66話・ごめん、本当に。
―武元曹駛―
俺は、謝らないといけない人が沢山いる。
だが、まずは謝るべきは、あの二人だ。
あの日以来、俺達は会ってはいない。正直すぐにでも会って謝りたかったのだが、拒絶されるのが怖くて逃げたり、会議が有るからと自分に言い訳をしていたが、俺は来週にはこの国を発つつもりだ。
だから、このままずるずると謝らずに別れてしまうのは、俺としても本意では無いので、謝れるうちに謝っておかなければいけない。
俺は、大きな木製の門の前で深呼吸した。
「どうした、入らないのか?」
「ああ、入る、入るけど、少し待ってくれないか?」
「はぁ……何度目だ、ここで立ち止まってそのまま帰るのは……」
「いや、今日は帰らない」
ああ、今日は帰らない。今日こそは……
「その台詞もだ……」
先ほどから、ため息交じりに俺を急かしてくるのは、あの日土塊人形を使っていた隊長さん。
俺の監視役らしい。まぁ、俺には前科があるからな、仕方のない事だ。
「おまえ、確かに入りづらいのは分かるが……来週にはここを発つのだろう」
「まぁ、そうですけど……」
「ああ、もう、毎回付き合わされるこっちの身にもなってくれ」
と、隊長さんは門を叩いた。
「あ、いや、ちょっと、待ってっ!」
「もう面倒だったのでな、最初の一歩くらいは無理やり歩ませてやる」
少しして、門が開いた。
確かに、今まででは一番前に進んだかもしれないけど。
背を押されて、最初の一歩を踏み出したと言うより、背を押されて、崖から突き落とされて感じに近い。
後に引けなくなった点とかな。
「グルック君、やっぱり君だったね」
その門の先では、満曳が待っていた。
「その、本当にすまなかった」
俺は、その場で土下座をした。
「いいよ、別に……だって、操られていたんでしょ……」
「そうだけど……それでもっ!」
「だから、いいってば……だから、頭を上げて、友達に土下座させてるなんて、あまり気分のいいものじゃないからね」
「み、満曳……」
俺の事、まだ友達だと思ってくれているのか……?
あんなにひどいことをしたのに……お前は、俺に殺されそうになったんだぞ。それでも、それでも……
「大丈夫、グルック君が思っていることはなんとなく分かるよ、でも、大丈夫。僕は生きているし、君が望んであんなことをしたとも思っていない。だから、立って、恩にも謝るつもりなんでしょ、付いてきてよ」
満曳は、俺の手を取り、立たせて、引っ張った。
俺は、手の引かれるままに満曳に付いて行った。
そして、監視役であるはずの隊長さんはなぜか付いて来ず、握りこぶしに親指を立て、こちらに向けていた。
そうか……ありがとう隊長さん。何回も付き合わせてすまないな……それなのに、わざわざ俺が謝りやすい状況まで作ってくれるなんて、本当にすまない。
俺は、隊長さんに視線でありがとうという気持ちを伝えた。
もちろん、魔法のテレパシーの類の技だ。実際に視線で伝えるなんていうのはよほど長い付き合いじゃないと出来ないだろうしな。
口で言うのもなかなか恥ずかしいが、テレパシーでもあんまり変わらないな。
俺が、満曳に連れられてきたのは、ある一室の前であった。
「この中に恩はいる……けど、その、あの日以来、恩はずっと植物人間のような状態でね……もちろん、その意識は有るのかもしれないけど、あんまり物事に反応してくれないんだ。でも、あの夜の話をすると、絶対に泣きわめいたり、怒って叫んだりと半狂乱の状態になるんだ。まぁ、僕には微妙に反応を示してくれるんだけど……それ以外の人には……まったく……」
……そうか……俺は、取り返しがつかないことを……
ああ、そんなの、何度も実感はした。そう思った。
でも、また……またしても、そう実感させられた。俺は、一人の少女の心を壊してしまった。
それは、どうやっても、償えるものではない。
「俺は……会っても大丈夫なのか?」
「……正直……難しいと思う……けど、いつか乗り越えなければいけないことでもある……」
「そう……か……じゃあ、俺は、この部屋に入ってもいいんだな……」
「うん……彼女のためにも、必要なことだと思う、このまま真実から逃げていたら、それこそ敵の思うつぼだし……」
と、言いつつ、満曳は、何の変哲もないそのドアを、まるで重く開けるのがつらい鉄の門のように開けた。
その部屋には……ッ……やつれた恩がいた。その髪は痛み、肌は荒れ、痩せほとっている。
「恩、今日は君に謝りたい人かいるらしいから、連れて来たよ……」
満曳は、恩に話しかけると言うよりは、虚空に話しかけているようだった。
恩は、満曳の声に反応し、おもむろにこちらに顔を向けてきた。そして、俺を視界にとらえたのだろう。
恩は、泣き叫び始めた……
「うわあああああああああああああああああ!」
「お、落ち着いて、大丈夫、大丈夫だから」
恩はがりがりと自分の頭を掻き毟り始めた。彼女の傷んだ髪が、ほろりほろりと抜け落ちて行く。
ど、どうしたら……。
俺は、成す術がなかった。彼女を落ち着かせるにも、俺がこの場に居ては、ひどく難しいだろう。と思い、この部屋から出ようとしたが、
「待って、グルック君、君は、この場から立ち去っちゃだめだ。君も、恩も、ちゃんと向き合わなきゃダメなんだ。そうでなければ、二人とも前に進めない。そうでなければ、僕が納得できない、それは僕が許さないっ! だから、恩っ! 君は、まず落ち着いてっ!」
満曳がそう叫んだ。
それに対し、恩は徐々に、徐々にではあるが、落ち着きを取り戻している。まるで、その言葉は魔法のようであった。
そして、その言葉は、俺の心にも届いた。ああ、多分、さっき部屋から出ていたら、俺は、二度と戻っては来なかったかもしれない。この場から逃げてな……。
「逃げないことは、誰かを傷つけることなのかもしれない、けど、逃げちゃダメなんだよグルック君。そして、逃げないことは、自分を傷つける事であることでもある、だけど、逃げちゃダメなんだ、恩」
満曳は……強いな……。俺よりも、何十倍も……。
俺は、戦闘面でも、精神面でも……貧弱だ……。
ドラゴンを倒して、持ち上げられてはいたみたいだけど、そんなの、俺が死なないからだろう。
ライオンが向かって来るウサギを捕まえたって何も凄くは無い。それと同じだ。
俺のこの力は、努力して手に入れた物ではない。確かに、望んで手に入れた……って言う事にはなるんだろうが、俺が、俺で手に入れた物ではない。与えられた力だ。
言うなれば、銃を持って熊を殺したのに、まるで素手で殺したかのように思われているだけの話であって、俺自身は、決して強くは無い。
「本当に、申し訳ないっ!」
俺は、彼女にも、土下座をして謝った。許してくれとは、口が裂けても言えない。むしろ、許されても後味が悪いくらいかもしれない。だけど……俺は、謝らなきゃ、駄目なんだ……
「………」
無論、彼女の反応は無い。
だけど、俺は頭を下げ続ける。可能な限り、俺はこのままでいるだろう。
「恩、君は、確かにグルック君を恨むしか、ないのかもしれない、だけど、それは少し相手が違うんじゃないかな。 恩、君ばかりが被害者だと思うな、グルック君だって操られていたに過ぎない、そう、たとえば、僕のように……」
俺は、頭を下げ続けるつもりだった。だけど、前言撤回だ。
俺は、頭を上げて、満曳に体当たりをかました。
理由は簡単……満曳の手に、ナイフがあったからだ……。
「邪魔するなっ!」
「な、何言ってるんだよ、満曳」
「ははっ、全てはあの人のためだ……」
ま、不味い……これは不味いぞ……
満曳が……操られているッ……!




