?結婚って!結婚!?あの!?」

「女の裸だぞ!?当然見ただけじゃ終わらなかったんだよな!?」

「責任だ!結婚だ!」

「兄上達と一緒にするな!俺は違う!押し倒してなんかない!!」

「はい自白いただきましたー」

「だからちっがーう!!」

 台詞の内容から状況を察した三男以下の兄弟達が、こぞって末っ子を囃し立てる。

 取り付くしまも無いその猛攻に、末の弟はタジタジだ。

 だが、その不名誉な判断は何としてでも止めなければならない。

 男友達だと思っていたのに実は女で、その裸を見たのだって半ば事故だし、ましてや見ただけで結婚など、そんな馬鹿な(けつろん)があってたまるか!


「まあまあ」

「認めたくないのはわかる。照れんな照れんなって~」

「だーかーらー!!」

「……ニコ」

「なんだよっ!?」

 止めようとしない兄達をなんとかして説得しようとしていたニコは、ジョセフにかけられた声の重さの違いにすぐ気付く事が出来なかった。


「その女……少女は男の恰好をしていただけで、体は女だったんだな?」

「……そ、そうだけど」

 予想外の真剣さに、突っかかっていった勢いも消える。

 残ったのは、戸惑いだけ。

「どうした?さっきから何を考えている?ジョセフ」

 兄弟の中でも飛び抜けて頭の回りが良いジョセフの考えた事。

 その重要性を一番よく知る一番上の兄が、言え、と言外に伝えた。

「先にあったイングランドの話さ。かの亡き国の姫君。彼女も……黒髪に黒目だと、使者殿が言っていた」

「……まさか!?」

 次兄の立てた推測に、兄弟全員が驚愕した。


「そうと決まった訳ではないが、“彼女”がここへ来たのもちょうど1年前。時期的にも符合する」

「東から来たと言っていた。イングランドもこの国からみれば……一応、東、か?」

「妙な知識を持っていたとしても、おかしくはない、か」

 推測が立てば、後は証明するのみ。

 符合する条件を次々と上げてゆく兄達に、ニコは焦った。

 だって“あの子”は普通の子だ。

 その辺にいる農家の子で……その筈、だ。

「……お言葉ですが兄上っ、あいつ姫っぽくなんかありません!全然おしとやかじゃないし!いつも泥だらけで子供と一緒に遊んでたんですよ!?」

 恐らく、彼―――いや『彼女』は望んでいないであろう事態。

 父である領主の話をした時も、へー、とか、ふーん、とかまるで他人事のように聞いていた。

 近づきになりたいなど、そんな様子を微塵も見せずに。


 だがニコの拙い推論は、兄達によって簡単にねじ伏せられてしまう。

「この国の状況を知る、あるいはその術を得るのは、他国から来た者なら当然だな。足場がどんな状態か知らねば、今後の指針も立てられまいよ。留まりさらなる情報を得ようとするか、安全を期してさらに遠くへと向かうか。ましてやそれが逃亡ともなれば、偽装はあって当然だろう?今は亡き国の貴族や王族だと知られたくなければ、泥にまみれて労働に従事する程度、考え付かない策ではない。命に関わるならなおさらだ」

「とはいえ、先も述べたとおり怪しい人物との接触の報告も今のところ無いようだ。まあ“あの”ランス報告なので、どこまで信用していいやらだが」

「亡命にしては、助けを求めないのは不自然すぎる。……やはりこれは、どこかに隔離、いや幽閉などしていたのを不要になって捨てた、という説が信憑性を増してきたな。身の内に入れておけば必ずや火種になる、と思われたか」

「……これは、父上に報告すべき案件かもしれん」

「……っ」

 話を聞いていたダニエルがそう結論を出し、ニコの胸の内は言葉にならない不安と友人への思いでぐるぐると渦を巻いた。


「……心配するな、ニコ。念のためだ」

「……う、ん」

 表情の陰った末の弟の背を、ロバートがやさしく撫ぜる。

「万が一という事もある。迎えるにあたっては、奥方たちにも協力してもらおう」

 長兄の指揮の下、目まぐるしく動き始めた兄弟達と事態を前に、ニコはただそれを見つめる事しかできなかった。

 大切な友人に自分の身分と立場を伝え、それによって距離を置かれる事を想像しながら。


 きっとそれは当り前のこと。

 今までがきっと近すぎた。

 だからそれは、本来のあるべき姿に戻るだけの事。

 自分は領主の息子で、彼―――彼女―――友達のアライスは農民の子。

 例え彼女が本当に姫だったとして―――そうしたら今度は自分―――ニコラスが頭を垂れる番。


 隣同士顔を寄せ合い笑い合ったあの日々は、もう戻らないかもしれない。


 酷く、胸が痛んだ。




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