54話・傭兵、ですか。
―武元曹駛―
俺は、次の日の朝、さっそく傭兵センターへ向かった。
向かった。
あくまで向かっただけ。
朝のうちに辿り着いたとは一言も言わない。
木尾の所為にするわけじゃないけど、原因は間違いなく、この地図だ。
何がなんだかさっぱり分からない。
というか文字は完璧に読める訳じゃないから良いとして、直線くらいもうちょっときれいに書いてほしい。この地図には、綺麗な直線や曲線と呼べるものが何一つ無い。それに、ただでさえ上手く読むことのできない文字なのに、それが汚いので、もはや何と書いてあるか2割くらいしか読み取ることが出来ない。しかも、その2割が合っているかどうかも謎だし。ちなみに、この地図を描いたのは木尾だ。と、なると回り回って、木尾の所為か。くそ、覚えてろ。
ちなみに、本当に迷ってしまい困り果ててしまい、町にいたおばちゃんにこの地図を見せたら「なにこれ、こんなよく分からない地図は頼らない方がいいよ、どこに行きたいのかい、連れて行ってあげるよ」と言われてしまった。で、そのおばちゃんのお蔭で、俺は太陽も真上に上りきった頃、やっと傭兵センターに辿り着くことが出来た。
「ありがとうございました」
「いいんだよ、困った時はお互い様でしょ」
いい人だったな。
ここにもいい人はいくらでもいる。もしも、フォルド王国で暮らしにくくなったときは、麻理とここに引っ越すのもいいかもしれない。
それにしても、でけーな。
フォルド王国の傭兵センターも大概似たようなもんだけど、実際近くで見て見るとでかいな。
とりあえず、中に入るか。
中に入った途端、騒音が耳に入ってくる。
広場や受付からは傭兵の方々が何やらと話す声、センター内の食堂からは食事をする者の食器が触れあう音、そして、端の方からは喧噪まで聞こえる。にぎやかなことで。
俺は、とりあえず、傭兵のライセンスを取るために、受付に向かった。
「こんにちは、こちらは総合受付になっております。何かご用でしょうか」
「ああ、はい。その、ライセンス取得をしたいのですが」
「ライセンス取得ですね、少々、お待ちください」
そう言って、受付のお姉さんは、センターの奥の方にから何か書類を数枚ほど、持ってきた。
「では、こちらの方に個人情報などをご記入お願いしたいのですが、まず、あなたは、戦闘可能もしくは戦闘希望ですか? それとも、戦闘拒否でしょうか?」
「戦闘拒否?」
「はい、安全性の向上のため、昨年から導入された制度です。戦闘拒否の方は、戦闘の可能性がある依頼をお受けすることが出来ない代わりに、こちらの書類に記入していただくだけで、すぐにライセンスを取得できます」
と、書類の内の一枚をピラピラとさせながら、そう言った。
なるほど、安全性の向上ね。すぐにライセンス取得可能ね……つまり、他はそうもいかないってことか。
「じゃあ、戦闘可能と戦闘希望というのは?」
「はい、戦闘可能というのは、戦闘をメインとしたものでなければなんでも依頼を受けていただけます。その代り、少し記入する書類の数が増えますし、目を通していただく物も増えます」
今度は、数十枚のかみをバサバサさせながらそういった。というか、その書類そういう扱いしてもいいのか。俺が書くとも限らないのに。そもそも、どちらか書いたらどちらかは書かないだろ。両方の書類の端が折れているんだけど、それはいいのか。と、言いたいところだが、それは心の中に押しとどめておいた。
「では、戦闘希望というのは……」
「はい、きっとご想像の通りです。戦闘希望の方は、基本的にどのような依頼を受けていただいても構いませんが、従来の傭兵ライセンス取得試験と同様、色々と手順を踏んでいただく必要が有ります。書類の量でいえば、さほど多くは無いのですが、試験が有りますので、そこで落ちてしまう方も多いのです……」
なるほどな。
試験ね。
でもまぁ、戦闘希望の方が傭兵としてのランクは高いんだろうな。だったら、もちろん戦闘希望一択だろう。いろいろと調べてもらえる可能性は高いだろうし。
「じゃあ、戦闘希望で」
「はい、戦闘可能ですね……え、戦闘希望ですか?」
受付のお姉さんが「え、戦闘可能の言い間違いじゃないの?」という表情をしている。いや、なんでだよ。俺が戦闘希望じゃおかしいのか?
「どうかしましたか?」
「い、いえ、戦闘希望という方は少ないのですし、戦闘希望の方は大体もっとごついですから、装備とか、身体つきとかが……」
ああ、なるほど。そう言う事か。それなら納得。
確かに、俺手ぶらだし、服装だって鎧の下に着けてたシャツとズボンだし。
「それでは、戦闘希望ということですので、まずは、こちらの書類にご記入お願いします」
「はい」
俺は、受付のお姉さんにペンと書類を数枚渡された。
まずは、名前。
名前:「グルック=グブンリシ」
そして、出身……これは、どうしたらいいのだろうか。まぁ、嘘を付くこともないか。
出身:「フォルド王国、タイドウ市」
それと、年齢……微妙に困るのが……あ、これ未記入でもOKなのか。よし、未記入っと。
年齢:「 」
他は、住所……。
住所:「不定」
副業かぁ、副業ねぇ……まぁ、今はやる気もないかな。でも、フォルド王国に戻ったらやるかも。
副業:「今のところ予定なし」
当てはまるものにマーク記入。
○ 副業をする予定はない。
● 今後、副業の可能性あり。
○ 今は別の仕事は無いが、今後、傭兵を副業とする可能性あり。
○ 傭兵を副業とする
それと、過去にしていた職業か……。
過去の職業:「フォルド王国、国軍兵士」
と、書いたのだが。
『フォルト度王国、国軍』という部分を消し、『兵士』という部分だけにしておいた。
だって、ただでさえ、年齢不詳住所不定、生まれは遠く離れた国。怪しすぎる。ここに国軍兵士とか書いたら、絶対書類審査の時点で落とされる。
そうだな、というか、今でさえ通るか怪しいな。
そう思いながらも、他の箇所にもどんどんと怪しさを増すようなことを記入していき、その怪しさしかない書類を受け付けのお姉さんに手渡した。
「はい、今日のところは、これで終わりです。明日、また訪れてください」
「分かりました」
ああ、落ちた気しかしない。
むしろ、これで通ったらどうかと思う。安全性もなにもないだろうが。こんな怪しい奴にライセンスなんか与えるなよ。
とりあえず、今日は、帰ることにした。
そして、帰りにまた図書館に寄ると、案の定例の白髪の少年、満曳がいたので、少し会話してから帰った。
まぁ、帰るって言っても、俺の家じゃないんだけど。
ついでに、木尾が帰って来るのをただ待つのも暇だし、食材を買ってきて料理を作っておいた。
そして、丁度料理が出来たころ、木尾が帰って来た。
「ただいま」
「おう、飯出来てるぞ」
「マジか、というか、お前飯作れるのか」
「まぁ、ちょっとだけどな、妹直伝だ」
「ほうほう……」
「疑っているのか?」
「疑っちゃいないぜ、見た目はすげぇ旨そうだからな」
「味も旨いぜ」
「そりゃ、食ってみんと分からんだろ」
コトン……
いつの間にかテーブルに着いていた、木尾の前に茶碗を置いた。
まずは味噌汁。
箸を濡らす意味も込めてな。
ズゾゾ……
「う……」
「ふっ……」
「旨い」
「そうだろ」
コトン、トンッ。
次は、野菜炒め。一緒に茶碗に持っておいたご飯も一緒に木尾の前に置く。
この野菜炒めに使ったソースは、麻理に教えてもらったものだ。
「な、なんだ、この味は……美味い、美味すぎる……」
「そうだろう、まるで何かが語りかけてくるようだろう」
「ああ……このソースは、どこで買ったんだ?」
「ちっちっちっ……」
「なんだよ、もったいぶるなよ」
「買ってないさ……」
「買ってない? ……ま、まさかっ!?」
「そう、そのまさか。自家製さ……」
「な、なんだとっ……つ、作り方を……」
「すまんが、それは無理だ、これは俺と俺の妹だけの秘密のソースでね」
「く、くそ……」
ふふふ。どうだ、美味いだろう。
木尾がバクバクと野菜炒めを食べていく。途中、ご飯を何度もおかわりし、炊飯器の中身が無くなったりもしたが、木尾は無事完食。今思えば俺は一切食ってない。まぁ、別に問題ないしいいけど。
飯を食うやいなや、木尾は寝てしまった。風呂は朝派らしい。昨日も夜は風呂入ってなかったし。
まぁ、俺は夜派だから入らせてもらうがな。
さてと、俺も風呂入って寝るとするか……。まぁ、万が一もあるし、明日に備えてな。




