87話・元兵士は死ぬ。
―武元曹駛―
目を覚ます。えっと、確か、首がぽーんって……はっ!
目を真っ赤に腫らしたスミ姫が、俺の顔を覗いていた。
「そ、ソーシ王子……ほ、本当に生きていた……」
スミ姫はとうとう泣き出してしまった。
「そ、その、すいません、ちょっとしたいたずらのつもりだったのですが……」
「いたずらで人を殺さないでください、姫様」
姫様は、バツの悪そうな顔で俺達の事を見ている。
「本当に申し訳ありません」
姫様までも、泣きそうだ。ちなみに、俺を殺したサキは今、この部屋には居ない。あいつ、逃げたのか? 確かに少し収拾しづらい状況だけど、それを俺に丸投げするなよ。
「私は一応、曹駛様は大丈夫だと伝えたのですが、スミがなかなか信じてくれなくて」
「だ、だって、人は死んだら普通生き返れないんだよ、お姉ちゃんとソーシ王子とは違って」
「私は一度たりとも死んでおりませんが……」
「だって、生きていたじゃん」
「まぁ、死んでいなかったので」
姫様の両の瞼には、水滴が浮かんでいる。……そろそろ泣き出しそう。
「えっと、まぁ、スミ姫、俺は大丈夫ですので、心配しないでください」
「そうは言っても、お姉ちゃんは、王子の事殺そうとしたんだよ」
「本当に、すいません」
まぁ、実際は、殺そうとしたんじゃなくて、殺しちゃっているんだけど。死んじゃってるけど……まぁ、反省しているみたいだし、別にいいか……
「その、よく、レフィ様が同じような事をしていらっしゃるので……その、大丈夫かな……と思ってしまいまして」
……あいつの所為かぁぁぁ!
直接的にではないけどではないけど、俺、またレフィに殺されたのかっ!
確かに、あんなにレフィが俺を殺しているシーンを見たら、一回くらいはいいかな、とか、殺しても生き返るしいいかなって思っちゃうよな。うん。
くっそ、俺は一体何度あいつに殺されているのだろうか。
「そ、それよりも」
俺を殺してしまった事への罪悪感からか、姫様は少し遠慮がちにそう切り出した。
「曹駛様っ!」
「は、はいっ!」
一方俺は、さっき殺されているので、少し怯えながら、心に緊張感持ちつつ、返答を返した。
「その、曹駛様、スミの事は、『スミ姫』とお呼びなさるのに、なぜ、私の事は『姫様』なのですか?」
「え、いや、だから、特に理由は……」
本当に、特に理由はない。
「それなら……できれば、私の事も『コイチ』と呼んでいただきたいのですが……」
「え、ええ、分かりました姫様……あっ……」
うっかり間違ってしまった。姫様は怒っているのかぷんぷんと口で言いながら、両手で角を作って頭に付ける。
やっぱ、口で「ぷんぷん」って言うの流行っているのか? 俺も使えばいいのか? いや、でも、なんか俺がやってもキモイだけな気がしないでもない。
「えっと、すいません……コイチ姫」
「はい、それでよろしい」
一転、姫様はにこにこと笑顔見せる。
「まぁ、スミの裸の件についても尋ねたいところですが、これは、また今度にしましょう」
ああ、えっと、まだ曲解されていたんだ。というか、スミ姫も撤回しなかったんだ。
とりあえずは、まず一件落着したかもしれない。……してないかもしれない。
やっと、大広間が大広間になった気分だ。ところどころ血痕が残ってるけど。
飲み物で飲もうかなと、思ったが、そういや今満曳が取りにいっている所なんだっけ? なんて思っていると、屋敷中に満曳の声が響いた。
「わあああああああああああああ!」
一体、何事だろうか。
庭から聞こえたように感じられたので、俺達は急いで庭へ向かった。
そこには、満曳の叫び声を聞いて駆け付けたのか、サキがいた。
「あの中からだ……」
サキが指さすのは、大きな蔵だ。……ひどく見覚えがある。
「えっと、曹駛様……もしかして、原因って」
「ああ……うん、多分」
「そうだろうな、恐らく」
「ですよね……」
三人顔を合わせて、三人とも、ひょっとして……と、いった顔をした。
「ソーシ王子、どゆこと?」
ただ一人、事情を知らないスミ姫が、俺達にそう尋ねてきた。
俺たちは、もう一回顔を見合わせたあと、スミ姫と向き合った。
「えっと、スミ姫」
「うん、なに。あそこには何があるの?」
「ええっと……冷凍食材です……」
「うん、えっと、もう一回」
「冷凍食材」
「もう一回」
「冷凍食材」
「……王子……馬鹿にしている?」
「いえ、本当に、冷凍食材」
スミ姫は納得いってなさそうだったが、サキと姫さ……コイチ姫の言葉も加わって、なんとかわかってくれたようだ。
その後、冷凍食材の事に付いて詳しく説明したが、いまいち伝わっていなかったみたいだし、実際に見せることにした。
蔵の門は開けっ放しだったので、そのまま入らせてもらった。
冷凍食材の表面の熱伝導率は魔法によって完全に0になっているので、それらは解凍することもなく、冷気を放つこともないので、蔵の中の温度は日が当たらない分若干低いだけだ。
この大きな蔵の中……そこには、倒れている満曳と、超大量のバブルアイランド産の冷凍された食材があった。
「おーい、満曳―大丈夫かー」
気絶している、満曳の頬を数回ぺちんぺちん……目を覚ました満曳は、冷凍食材をみてまた叫んだ。その時、満曳の顔は俺の耳元にあったから、右耳の鼓膜が破れた。……マジで。
「そ、曹駛くん」
「………」
「曹駛くん」
「……」
「そ、曹駛くん?」
「…」
「 」
「」
いかん、完全に聞こえなくなった。理由は、満曳が、また叫んだから。おまえ、声でかいな。
まぁ、会話にならないのは困るから、一応魔法で直した。
「曹駛くん」
「お、なんだ」
「なんだ……じゃないよ、無視しないでよ」
「別に無視していたわけじゃないけど……まぁ、いいや、でなに?」
「ああ、まぁ、分かった、それは置いておくとして……曹駛くん……これは何っ!?」
これとは、冷凍された数々の肉やら魚やら草やらなんやらの事だろう。
「ああ、食材。長い間、コイチ姫とサキ……それと、今日からスミ姫もお世話になるから、せめて食費代わりの食材くらいは、と思って」
「だとしても、この量は何?」
「あー、まぁ、ちょっと、俺とサキがやらかしてな」
「何をっ!?」
「それは、どうでもいいだろ。まぁ、結構上手いものも多くあるから、良かったら一緒に食ってくれ」
「……はぁ……なんか、変わってないと思ったけど、大分変ったね、曹駛くん」
「そうか?」
「うん……少なくとも、昔は今ほど適当な人では無かったような気がするけど」
「いや、別に、今も適当ではないと思うけど」
「まぁ、本人は本人を言うほど知らないというし」
と、言って、満曳はため息をついた。
「いや、なんだ、その、俺が残念な人になったみたいなの」
「まぁ、気にしないで」
凄い気になる。
でも、まぁ、いいか。
「そうそう、話は変わるんだけど、で、曹駛くんは泊まっていくの?」
「いや、俺は、用事があるからな」
「そう……じゃあ、仕方ないか」
「えっ、ソーシ王子、行っちゃうの?」
「まぁ、用事が有りますから……えっと、そろそろ話してくれません?」
スミ姫は、俺の腕に抱き着いて離れようとしない。
またなんか泣きそうになっている。だから……とりあえず、頭を撫でてあげることにした。
「えっと、まぁ、大丈夫です。コイチ姫共々みんなの事、必ずに迎えに来ますから。もちろん、スミ姫の事も」
そういうと、スミ姫は……離れてくれた。代わりに、俺は腕から離れたその一瞬。気が緩んだ一瞬を狙われて、キスをされてしまった。スミ姫に……
姫というのは、みんな強引な物なのだろうか。コイチ姫も、なかなか、強引にキスまで持って言った気がするし……、まぁ、こっちはただ不意打ちだから、まだマシなほうなのかもしれないけど……状況がな……
周りのみんながこっちを見ている。
……逃げなきゃっ!
「じゃ、じゃあ、俺は行くよ、バイバイっ! みんな」
罵詈雑言を背に、俺はその場を去った。




