49話・過去、ですか。
―武元曹駛―
「やれやれ」
そう、ぼそり。
ああ、俺はきっと誰かに話したくて、話したくて仕方なかったんだと思う。
俺の過去の全てを知るのは、俺と、あとは麻理くらいだろうか。
もちろん、この場で全部を話すつもりはないが、自分の過去を話す度、何かから解放される気がするんだ。
それが正しいかどうかは別として、人間正しさだけで生きて行けるほど、強くはないさ。
まぁ、このメンツならある程度話しても大丈夫だろ。
「なぁ、盗聴などの可能性は?」
「そこまで大事な話なのか?」
「ああ、正直な所、あまり話していいものでもないだろう。個人的な思考も含まれるが、姫様の一件と同じくらいには、広めていいものではない」
「それは、お前の恥ずかしさからか?」
「そんな訳が無い」
そうだ、話したい。けど、話してはいけない。
そう思い続けて、この過去を隠し続けて、公の場を避け続けてきた理由も、また、俺の過去にある。
「他言無用だ」
「うむ」
「お前らもだ」
周りの精霊たちも、俺の言葉にうなずく。
これからは、思い出話だ。
思い出したくはない。罪の意識にまみれ、埋もれ、恨み辛みの募る、俺の過去の話だ。
遠征だった。簡単な、遠征。
内容は、他国の内情調査。まぁ、国があれば。
それは、実は出来ればとやってこいというものであって、メインとしては、南方に続く陸地の先に何があるのか、というものであり、内情調査のほうは、国が有ったら、そこの軍事力と政治の方針をみて、国同士の関係をどう言った物にするか決めるというものであった。
俺達は、山を越え、川を渡り、またしても山を越えた先に、国を見つけた。
山に囲まれた国である。
その国は、温和であった。環境的にも、内情的にも。
軍事力はほぼない。自衛がぎりぎり出来るかどうかという程度だ。
なぜ、この国がそこまで軍事力に力を入れていないかといえば、その理由はその場にいればすぐにわかるほど、簡単な事だ。
その国の周りに、他の国は無い。それに、その付近では、驚くモンスターが出ない。全くといってもいいほど。出るとしても、空を飛ぶ鳥型や、武器を持てば誰でも倒せるような雑魚しかいない。なぜなのか、その時点では、まったく分からなかったが、結果的に言えば、それを分からなかったから調査して知ろうとしたことが、壊滅の理由だ。
悪い。悪かったと思っている。
と、ここまで話したところで。
透が口を開く。
「謝るな」
「謝るさ」
透は、謝るなと言うが、そういうわけにもいかないだろう。結果的に、一番苦労したのは透かもしれない。
一人、国に帰ってきて、俺達の事をなんと説明したのだろう。
第19期兵団が、壊滅。国からしたら有り得ないことだろう。
なぜなら、19期の兵団はフォルド王国史上最強の兵団のはずだったからだ。金もかけたし、腕の立つ傭兵をスカウトもした。そして、予備兵や、候補兵からも、強い者だけが引き抜かれた。
それが、たったの一回、一回だけ遠征した。そして、壊滅した。
何があったかなど、誰も想像が出来ないだろう。
それは透も同じだろう。だから、俺に尋ねてきている。
「そこまでは分かる、忘れてはいない、儂も一緒に居たからな」
「ああ、そうだな、分かっている。お前が気になるのはここから先の事だろう」
「ああ」
そう、ここから先の話こそが、第19期兵団壊滅のエピソードの本編である。
俺たちは、その後、モンスターの少なさなどの理由などを聞いて回った。もしかしたら、モンスター除けのいい方法があるのかと思っていたからだ。その方法があるなら、国の安全面が強化されるからな。
だが、聞けども、聞けども、返答は分からないという一言ばかりであった。
そんな返答の中、一人の老人が気になることを言った。
『北の洞窟には竜が住んでいると』
それは、俺達を動かした。
恐らく、その竜がいるから周りにモンスターが寄ってこないのだろうと。ただ、その竜が人を襲わないのも疑問に思った。
なので、その洞窟を調査することにした。もちろん、その時、竜の機嫌を損ねて戦いになったら、荷物を持ったまま、戦うのは無理だろうということで、武器以外の物はその国の町に置いて行くことにした。そして、その荷物番をしていたのが、透というわけだ。
その日、透は幸か不幸か、体調があまり良くなかった。だから、荷物番をして。一人助かった。いや、この表現は有っているのかどうか分からない。
俺たちは、その北の洞窟を目指し歩いた。
その途中、深い霧の中に入った時である。
『立ち去れ、死にたくないのなら』
と、声が聞こえた。
空気は振動していない。
テレパシーのような物だったのだろう。そして、その声は、全員に聞こえていた。
それでも、俺達は去ろうとはしなかった。すると、またしても声が頭の中に響いた。
『去らぬか、ならば、試練を受ける者か?』
試練。
それが何か分からなかった。その試練が何かを気にしていると、まるでこちらの心を読んだかのように、三度声が響く。
『命を懸け、力を望む者達で間違いないな』
詰まる所、試練を乗り切れば何か力が与えられる。それが、そのたった数秒の一方的なメッセージから読み取ることが出来た。きっと、そのテレパシーに乗せられていたのは、言葉だけでは無かったのだろう。だから、理解できた。
それで、俺達は、皆で深い白い霧の中、見えにくくなった顔を見合って、頷いた。
それからである、霧がより深く深く白く白く。
何も見えなくなった。
そして、また、その霧は元の濃さに戻る。
一人、消えていた。
そして、数分後。また霧は濃くなり。元に戻る頃、一人消えている。
そうして4人ほど消えたあたりで、誰かが提案した。もしかしたら、俺だったかもしれない。ただ、その記憶は定かではない。そもそも、その時、誰がいたのかもよく覚えていない。恐らく、その理由は、あの霧の所為だろう。あの霧の中にいたメンバーの顔と名前だけが、俺の記憶からすっぽり抜け落ちていたのだ。兵士の後輩、先輩、そして、街に残った透の顔も名前もしっかり記憶しているのがその証拠だ。
そう、話を戻そう。
その誰かがした提案とは、手をつなぎ、輪になろうという、極々普通で、かなり効果的な物であった。
ただ、その意味は無かった。
輪になったのがいけなかったのかもしれない。
霧が濃くなって、その霧が、元の濃さに戻った時。またしても一人消えていた。もちろん誰一人として手は離してない。だが、一人分、詰められていた。消えたその両隣のやつらが何故か手をつなぎ合っている。そいつらも、手を離してはいないと言う。
そして、また一人、一人と、消えていく。そして、気づいたら、俺一人になっていた。
次は、確実に俺だ。
そう思わざるを得なかった。その時、俺には死の恐怖があった。もう、俺には無い感情だ。今思い出そうとしても無理な感情だ。いまや、過去の恐怖が渇望とまでなっている。人は何があるか分からない。
誰一人として、消えた者が返って来ることは無かった。
そして、俺は、最後の深い霧に包まれた。無意識の内に目を瞑ってしまった。
数十秒。じっとしているが、何も感じない。痛みも、恐怖も。
俺は、余りにも何も感じないがために、おもむろに目を開けた。
すると、俺は岩に囲まれていた。いわゆる洞窟だ。
そして、その目の前には、大きな銀色のドラゴンがいた。つまり、ここが竜の住む洞窟と言う事だろう。
だが、俺は分からなかった。なぜ、俺がそこに居るのか。
そこで、俺は、その竜が助けてくれたのではと、思ったが。……それは違った。むしろ逆だ。
なんで、俺の希望的観測は全て逆の方向に転ぶのか。
そんなことまで思った。
竜の口が開かれたとき、頭にまたあの声が響いたのだ。
だから、分かった。こいつが試練を与える者であることと、俺が試練を受ける者という立場から抜け出せていないことが。




