57話・暗殺、ですか。
―武元曹駛―
暗い街。夜でただでさえ暗いというのに、ここは路地裏、まだ営業をしている居酒屋などから漏れ出す光もなく、建物の壁にいくつか取り付けられている電球の弱い光だけが、微かに辺りを照らしている。
俺は、寝たとはいえ、途中書置きを無視した木尾に起こされたり、もう一度寝ようとしたものの今日に限って木尾のいびきがうるさくて寝られなかったりして、凄く眠い。
大きな欠伸をしながら、身体を伸ばし眠気を覚まそうとしていると、黒いローブに身を包んだ、いかにも怪しい人物が現れた。
フードを深くかぶっているため、顔は良く見えないが、身長や体つき、歩き方だけ見ると女性のように見える。だが、小柄な男性が女性に扮装している場合もあるから、確信を持つことはしないが。
「やぁ、良く遅れずに来てくれたね」
と、フード取った。
おいおい、そんな簡単に正体を明かしてもいいのかよ、と思う間もなく、俺は驚愕した。
なぜなら、そのローブの人物は、昨日の昼にも会ったあの傭兵センターの受付のお姉さんだったのだから。
「うん、じゃあ、詳しく依頼の内容を話すね、まずはこれを見て」
と、一枚の紙を渡してきた。
この紙、魔力を感じる。何か仕掛けてあるな。
「あれ、どうしたの? なんで受け取ってくれないの? もしかして、怖気づいたとか? そんなの許すわけないじゃん。もしも、今更になって嫌とかいっても、君は行方不明になるだけだからね」
「そ、そうじゃない」
行方不明か。
確かに、俺は死ぬことは無いが、行方不明にするくらいならきっと普通に人間でもできる。そのくらいに、俺は弱い。
「その紙、なんか魔力を感じる。何の仕掛けがあるか気になっただけだ」
「へー、よく分かったね」
「ま、まぁ」
「じゃあ、教えてあげる。別に危険な物でもなければ、知られて不味い物でもないしね」
知られて不味いものだったら……。いや、考えないようにしよう。悲観的になるのは良くない。
「その紙はね、私の意志に応じていつでも発火出来るような術式が刻まれているんだ。そして、その炎は一回燃え出したら、その紙を燃やし尽くすまで、何をしても消えることは無い。たとえ、水を掛けようが、炎だけを封印しようが、ね」
「それは、嘘じゃないよな」
「うん、嘘じゃないよ。まぁ、ただの情報漏洩防止策だしね。危険は無いよ」
そうか。
それを信じていいのかどうかは分からないが、信じるしほかないだろう。
それと、今更気づいたのだが、仕事中とは全く口調が違うな。なんというか、あれでもまじめに仕事やっていたのが分かるくらいに。まぁ、態度事態は変わらないから、ギャップは無いんだけど。
「まぁ、用心することはいいことだよね。でもさ」
受付のお姉さん改め、依頼者の女性が、俺に近づいてきた。
そして、右手でローブの中から、何か出したっ……
「今は、この紙を受け取ってね。じゃないと、今、ここで、君のことも殺す」
その右手には抜き身の短刀が握られており、俺の喉にピタリとくっ付いている。その担当の刃は喉に少し切り込みを入れ、俺の血で少し赤く染まっている。
少しでも動いたら、頭を落とされる……
それに、早い。全く見切れなかった。そして、今、俺に武器はないし。こいつは単独で暗殺を企てている保証もない。
逆らったら死ぬ。
なんでこんな依頼を受けたのかと、過去の自分を恨んだ。
「まぁ、でも、そんなことはしたくないし、はい、この紙はちゃんと受け取ってね」
と、俺の手にその紙を握らせて、距離を取った。
「で、まずは紙を見て見て」
「あ、ああ」
もう既に痛くもないし、血も流れていないはずの首を隠すように、俺は紙を広げた。この能力はまだ明かすには早すぎるだろう。
その計画書には、驚くことが書いてあった。
『全国、要人の殺害♡計画っ☆』
ファンシーさが感じられない。
当たり前だ、書いてあることが書いてあることだ。
要人殺害、だと。
そして、その第一計画の標的となったのが、このカーヴァンズ公国ということか。
「どういう目的でこんなことをする」
「うーん、裏切らないと約束するならっ……ってそんなことは言うまでもなくする訳がないか、いや、出来ないよね、ふふ」
と、笑う。
良く考えたら、俺、同年代の女性とあまり話した事なかったな。などと、こんな状況にもかかわらずそんなことを思う。
まぁ、その同年代の女性と一番長く話しているであろう時間が、暗殺の計画だなんて考えたくはないな。なんか、色々と情けなくなってくる。
「そうそう、目的ねぇ、道のりは長くつらいものになるかもしれないけど、きっと大事な事だし、やらなきゃいけないことだと、私は思っている」
「どういうことなんだ?」
「まぁ、落ち着いてよ、ちゃんと言うから、ちょっとの間、しー、だよ」
ぴょん、と前に両足飛びをした目の前にいる女の子の手は、俺の顔に届く距離まで近づいていた。
そして、右手の人差し指を立て、俺の口を塞ぐように、唇を押さえつけた。
「まぁ、端的に言ってしまえば、国の復興かな」
「国の復興?」と口を開こうとはしたのだが、人差し指で抑えられているからか、全く口が動かなかった。というより、不思議と動かす気にはならなかった。
「知ってる? 元々、この国はもっと大きかったんだよ」
つまり、他の国を落として、この国の国土を広げようと言うわけか? それで、まずはこの国の上に立つものを殺そうって事か?
「ああ、この国というのは、カーヴァンズの事じゃないよ、もっと大きい物を指している。そうだね、うん、もっと大きい物の事」
そう言ってから、俺の唇から指を離した。だが、不思議と俺は口を開く気にはならなかった。
「知ってる? 元々、ここは大きな島国だったんだ。モンスターとか大災害の所為でいろいろとぐちゃぐちゃになっちゃんだけどさ……、人々はまず、暮らせる場所を作った。そして、少しずつ暮らせる場所は増やしていったんだけど、時間をかけすぎたかな。いつの間にか、国は分裂しちゃってた……」
少し寂しそうに、そう呟いたのを見て、俺は先ほど殺されかけた事も忘れ、今暗殺という許されざる行為の計画をしていることも忘れ、ただ、力になりたいと思ってしまった。
確かに、解ってはいる。頭では。
これはしてはいけない革命だと。
でも、心では助けてあげたいと思ってしまうのだ。
「だから、私たち革命軍は、計画をした。プロジェクト『レコンストラクションJ』を」
プロジェクト『レコンストラクションJ』……それが、この計画の名前。
Jの復興。
それに、革命軍と言っていた。やはり、革命を起こすつもりなのか。
「で、そのプロジェクトのために、今各国に立っているトップを殺して回らないといけない。だってそいつらは絶対に、この計画に対し首を縦に振ってくれる訳が無いし、もしも交渉したとして、失敗したら、確実に潰されるから。だから、あくまで暗殺じゃないといけない」
「そう……なのか」
「うん、だから、協力してね」
「あ、ああ」
それは、勝手に口から漏れだしていた。別に今すぐに答えを出すつもりなんかは無かった。本当は。
でも、気づいたら、その計画の片棒を担ぐことに対して同意してしまっていた。
「じゃあ、その、計画は明後日、詳しくは紙を見てね、それと、その紙は3時間後には燃やすから火傷に気を付けて。それじゃあ、よろしくね」
と、早口で言った後、俺の頬にまたしても柔らかい感触。
その後、フードをまた被って、闇の中に消えて行った。
なんだよ、もう逃げる訳にもいかないってことかよ。
それでも、俺は不思議とやる気に満ちていた。
暗殺されるなら可愛い年下の美少女に殺されたいのが岩塩龍です。




