94話・魔法。
―レフィ=パーバド―
メアリーが玄関に向かってから、10分は経っただろうか。頭の中に声が響いた。
「レフィさん……大事な話があります」
それは、メアリーの声だった。
「あ、すいません、声は出さないでください、それに、何か念じても私は分かりませんから、会話することは出来ません。これは一方通行のテレパシーだと思ってください」
メアリーはどうも焦っているように感じる。
「今から、テンチェリィさんを裏口から屋敷の外へ、そして、レフィさんは……戦闘準備をしてから、こちらに来てください……出来るだけ早く……」
戦闘準備……ということは……どうやら、お客さんってわけではないようだ。
キスの方がいい。本当に。……そう思った。この場には、曹駛がいない。それにメアリーの焦り具合からして、その辺のごろつきや強盗ってわけでもなさそうだし……
私は、テンチェリィの部屋に向かった。そこでは、テンチェリィが寝ていた。
良かった、ここにテンチェリィがいないとしたら、屋敷中探さないといけなかったし。
「テンチェリィ、起きて……」
小声でそう呟きながら、ここでも藁の上で寝ているテンチェリィの肩を揺すった。
「む……あ、むぅ……」
完全に目が覚めたわけではないようだが、とりあえずは起きてくれた。
「ちょっと、付いてきて……静かにね……」
「な、なんですか?」
「なんでもいいから、早く、今は緊急時だから……」
「そういうなら、分かりましたです、黙ってついて行きますです」
テンチェリィは素直ないい子で良かった。ここで、訳をくわしく聞いて来ないのは、ありがたい。
私達は、玄関を迂回する形で裏口まで走った。
「じゃあ、テンチェリィ、私は行くから、早く逃げて……」
「……分かりました……です」
裏口の扉を閉めた。手には、お手製の杖。お金に物を言わせて、樹齢300年位の木とか、特殊な薬とかを買って作った、なかなかすごいものだ。
玄関に向かうと、そこには、メアリーと神父っぽい服装の男がいた。右手に持つ、その巨大な本は聖書だろうか。それにしても、大きい本だ。
「ああ、レフィさん、来てくださいましたか。この人は、宗教勧誘で来たらしいのですが、なかなかに、帰ってくれないものでして、困っていたところです」
と、困り顔でメアリーは言う。
本当に宗教勧誘に困っているだけのように見えるが……違うはずだ……。メアリーは、何か感じ取って、私に危険を知らせてきて、その上で協力を求めた。流石に、こんなふざけ方をする人ではないだろう。
「いやいや~、困っているって言われてもねぇ……まぁ、布教も仕事の一つだからなぁ……」
男はそう言った。
あっちもまた、ただ勧誘に失敗した、宗教関係の人にしか見えないが……やっぱり、違う。なぜなら……あの、大きい本……魔力が流れている。
「じゃあ、仕方ないか」
男はそう言って、本を開いた。
「プロミネンスフレア」
「させません、次元転移」
瞬間。男は灼熱の炎を放ってきた。メアリーは何か魔法を使ったようだが、何か変わった様子はない。失敗したのかもしれない。このままでは……
「風よ、何よりも強いその力で、我を守る盾となり、ここに現れよ」
小声で、早く、詠唱し、発動する。
「暴風の盾」
間一髪、風の盾で炎から身を守ることが出来たが……屋敷が……焼けて……
「偽物とはいえ、自分の家が焼けるのは気分がよろしくありませんわね……雨降らし……」
室内に雲が現れ、豪雨が降り注いだ。スプリンクラーなんて比じゃないくらいの勢いで、降り注ぐその雨は火を全て消し去った。
「レフィさん、御心配なさらずに……ここは、私の家のようで、そうではありませんから」
「それは? どういうことです」
「さっき、魔法を使ったでしょう、あれは次空間を移動する特殊な魔法です。そして、ここは、私が用意した、私の家そっくりの別の物ですから、心配いりません」
そんなすごい魔法……使えたんだ……。この兄弟は、とてつもない人たちだ……曹駛もそうだけど、麻理さんもまた……凄い……
「照る照る」
麻理さんがそう呟くと、雨は止んだ。
「おお、おお、おおお、よくもやってくれたもんだな」
男はやる気があるのかないのか分からない感じで、そう呟いた。
「おかげで、服がビショビショだ」
「あら、すいません」
「せめて。嬢ちゃんたちも濡れてくれれば、良かったんだがな」
私たちは、暴風の盾が上で雨を弾いてくれていたおかげで濡れていない。……それと、あの男の本も全く濡れていない。何らかの魔法で、防壁かなんかを張っているか、何かを纏わせているのかもしれない。
「まぁ、いいか、喰らえ、プロミネンスノヴァ」
今度は火球が飛んできた。それも、超巨大な……
火球は私の暴風の盾を軽く蹴散らし迫って来た。次の魔法詠唱は既に住んでいるが……止められる自信はない。
「風の城」
私が使える、最大級の防御魔法……な、はずなのに、火球はそれをないかのように突破してきた。
「はぁ……ごめんなさい……お兄様……」
麻理さんは、何かを諦めるかのようにそう呟いた……そして、何か決心した顔になった。
「同期……仮完了……よしっ……」
そして、右手を前に突出し、魔法を唱え……あたりが真っ暗になった。敵の仕業……いや、これは……何かで包まれているから暗くなったのだろう。つまり、これは、麻理さんが使った魔法……
「レフィさん、ご安心ください。この守りは破れないはずです……これは、私が使える最高ランクの魔法の内の一つ……天岩戸……なのですから……」




