96話・剣。
―レフィ=パーバド―
いくつもの剣の切っ先がこちらへ向けられている。迫ってくる氷の剣の切っ先に、死を感じた。
気づいたらもう既に手遅れだった。
目前まで迫る死に、私は対応できなかった。だから、死ぬんだ……
走馬灯という物は実際、存在するらしい。刃が物凄くゆっくり進んでくる。だからと言って体が動くわけでもなく、動いているのは私の脳だけ……いくつもの光景が浮かび上がってくる。思い出したくもない記憶まで……
燃える家、暗い牢獄、それに……未遂で終わり続けた、私の自殺。そうか、ここで、死ぬんだ……。まぁ、でも、仕方ないよね。自分で死ねないから、きっと運命が私を殺してくれようとしたのかもしれない。思い残すことは……曹駛の事かな。なんかあったかと言えば、ろくなことが無かったような気もするけど、ただ、その、3億分の働きは、まだやりきれていなかったかなぁ……なんて……
「安心しろ、貴様は死なん」
その声は誰の物だろうか、その男性の声と共に、氷の剣が砕け散った。
「まぁ、貴様は気にしなくていい、俺は、グルック……いや、曹駛と言った方がいいのか? 貴様らの前では。あいつに借りっぱなしは嫌なのでな、借りを返しに来ただけだ」
私を助けてくれた重装備の男は、どうやら曹駛の知り合いらしい。
「あなたは、誰?」
「気にするな」
後姿だけ見ても、誰なのか、分からないし全く見当もつかない。もし、前から見ても、分からないかもしれない。ただ、どこかで会ったような気がしないでもない。
「いやいや、気になるぜ、てめーは誰だ、つーかここは別次元じゃないのかよ」
今度は、巨大な本を手に持つ男が、そう尋ねた。
確かにそうである、麻理さんは別次元と言った、ならば、外からここには入ってこれないはず……あの男は一体?
「俺が何者かは置いておくとして、俺がここに入れたかどうかなんて簡単じゃないか、答えはNOだ。俺は最初からこの屋敷にいた」
この屋敷に最初からいた? それってどういう……
「はぁ、じゃあ、てめーは変態かなんかかよ、女の子の家に勝手に入って潜んでいるとかよ」
えっ……いや、助けてくれたのは有り難いけれど、それは……ちょっと……
「その答えもNOだ。お前は、随分と自分に興味が無いらしい。もう少し自分を知るといい」
重装備の男のその言葉を聞いて、少し安心した。ただ、何故忍び込んでいたのか分からない以上、少し不安ではあるが……
「なに?」
神父風の男は、少しイラついた声でそう返した。
「貴様が殺した人の数はいくらだ?」
重装備の男が、そう尋ねる。その言葉に感情はこもっていない。
「さてな、魔法の試し打ちで数えきれないくらい殺したからな、知らん」
イラつかせるためになのか、大して悪びれもせずに、神父風の男がそう言った。
「じゃあ、もう一つ質問だ……人を殺した人は、どういう扱いを受ける?」
だが、重装備の男はそれでも言葉に感情を込めることなく、淡々とそう質問した。
「……ふっ……ふふっ……はっ! はっはっはっはっはっ!」
イラついたかと思えば、軽いノリになり、今度は急に笑い始めた。感情の変化の激しい男だ。
「……そうだな、普通なら、罪人。まぁ、俺ほど人を殺せば……間違いなく死刑だ」
「そうだろう、なら、分かるだろ」
「いや、知らねぇな……だってよぉ、そりゃあ、普通の人間に限った話だぜ? おれは、普通の人間じゃねぇ、魔法使いだよぉっ! ただの人間風情が、俺に逆らうんじゃねぇ!」
「……ふんっ、知ったことでは無い。罪人は、それも死刑囚は、殺してもいいと思っていてな。まぁ、俺も今ではその罪人の死刑囚で間違いないのだろうが……それでも、お前を殺していい事には変わりないと思っている」
「ああ? つまり、お前は俺を追ってきた。そう言うことか?」
「ああ、本当は、確実に殺せるチャンスまで潜んでいるつもりだったのだがな……よく見れば、そこのエルフは、あいつの奴隷……いや、あいつは奴隷とは思っていないのだろうな、まぁ、言って、第二の家族みたいなものだと思っているのだろう。その第二の家族と、聞いた話、もう一人は実の家族らしいじゃないか。なら、もう仕方ないだろ、あいつには借りがある。それなら、返しておこうと思った。それだけだ……それに、ここで、このエルフを見殺しにしたら、またあいつに借りを作ることになると思ってな」
「確かにな、確かに、お前がその子を見殺しにして、俺を殺しに来ていたら、俺は確実にやられていただろうな。一人殺したと、油断していたしお前の存在にも気づかなかったからな。だが、もうその不意打ちは出来ないぞ、もう油断しないし、お前の存在も認識したからな。お前は、みすみす勝利のチャンスを逃したというわけだ」
「違うな、お前は不意打ちせずとも殺せると思ったからだっ!」
重装備の男は、一瞬で消え去り、瞬きをする間に神父風の男の前にいた。そして、巨大な両手剣を振り降ろした。
速い。速すぎる。あの装備で、あんなに動けるなんて……もしかして……あの装備はミスリル製なのだろうか? そうでなければ、有り得ない。いや、ミスリルだとしても、あそこまで速く動くには、相当努力しなければいけないはずだ、それにあの装備を作れるほど大量のミスリルなんて、用意するのにいくらするか分かったものではない。
「あっぶねぇなっ!」
間一髪、神父風の男はその剣を躱した。
「ふんっ! 次は叩き斬る……覚悟しろ」
重装備の男は、神父風の男に剣を向けながらそう言った。




