97話・カーヴァンズ公国。
―サキ=フォールランス=カムラ―
私は、あの人に追いつけない。
努力して、努力して、努力して……次に会うときは、私が、彼を守ってあげたいと思っていた。だが、私があの人に追いつく日はきっと来ないと、つい最近、知った。
私は二人の姫様と共に、椎川さんと奴井名さんにお世話になっていた。聞けば二人は、グルックと昔から知り合っていたらしい。話を聞く限りでは、私よりも付き合いが長いことになるらしい……む。
それはさておき、食料持参とはいえ、居候の身である以上、手伝いの一つや二つ手伝わせてもらっている私は、今日も洗濯物を物干し竿に掛けている途中だ。この屋敷は、警備も厳重で、私兵か国の兵かは分からないが、兵士も数十人駐在している。
「おつかれさまです」
一人の兵士が私にねぎらいの言葉を掛けてくれた。そんなもの不要だというのにわざわざご丁寧に……。
「いや、こちらとて居候の身、仕事をするのは当然です」
私はあの人とは違う。訓練を怠れば、当然体が鈍ってしまう。なので、ここに駐在している兵士に交じって、訓練をさせていただいている。それなので、ここの兵士達とは、顔見知りであるのだ。それで……
「いえ、私達の指南だけでも十分なはず……」
そう、知らぬ間に、指南役にされていた。
私は、努力しただけあって。十分なほどには強かったらしい。あの人が近くにいるせいで、最近は自信を失いかけていたのだが、その自信はこの国にいるうちに戻ってきた。それもまた、この国の兵士たちのお蔭だ。
「そんな、こちらこそ、訓練に参加させていただけるだけで……」
「いえ、カムラさんは、とても強く、我々では歯が立たない。そんな方が、指南してくれるというだけで光栄であります」
まぁ、ここまで褒められると、気恥ずかしくもあるのだが……
「それでお願いがあるのですが」
「なんでしょうか?」
「カムラさんの真の得物は、そのフォールランスの名の通り、槍と聞きます、今度その槍さばき見せてはいただけないでしょうか」
む……どこで、その話を……まさか、スミ姫様か……?
確かに、訓練中一度たりとも槍は手にしていない。もっぱら剣を使っていた。フォールランスは、そうそう見せられた技でもないし。槍という武器自体、本当に大事な時以外は持って戦うということはしないのだが……まぁ、お世話にもなっている事だし、一度くらいはいいか。
「はい、分かりました、では、いつごろにしますか? 一度だけですので、見たい方が出来るだけ集まれる時の方がいいかと……」
「そうですね……まぁ、考えておきます」
「そうですか」
私は、洗濯物を干しながら、彼の返事を待った。
その後、彼が考え続けているのか、無言の時が続き、洗濯物も最後の一着となったところで、返答が返って来た。
「今……というのは、いかがでしょうか……」
同時に、背後から微かな金属音が聞こえた。
(抜いた……)
きっと、私の後ろにいる兵士は剣を抜いた。つまり不意打ち……ふむ、これが曹駛の言っていた……
「槍はないが、少しだけ技を教えてやる」
私は、彼の後ろにいた。そして、背中をドンと押してやる。直後、彼は気絶して倒れた。彼の背中には、一枚の札が貼ってある。これは曹駛からこっそり渡されたものだ。強力な睡眠符らしい。
「おおっ、まさか、何時から気づいていたの?」
お次は、上から声が聞こえた。
顔を上げて見れば、塀に腰を掛ける女性が一人……
「気づいていた……とは?」
「ふふぅ……分かっているくせに」
女性は、小悪魔的に笑っている。
「それは、この兵士が操られていたことですか?」
「うん、そうだね」
女性は、軽々しくそう答える。
「そうですか……では、あなたが……」
「うん、そうだよ。いったいいつから気づいていた?」
「最初から……と言ったら嘘になります。まぁ、違和感は感じていましたが」
「へぇ……」
女性は、少々興味深そうにそう呟く。
「……同士討ちは、失敗か」
女性は、残念そうに呟いた。
「というか、この国の兵士で君に勝てそうなのはいないみたいだね」
女性は、またしても小悪魔的な笑みを見せた。
「それに、なぜか私の力も効かないと……なら、仕方ない」
女性は、小さくため息をついた。
「私が直々に、皆殺そう」
女性は……とてつもない殺気と威圧感を放っていた……




