55話・試験、ですか。
―武元曹駛―
試験なんかないだろうと、再び書類に記入させてもらうつもりで、傭兵センターに来た。
まぁ、今度は戦闘拒否の方に書き入れよう。そっちなら適当でも別に受かるだろう。なんて思っていた。けど……
なんでだよ……
俺は今、センターの隣にある、建物の中にいた。
この建物は、センター併設の修練場兼、試験会場である。
普段は、戦闘可能の傭兵の方々や、戦闘希望の方々、偶にこの国の兵士の方々が技を磨いたりする場らしいのだが、センター主催のイベントやこういった試験にも使われるらしい。
で、そんな所に俺がいると言う事は、つまり、あの書類が通ってしまったと言う事だ。
いや、安全性とはなんだったのか。
「では、グルックさん」
「はい」
「これから試験を始めます」
「はい、いいんですか」
「何がです」
「いや~、自分で言うのもなんすけど、あんな書類でいいのですか?」
「まぁ、正直何でもいいですよ、あの書類に大した意味は無いですから、傭兵ライセンスを取得した際に、傭兵証明書を作るために使うだけですので」
「はあ、そうなのですか」
そんなんなのか。そういや人少ないって言ってたっけ? 言ってなかった?
「では、試験の説明をはじめます」
「はい」
「この試験では、まず一対一でモンスターと戦ってもらいます。危なくなったら、既にライセンスを持っている傭兵が助けに入りますので、安心してください」
「はい」
「では十分後、モンスターを放ちます」
と、言い残して、試験官らしきお兄さんは、安全なところに行った。
そして、少ししてこの広い修練場に、大きな影が現れた。
大熊。
ただでかいだけの熊だ。ネーミングセンスは、突っ込まないでやってほしい。
この大熊、俺は別にモンスターじゃないと思うのだが、なんか知らんけど、異様にでかいという理由でモンスター認定された、ただの動物だと思うんだけど……。
まぁ、でも、助かったっちゃ、助かった。
だって、こいつなら、森の中で何度も会ってるし。何度も食ってるし、何度も食われてるからな。
「では、試験を始めます」
修練場なのになぜかあるギャラリーから試験官のお兄さんがそう叫ぶと同時に熊が俺めがけてダッシュしてきた
それにしてもでけぇな。よく生け捕りして、ここまで連れてこれたな。
熊の鋭い爪の生えたでかい左手が、振り下ろされた。
まぁ、盾で受け止めたけど。
受け止めたら、なぜかいる観客たちが「おおっ」と歓声を上げる。本当になぜいるかは分からないが。見せ物じゃねーぞ。いや、本当に。
とりあえず、面倒くさいしランスで心臓を一突き。
大熊はバックステップで躱そうともしていたみたいだけど、それには及ばず胸から血をふきだして倒れた。
なぜバックステップできなかったかというと、左手と俺の盾がぴったりくっ付いて離れなかったからだろう。
水属性の魔法で水糊のような粘着質のある液体を出す、使い道の無いような魔法を作ったのだが、それがさっそく役に立った。
まぁ、普通の戦いでは役に立たないだろうな、今回は相手が毛むくじゃらだったから、引っ付いて離れなくなっただけだし。
その液体は、魔力を流している間のみ粘着力がある。つまり流している魔力を止めれば、ただの水に戻る。
俺は、魔力を流すをやめて、熊の左手を盾から離した。
そして、一瞬の静寂の後、歓声が響いた。
試験官のお兄さんの顔を見ると、驚いた表情をしている。そんなに凄い事か?
そして、少しして……。
「合格です、おめでとう」
「はい、ありがとうございます」
「強いですね」
「そうですか?」
相手がただの熊だし、強いかどうかなんかわからないだろ。
「はい、まさか一撃で倒すとは」
「まぁ、心臓を突きましたし」
それが、一番手っ取り早いからな。
「心臓を狙えるだけの余裕がある時点で凄いですよ、大型ルーキーです」
「それはどうも」
何を言っても褒めてくるな。その理由はよく分からないけど。
「では、明日センターの受付にいらしてください、そこで傭兵証明書を手渡しますので、それで晴れて君も傭兵の仲間入りです、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「では、またいつか会いましょう」
そう言って、試験官のお兄さんはどこかへ立ち去った。
「じゃあ、お前は受かったんだな」
その日の晩、木尾が、俺の作った麻理直伝の料理をむしゃむしゃと食いながらそう尋ねてきた。口にそんなに物を入れながら話すなよ。
「ああ、受かった、あとは明日証明書を取りに行くだけだ」
「おめでとう」
「ありがとう」
いつの間にか食い終えていた木尾が、布団に入りながらそう言った。そして、気づけばもう寝ている。なんだお前。というか、食器くらい自分で洗えよ。普段どうしてるんだ?
あ、また俺なんも食ってないな。まぁ、いいか、別に死ぬわけでもないし。
さぁ、明日から仕事だな。それに備えて今日も早く寝よう。
風呂に入ってから、俺も寝ることにした。




