92話・非人間。
―武元曹駛―
黒い球体は、崩れていく。そして、その中には、もちろん無傷の鷸がいた。
無傷。こっちは、結構ボロボロだっていうのに、無傷。
あの黒い物質は何だ? 全く傷がつかないどころか、爆弾化もしなかった。最後に崩れたのは、俺の攻撃というよりは、鷸自ら崩したような気がするし……あれは、なんなんだ?
「危なっかしいな」
鷸が、肩についた砂埃を払いながらそう言ってきたが、街中で岩の巨人だすのもなかなか危なっかしい気がする。まぁ、言わないけど。
それにしても、攻撃が届かない。万物爆弾化でも、ムスプルヘイムでも、駄目となると……さて、どうしたものか。
「さて、どうしたものか」
今の台詞は俺の物ではない。
その言葉は鷸の物だ。
「なにがだよ、それは俺の台詞だ」
「……台詞に持ち主というのは無いと思うが、まぁ、お前も分かっている通りだ」
「……決着の事か?」
「まぁ、大体そんな感じだ。このままだと、どっちにしても消耗戦だ。だが、その消耗戦自体、俺の得意な戦いだし、恐らくお前もそうだろう。まぁ、簡単に言えば……」
その先の言葉が予測できた。
そして、口に出していた。
「「決着がつかない」……だろう?」
……やっぱりか。
「その通りだ、決着がつかない」
「だからどうしたって言うんだ」
「……いや、どうかするわけではないが」
「じゃあ、やっぱり戦うしかないだろ」
「まぁな……ただ、せっかくだし、少しくらいは勝機を与えてもらいたいな」
「はぁ?」
鷸が意味不明な事を言い始めた。
勝機が欲しいって、そりゃ、戦ってるやつならだれでも欲しいだろ。俺も欲しい。おまえを倒さにゃならんし。
「なぁ……おまえ……お前が知っている土地で、本当に安全な場所はあるのか?」
「は? 何言ってんだ?」
本格的に意味不明だ。
「……まだわからないのか、いい加減変なところで頭が悪いのをどうにかしたらどうだ。……まぁ、ヒントを与えるなら、俺たちの組織の目的は、大まかに言えば統一だ、そんな組織がお前より地理に詳しくない訳はないだろう」
なんだ、そのムカつく回答。……でも……一つ……いや、信じたくないが……いやーな、推測が頭に浮かんできた……
「まぁ、もう答えが分かったような顔をしているし、答えを言うなら……俺は、要するに足止め第一、出来れば倒す。それだけだ」
「つまり……引き分けでもお前の勝ち……いや、負けても、時間を稼げればお前の勝ちって事か」
「まぁ……そうだ」
だが、それを俺に聞かせてどうする。そんなこと言うならば、俺は、一旦ここから出てそいつらの場所へ向かい、その後、また戻ってくればいいだけの話だろうに。
「で、だからどうしたんだ?」
俺は、そう言ってやった。実際、それは俺に情報を与えてくれただけだしな。
「ん? ああ、そうか、気づいていないか……なら……」
鷸の横に小さな光が現れ、その中から、ナマコが現れた。
サイズは普通。えっと、なんだ? あいつ。
その、あのナマコから殺気も何も感じない。なんというか、ただいるだけ。みたいな。
「なんだ、そいつ」
と、言っておくも、一応注意はしておく。油断させて襲うタイプの生物かもしれない。
「ああ、これか……これな……」
鷸はキョロキョロしたあと、その辺にその辺の石を拾い、ナマコを……つんつんしていた……
そして、そのナマコから……別に何も出てこなかったし、ナマコはなんか嫌そうにしているようにも見えた。
「あー、ちょっと待ってくれ、どこを押せばいいのか忘れた」
「押すってなんだよ」
「……先に説明だけしておくことにする。こいつは、特殊なナマコでな……えっと……名前は忘れたが、まぁ、なんか映し出す力がある。あと……陸上でも暮らせる。えっと、それくらい」
「なんだ、それ、大分アバウトだな。というか、アバウト過ぎて、よく分からん」
ナマコをむにむに、つんつん。むにむに、つんつん。
鷸は、ナマコの各所を突っつきまわしていた。
「ああ、押せた」
鷸がそう言った。そして、ナマコが光出して、ホログラムのようなものを映し出した。なんかって、ホログラムの事か……だが、それは一体、何を映し出しているんだ。
少し遠いのもの有って見づらいが、目を凝らしてよーく見ると……それは、交戦中のレフィの映像だった。は?
「まぁ、そう言うことだ、えっと、ちょっとまて」
「いや、お前が待て」
と、言うが、映像が切り替わる。そこでは、サキが戦っていた。
「だから、これは、どういう」
「見た通りの事だ、俺は、お前の相手をする。だが、お前の仲間は他の奴が相手をしている。それだけの話だ」
「はぁ?」
「もちろんリアルタイムだ。ああ、透も多分だ戦っているだろう。ただ、これ以上、ナマコを触りたくないし、戦っている様子は見せんが」
そう言って、鷸はナマコを光の中に戻した。
透が戦っているのは、分かっていたが……まさか、レフィ達まで巻き込まれているとは……
「そうか、ならっ!」
俺は、皮肉で礼でも言って、その場から去ろうとした。だが、出来なかった。
そう、次元転移が使えなかったのだ。
「ああ、やっと気づいたようだな」
「これは、お前の所為か」
「まぁ、あながち間違っちゃいない。少なくとも、決着がつかない限り、ここからは出られない。どうだ、お前の思惑通りだろ。この点だけがな……」
ちきしょう。罠にかけたつもりが、その罠は普通に見透かされていたって事か。
俺は、鷸に殴り掛かった。喰らえば体が溶解する、極炎の拳だ。だが、その拳は、黒い何かに止められた。それは、先ほどの黒い球を作っていたものだろう。
「これは、なんだ」
「これか? ああ、これな。まぁ、さっきの岩のでかい奴と同じ奴だ」
「なに?」
「これは、まぁ、岩とか鉱物を自由に操れる……生き物……みたいなやつがいるってはなしだ。だが、こいつは、他の奴らとは違う」
俺は一旦、鷸から距離を置く。
その直後に、その黒い物から無数に棘が飛び出た。あぶねぇ。自由にに操れるって聞いたから、まさかとは思ったけど、飛び退いて正解だった。それに、なぜか、あの物体は融解もしねぇし、ぶっ壊せもしないみたいだからな。あの場に居たら、間違いなく串刺しになっていた。まぁ、復活そのものは出来ても、もしかしたら、もしかしたらもある。
封印系の技には気を付けなければいけない。
「教えてやる、この物質は、賢者の石だ」
「は?」
「これは、正真正銘。最強の鉱石だ。鉱石自体にいろいろな能力が付加されている。そして、これは、持ち主以外のでは、壊すことはおろか、絶対に傷つけることも、形を変えることすらも出来ない」
……なんだと。そんなもの何故……
「こんなもの、何故俺が持っているか、と思っただろう」
「……ああ」
「まぁ、それに関しては、若干違うな。これの持ち主は、俺じゃない。こいつだ」
「こいつ?」
「ああ。さっきの岩の奴だ。それと、まぁ、その岩の奴はな……グノーメって言ったら、分かるか。まぁ、お前が憑依している、そいつと同類だ」
……精霊……だと……
鷸もまた、精霊を味方に付けているのか。
「まぁ、お前らほど仲は良くないから、完全憑依は出来ないが、十分だろう。こいつは、強いぞ」
鷸は、そう言って動かない。奴のさっきの言葉からすると、完全憑依はできないが、憑依そのものは出来るかのように言っていた。今はまだしていないが、それなら、厄介だぞ、この戦い。
仕掛けるにもカウンターで何かもらうのが怖い。だが、鷸はどうやら攻めてくるつもりはないらしく、その場を動かない。つまり、本格的に勝ちに来たって事か。レフィ達が戦っているということで、俺の焦りや動揺さそい、その隙を突いて倒すつもりなのだろう。
それなら、確かに、あいつから攻めてくる必要ななくなるし。守りに専念しているんだから、引き分けでも勝利となる、あいつの方に分がある。それに、あの精霊の力とあの賢者の石の力があれば、俺の攻撃から身を守るのもそうむずかしいことでは無いだろう。
俺は、確かに、人間離れした。そう、もう、人間ではない。人間では手に入らない力を手にしている。それと同時に、鷸もまた、人間ではないんだ。それを、実感した。
「ボルケーノボール」
近距離には近寄りたくない。だから、フレイムボールを俺なりにアレンジした、この技を放つ。まぁ、アレンジしたって言っても、温度を限界まで上げただけなんだがな。
それをいくつも飛ばす。だが、その火球群も鷸には届かない。それどころか、賢者の石にすら届かなかった。
なぜなら、賢者の石からも同じ火球群が現れて、俺のボルケーノボールを全て打ち消したからである。
「賢者の石は、一度見た魔法を全て使えるのでな。まぁ、今のは魔法ではないようだが、本質的には、同じ物らしいな。似たような技を魔法として覚えたようだ」
魔法記憶能力……そんなものまであるのか……つまり、魔法は使えない。それに、今のような、精霊の能力なども恐らく使えないということか……これは……本当に不味いぞ……恐らく、あの洞窟の中、白銀の竜と対面した時と同じくらい、いや、それ以上のピンチかもしれない。どちらにせよ、間違いなく、人生最大のピンチだ。
さて、本当にどうしたものかな……
鷸「……なまこ……やはり気持ち悪いな……」




