68話・死、ですか。
―武元曹駛―
とは言ったものの、これは、なかなか、きついな。
滴る血液が、足元の砂利に浸みて、赤黒く染めていく。
正直立っているだけでも、結構つらい。今にも地面に突っ伏しそうだ。
「つらそうだね、ささっと楽にしてあげたいところだけど、念には念を入れて、もう少し痛めつけさせてもらうよ」
満曳は足元から何か……いや、あれは小石……を拾い、こちらに投げつけてきた。それも、俺の胴めがけてな。
俺の体には穴が二つ開けられている。胸部の方は、まだしも、腹部の方は、ナイフを無理やり引っこ抜かれたときに大分切り裂かれて、大穴が開けられているからな……その攻撃は随分とエグいものになるぞ……ッ……
俺は、飛んできた4つの小石を少しオーバーリアクションになってしまったが、横に飛び、躱す。躱したのはいいが、痛みからか、上手く着地できずうつ伏せで地面に着き……ザッッッッ……飛んだ際の勢いを殺すことが全くできず、そのまま20センチくらい砂利の上を滑ってしまう。
クソッ……結果的に、投げられた小石を受けるよりも大ダメージを食らってしまった。
ちなみに、オーバーな躱し方になってしまったのも、このダメージの所為だ……最初は、いつものように軽く横にサッっと躱すつもりだったのだが、激痛が走り、思った以上に脚部に力を入れてしまったのだ。
くっそ、今の回避で内臓がいくつか潰れたかもしれない。それに、体内に小石が入って来た……。くっそ、や、やべぇ、た、立てねぇ……。
立てない……だと……くっそ、このままだと……死ぬ……死んじまう……
俺は……死ねない……
残った力を全て振り絞って、な、なんとか……た、立てたぞ……
たが、これは、この状況は、どうしたら……いいんだ……?
立てたのはいいが、本当に立っているのがやっとだ……これ以上、動ける気がしない……
せ、せめて……拘束くらい、な、なんとか……出来ないか……?
残念ながら、俺には、今、そんなことをする体力も……魔法も……ない……
だから、いま、作る。拘束可能な魔法を……
属性……
炎……論外だ、俺にそんな技術は無い。
水……不可能ではないが……俺の使う魔法じゃ、きっと拘束力がいまいちだ……出来ても粘度の高いコロイドを出すのが関の山だ。
土……これも、俺には無理だ……足だけならまだしも、全身拘束は無理だ。それに、もしできたとして、俺が死んだらきっとその拘束も解けてしまう……それじゃあ、駄目なんだ。俺が死んでも、満曳が動けない……そんな状況を作らなければ……
なら……仕方ない。満曳の体に少しダメージを与えることになるが……雷魔法だ……スタンガンでバチッてやるように……全身を麻痺させてしまえば……満曳には、悪いが……そろそろタイムオーバーが近いんでな……少し荒っぽいことをさせてもらうぞ。
「へぇ、まだ立てるんだ……凄いね……」
「そうだろ……」と、言いたいが、声が出ない、息をするのもままならない。
「うん、言いたいことはちゃんと伝わってるよ、で、君はこのまま放置してもいいんだけど……そうだね……頭と胴体を切り離せば、回復まで少しは時間が掛かるかなぁ……」
嘘だな……お前の目。元に戻っているぜ。普通の黒目にな。
というか、そうでなきゃ、作戦なんか考えたりしねぇよ。
あの時、オーバーな回避をしてしまったのには、もう一つ理由がある。
ああ、そう、あいつが何かを拾った時、何を拾ったかを判断するのに時間が掛かったからだ。そして、それにも理由がある。
それは、満曳の目を見ていたからだ。
その力……本当に極々限られら時間しか使えないようだな。
最初に俺の腹にナイフを刺していた時からその力を使っていたようだが、その目から出る紫色の光は時間が経つにつれだんだんと弱くなっていっていた。そして、満曳が石を拾ったその時に完全に消えた。きっと、石を拾っていると言う事に気を取らせて、その力がもう使えないことを隠そうとしたのだろうが、残念だが、それには気づいているぜ。
まぁ、結果的に目に気を取られ大ダメージを受けたから、大差ないんだが……
「じゃあ、君の首……切り落とすね」
満曳が、ナイフを俺の首にあて、もう片方の空いている手で俺の頭を押さえた。
ああ、今がチャンスだ。電気を流す。俺の体の表面を伝うように……
喰らえっ……電覇気
バチッ……
こ、これで……
満曳は、電流が流れたことに反応して後ろに飛び退いていた。
だが……た、立っている……
ど、どういうことだ。
「どういうもこういうもないよ、と言うか、目がもう光ってないからって能力が終わったわけじゃないからね……まぁ、何より……君の電流弱すぎ。少しバチッと来たくらいで、冬場の静電気くらいの威力しかなかったよ」
な、なに……た、確かに、全く手加減してないかと言えば、嘘になるが……それでも、気絶させるくらいの力は出したはずだ……それなのに、なぜ……
それに、その力、まだ残っていたのか……
「もちろん、この目の力はまだ残っていたよ。というか、本調子だね。この目は、開始数分は光ってしまうから、使っているのがばれやすいんだが、目が光っている間は実はピントを合わせているようなものでね。本来の力は完全に光が消えてからなんだ。それと、君の魔法の件だけど……多分、魔力切れだね、残念。格好悪いよ、そ・う・し」
と、くすくす笑いながら満曳はそう言う。
そして、一歩、また一歩とこちらに歩いてくる。
ああそうか、第一回戦は……俺の負けか。じゃあ、覚悟……決めないとな……
満曳を倒す。その覚悟を……
俺は、両の瞼をそっと閉じた。
意識が朦朧としていたのもあってか、満曳の足音が聞こえない。。
後は、首を襲う鋭い痛覚を待つのみだ。あのナイフ切れ味悪そうだったしな。すげぇ痛いんだろうな。
一秒。二秒。三秒。
十秒。
二十秒。
いつになって、その痛みは来なかった。もしや、俺は、もう死んだのか?
閉じた瞼は酷く重くなっており、開けるのに一苦労したが、なんとか視界を取り戻す。
そして、その俺の目に映ったのは、脚を土魔法で固められ動けなくなっている満曳だった。
満曳が足音が聞こえなかったのは、俺の聴覚の所為じゃない。実際に歩いていなかったんだ。
その満曳を足を縛るその魔法は、見覚えがある。
それは、俺が、断鬼さんの一撃を躱そうとした時にみた。それの所為で俺は断鬼さんの一撃を躱すことが出来ず、死んでしまった。
そして、その魔法の使い主は……俺は、割れたガラス片の飛び散っているであろう二階のベランダを仰ぎ見た。
そこには、杖を構えた、恩が立っていた。
そうか……
ごめん……
ありがとう……
しかしながら、俺の体は限界だった。
その戦いのその後の記憶は無い。




