80話・舞台は第二ラウンド。
―武元曹駛―
俺は、操られていたであろう、男に蹴りを入れた。
ただ蹴りを入れた訳では無い。この蹴りには魔法解除の効果がある。
普通は足でやるもんじゃない。本当は手でこう、なんというか、ドンッって押す感じで使うように編み出したんだけど、今、俺に腕は無いので、足でやったらただの強烈な蹴りのようにしか見えなかった。こういう感じだ。
「ゲホッ! ゲホッ!」
蹴られた男が、血反吐を吐く。
大丈夫なのか? これ。
俺、やりすぎてないよな。
「お、俺は……あいつに……ゲホッ……」
血を吐き出しながらも、男は何かを伝えようとした。
「喋るな……死にたくないだろ」
それっぽい言葉を言ったつもりだったが、彼をこの状態にしたのは俺だ。
故に、俺がこの台詞を言うと、ただの脅しにしか聞こえない事に、気づいたのは口にした後だった。
「えっと、ちょっと待って。おーい、クリム」
「なーに」
俺の背中に張り付いて、己の腕力でしがみつく自力おんぶという、決して楽ではないであろう行為をしているクリムは、現在俺の肩をはもはも……いや、ぐちゃぐちゃと食事中だ。めっちゃ痛いけど、まぁ、我慢。
「なぁ、俺の腕治して」
「え、治していいの?」
目をキラキラさせている。ああ、治した後また食うつもりなのか。食うつもりなんだろ。そうなんだろ。
「あと、出来れば、この倒れている奴もお願いできる?」
「えー」
かなり嫌そう。
食えないからか。食えないからだな。そうなんだな。
下に降り、グーにした両手を上に上げ、口を膨らませ、ぷんぷんのポーズ(命名・シュツルーテル・クリム)。……ぷんぷんのポーズってなんだ?
ともかく、かなり嫌そうだ。
「治してくれたら、俺の腕治した後もう一回俺の腕食べていいよ」
「分かったっ!」
手のひら返し。
かなり早い。『食べていいよ』の『たべてい』のあたりで、もう『分かった』って言っていた。
どんだけ俺の事食いたいんだ。もう怖いよ。
マスコミもびっくりの速度で手のひら返しをしたクリムは、右手を俺に、左手を倒れている男に向け、回復魔法を使ってくれる。
俺も倒れている男も、一瞬で完治した。……ただし、俺は、一瞬で右手の親指が失われた。かなり短い付き合いだったな、今回の右手の親指。
それと、やっぱ人を食う人型って、なんか、見ていて怖い。特に、クリムに関しては、見た目は、ただの幼女だからなおさら。もしも、世界中の幼女が、カリバニズムだったら……ああ怖い。テンチェリィ怖い。笑顔で俺の事バクバク食ってきそう。
右からクリム。左からテンチェリィに食べられて、俺の体が消え去っていくイメージが脳に浮かんだ。俺の体の首から下がなくなったあたりで、なんとか脳に浮かんだイメージを消すことに成功。ああ、これ以上は考えたくない。なんか、夢に出てきそうで怖い。
なんて考えているうちに、もう右手は完全に食われ切っていた。まるで、殺気のイメージの中のクリムである。ああ、怖い。
「あ、ありがとうございます。え、えっと、そちらの方の右手は大丈夫なのですか?」
「大丈夫じゃないけど、大丈夫だから気にするな、それよりも、お前に何があった」
「あ、は、はい」
男は、クリムにびくびくしながらも、何があったかを話してくれた。
どうやら、俺の想像通り、あの女に操られていたらしい。
きっかけは、俺と同じく、依頼を受けたときらしい。
いくつか依頼を受け、そのうちの一つに老爀斎の調査が含まれていたらしい。
そして、今に至る。というわけだ。
なるほど、厄介だ。それに、今回は、どうやら直接ではなく、別の受付の人を操っているのだろう。俺とは違い、奴らは歳を取るはずだ。だから、いくらなんでも、この男が話したように、若い女性ということはないはずだ。
実際、透だって、もう初老のジジイだしな。
「おい、今失礼なこと考えなかったか?」
「失礼でもない、ジジイ」
「おいっ! 失礼に決まっているじゃろ! それ!」
まぁ、透の言葉は無視するとして。どうする。相手の場所が分からないし、俺の記憶なんか頼りにならない。なんせ、時が経ち過ぎているからな。
「おい、それと、まだジジイじゃない、まだ50歳じゃ!」
「うるさい、ジジイ」
「なんじゃ、儂と2歳しか違わないくせに」
「いやいや、身体は常に20代ってね」
「実年齢大差ないじゃろ!」
「まぁ……」
それを言われると。というか、歳に見られたくないなら、髭そったり、その白髪染めたり、何より、その言葉遣いどうにかすればいいのに。自業自得だ。
「で、お前が知っているのは、それだけか?」
透の相手していると、何時までも話が進まないので、更なる情報を求めた。
「いえ、今考えてみると、大した情報は持って無いんです」
だけど、それも俺の時と同じのようだ。
どんだけ用心深いんだ。くっそ。
まぁ、でも、今まで気づかなかったが、透を見て思った。
そう、あいつらも歳を取っているはずだ。だから、きっと体力は衰えているだろう。つまり、俺が有利な第2ラウンドだ。と、言っても、そう簡単にはいかないだろうけどな。
俺は、老人の騒音が脳に達さないように、聴覚をシャットダウンして、いつの間にか右肩にまで達していた痛みに気付いて、さっきのイメージがまた頭に浮かんでくることの内容に視覚と痛覚もシャットダウンして、これからの事を考えることにした。




