61話・負け、ですか
―武元曹駛―
俺は、負けた。
不意打ちを使ったうえで、あれだ。正面から戦ってもきっと勝てない。
あの女は始終笑っていた。それだけ余裕があったと言う事だ。それに、全く気配を感じる事も出来ない。それにあの速さ。俺は、追いつくことも出来ないだろう。
結果で言えば、相手を取り逃がした……と言う事になるのだろうが、実際は違う。圧倒的に有利な状況にもかかわらず退いてくれた、と言うのが事実だ。
完敗。付け入る隙もなかった。それに、断鬼さんが……。
後に、私兵たちが集まって来て、満曳や、恩達を連れて行った。
そして、一人の兵士が、俺に槍を向けている。
そう、あの時俺が槍を奪い、首を落として殺した兵士だ。
聞けば、こいつが他の兵を呼んだらしい。道理でこいつの死体が見当たらなかったわけだ。変わり、こいつの死体があったところには土が盛られている。つまり、土塊人形だろう。土を集め、人の形を作り、本人の血で固める。そして、本人のマナから作った魔力を流し、術を掛ければ、もう一人の自分の完成だ。なぜ、俺がそんな術を知っているかは分からないが、そういう古来の術だ。
そうか、こいつの事は本当に殺してしまったのではないかと、少し気にしてはいたが、断鬼さんが全員生きていると言ったのはこういう事だったんだな。
「貴様、これをやったのは貴様か?」
「ああ」
俺は、そう答えた。手は上げない。
ただ、その兵士の目をじっと見ていた。
ああ、そうだ、これをやったのは実質俺のようなものだ。
「そうか、敵とはいえ、不意打ちとはいえ、卑怯な手をつかったとはいえ、断鬼さまを殺したのは見事と言おう」
「なにがだ、人殺しに見事もくそもないだろう」
「ふん、俺の土塊人形は簡単に首を落としておいて、断鬼さまの頭を砕いておいて、良くそんなことを言えるな」
「ああ、そうだな」
それが、数時間前に言えたなら。もしも、数時間前に言えたなら……。こうはならなかっただろう。
「殺してもいい、殺してもいいが、俺は死なない。きっと……」
「どういうことだ?」
「そのままの意味だ、だから、気が済むまで殺せばいい」
「そうさせてもらおう……と、言いたいところだが、そうもいかない、お前には聞きたいことがたくさんあるのでな」
「そうか、そうだな……じゃあ、まず敵組織の事を細やかだが、話させてもらおう」
俺は、レコンストラクションJのことや、あの例の女のことを話した。
本当に細やかな情報でしかないのだが、その細やかな情報でも、情報が少しあるのと全くないのとでは大きな差があるので、俺は知っていることを全て話した。
「ほう、そんなことを目論む組織が存在するのか、で、お前が知っているのは本当にそれだけなんだな」
「ああ、本当はもっと話したいところだが……」
「命乞いのつもりか? 残念だが、全て話したところで、お前は助からないだろう」
「いや、そんなつもりはない、本当に俺がその組織に所属しているのなら、組織の情報を話したりなんかしない」
「どういうことだ? お前は、自分が組織の人間ではないと言いたいのか?」
「ああ、信じてもらえないだろうが……」
別に信じてほしいわけではない。
ただ、もしも信じてもらえたなら、その組織を潰すことに協力したい。
それだけだ……。
「……それは、本当なのか?」
「ああ、信じてくれとは言わないがな……」
「いや、信じよう……本心はともかくな」
「そうか、なら、その組織壊滅に、微力ながら精一杯手伝わせていただく」
「ああ……だが、次は、次に敵対するときは……殺すぞ、問答無用でな……」
「ああ、頼む」
少しして、その兵士は俺に向けた槍を下ろした。いや、下ろされたと言うべきか。
どういう言う事かと言えば、そのままの意味で、下ろされた。物理的に。
木尾によって……。
「おい、てめぇ、誰に武器向けてんのか分かってんのか?」
「そのつもりだが……」
そういや、木尾も兵士だったな。忘れていたが……。
木尾は、剣の腹で槍を下に向けさせた状態に押さえている。
情で動くのは悪くは無いが、兵士としては良くないぜ、木尾。
今回の件に関しては、お前は主犯に与しているような状態になってしまう。
「なぁ、グルック、どういうことだ? これ、お前がやったわけじゃねぇよな、なぁ」
「いや、俺がやったようなものだ、木尾、武器を仕舞うか、俺に向けるかしろ」
「どういうことなんだよ」
「どういうもこういうもない」
「だ、そうだ、本人もこう言っている」
「く、くっそ……」
木尾は、おもむろに剣を持ち上げ、俺に剣を向けた。
そうだ、それでいい。
その顔を見る限り、感情ではまだ俺に剣を向けたいわけではないようだが、今は、その姿勢だけで十分だろう。国家反逆にはならないはずだ。
「なぁ、おまえ、なんでこんなことをしたんだよ、自分の意志じゃ、ないよな……俺の知っているお前はこんなことする奴じゃない」
「……それは、俺の演技だったかもしれないだろう、人を信じるなとは言わないが、疑うことを忘れるな、そうでなければ、兵士なんか勤まらないぞ」
「そ、それは、知ってる、でもよ、俺は馬鹿だから、信じることは際限なくできても、疑う事なんか出来ねぇよ」
「そうか、じゃあ、覚えろ、疑うことを……」
「無理だぜ、そちゃ、無理だぜ」
ああ、そうだ。
この国が最初に狙われた理由は木尾を、街を見ていれば、分かる。
この国は、平和ボケしすぎだ。戦いに関して日和っている。
なぜなら、そう言った事は全部隣国であるラックムに任せているのだろう。
のうのうとしたこの国を内部から落とすのは楽だろうな。
「なぁ、本当になんでこんなことを……」
「ああ、分からねぇ」
「分からねぇ?」
「まぁ、俺は操られていたからな」
「……だ、だよな。そうに決まっている。お前は、自分の意志でこんなことする奴じゃねぇよな」
「おまえなぁ……すぐに敵かもしれない奴の言うことを信じるなよ」
「いや、お前は敵じゃない、そんなことすぐに分かるぜ」
「いや、木尾、口を挟むようで悪いが、今回の場合、グルックと言ったか、確かにそいつの言うとおりだと思うのだが……お前は馬鹿正直が過ぎる気がする」
先ほどまで槍を構えていた兵士はいつの間にか槍を下ろしていたようで、頬を掻きながらそう言った。
「え、ええ? 隊長までグルックのようなことを……」
隊長だったのか。
道理で土塊人形なんて高価なもん扱っていたわけだ。
「まぁ、とりあえずは剣を下ろしてもいい、今のところは敵ではなく、一応味方だ」
「そ、そうですか」
向ける時は随分ゆっくりとしていたのに、降ろす時はやたら早いな。おまえ、兵士としてそれはどうなんだ?
「それにしても、お前、すげぇな、悪い事とはいえ、あの断鬼さんを倒すなんてよ」
「まぁ、結構卑怯な手を使ったし、止めを刺したのは俺じゃないし、結果的に俺は負けたんだがな」
「ええっ! そうなのか?」
「いや、本当に俺がやったと思ったのか?」
「いやいや、だってあの森を抜けてこの国に来たって言っていたし、それも有り得るかなって……」
「いやいやいや、それは無いだろ、あの森抜けてこの国に来たのは半分奇跡のようなものだし」
本当に……
方角とか間違っていたら、きっとここには辿り着かなかっただろうし。
「まぁ、でも、お前、これからどうするんだ?」
「どうするって?」
「いや、だって、これじゃあ、お前自分の国に帰るとか無理だろ?」
「え? 帰るよ?」
だって、それが目的だし。
「いやいやいやいや、帰るったってよ、お前この国から出してもらえると思っているのか?」
「まぁ、事情を説明すれば、というか、相手組織の計画を潰す為にもここに留まるよりかいいと思うが」
帰る途中に他の国を見つけたら警戒を促すことも出来るし。
「相手組織? どういうことだ?」
ああ、そうか、こいつには、まだ話してなかったな。
「まぁ、それは、さっきの隊長さんに聞け」
「お、おう」
まぁ、説明が面倒だし。
次、誰かに話す時が来たとして、対する相手はこいつ一人じゃない。
数時間後、俺は、公園にいた。
理由はある。
この国に来て2日目の夜、俺はこの公園にいたわけだが、その時少々気になるところがあったからな。
俺は、スコップで公園の土を掘り返していた。
ガツッ……
そして、そのスコップは有るところで固い何かにぶつかった。
「なんだそりゃ?」
どうしてもと付いて来た木尾がそう尋ねる。
「これか? なんだろうな、まぁ、爆弾だろうか」
「げっ……爆発、しないよな……」
「ああ……多分」
実は、この公園の地中には様々な電子機器などがあるスペースが有るらしい。
で、なんで俺が、埋められた爆弾の事を知っているかと言えば、まぁ、正確には爆弾かどうかわからなかったのだが、先日、公園で一人凍えていたとまではいかないにせよ肩をすくめていた時、一か所土が掘り返された跡を見つけたからである。
もちろん、見た目ではわからない。だが、たまたま、本当にたまたま、土のコートでも作れば温かくなるかなーとか、この辺に土のかまくらでもつくろうかと思って土魔法でちょっと作れそうなところ探知していたら、一か所何か埋められていることに気付いたのだ。それに、そこの土だけ本当に若干だのだが柔らかかった事もあり、最近埋められたものだと気づいたのだ。
で、結局かまくらは公園に勝手に作っちゃいけないと言う理由で、コートは良く考えたら温かくなる訳が無いし汚いので作るのをやめた。
それで、その爆弾らしきものが何かは分からなかったが、その下に大きなスペースというか、立体の人工物が有ることにも気づいたので、例の隊長さんにこの公園の事を聞いたら、なんと電子機器がたくさんあり、通信機器などもここにあると言う話を聞いた。なので、もしかして、と思い掘り返してみたら爆弾だった。いや、怖いね。
まぁ、こいつを爆破されても困るし、早めに対処できてよかった。
「で、でよう、そいつどうするんだ?」
寒さか怖さか、肩を震わせた木尾がそう言う。
「え、えっと、どうしよう」
確かに、掘り起し取ったのはいいんだけど、どうしよう。
あ、そうだ。
「よし、爆破させるか」
「えっ、いや、ちょっ」
「よいしょ」
俺はその爆弾を思いっきり上に投げた。
風魔法とかいろいろ使ってどんどん上に飛ばしていかせ……
「喰らえ、金属爆弾」
一部は金属で出来ているその爆弾を俺の魔法で爆破させた。
辺り一面が明るく照らされ、その一瞬後、
ドンッ!
爆音が響き、さらに数秒後、爆風と熱波が俺たちを襲った。
「く、っくっそ、グルックの馬鹿やろぉぉぉぉぉぉ、お、お、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
木尾の悲鳴が公園内にこだました。




