86話・お部屋の中は阿鼻叫喚。
―武元曹駛―
ここは、広間である。
そう、広間。「広」間である。
もっと言うなら、大広間だ。「大」「広」間だ。
ただ、その広間にいる俺は、随分と狭い場所にいる気がした。なんというか、肩身が狭いというか。周りの圧力というか。
「で、曹駛くん、説明してもらおうか」
満曳は笑顔でそう言った。
笑顔って、ここまで怖い物にもなるんだな……別の意味で怖い笑顔は見た事あるけど、あれは、笑い方と台詞に問題があったから……でも、満曳の笑顔は、普通の笑顔だし、台詞もいたって普通だ。じゃあ、一体なんでここまで怖いのだろうか……
それと、嘘は付けない。
満曳の目からは、紫色の光が溢れ出ている。こんな場面で使う物じゃ……
「何か、文句ある?」
「えっと、その、はい……ありません……」
そう、考えていることまで読み取られる。だから、隠し事はまずできない。何故なら、意図せず脳内の特定の情報を締め出すなんてことは出来ないからな……普通は……
「ねぇ、曹駛くん、僕ね、この目をもっとうまく使えるようになって、今では、本人が思い出せない記憶から、本人も気づかない深層心理まで、その人のありとあらゆる物を覗くことが出来るんだ……だから……」
嘘ついたら、殺すよ……まるでそう言ったかのように感じられた。
……正直に言おう。もうこれ以上何を考えても無駄だろうし。というか、そもそも隠すつもりなんかなかったし。
「えっと、まずは、紹介を……」
「あ、それはいいから、大体分かったし」
満曳の目から紫色の光が消えていく。
ここで、満曳がその目の力をやめたかというと、そうではないはずだ。なので、引き続き正直に話そう。
「えっと、事情の説明を……」
「ああ、それもいい、大体分かったから……」
じゃあ、一体何を話したら……
「まぁ、僕は大体分かったからもういいや。そう言う理由なら、仕方ないよね」
そう言って、満曳は部屋から出ていこうとした
どこに行くのだろうか。
「あー、ちょっと、お茶でも取ってくるよ、喉かわくでしょ」
俺の心を読んで、満曳は返し、襖で締め切られたこの部屋から出て行った。
「さて、曹駛様、説明していただきますよ。なぜ、スミがここにいるのです? なぜ、曹駛様はスミを連れてこられたのですか?」
姫様も、ニッコニコ笑顔が実に怖い。待って、流行ってるの? その笑顔。
「そのですね、俺がスミ姫を連れて来た理由は……」
「あ、待ってください」
説明をしようとしたところ、姫様に止められた。説明を求めているのではなかったのか。
「もう一つ質問が増えました。先にそっちの方を優先させてください」
「え、いや、でも」
「優先させてください……」
「あ……はい……」
これが、一国の長の圧力。とてつもない……なんという力だ……
「その、曹駛さまは、さっき、スミの事をスミ姫と呼びましたよね」
「は、はい、それが?」
「じゃあ、曹駛様は、私の事はいつもなんて呼んでおられますか?」
「え、そ、それは……姫様……」
「はい、そうですね……で、スミの事は?」
「スミ姫……」
「はい、じゃあ、私の事は?」
「ひ、姫様……」
……あ、なんかやばい。よく分からないけど、なんかやばい気がする。
「なぜですか?」
「え、えっと……何がです?」
「な ぜ で す か ?」
「あの……」
「な ぜ な の で す か ?」
「あ、その、こ、呼称の事ですか?」
「もちろんです……なぜ、スミの事は名前で呼んで、私は「姫様」とお呼びになるのです?」
「い、いや、そ、それは、その……」
なんて答えたものか……
その、実のところを言うと、これといって深い理由はなかったりする。
二人とも姫であることには変わりないのだが、姫様の事を「姫様」と呼んでいるうちに、それが俺の中で固定化してきたせいで、「姫様」といえば、コイチ=キ=フォルジェルド姫であるみたいなのが出来ていたのもあって、スミ姫のことを姫様と呼ぶわけにはいかなくなっていたから、フルネームで呼んでいたら、名前で呼んでほしい言われたので、そう呼んでいるだけである。
だから、どう説明したらいいものか。
なんて悩んでいると、左腕に柔らかい感触。見て見れば、スミ姫が俺の腕に抱き着いており、小さいながらも柔らかいその胸が当たっていた。押し付けられていた。
「お姉ちゃんには関係ないじゃん。ソーシ王子が、私の事をなんて呼ぼうとさ……」
スミ姫は、姫様にそう言ってから、あっかんべーをした。なんでまた、そんな挑発するような真似を……
「す、すすす、す、スミ……関係ないとはどういうことです?」
「だ~か~ら~、私とソーシ王子が、どんな関係だろうと関係ないじゃんって言っているの。分からない?」
「そ、そ、そ、曹駛王子ッ……お、王子、王子ってどういうことなんですか? そ、そ、曹駛様……」
俺は、影縫いかもしくは金縛りか、はたまた、重力操作をされたかのように、動けなくなっていた。それほどまでに、姫様の怒りのオーラがすさまじかったのだ。
「王子は王子だよ、ソーシ王子は、私が貰うの。私の王子様なの」
「い、いえ、違います。そ、曹駛様は、私の、私を守る兵士です」
「そうだとしても、私の王子には変わりないよ」
「か、変わりあります。あなたの王子にはなりません、なったとしても、そ、その、わ、私の王子ですっ!」
「そんな訳の分からないこと言わないでよ、お姉ちゃん」
「そ、それは、だ、だって、そ、曹駛様は私の裸を見られました」
「む~、その件はあとで詳しく聞くとして、それなら、私だって見られたよ」
「そ、曹駛様? どういうことなのでしょうか」
「そ、それはだな、じ、事故のよう……」
流石に不味いと思い、弁明しようとしたのだが……スミ姫にさせてもらえなかった。
おれの言葉が最期まで続くのよりも、スミ姫の台詞の方が早かった。
「決まっているじゃん。王子が私の事好きだからだよっ!」
ああ、本当になんてことを言い放ってくれるんだ。
姫様は、プルプル肩を震わせている。
悠久の沈黙は、姫様の一言で破られた。
「サキ、打ち首」
「はい、了解しました」
了解するな。そう思う間もなく。俺の首は宙を舞った。
おい、待て。なぜ戦いでもないところで死ななきゃいけないんだ……不死をいいことに死刑にしないでくれ……
消えかかる意識の中……姫様に恐怖しつつも、心の中では愚痴を吐いていた。
なんで、こうなったんだ、と……




