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狼領主の末息子と魔法使いの弟子  作者: 深月 涼
アライス16歳、使者たちと邂逅する
10/16

アライスと姦しい女子会

 今日は、ニコの(義理の)お姉さま方のご招待により、ご領主さまのお城に行く日です。

 なので、一応いっちょうらのドレスに着替えた上で、迎えに来てくれるはずのお義兄さんを待ちます。

「おっ、今日はちゃんと女の子なんだな」

「ちゃんとって何ですか、もう」

 失礼ですよ、ぷんぷん。

「ま、いいや。その調子でおしとやかにな、おしとやかに」

「……年上のお姉さま達相手に、ニコやお義兄さんと同じ態度とるわけないじゃないですか」

 普段は違うとでも言いたいんですか?

 例えそうだとしても、そこで空気を読んでつつしむのは日本人のお家芸ですから。

「ほいほい、じゃあお嬢様?お手をどうぞ?」

「そこまでしてもらわなくても、大丈夫です」

 差し出された手をきれいに無視して、私はお城に向かいます。

 別に怒ってませんよー、だ。

 ……そういえば、今回はニコ来なかったですね。

 忙しいんでしょうか?


「じゃあ、頼むわ」

「ええ、まかせてちょうだい」

 お城について、お義兄さんが私を預けたのは、スタイル抜群な美人の侍女さんでした。

 私からしてみれば、お城で働く女性は皆さん、メイドさんに見えてしまうんですけどね。

 あれ?そういえばこのメイドさん、どこかで見た顔のような……?

「ふーん?今日はまあまあ見れる格好してるのね」

 じろじろと見降ろされて、ようやく思い出しました。

 いつだったかご領主さまとお会いした時、お城の中を案内してくれた、ぼんっきゅっばいーんなメイドさんです。

「まあいいでしょ。じゃあついてきて」

 しずしずと、けれどきびきびと動くその姿は、まさに『デキる女』って感じです!

 農家のおばちゃんやお姉さんたちとはまた違う、ちょびっとだけ都会の匂いのする働く女性像に、なんだかドキドキしてきちゃいました。

 こういうのって、本当に縁遠くなりましたもんねー。

「あんた、今はマリーン様の家に住み込みで働いているんだって?」

 え、ああ、今日はお話ししてくれるんですね。

 視線はまっすぐ前を見たまま、お姉さんはきびきびした声のまま世間話を始めます。

「働いているというよりも、お勉強させてもらっている感じです」

「ふーん、弟子って事になってるの。それはすごいわね」

「そうなんですか?あっ、でも、師匠がすごいのは知ってますよ!」

「……何言ってんだか。師匠がすごけりゃ、その師匠に見込まれたあんたはもっとすごいって事になるじゃないの」

「えーっと。そこは、師匠の見る目がすごいって事では?」

「なるほどね……じゃなくって」

 おお、お姉さんノリツッコミとかするんですか!そっちの方がすごいです!

「弟子っていうからには、マリーン様から色々と教わってるんでしょう?どんな事を勉強してんの?そうね……例えばで良いんだけど」

「そうはいっても……色々です。身近な植物の事とか、動物の事とか。国の成り立ちとか制度とかについても勉強してますし、どんな物に何が入っていて、どれとどう合わせるとこう変化して、どんな役に立つのか……とか」

「……さっぱりわかんないわ」

「あはは……ですよね」

 要するに、自然科学とか社会の事とか、なんですよね。

 読み解く為に文字や数学については学んでますけど、その分、文学とか芸術とかに関してはあまり触れてないです。

 ……もうずいぶん長く“読み物”に触れてない事に気づいて、ちょっと悲しい気分になりました。

 絵画も音楽も演劇も、勉強として習うことは無いと言っていいでしょうし。

 うーん……気づいてしまったなら仕方ないといいますか、ここ最近の生活で培われた『ないなら作っちゃえばいい精神』が準備運動始めた気がします。

 ここでも出来る事、何かありませんかね。


「でもそういうのが理解できるからこそ、目をかけていただいているんでしょうね。ジョセフ様もご兄弟の中では頭がいい方だけど、弟子というよりは相談に行くってだけみたいだし」

「あ、そういえばこの間も来てましたよ、ジョセフ様。本の内容について話が聞きたかったみたいで、私も一緒にお話しさせていただきました」

 幸いにも、師匠に習った話だったり日本にいた頃に勉強していた内容だったので、ちょっとだけ話に参加させていただいたのでした。

「ふうん。……ジョセフ様は、よく来るの?」

「そうでもないですよ?ひと月に3~4回くらいです。師匠が城に行く事の方が多いので、その時にお話し足りないと来る……みたいな感じです」

 で、お城に行った師匠は師匠で、帰ってきてから「こういう事を話したんだけど」って振ってくるので、勉強に気が抜けないっていう事情もあったりするんですねー。

 抜き打ち小テストとか、卑怯にもほどがあると思いませんか?

「むしろニコ……様の方が圧倒的に多いですよ」

「ああ。その話なら、城内でもよく聞くわ」

 ……噂になるレベルなんですか、ニコの通い癖は。

 一度ちゃんと言った方が、いいんですかね……。

「ニコ様とは、一緒にお勉強なさったりとかしないの?」

「どうでしょう?話を聞くくらいなら、する時もありますけど……」

 一緒に勉強するって感じではない気がします。

 学校を基準にして考えてしまうので、そう思うのかもしれませんが。

 そもそも、師匠が家にいるときにニコ達が来る方がまれ、といいますか。

 外出していて留守の時を狙って来ているとしか、思えないんですよねえ。

 会ったら会ったでお説教かお勉強だから、なるべく会いたくないんでしょうか?


「……じゃあさ、ご領主さまについてはどうなのよ」

「ご領主さま、ですか?」

 そうですね、ニコのお父様、くらいしか思い当たることはないですけど。

 ああでも、師匠について勉強しなさいっておっしゃったという事は、一応私に対して口を出せる立場だぞって表したんだと思っていいのでしょうか。

 つまり、後見人みたいな立ち位置というか?

 師匠と同じく保護者さん、なんですかね。ものすごーく広い意味で、ですけど。

「普段お会いすることもありませんし、やっぱり雲の上の人、って感じです」

 正直、そんな感想しか出てこないのですよ。

「ふうん?マリーン様と一緒にお会いしたりとか、ありそうだけど?」

「師匠はよくお城に行きますけど、私はお留守番している事が多いです」

「……ふーん」

 雑談によくありがちな軽い返事ですが、他人さまの事情なんてそんなもんでしょう。

 私は気にせず続けます。

「そうですね、ここのご領主さまはあまり上からこう、圧力みたいな「こうしろああしろ」ってうるさく言う人ではありませんし、私みたいなお城の外で畑仕事している人間にとっては、良いご領主さまなんじゃないでしょうか」

 こういう身分の厳しい世界だと、どうしても農民は厳しい生活を強いられることが多いようなイメージがありますし、それに比べたらまだ良い方なんでしょう。

 実際に義母や義父と共に暮らしていた時は、家族だけじゃなくご近所さんたちからもご領主さまに対する悪口は聞きませんでしたし。


「そうなの。……じゃあさ、例えばよ?例えば、この先ご領主以上にあんたを“買って”くれる人がいたとしたら……どうする?」

 そんな人、いるんですかね。

 今現在、師匠の家でご飯を食べさせてもらっている立場なのに、それを評価って。

 ここにきてからの自分の事を、少しだけ考えてから返事をします。

「……うーん、そうですね……。仕事できるほど何か専門的なことを知っているわけではないですし、今の生活も、師匠やご領主さまに助けてもらっているのだと理解しています。だから勝手に就職先探したりは、やっぱりできません。自分には判断できないことです。それに、もしそんな良い条件のお仕事が見つかれば、まず最初に師匠と相談しますね」

 きっぱりはっきりそう言えば、お姉さんは少し口ごもったみたいな言い方をしました

「……それは困るわね。いいわ、今のは気にしないで」

 何だかよくわからないですけど、今のはお姉さんなりに気を使ってくれたという事でしょうか?

 雑談といっても、私の周りについての事ばかりでしたし。

 お義兄さんとも仲がよさそうに見えましたし、もしかしたらその線で気にしてくれたのかもしれませんね。

 見た目は結構キツイ感じがしますけど、案外優しい人なのかもしれません。

「イライザです、アライスさんをお連れしました」

「入ってちょうだい」

「失礼します」

 少しだけほくほくした気分のまま、私はお姉さんの案内でお姫様たちのいる部屋に通されました。


「いらっしゃい、待っていたのよ」

 扉を開けばそこは、華やかな女性たちが集まる、まるでおとぎ話の中の世界のような場所でした。

 とはいっても、そこまできらびやかってわけでもないですが。

「無理を言って悪かったね」

「さあ、こちらへ」

「おいしいお菓子も用意させたのよ」

「自分の部屋だと思って、寛いでちょうだいな」

 ちょっと待ってください。

 いきなりたたみ掛けられて困惑します。

 自分の部屋みたいにくつろぐのは、さすがに無理がありますってば!

「思えばあの時以来よね」

「そうそう、貴女ったらお酒の1杯でひっくり返っちゃって」

「ええ、ニコが慌てていたわね。あれには後で笑わせてもらったものよ」

「ねえ、私の顔は覚えていて?」

 ですから、そんなにいっぺんに話しかけられても!

 戸惑う私を置き去りにしたままお茶の用意は着々と進み、出された素朴な焼き菓子をおしとやかに口にしながら、お姫さま方のおしゃべりは続きます。

 けれどそれも、よく考えたら私の事を気遣ってくれていたからみたいでした。

 旦那さんがどうした、馬小屋の仔馬がどうたら、そんな近況から過去の旦那さんの失敗談や愚痴まで飛び出してきて。

 気づけば私は笑っていて、さりげなく混ぜられた私への質問にも気負わず返す事が出来ていました。

 だから、こんな風に自分から質問する事も―――本来ならば許されない事でしょうが―――出来たのです。

「あの、皆様はどうして、この場に私を招いたのですか?」

 さくりとしたクッキーもどきを口にしながらふと尋ねたその質問に、お姫さま方はなぜか一気に盛り上がります。

「そりゃあ、ニコと貴女の話が聞きたかったからよ!」


 ええと、ニコと私の話を聞いてどの辺が楽しいのか、私には分からないんですが?

「あの、おかげさまで普通にお話しさせていただいております。あ、最近だとちょっとした実験にも付き合っていただいたりしてました」

 そう返すものの、どうにもいまいちピンと来ていない私に気づいたのか、お姫様たちは少し残念な様子で首を横に振ったりしています。

「実験って、なんだか男の子同士のお付き合いみたいではなくて?」

「まったくあの子ったら、何をやっているのかしら」

「確かに異国の顔立ちだけど、こうしてみると結構かわいく見えなくもないし、年頃の男の子と……って考える親もいるんじゃない?」

「それは……少しまずいわね」

 そして何やら唐突に始まったのは……作戦会議ですか?

 顔を突き合わせてヒソヒソしてます。

 悪い話ではなさそうですが、それ多分、私の話、ですよね?

「いっそ、こっちからけしかけてみる?」

「そうねえ、でも、彼女の気持ちが無いのにそれをやっても……」

「やはりニコのほうから、アプローチさせるべきではなくて?」

「こうなったら旦那さま方にも協力してもらって、早いとこあの子にきちんと自覚させなきゃいけませんわ!」

「何か、きっかけでもあればいいのだけど……」

 あの、ですから何の話でしょう?

 私を置いてきぼりにして進行する話についていけなくて、きっと今の私は、困った顔になってしまっているでしょう。

「きっかけというと……ダニエル様とマリア様の時のような?」

 きゃあっ、とお姫さま方が盛り上がってますけれど、すみません私、その話知らないんですが?

「いやね、恥ずかしい。思い出させないでちょうだい。ほら、彼女もついていけなくて困っているわよ」

 あ、やっと思い出してもらえたみたいです。

「あら、知らなかったの?」

「ここに来たのは最近のようですし、知らないのもおかしくはないですわね」

「保護していたのは、確かアマンダとベンの夫婦だったかしら?そうね、あの2人なら、そういった話にはあまり興味がなくてもおかしくはないわね」

 驚きました。

 ただの農家だった義理の両親の事まで、ご存じだったなんて。

 ああでも、だからこそここは上手く治められているのかもしれません。

 上の人がきちんと下々の民の事を把握してくれるというのは、こんなにも嬉しくて安心できるものなんですね。


「知らないのなら教えて差し上げるけれど、マリア様がこの地に来た頃にはね……」

「まあ、困るわ。勝手に教えないでちょうだい」

「そういうリズさまだって……」

 きゃあきゃあとはしゃぎながらも、なぜか暴露大会になってますよ?

 楽しそうだからいいんでしょうか。

 それにしても、ニコのご兄弟は皆様、奥方さまとくっつくまでにかなり紆余曲折あったみたいで。

 話を聞いているとまるで、どなたもが物語の主人公とヒロインでもおかしくなさそうですよ?

「やっぱり、障害があると愛は燃え上がるものよねえ」

「ねえ、そうは思わなくって?」

 唐突に意見を求められますが。

「ええと、そういうもの、かもしれないです。物語とかでもそういうの、ありますから」

「あら、貴女恋物語とか好きな方なの?」

「あー……いえ、恋のお話だと今一つ、です。どちらかといえば、主人公が悪者を倒したりとかの方が……」

 RPGの国で育ちましたからね、私。

 そう答えれば、お姫さま方はまたもや残念そうな顔をされました。

「駄目だわこれは」

「完全に男の子の思考よ」

 そういうわけでは、無いつもりですが。

「家族の愛ならわかりますし、友情も知っているつもりですが、恋愛は正直実感がわかないです」

 学校に通っていた頃にはそういう話もしてたはずなんですが、私自身にそういう感情は無かったですからね。

 正直にそう伝えれば、隣にいたマリア様に優しく頭をなでられました。

「あらあら、ネンネちゃんね」

 ……なんとなくは思っていましたけど、もしかして私は、お姫様のためのお人形なんじゃないでしょうか?

 少なくとも、恋を知る年頃の乙女としては見てもらえていない気がします……。


「障害で思い出したのですけど、せまる危険と言えば、何やら不穏な空気になっているのをご存じ?」

 そういえば、と話題を変えられたのはブリギット様。

「使者が来てましたわね」

 どこのとは言いませんでしたが、その話題はどうも微妙みたいで、お姫さま方の顔が一気に険しいものになります。

「あの、そんなに警戒するようなことなんですか?」

「……貴女には、教えてしまってもいいかしら。……今来ているのはね、アイルランドからの使者なのよ」

「えっ!?」

 思わず問い返してしまいました。

 だって、あの?ですか?

「対外的には、第3の同盟国の名を“かたって”はいたけれどね」

 それが確かなら、結構危ないんじゃないんでしょうか。

 ベアトリス様の言葉に、思わず口を挟んでしまいます。

「師匠も注意しろって言ってました。うちの場合は、師匠が過去に関連していたとかで」

 私の言葉に、お姫さま方も頷きを返します。

「そうだったわね」

「そのお話なら聞いたことがありますわ。当時は、こちらの方に大きな被害は無かったそうですけれど。……では、なおさら今後どうなるのか、わかりませんのね」

 ブリギット様はこちらにお嫁に来たのが最近みたいですし、師匠とイングランド、それにアイルランドの関係は、人に聞いただけしか知らないのかもしれないです。

「やはり……王女の件?」

「ええ。……噂は広まっているようよ」

「うわさ、ですか?」

 思わずまた聞き返しちゃいました。

 聞いてからはっとするんですけど、これ、後で怒られませんかね。

 けれど、どうやらそんな事を問題にしている場合ではなかったようです。


「……貴女の事がね、どこからか漏れているようなの」

「それは……」

 師匠との関係でしょうか?それとも、ご領主に初めてお会いした時のあれ……でしょうか?

「あの、私、本当に王女様とは関係ないんですけど……」

 戸惑うような声が出てしまいますが、お姫さま方は重苦しい表情のまま。

「ええ、もちろんよ。もちろんわたくしたちは知っているけれど、この領内でさえ、よく知らない人も多いの」

「……アライス、貴女はきっと、今後あまり表に出てはいけないと思う。何があるか分からないからね」

 その言葉に、私は頷きます。

 危ないと分かっていて、それでも外に出る理由がありませんからね。

 師匠にも気をつけるよう言われていますし、改めて肝に銘じておきましょう。

「わかりました」

「ニコにも、マメに様子を見るよう言っておくわね」

 何でそこでニコなんでしょうかと思わなくもありませんが、心配しなくても大丈夫だと思いますよ。

「言わなくてもよく顔を出してますから、会ったときにでも自分の方から頼んでおきます。それに多分、義兄も一緒に来ると思うので、それほど心配する事もないと思います。でも、ありがとうございました」

 心配して下さった事についてお礼も一緒に述べておくと、お姫さま方はなぜか顔を見合わせます。

「あらあら、これは思った以上に自覚ありかしら?」

「それともこれってもしかして、恋のさや当ての予感?」

 えーっとあの、その話題、まだ続いてたんですか?

 といいますか、さや当てって誰と誰の話です?





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