67話・目を、覚ませ。
―武元曹駛―
まずいッ……操られている……
「まずは、君から始末しないといけないかなぁ……武元曹駛君……」
「なっ……俺の名前……と言う事は……やっぱり……」
「そうそう、君の思っている通りだと思うよ」
戦うにも、今は、手ぶらだ……鎧すらない
だから、今は、こいつを外に追い出すのが優先だ。
悪いッ……許せ、満曳……
「喰らえッ」
俺は、足払いを掛けるが、満曳にジャンプされ軽くかわされてしまう。だが、それが狙いだ。人は空中では身動きが取れない。満曳にもう一度体当たりを入れた。今度は全力でな……
そして、俺達が向かう先にはベランダに繋がるガラス戸、ここは二階だから、痛いかもしれないが、俺と一緒に下に落ちてもらうぜ……
「げほっ……何を……僕が死んでもいいのかい……」
「ガハッ……死なないだろう、俺が下敷きになってるんだから」
ああ、着地の際は流石に二階とはいえ、死ぬ可能性が無いでもないからな、俺がクッションとなるように先に落ちた。
「けっ……調子いいやつだ……」
「そうですかい」
操られると、性格まで変わるのか?
それとも、こっちが素か……ああ、前者であってほしいな。こっちが素とは考えたくない。
「で、ここで戦うのかい」
「まぁ、そうなるな……」
戦いたくはない。戦いたくはないけど、でも、戦わないと……なのか……
この戦い……ひどく不利だぞ……
相手の勝ちの条件は、俺を抑え恩を殺す事……それに、俺が満曳を殺してしまう事の二つ……いや、更に、この戦いが長引き、誰かが駆けつければ、間違いなく前科のある俺が不利だ。敵の勝利条件は3つだ。
それに対し、俺は、満曳を何とか拘束する。それ一つだけだ。
さて……どうするかな……
「来ないのなら、こっちから行かせてもらうよ」
と、ナイフを向けてこっちに走って来た。
構えも何も、初心者のような動きだけど、持っている者は間違いなく凶器、刺されても、どうせ死なないが……大きな隙は出来てしまうだろうな……だが、あの構え、俺が躱したら俺の後ろの岩にぶつかって自損する可能性がある。
くっそ、こういう時は……魔法で、脚を取って……いや、それは駄目だ、こけても自損する。攻撃系の魔法は全部論外……やっぱ刺されるしかないのか……。
「ぐっ……」
俺は、うめき声をあげた。
「何故、避けないっ……」
「避けたら、お前が怪我するだろ……俺の後ろには岩が有る、その勢いのまま突っ込んだら確実にお前に刺さるぞ……」
特攻思想……厄介なものだ……それの持ち主が守るべき者だから、なおさらな……
「がっ……」
俺は、またしてもうめき声をあげた……ナイフは、俺の体に随分と深く刺さってしまっていたのか、どこかしら引っかかっており、抜けなくなっている。そのせいで、それを引っ張られたとき、激痛が走ったのだ。
「に、にがさねぇ、ぜ……」
「わ、悪いけど、僕は君に捕まる訳にはいかないのでね」
ぐしゃ……
む、無理やり引っこ抜きやがった……引っ掛った俺の内臓ごとな……。
「ッ……! い、いてぇ……な……」
「ふふ、お返し……かな……」
「何が……お返しだ……操られているくせに……」
「あの時は、君が操られていただろう……」
なるほど、意趣返しと言うわけか……だが、俺は、お前より戦闘面では強いつもりだぜ……
「それはどうかな……戦闘面でも、僕の方が強いかもよ……」
「は?」
まさか、声に出ていたか?
「いや、大丈夫。声には出していない」
「なっ……」
どういう「こどだろうか、説明してほしい?」
よ、読まれている……俺の、心の中を……
「うん、そうだね……まぁ、これ疲れるから常には出来ないんだけど、役立つ能力だよね」
と、笑う満曳の目をよく見れば……紫に光っている……つまり、あの眼の能力か?
「うん、そうだよ、この目の能力……これはね、僕たち椎川の血を引く人達の一部に発現するものなんだけど、人の心の中が丸見えになるっていう便利な技。凄いでしょ……ただ、物凄く体力使うから、長時間の使用は出来ないし、一回使ったら、もう一回使うために睡眠を挟まないといけないから不便っちゃ不便なんだけどね」
くっそ、作戦もくそもねぇな、これ……
「そう、作戦なんか通じない……だから、君が、僕を守りつつ、僕を拘束しようとしても……もう無理なんだよ……」
グサリと俺の心臓に突き立てられたナイフを伝って……地面に鮮血が流れ落ちた。
「……ま、まだ、しんじゃない……」
「………」
「だ、だから……」
「………」
「ま、まだ……まけじゃないッ!」
俺は、全力で満曳を押し退ける。その際、ナイフをしっかり握っていた満曳にナイフは引き抜かれるが……問題は無い……
ま、まだ、死んじゃいない……心臓を……突き破られただけだ……
た、タイムリミットを決めよう……
満曳を救うかどうかのな……
それが過ぎたら、俺は、恩は守るが、満曳には……最悪、大怪我をしてもらうことになるだろう。
そして、そのタイムリミットは……俺が死ぬまでだ……。
「ケホッ……」
「へぇ、じゃあ、さっさと殺させてもらおうか……」
「やっぱ、これも読まれているのか……まぁ、聞かれていたとしても仕方ねぇな……俺は、恩を守るためなら、お前を傷つける覚悟を決める……だが、それは、俺がもう一度死んだ後だッ!」
喉に血反吐が絡み、喋りにくいし、息もし辛い……だが、いいハンデあろう。元兵士の俺と、お坊ちゃまの満曳ではな。
「さぁ、第一回戦開始だ……行くぞ……」
咳をこらえながら、俺はそう言った。




