84話・その目は開かず。
―武元曹駛―
俺は、スミ姫を抱いたまま、空を歩いていた。
スミ姫は、現在俺の腕の中で眠っている。
攫った後、しばらくは元気に会話をしていたのだが、疲れたのか「おやすみなさい」と言い残して、眠ってしまったのだ。
「よし、まぁ、この辺でいいか」
俺は、ある程度城から離れたところで、足を止めた。
まずはこの町から出ることにしよう。っと、その前に、スミ姫の服装を何とかしないと……とりあえず、俺が今来ているTシャツでいいか。
この霧を展開した犯人である俺は、温度が下がることも見越して、重ね着してきたのだ。それが、まさかこんな場面で役に立つとはな……役に立ったのか……? 役にたったよな。
空気の塊の上にスミ姫を寝かせ、Tシャツを着せてやる。その際、裸を見ざるを得なかったけど、まぁ、仕方ないことだ。そう、仕方ないことだ。何も悪いことはしていない。
まぁ、スミ姫の背丈なら、俺のTシャツ一枚でも、膝まで隠れるし、きっと大丈夫だろう。
俺は、スミ姫を再び抱き上げて、詠唱して、魔法を使った。
「次元転移」
俺たちは、光りの中に包まれた。
視界は、光りで覆われる。そして、光りが消える頃、俺は、別の町にいた。
街中に転移したということに、少しヒヤッとした。
次元転移は、やはり普通の転異とは、勝手が違う。普通の転異と違って、転移先のオブジェクトと融合、転移先オブジェクトによつ排斥から生じる切断、もしくは霧散という現象は起きないのだが、何度やっても、指定座標から大分離れた場所にランダムで転移してしまうようだ。
座標がずれて、転移先に排斥不可なオブジェクトが存在する場所は選ばれないということは分かっているのだが、それでも、やっぱり狙い通りのところに転移できないと、肝が冷える。一回、転移に失敗したことが有って、あの時は岩の中に転移してしまい、質量差と体積差によって、排斥される側となった俺は、霧になって消えてしまった。その時は確か、復活するのに、一週間かかった。あんな思いは、もうごめんだし、今回はスミ姫を連れているからなおさら……
少し荒くなった呼吸を元に戻し、スミ姫を見た。
「スミ姫、スミ姫、起きてください……」
「スゥ……」
別の町に着いたので、起こそうと思い、呼びかけたが、どうやら起きそうにない。仕方ない、もう少しこのまま歩こうか。
といっても、やっぱり目立つな、これ。
いわゆる裸Tシャツと呼ばれる格好の少女をお姫様抱っこで運ぶ男性……目立つとかそういうレベルじゃないな。軽く犯罪臭が漂ってることだろう。
周りの視線が、肌に刺さり、小さくため息をついた。
その後、俺はしばらく歩いて、今は公園のような場所に着いた。
運よく、誰もいなかったのもあって、周りの目による精神ダメージは無くなった。
俺は、近くのベンチにスミ姫を横に寝かせて、その体を軽く揺す振った。
「スミ姫、起きてください……」
「スゥ……スゥ……」
綺麗に寝息を立てて、スミ姫は、目を瞑ったままだ。
「起きてくださいってば……」
「スゥ……スゥ……」
もう一度、スミ姫の体を揺すって、そう呼びかけるも目を開ける気配はない。
はてさて……
一体どうやったら目を開けてくれるんだ?
結論から言うと、スミ姫は寝ていない。
認めたくはないけど、そうでないと信じたいけど……多分、Tシャツを着せるために一旦、宙に寝かせたあたりから起きていた……本当に信じたくないけど……
あとで、なんか言われたら、俺は、反論できないだろう。なんせ、スミ姫が体を隠していたシーツを剥いだのは、俺だし。Tシャツを着せるためとはいえ、裸を見たのも俺の意志だし……というか、起きてたなら、せめて反応してほしかった。
で、なんで、スミ姫が起きていると分かったかと言えば……この不自然なまでに、綺麗な寝息だ……それに、なんというか、お姫様抱っこの関係上、その、手がお尻を撫でてしまうことがあるのだが、そのたびに、身体が反応している……
スミ姫が今寝たふりをしているのは、もしかして、俺が裸を見てしまったことに対して、怒っているからだろうか。だとしたら、本当に、どうしようもないんだけど。
とりあえず、どうしたら、目を開けてくれるんだろうか。スミ姫……
「スミ姫、どうやったら起きてくれるんですか?」
駄目元で尋ねてみた。
「むにゃむにゃ……目覚めのキス……スゥ……」
答えてくれた。
ただ、無理……
姫様……って、だからスミ姫も姫様だけど……とはもう、キスをしてしまっているけど、その上で、スミ姫ともキスとか、無理。
ごたごたとか、そう言うレベルじゃないし。というか、なんだよ、一国の姫をコンプリートッ!! って、アホかッ! 無理に決まっているだろ。俺が背負うには、もう既に重すぎるのに。これ以上背負ったら潰れ死ぬ……冗談じゃなくて、マジで……
「そ、その、他に手段は……」
「むにゃむにゃ……ない……スゥ……」
……一体どうしろと……
ここで、キスをしたら、俺はその責任を一生背負って行かないといけないだろう。姫様……何度も言うように、スミ姫も姫様なんだけども……とのキスは、あれはどっちかというと命令というか、しなければ、その後、何があるか分かったもんじゃないような状況だったけど、この場合、そこまでの強制力は無いから、このキスには、背負ったら潰れてしまうような、重すぎる責任が発生する。そして、その責任を負うのは、俺だ。
だから、キスは出来ない……
「本当に、他の方法は無いのでしょうか……」
「むにゃむにゃ……何も……ない……スゥ……」
えっと、どうしよう……
俺は、大きなため息をついた。
「あれ? 曹駛くん?」
これからどうしたものか、考えようとしたところ、やや高めの、中性的な声が聞こえた。
「やっぱり、曹駛くんだ。君も全く変わりないね……本当に……」
俺は、その声のする方を振り向いた。そこには……あの時と何も変わらぬ満曳が立っていた。




