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俺、元兵士、奴隷買いました。  作者: 岩塩龍
第四章・俺、ですか?
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78話・ごめん、生きろ。

 ―武元曹駛―


 鷸には逃げられてしまった。

 俺が、もう少し注意深ければ、ちゃんと仕留めることだって出来たはずだ。土塊人形は一回見ているはずなのにも拘らず、全く気付かなかった。

 だが、今は己を卑下している暇はない。

 思い出せ、あのバスタード・ソードの形状を、構造を。

 ああ、さっきの一回でコツは掴んだ。詠唱はカットする。代償は、俺の命だ。それも、俺にとっては些細な事なんだろう。きっと。


転移(テレポート)……」


 視界が光に包まれ、その光が消える頃、目の前には焼け焦げた、四人が転がっていた。

 分かる。俺には、分かる。何故か分かる。みんなの体がどういう状態なのか、事細かに分かる。だから、知っている。知ってしまっている。

 もう、誰も助からない。

 木尾は他の皆を守って放たれた炎を多く浴びたのか、身体のあちこちが炭化しており、血がめぐっていない。何より、炎に包まれていた時間が長かったのか、肺が機能していない。

 満曳は、満曳で恩を守っていたのか、木尾と比べれば少ない方だが、放たれた炎を運悪く顔に浴びたらしく、満曳も肺が機能していない。

 そして、恩は、二人に守られていたからか、放たれた炎を直接浴びたりはしていないようだが、あの腕の怪我……それが大きかった。血が足りていない。このままだと失血死するだろう。だが、一番の問題はそこではない。よく見ると、こいつ、首を掻っ切られている。恐らく、鷸が立ち去る際に切りつけて行ったのだろう。

 それに、隊長さんに至っては、もう息絶えてしまっている。一目瞭然だ。二回焼かれたこともあり、全身が炭化している。

 俺は、吐きそうになるが、ぐっとこらえる。

 どうする?

 確かに、助からない。

 だけど、どうする。

 俺の頭の中には、こいつらを生き延びさせてしまう、ある一つの手段が出てきている。

 だが、それは、この先生きていける。というだけで、助かるというわけでは無い。それでも、こいつらが生きたいと言えば、俺は、そうすることが出来る。だが、そうでない場合、俺は、こいつらを生き続けさせてしまうことになる。

 俺は、どうする?

 迷う。そんな時間は無いのに。迷う。

 ああ、木尾は後2分。満曳は3分。恩は……あと30秒か……

 なぜか、分かる。なんで分かるのかは分からない、だが分かる。みんなの死のタイムリミットが。

 そうだ、覚悟を……決めないとな。

 俺は、独善者だ。それでいい。

 俺は、こいつらに、呪いをかける。そう。それでいいだろう。俺は、その覚悟を決める。後でどんな事を言われようが、構わない。俺がしたいからそうする。俺は、こいつらに生きていてほしい。

 さぁ、もう迷う時間もないようだ。

 俺の頭に浮かぶのは、俺の持っている、この能力(ふろうふし)の付与。と言っても、全く同じものを与えるのではなく、劣化版を付与する形にはなるのだが、俺には、その能力があるらしい。それに、そのやり方もなぜか知っている。知っているんだ。

 だから、俺は、こいつらを生かす。死なせない。隊長さんは……助けられないけど、でも、せめてこの三人だけでも、生かす。この、呪いのような、能力を付与し、化け物にすることで……

 俺は、倒れている三人に目を向けた。




 俺は、立っていた。

 ああ、記憶が無い。俺は、何をしたんだ?

 この三人を俺と同じ化け物にしようとした。そこまでは覚えている。だが、俺は一体何をした?

 先ほどまで知っていたはずの付与の手段、方法は既に頭の中には無かった。それどころか、俺が何をしたのかも覚えていない。ただ、分かることは一つ。

成功した。

 みんな生きている。息をしている。それに、みんな怪我が無かったかのように治っている。恩の腕。満曳の肩と顔。木尾の体の炭化していた所。全部、元通り、治っている。もう少し、早ければ、隊長さんも……

 木尾が、目を覚ます。


「ぐ、ぐるっく……俺は、おれは……生きているのか?」

「ああ……ごめん」

「な、なんで謝るんだよ」

「その話は、あとの二人が起きてからまとめてする」

「二人? つーことは……誰かが……」

「ああ……本当に、すまない。隊長さんは……間に合わなかった……」

「間に合わなかった? つまり、俺を治したのは、お前か?」

「ああ……すまない」


 俺と木尾の声で満曳と恩が目を覚ます。


「あ、あれ? 手が……」

「ぼ、僕も肩が……それに、息も出来る……」

「ごめん……本当に、ごめん……」

「そ、曹駛くん?」


 満曳は驚いた表情で、こちらを見てきている。


「その、俺は、みんなに、謝らなきゃいけない」


 みんなの体を勝手に人ならぬ物にしてしまったことを伝えなければいけない。

 俺は、付与の方法はどうやっても思い出せないが、みんなの体にどの程度俺の能力が付与されたかは、しっかりと分かる。


「みんなを回復させたのは、俺だが……」


 そこで、一旦言葉を切る。ここから先は、勇気がいるのだ。

 俺は、これから先の展開を予測して痛む胸に耐えながら、大きく深呼吸をする。


「すまない」

「な、なんで謝るのさ……」


 満曳が、そう言う。だけど、これは、謝らなければいけないことなんだ。


「先に大雑把に説明するが、みんなには、俺と同じ不老不死の能力を付与した。俺が、俺の独断で」

「お、お前、不老不死だったのかよ、というか、さっき椎川の坊ちゃん、お前の事曹駛って言ってたけど、おまえは、グルックじゃねぇのか?」


 ああ、そうか。木尾にはまずそこから説明しないと駄目か。


「悪い……今まで黙っていて、俺は、武元曹駛。そっちが本名だ。ただ、訳有って偽名を使っていた」

「いや、別にいいけどさ、まぁ、もうちょっと早く知っておきたかったぜ」


 と木尾は笑って返す。

 まだ、笑っていてくれるのか。

 ありがとう。俺は、心の中でそう呟いた。


「付与したと言っても、俺と全く同じと言う訳では無く、総じて劣化版のようなものだが、その、まず、みんなが歳を取ると言う事は無くなった。それと、致命傷を負っても、元となる体が残っていれば大丈夫になった。たとえば、失血しても、時間が経てば元に戻るし、腕が取れても、取れた腕が残っていればくっ付けられるし、残っていなくても時間が経てば元に戻る。首が落ちても体が残っていればくっ付けられる。ただ、身体が残っていないと、そのうち死ぬ。あと体が爆弾とかで木端微塵にされたり、全身を待っ黒焦げにされたりすれば、死ぬ。だが、心臓を刺されようが、脳を破壊されようが、身体の大部分が残っていれば、いずれ復活する。だから、お前らも今日から俺と同じ、化け物と言うわけだ……悪いな、だが、俺は……お前らに生きてほしかったから。少なくとも、今日明日くらいは……」


 俺は、深く、深く。頭を下げる。

 ああ、許されるとは思っていない。だけど、謝らずにはいられない。

 俺は死なない。だから、その分だけ殴られたり、切り刻まれても仕方ない。

 俺は、いずれ来るであろう衝撃や痛みに対して身構えた。

 だが、俺が受けた衝撃や痛みは予想よりもはるかに弱いものであった。


 ぽかり……まるでそんな音がしたかのようにも感じられた、弱々しい満曳のげんこつ一つ。

 それが、彼らから俺への唯一の攻撃だった。


「いいよ、別に……僕も、まだ死にたくなかったしね……」


 頭を上げて見れば、満曳は頬を掻きながら微笑をもらしていた。


「うん、みちひきくんの言うとおりだよ。私もまだ死にたくなかった」

「俺も同じだ。まだまだ、やり残したこともいっぱいあるしな。歳を取らないなら好都合」


 恩、木尾がそれぞれ笑いながらそう答える。

 いいのかよ。と、言う俺の心の声は、目を紫色に光らせる満曳には届いてしまっていたようだ。


「いいんだよ。別に……うん、心配しなくてもいい……僕たちは大丈夫、みんな大丈夫なんだよ。君も分かっているはずだよ……何においても生きていればこそだって、幸せだって、生きていなければ掴めない物なんだよ。……ねっ!」


 と、眩しい笑顔で笑う満曳の顔は、多分、俺が見た中でも最高の笑顔だったかもしれない。


「それに、もう……行くんでしょ……」

「ああ」


 どうやら、その目には隠し事が効かないらしい。こっそり立ち去ろうとしたのにな……


「その……ありがとう……色々と……」


 俺は、三人があまりにも眩しくて見ていられなくなったので、顔を逸らし、そう言った。

 そして、後ろを振り向く。


「もう、行くの?」


 満曳が、そう声を掛けてくる。

 まるで、引き留めるかのように。まぁ、俺の思い過ごしかもしれないけどな。

 だけど、俺は、


「ああ」


 そう言って、振り向くこともなく、右手を小さく上に挙げた。


「またな」


 と、小さく呟く。聞こえないように。ただ、満曳には、やっぱり聞こえていた、いや、視えていたようだ。


「うん、また、絶対に会おう。いつか、また」


 満曳の声が、聞こえた。

 ああ、また会おう。いつか。











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