7話・現兵士、会いました。
20150318:編集しました。
―武元曹駛―
「おい、お前、立ち止まれ」
俺は、街を巡回しているのであろう兵士に後ろから声を掛けられるが、元兵士だったので、それに反応するだけ面倒なのを知っている俺は、まるでそれに気付いていないかのように無視して、レフィと会話しつつ歩いていた。
「おい、お前だ、お前、止まれ」
しつこいな。そっちだって、いろいろ面倒だろうし、放っておいてくれ。別に何かしたわけじゃないだろう。
レフィが後ろを振り向こうとしたのを察知した俺は、不自然に見えないようにレフィの肩を抱くようにして正面を向かせ、そっと耳打ちした。
「振り向くな、自然体でいろ、絡まれるといろいろ面倒だからな」
まぁ、どうせ、職質のようなものなんだろうな。まぁ、あれは、「おい、お前」と無差別で声を掛けて、おかしな挙動を見せたらしっかり取り調べをする。そうでなかったら、適当にいくつか質問して「人違いだった、すまない」と軽く謝って終わるし、無視しても、おかしな挙動さえ見せなければ普通にスルーされたりする、まぁ、一種の誘導尋問のようなものだ。
まぁ、元兵士だったから知っている事だ。まぁ、街の人でも知っている人は知っているから、笑顔で会釈して過ぎ去る人もたまにはいるんだけど。
だから、まぁ、ここは無視して歩いていったほうがお互い楽でいいだろう。
「だから、止まれと言っているだろう、聞こえないのか」
ああ、もうしつこいな。どんだけしつこいんだよ。真面目かよ。
三度声を掛けられたが、それでもなお無視して歩いていると、ついには肩を叩かれた。
「お前だと言っているだろう」
面倒くさいな、もう。本当に真面目だな。少しくらいラフになれよ。
お前は、変わらんな。
「なんだよ、なんか用か? ミット」
まぁ、うん。知り合いだ。
面倒だし、無視しておけばいいと思ったが、生真面目なミットだしな。仕方ないか。
「用が無ければ、同期の元友人に話しかけてはいけないのか?」
同期の元友人ね。
同期ねぇ、まぁ、同期だろうな。そして、元・友人か。元か……まぁ、そうなんだろうな。あの時も友人かどうかと言ったら怪しかったけど、こいつから元って付けたということは、俺達は、まぁ、ただの知り合いなんだろうな。俺からしたら、あの時となんら関係性は変わっちゃいないが。
「んで、なんか用か?」
「ああ、職質だ」
「はぁ……なんもしちゃいねぇよ、というかする理由もない」
「理由が無くてもするやつはいくらでもいるからな」
「知らねぇよ、で、なんだ? やるならさっさとしてくれ」
面倒だけど、仕方ないか。本当に、仕方ないな。
ミットだし。まぁ、いいか。本当に仕方ないんだろうな。これ。ミットだし。ミットだし。大事な事だから。うん。
「そいつは、お前の彼女か?」
「いや、違うが……そんなこと聞いてどうする、というか、嫉妬しているのか?」
だとしたら少しはラフになったとは思うが、そんなことは無いんだろうな。
というか、職質でする質問でもないと思うし、やっぱり少しはラフになったのか?
「そんなことは無い、俺は、別にお慕いするお方がいるからな」
「あっそ、まぁ、違うよ、こいつは俺の奴隷だ」
こいつ、好きな人いたんだ。へぇ。この堅物が、ねぇ。色恋沙汰とは無縁だ、とまで言っていたこいつが、ねぇ。へぇ。
「そうか」
「ああ、それだけか?」
「………」
無視ですかい。そうですかい。まぁ、こっちもさっきは無視したからどっこいどっこいかもしれんが、それは無いんじゃないですかい? というか、黙る意味も分からんけど。
「グルック」
おお、懐かしい名前だな、と言っても、ひと月前の職場では、ずっと、そう呼ばれてたけど、なんか懐かしいな。最近は、名前なんかレフィくらいにしか呼ばれないし、そのレフィにも「曹駛」としか呼ばれないし。というか、良く考えたら奴隷に呼び捨てにされるってどうなんだろうな。俺は主人に向いてないのかもしれんな。
レフィは、グルックが俺の偽名であることに気付いていないようで、キョロキョロと辺りを見渡している。まぁ、その辺も後で説明しておこう。そういう行動されると、もしかしたら偽名がばれるかもしれないし。
「はいはい、なんだ、ミット」
「失望したぞ……」
「は?」
瞬間、俺の腹に激痛が走る。
別にさっき食べたソードバードのせいではない。出来ればそうであって欲しかったがな……
この痛みの原因は……ミットの所為だ。正確には、ミットに握られている、護身用兼装飾の剣の所為だ。
痛いな。こんな痛み久しぶりだ。
「何のつもりだ? 一般人だぜ……俺は……」
血を吐きつつも、そう言う。レフィは、急な事態に慌てふためいている。
「ふんっ……死ね……」
死ねとは、また荒っぽいな。おいおい、本当にどういうつもりなんだ? こいつ。
「ああ、レフィ、えっと、逃げろ……じゃなくて、まぁ、その、気を付けろ」
「レフィ……と、いうのか、まぁ、心配しなくてもいい。用があるのは、こいつだけだ、だが、まぁ、離れておけ」
そう言いつつ、ミットは俺の腹に刺さっていた剣を横に薙いだ。後ろに飛び退いたものの……こりゃ、アウトだ。内臓をいくつか引き裂かれたし、持ってかれた。
周りから悲鳴一つ上げがらない。えっと、良く見て見れば、周りに誰もいない。ああ、俺も大分鈍ったものだな。いや、本当に。レフィの首輪、外れちゃうな。さぁ、どうしたものか。
レフィが十分離れたのを確認したミットが、剣を構える。
「さっさと死んでおけば、楽だったものを……」
「いや……そんな所……斬られても……人間すぐには……死んだりしねぇし……変わんねぇだろ……」
まぁ、頑張って声を出して、冷静に突っ込んでみたものの、声が届いていたかどうか。
「さっさと死ねっ!」
今度は、袈裟切り。本当に殺す気かよ。というか、俺なんかしたわけでもないし。許されんのかよ、こんなことして。
まぁ、抵抗もせずに切られるつもりはない。
バックステップをしてそれを回避する。
まぁ、斬られたけど。普通に斬られた。
さて、武器はどうするかな。というか、どうやって戦うかな。この体で……
とりあえず、俺の後ろの武器屋さんから、素槍の一本でも拝借するかな。
ミットが放つ突きをかろうじて……躱し損ねた俺は、後ろに走ろうとした。
こけた。
ずっこけた。
しかたないだろ、脚に力が入らなかったんだ。これは、こけたというより、倒れたという表現の方が正しいくらいなんだから仕方ないだろ。
「終わりだ」
ミットが剣を振り上げる。
うーん、死んだな。あーあ、死んだか。そうか。やだなー。
掲げられた剣に反射した太陽光が眩しい。
うーん、あっけなかったな。せっかく第二の人生を歩もうとしたのにな。
俺は、瞼を閉じようとした。俺の視界が急に暗くなる。
影だ。俺は影の中に入った。
「やめてっ!」
そう、レフィが俺を守るように両手を広げてミットの前に立ちはだかったのだ。だが、それは、駄目だ。それは、お前が死ぬからな。俺が死ぬのはまぁ、いいんだけど。お前が死ぬ理由は無いだろ。
ミットの剣はもう止まらないだろ。今更、そこに立たれても、困るんだけど。まぁ、仕方ないか。というか、俺の事守ろうとしてくれるんだな。それだけで十分。
死ぬには十分だ。
俺は立ち上がり、レフィの服を掴み後ろに放り投げた。
文字通り、放り投げた。怪我はしないでほしいけど、たとえしたとして斬られるよりはいいだろ。
レフィが先ほどまで立っていたところに、俺は立ち、切られた。
躱す努力はした。そして、躱せた。
けど、それは躱せないな。
ミットは振り降ろす剣を途中で止めて、突きを繰り出したのだ。
血が飛び散る。
俺の胸は、貫かれていた。
ぐしゃり……俺は、地面に崩れ落ちた。
レフィが駆け寄って来る。
良かった、走れると言うことは、投げられた衝撃はそこまででもなかったみたいだな。
レフィが、俺のすぐ近くに座り、俺の頭を膝の上に乗っけてくれた。
美少女に膝枕されて死ねるのか。悪くねぇ。むしろ、最高なんじゃないのか。死ぬには十分すぎるぜ。
「ね、ねぇ、ねぇっ!」
レフィは、叫んでいるようだが……どうにも小さく聞こえる。
「な、なん……だよ……らしくねぇ……」
俺の血とはまた違う、水滴が上から落ちてくる。
レフィが、泣いている。
ボロボロと、大粒の涙を落として、泣いている。
本当にらしくねぇ。そういう可愛い仕草は、もっと早く見せてくれよ。
「なんで、なんで、死にそうなのよ……」
強気な姿勢はそのままか。そこは、レフィらしいけど、そう涙を落としながら言われても、いつものお前らしくはないぞ。
「別に、いいだろ……お前にとっては……」
「良くない……良くないわよ……だ、だって……」
だって……ねぇ……
本当に、もう少し早くそうしてほしかったかな。今のレフィをもっと早く見れたらな。
「だって……その、服が……汚れちゃうじゃない……」
……いや、やっぱりレフィらしいか。
そこで、服が汚れる……か……
今のレフィは、レフィらしいんだが、らしくないんだか……
「また……買って……やるから……心配するな……」
「だ、だって、もう、死にかけじゃない……どうやって買うのよ、服を買ってくれるなら、死なないでよ」
「ああ、まぁ、死なないさ」
嘘だけどな。
死ぬ。俺は、助からない。
俺は、重い瞼を閉じた。
「ねぇ……ねぇってばっ!」
もうほとんど聞こえないな。レフィの声。
暗く深く沈んでいく意識の中……カチャリ……首輪が外れる音が聞こえた……そんな気がした……
―レフィ=パーバド―
目の前で、また人が死のうとしている。
私は、まだ、何も言っていない。
私は、両手を広げ曹駛を守るようにその剣をこの身で受けようとした。
けど、気づけば、私は投げ飛ばされていた。その、守ろうとした人に……
守られたのだ。守るつもりが……守られた。
私は、その人が、振り降ろされた剣を躱すのを見た。そこで、私は安心して、目を閉じた。閉じた瞬間、音がした。いやな、いやな音がした。
私の顔にいくつかの水滴が掛かった。目を、開けたくなかった。
でも、開きかかった目は、完全に開いてしまった。
剣の切っ先が見えた。
彼は、貫かれていた。
剣の切っ先が見えなくなると同時に、彼は地面に倒れた。
私は、立ち上がり、急いで、彼の元へ駆け寄った。
もう長く持たない。私でも分かるくらいに。
必死に呼びかける。彼は、口を開けた。
「な、なん……だよ……らしくねぇ……」
らしくない。そうかもしれない。いつも曹駛に見せている私からしたら……けど、本当は、こっちが私。こっちの方が私らしい。私にとっては……
泣き虫で、弱くて、臆病で、何もできない。
また、何も出来なかった。守られて泣いているだけで、何も出来なかった。
ぽたり、ぽたり、私の目から涙がこぼれ落ちる。
「なんで、なんで、死にそうなのよ……」
何とか虚勢を張り、出来るだけ、いつもの口調を作る努力をした。
そうすれば、少しは、曹駛もいつもに近づくかもしれない。
こんな時だけど、虚勢だけは、見栄だけは……これは、彼の思う私らしいなのかもしれない。
「別に、いいだろ……お前にとっては……」
死にそうな、かすれた声で、曹駛はそう言う。
その目は、私を捉えているとは思えない。
「良くない……」
良くないに決まっている。
「良くないわよ……だ、だって……」
だって……その先が、出てこない。こんな時なのに。
やっぱり、彼の言う私らしさが、本当の私らしさなのだろうか。
私は、彼の事を……
彼は、優しかった。ただ、優しいだけ。気が弱いとも取れる。
でも、私はそれで十分だった。家族のようだった。懐かしかった。
それだけで、良かった。のに、なんで?
なんで、こうなるの? 私の行く未来には、悲劇しかないの?
せめて、想いを……伝えたい。なのに、その言葉が出てこない。やっとの思いで出てきた代わりの言葉は
「その、服が……汚れちゃうじゃない……」
という、嘘で塗り固められた、嘘の虚勢だった……やっぱり、私は、弱い。
先立つ人にすら、ホントの言葉を掛けてあげられない。
それを口に出してしまったら、本当に、消えてしまうようで、私の、気持ちごと……
それが嫌だった。たまらなく嫌だった。ただ、それだけ。それだけで、私は、現実から離れたところにある虚勢を現実まで引っ張ってきてしまった。
せめて、ホントの事を言わなきゃなのに……
「また……買って……やるから……心配するな……」
そうじゃない。それじゃない、私の欲しい言葉は。
その優しい言葉が胸に刺さる。
痛い。痛い。痛い。
私が欲しい言葉は、私のついた嘘と虚勢でついには聞くことが出来なくなるだろう。
「だ、だって、もう、死にかけじゃない……どうやって買うのよ、服を買ってくれるなら、死なないでよ」
死なないでよ。
死んだら……もう、その言葉が聞けなくなる。
私の想いに、応えてほしい。
我が儘なんて百も、千も、万も承知だ。
「ああ、まぁ、死なないさ」
彼は、笑ってそう嘘をついた。
彼の目が閉じてしまう。
その瞼がくっ付いたら、全てが終わる。そう思った。
私は、口を開いた。虚勢も嘘も、振り払って、言うと決心した。
「す……」
カチャリ……
私の嗚咽交じりの小さな声は、首輪の外れる音に阻まれ、ついには、私の耳にすら聞こえることはなかった。
カラン……緩くなった首輪が地面に落ち、音を立てる。
「お別れ会は、終わりだ。その死体をこっちに渡せ」
無慈悲な声が、上から聞こえてくる。
「し、死んでない」
首輪が外れている。もう、その言葉は嘘と化した。
「さぁ、そいつを寄越せ」
目の前の兵士が、曹駛を連れて行ってしまう。
だけど、身体は動かない。
私は、何が出来るの?
きっと後追い自殺の一つも出来ないのだろう。
私は、うめき声を上げながら、動きの止まった目でその光景を見えている事しかできなかった。
目の前の兵士が、雑に曹駛を投げ捨てるのも、ただ見ている事しか……
「なんだ……こいつ……まだ、生きて……ばかな、そんなはずはない……」
そう言って、曹駛から距離を取ったのを見て、私の目は再び動き出す。
(まだ、生きているっ!)
その言葉は、私を動かすには十分な力を持っていた。
「どけ」
「いや」
私は、また、兵士の前に立って両手を広げた。
今度は、守る。
「どかねば、斬る」
「………」
私は両目を閉じた。
しかし、いつまで経っても痛みが来ることはなかった。
「まぁ、いい、どうせもうすぐ死ぬだろう。死んだらそいつの死体を駐屯所に持ってこい……だが、もしも生きていたなら……決闘だ……修練場に来い……そう、伝えておけ……そいつのことだ、もしかすると、もしかするかもしれないからな……」
その兵士は剣を収め、振り向いて数歩歩く。
「ただ、生きているにも関わらず、来なかったら、貴様の目の前で、貴様の家族を斬る。それも伝えておけ」
国を守る兵士の台詞とは思えない、そんな言葉を残し、立ち去って行った。
私は、曹駛を引きずるように店まで運び、馬車をレンタルし、自宅になんとか運び込んだ。
生きている。
死んでいない。
先ほどまで、死んでいると思っていた曹駛は、生きている。
私にはそうは思えない、けど、あの兵士は言っていた。生きている。と。
なら、もしかすると、まだ、生きているのかもしれない。
なら、生きていてほしい。
生き続けてほしい。
それが、私の我儘でも。
20150318
今回は、大分書き換えられています。
この先の話と繋がりにくくなっているところや、繋がっていないところを繋がる形に修正しました。
それと、ミット以外の兵はいなかったことにしました。
レフィの態度を変更しました。
ここまでで、大分レフィの態度や性格が変わっておりますので、恐らく、編集が完了するまでは、この後のレフィが別人に見える可能性が有ります。