65話・ああ、それね。
―武元曹駛―
日も沈み、空も黒紫に染まって来た。
さて、これどうしようか。結構な量が有るぞ。
俺は、目の前の肉塊をどう料理してやろうかと頭を悩ませていた。
肉塊見つめ、うーん、うーん。
「おっす、ただいま」
と、いつもより2割くらい増して溌剌とした木尾が帰って来た。
その手には見た事のある袋が掲げられている。ちょっと、嫌な予感というか、悪いことをしたような気がしなくもない。
「い、いつもよりもなんか元気だな」
と、少し苦笑いしつつそう返す。
「ああ、そうさ、何時も旨い物を食わせてもらっているお礼に、今日は俺がグルックに旨い物でも食わせてやろうかと思ってな」
「あ、ああ」
だんだんと嫌な予感が強くなってきたぞ。
「で、ご飯はもう炊いちまったか?」
「いや、まだだが……まぁ、もう水には浸してあるが……」
「よっしゃ、ナイスタイミング俺」
と、木尾は炊飯ジャーの所へ向かった。
「何をするつもりだ?」
「ふふふ、これを入れるのさ」
と、例の袋の中身を見せてきた。
あ、うん。まぁ、予測はしていた。
中にはラップシートのされたトレイ、そしてその中には薄切りの肉が数切れ。量だけで言えば一口二口で終わる量だ。
「聞いて驚くなこれはドラゴンの肉だ、まぁ、ひどく高いもんだから、持ち合わせの金じゃこれくらいしか買えなかったがな、でもこれはタイラント型の肉らしくな、俺もまだ食ったことがねぇ。楽しみにしてろ」
まぁ、うん。
うん。
予測はしていたよ。
うん。
その袋を持っていた時点でな。
その袋には、俺が肉を売ったあの店のロゴが入っていた。
「あ、その、お金を使わせてしまって済まない」
「いや、そんなことねぇ、どっちかと言うと、俺的にはお金よりも並んだ事のほうがめんどっちかったぜ」
「それなら、並ばせたことも重ねて謝る」
そのお金と時間はほぼ無意味なものとなるだろう。
木尾が買ってきた肉の量はおそらく100グラムもないだろう。
ああ、本当に悪いことをしたような気分だ。別になんかしたわけじゃないけど
「そのな、凄く言いづらいことが有るんだ、木尾」
「な、なんだよ、急に」
まぁ、真実は話しておこう。
「あれ」
俺は、5キロ分くらい取ったつもりだったが、実際測ってみると15キロという予測の3倍もの量も有った、大きい肉塊を指差して、そう言った。
「……なにあれ……?」
冷や汗を流した木尾がそう恐る恐ると言った感じで訪ねてきた。
「うん、ごめん」
俺は、それに対し謝ることしかできない。
「なぁ、グルック」
「なんだ」
「あれ、何?」
「あれか?」
「ああ、あれだ、その肉塊、それとお前のごめんの意味」
「ああ、うん」
一息ついて、こう言った。
「あれ、タイラントドラゴンの肉……それと同じ個体のやつ」
しーん。
帰って来た時とは打って変わって、木尾は静まり返る。
そして、少しして……
「あれ、いくらしたっ……?」
少しあたふたした木尾がそう言った。
「ああ、えっと、全部か?」
「ああ、全部だ、全部合わせていくらした!?」
「えーと、大体……」
まず、依頼達成ということで、2000貰って、あとは、肉代の3500……
「ああ、5500ギジェかな……」
「まじかっ!」
「まぁ……」
「た、高い……が、5500でそんなに買えるのか? それは少し安くないか? お、お前、もしかして、あれか? 肉屋じゃなくて、その、直接買ったのか?」
「ああ、そうだ、直接狩った」
ああ、やっぱ安いのか。相場より安いって言ってたもんな、あのおばちゃん。
「で、でも、そんな大金、俺はどうしたらいいんだ?」
「どうもしなくてもいいだろ、別に。いつも通り、晩飯食えばいいだろう、ちょっとした贅沢だと思って」
「いやいや、5500ギジェだぞ、ちょっとしたってレベルじゃねぇよ、俺達は貴族かよっ!」
と、木尾のテンションが帰って来た時よりも上がって来た……変な方に。
ああそういや、5500じゃ安い云々って言っていたな。
そう言う事か。それなら安心だ。本当はサプライズにと思って、出来た当日に言うつもりだったんだけどな。例の武器の事も話してやろう。
「そうそう、心配するな5500ギジェだけじゃない」
「だけじゃないのっ!?」
「ああ、それだけじゃない。お前の武器もだ」
「俺の武器ッ!?」
と、叫んでから、キョロキョロと辺りを見渡す木尾。
って、少ししてから、両手剣を背負った自分の背に手を当て、ホッと息を付いた。
「って、驚かすなよ、ビビっただろうが」
「いや、何の話だ」
「いや、だから、俺の武器を売られたのかと……」
「なんでだよ、売る理由がないだろ」
「いや、だって、その肉を買うために」
「買う? いや、買ってないぞ、あれ」
「は? さっき買ったって……も、もしかして……」
またしても、黙り込む木尾。
で、少しして、俺もやっと木尾と俺の理解の相違点に気付いた。
「ああ、そういうことな、うん、あれは、俺が獲ってきた奴。で、5500ギジェとお前の武器ってのは、俺が払った物じゃなくて、得た物」
「マジかよッ!?」
「うん、マジマジ」
ああ、なるほど、会話に微妙に違和感があったのはそのせいか。
あいつは、俺がどっかしらで、この巨大な肉塊を買ったと思っていたんだな。というか、いまさらだが、俺が5キロだと思っていたこいつが15キロだったってことは、あの武具屋のお爺さんに上げたのは3キロじゃなくて9キロだったのかもしれないな。それなら、あのお爺さんの反応にも、なるほど納得できる。
「じゃ、じゃあ、お前、今日はドラゴン狩りしていたのか? というか、他メンバーは?」
「いないけど……」
「………」
あ、ここは架空の人物でもいいけど入れておくべきだったか?
「いないのか? 本当に?」
「ああ、まぁ、うん」
「……なんか、俺、お前と一緒に住んでちゃいけない気がしてきた……」
「あ、いや、そんなことはないぞ」
「いやー、でもなー」
と、珍しく沈んだ木尾をなだめるのに1時間も要した。おまえ、落ち込みにくいけど、一度落ち込んだら立ち直るのが遅いタイプなのな。
「で、その、俺は良く調理法を知らないんだが、どうしたらいいんだ?」
「ああー、うん、俺が貴族やらなんやらと並ぶ列に紛れて数時間かけて、持っていたかね全部買ってきたこの、薄っぺらい肉は炊飯ジャーに米と一緒に入れて炊けば、美味いメシが炊けるぞ……昔からこういう食べ方がされてきたんだよ、高くてあんまり多量には買えないからな……」
「お、おう、わ、わかった、で、このでかい方はどうすれば……」
「ああ、そんな大量のドラゴン肉とか見た事ねぇから、よく分からねぇし……任せる……俺、寝てるから、出来たら起こして……」
そう言って、木尾はベッドへ向かった。
ああ、どうしよ、なんか、木尾がひどく面倒くさい。
「まぁ、とりあえず、ステーキとかそんなんでいいか。あと、ビーフカツならぬドラゴンカツとかかな……残りはとっときゃいいか」
良く考えたら肉が有るからってなんかできる訳じゃないな。野菜が無いと名に作ってもくどいだけのものになるし。
ということで、カツレツとステーキを作ることにした。
カツの方はきっと少し冷めても、食べれるだろうけど、ステーキプレートとかあるわけないし、覚めると劇的に味の落ちるステーキを作るのはあとにして、まずはカツレツだ。
と、その前に、木尾が買ってきた薄切りの肉は首位半ジャーに投入して、炊飯開始っと……。
じゃあ、次は、カツレツを……あ、パン粉も何もねぇ……仕方ない、ステーキだけにするか……。
といっても、ご飯が炊けるまでめっちゃ時間あるし……木尾も拗ねて寝ちゃったし……
ぼけーとしてよ……
かしゅー……
俺は水蒸気の音で、目を覚ました。
あ、ご飯炊けたな……というか、寝てしまったのか……まぁ、そろそろ作るか……
しばらく、ぼけーとしてくるつもりがどうやら寝てしまっていたらしい。まぁ、今日は疲れていたしなぁ……。
俺は、大きく背伸びしてから、肉塊にナイフを入れ、ふた切れの分厚い肉の板を切り出した。
フライパンに油を引き、火にかける。
フライパンが十分に熱したところで、肉の板を投下する。
じゅわぁーという肉の焼ける音と、こういう時の肉の焼ける匂いは嫌じゃないのにな。
ドラゴンに焼かれた時を思い出して、少し気持ち悪くなってしまったが、胃から込み上げてくるものにはぐっと堪えて、なんとか留める。
そして、それに軽く塩とか振って……よし、完成。
「おーい、木尾」
と、起こそうとしたら。
「なんだ」
もう食卓に着いていた。ナイフとフォークを持って。
いや、何時の間にいたんだよ。というか機嫌元に戻ってるな。なんだお前。
「で、早く出してくれよ、ステーキ」
「お、おう」
皿に移したステーキを木尾の前に置き、ご飯も持ってやった。薄切りの肉が木尾の茶碗に行くようにな。
「ひゃっほうっ、めっちゃ旨そう」
「まぁ、旨いんじゃないか? 本来高いんだし……」
「いただきます」
と、少し切り分けたステーキを口にしてから、ステーキにフォークをブッ刺した木尾は、切り分けずにそのまま齧り付いた。肉汁がしたたり落ちる。ああ、めっちゃ美味そう。行儀とかマナーとかは置いておくとして、めっちゃ旨そう。その手に持っているナイフの意味とかは置いておくとして、めっちゃ旨そう。ナイフが最初に一切れ以外に使われていないとかも置いておくとして、本当に旨そう。
あまりにも、木尾が上手そうに食うもんだから、俺も我慢できず、皿に移した俺の分のステーキにフォークをぶっ刺し、お下品ながら木尾と同じ食い方で肉に食らいついた。
瞬間、肉汁が口の中に広がった。
めちゃくちゃ旨いぞこれ。
確かに、しつこい。物凄くしつこいし、ドラゴンの肉そのものに何か味が有るのか、塩が少ししょっぱくも感じるが、超うめぇ……。
このしつこい油も嫌じゃない。なんというか、濃くてかなり後味も引くが、それが嫌じゃない。むしろ、かなりゆっくりとだが消えていく後味に寂しさを感じるくらいだ……。
木尾が一口食ってからは、切り分ける事もせず、合間を開けないように食っている理由が分かった。
この後味か口の中から去って行ってしまうのが嫌なんだ。
俺も、前に口の中に入れた肉の味が残っているうちに次の肉を口の中に放り込んでいく。
このステーキは一口と一口の間が極端に短くなる。なので、俺も木尾もすぐに食い終えてしまった。ご飯に手を付けることもなく……。
「な、なぁ、も、もっと焼かねぇか、この肉……」
と、薬の切れた中毒者の顔で、木尾がそう提案してくる。
この肉、やべぇな。
だが、
「奇遇だな、木尾、俺もちょうどそう思っていたところだ」
どうやら、この肉は随分と危険な物らしいな。
俺たちは、食べきれないだろうと思っていた15キログラムもの肉塊を一晩で、二人で食いきった。分厚いステーキをがつがつと食っていたしな。後半、ブルーだったりブルーレアの状態でも、焼く時間がもどかしく、食っていたような。途中、生の状態でも食っていた気がする。俺たちの腹は大丈夫なのか?
ちなみに、その間ご飯には一切手を付けなかった、というか、ご飯は最後まで一口たりとも食べられることはなった。
木尾の茶碗に盛られたごはんとふた切れの薄切り肉には、どこか哀愁が漂っていた……。
まるで危険薬物ですね。
もしかしたら、そんな成分が入っているかも。
みなさんもそんな食べ物に心当たりは有りませんか?ご注意ください。もしかして、本当に入っているかも……。




