82話・姫は攫うもの。
―武元曹駛―
少し休憩をして、俺達は、とりあえず窓から侵入した。そう、ガシャーン、ゴロゴロ……って、よくある感じで。
そして、その部屋は、姫の部屋であった。狙い通り。
ちなみに、こんなに大きな音を立てても誰も来ないのは、透が何とかしてくれているからだろう。
あと、透には急遽作った、お札的な何かを何枚か渡してある、あれがあれば、俺がいなくても、洗脳状態を解けるはずだし、もしもの事があっても大丈夫だ。
それと、この部屋の扉に、俺は少し魔法をかけさせてもらった。一応施錠魔法もあるのだが、非戦闘魔法を使って、疲労ではぁはぁしてたら、変態っぽくなるから、ここは戦闘魔法である、土の固定術を使って、扉をまるで一枚の岩のようにして開かなくした。
まぁ、これで、姫に逃げられることもないし、誰かに邪魔をされることもなく、確実に攫うことが出来る。
「えっと、その、どちらさま?」
スミ=キ=フォルジェルド姫は、恐る恐るそう尋ねてきた。
その声は、震えている。
俺は、立ち上がり、声のする方を見る。すると……
ベッドの上に、スミ=キ=フォルジェルド姫がいた。
濃い霧のせいで、太陽の光は弱く、部屋は薄暗い。そんな中、突然窓から人が入って来たら、誰でも怖いと思うだろう。ましてや、スミ=キ=フォルジェルド姫は、まだ幼い少女である。今、足を震わせているのも、なんらおかしなことではない。
暗くて良く見えないが、影武者ということもないだろう。この作戦を知るのは、俺と透だけだからな。多分、スミ=キ=フォルジェルド姫本人で間違いないだろう。
「俺は、お前を攫いに来た」
俺は、ここで嘘をつく必要もないので、そう言った。
一歩一歩、姫の方へ近づいていく。
姫は、ベッドに敷いてあるシーツを掴み、それで体を覆った。
怖いのだろうか、何かされると思い、それで身を隠したのだろうか。ああ、なんか、ちょっと悪いことしている気がしてきた。思えば、少女の部屋に窓を割って入るというのもいかがなものか。……まぁ、仕方ない。これは、仕方のないことなんだ。
「待ってください」
「嫌だ、待たない」
スミ=キ=フォルジェルド姫は、待ってと言うが、待ってもいられない。手短に済ませることに越したことはない。
「で、でも、私、まだ、心の準備が……」
「そんなもの必要ない」
後で、ちゃんと説明はするからな。別に、怖がらせるようなことをするつもりはない。そう伝えるために言ったはずだが、ちょっと別の意味で捉えられてそうだな。
それと、姫には一応やっておかないといけないことがあるな。
それはポケットから、紙を一枚取出し、姫に向けて投げた。その紙は、姫のおでこに当たり、くっ付いた。だが、何の反応もない。つまり、大丈夫ということだ。姫は操られてはいないようだ。
先ほど投げた紙こそ、洗脳解除のお札的な物である。これを作った理由は、二つあって、一つは、透が操られないようにするのと、俺がいなくても透が洗脳を解除させられるようにするためというのだが、もう一つ理由が、これだ。流石にスミ=キ=フォルジェルド姫を殴ることは出来ないからな。やっぱ、必要な物だと思って、急遽作ったのだ。
「こ、これは?」
スミ=キ=フォルジェルド姫が、おでこに張られたお札をペリッっと剥がして、そう言った。
「まぁ、おまじないのようなものだ、本当の気持ちを表に引っ張ってくるというか、なんというか」
と、俺は、嘘にならない程度に誤魔化した。洗脳とか言って、余計に不安がらせるわけにもいかないだろうしな。
「そ、その、私を攫うの?」
「ああ」
「どうしても、攫うの?」
「ああ、どうしてもだ」
スミ=キ=フォルジェルド姫は、少し俯いて何かを考える素振りをしてから、こう尋ねてきた。
「それは、あなたの意志?」
嘘をつく必要もない。
俺は、ただ「ああ」と一言だけ、答えた。
「そうですか、なら、私を攫ってください」
「攫ってください?」
スミ=キ=フォルジェルド姫は不可解な事を言い出した。攫ってください? とても姫が言うようなことでは無いが、もしかしたら、スミ=キ=フォルジェルド姫が自分の置かれた状況を知っていて、俺の意図を察したのなら……
「それは、お前の意志か?」
俺は、先ほど姫に尋ねられた言葉をそのまま返した。
「うん、私の意志です」
「そうか」
なら、いいか。さっさと攫って、さっさとおさらばすることにしよう。
「でも、その、少し待ってください」
「それは、さっき嫌だと言っただろ」
「で、でも……」
「俺は、いち早くお前を攫いたいからな」
俺は、スミ=キ=フォルジェルド姫をお姫様抱っこして、窓から外に出た。お姫様抱っこって、普通はやる方もやられる方も結構恥ずかしいけど、相手がリアルお姫様だし、今回に限っては別に恥ずかしい事じゃないよな。
そして、俺は、風魔法で、足場を作り、宙を歩きながら、城から離れることにした。
深い霧のお蔭で、下から上はほとんど見えないはずだ。
「スミ=キ=フォルジェルド姫」
俺は、名を呼んで、抱っこしているスミ=キ=フォルジェルド姫を見た。
「……はい、なんですか?」
スミ=キ=フォルジェルド姫は、もじもじしながら、そう言って……あれ?
今思えば、その、なんというか、えっと、手触りが……
それに、霧でシーツが濡れて透けて……肌……い……ろ……?
……今になって、先ほどの少し待ってという言葉の意味に気付いた。
えっと、その、スミ=キ=フォルジェルド姫……裸だったんだ。なぜ裸だったかは分からないし、考えないとするとして、えっと、急遽シーツで体を隠しただけだったのか……えっと、裸シーツ? あれ? 部屋に入ったら裸? あれれ? 似たような状況が……、いつだかにあったような…… 裸の姫様と同じ部屋? あれ、これも前にあったような……
いや、気のせいだ。えっと、そんな物語の主人公みたいな、ラッキースケベ、一生に一度あるかどうかなはずだし、そんな何回も起こるわけがないだろう。
「えっと、その、恥ずかしい」
「ああ、うん、ご、ごめん」
スミ=キ=フォルジェルド姫は、姫様……って、スミ姫も姫様だけど……と比べると、高貴な言葉遣いには感じられないのもあるし、その振る舞いや、なんというか、雰囲気も、姫という感じはしなかった。それは、今、この場だけなのか、いつもそうなのかは分からない。けど、俺からしたら、コイチ姫以上に、普通の、ごく普通の少女に見える。
俺は、下を見ないように、前だけを見て歩いた。
「えっと、悪い。まさか、その、シーツ一枚とは思わなくて」
「ううん、いいよ。別に」
顔を真っ赤に染めながら、スミ=キ=フォルジェルド姫はそう言った。
「その、急いでいたんでしょ……」
「あ、ああ」
俺は、しどろもどろになりつつも、なんとかそう言った。
「えっと、スミ=キ=フォルジェルド姫」
「スミって呼んで」
「えっ……」
「だから、スミって呼んでってば」
「あ、いや、あ、その……」
裸の少女を前にしているせいで、俺は、上手く口が回らない。えっと、緊張というか、なんというか、そういうやつで。
悩んだ末に、俺は……
「スミ姫……じゃ、駄目ですか?」
そう尋ねた。
「うーん……まぁ、いいよ、えっと……名前は?」
「名前? 名前……ああ、グルック=グブンリシ?」
「嘘は駄目」
あれ? 偽名だってばれた? ん? あれ?
まぁ、ばれたなら仕方ないか。というか、コイチ姫には知られているんだし、別にスミ姫に知られてもいいか。
「ああ、ごめん。その、俺は、武元曹駛。武元曹駛です。スミ姫」
「そっか、じゃあ、よろしくね、ソーシ王子っ!」
スミ姫は、笑顔で、元気よく、そう言った。
……っえ? 王子? 俺が? なんで?




