48話・炎皇・なのか?
いいなー、俺も食べられたい。
―武元曹駛―
「精霊憑器?」
俺は、イフリートにそれが一体どういうものなのか尋ねた。まぁ、大体は予測が付くけど。
すると、クリムが俺の質問に対して答えた。
「精霊憑器はね、文字通り、精霊が憑依した道具の事だよ~」
と、俺の右手をはむはむ。……いや、もぐもぐ。むしゃむしゃ。……痛い。
「そんなことがあるのか?」
「……ごくんっ……うん、良くあることだよ。だって、精霊は憑依すると、力の安定化を図れるんだよ」
「ああ、それは知ってる、あれだろ、通常生まれた土地から力と貰うしかない精霊が、その土地から離れても大丈夫になるし、たとえその土地が滅びようと消えることが無くなるって言うやつだろ」
「うんっ!!」
凄い元気な返事を返してくれる。けど、多分機嫌がいいのは、俺の手をもぐもぐと食べているからだろう。字面で見ると、実に可愛いのかもしれないが、実際、絵で見るとえぐい。特に、俺の手が……。イフリートとかちょっと引いて見てるし。
「でも、その憑依ってやつは、人にするものじゃないのか?」
「ううん、違うよ、どっちかというと人に憑依することの方が少ないかな」
「そうなのか?」
「そのね、普通は物とかに憑依するんだ。後は物凄く稀にモンスターとかに憑依するくらいかな、人に憑依することは滅多にない事なんだよ……はむっ……」
口周りが真っ赤なクリムはまたしても俺に齧り付く。
むしゃむしゃ……ごくんっ……。
「……人は、すぐに死んじゃうから……」
少しトーンを落として、クリムはそう言ってから「まぁ、その点、ご主人様は安心だけどね」と付け加えた。
まぁ、そうかもしれない。不本意だけど。
「憑依先が死んだり、消えたりすると精霊も死ぬというわけか、なるほどな、あまり人に憑依する意味が無いというわけか……それであっているのか? イフリート殿」
「おう、それで大体あっている」
そりゃな、長生きするために憑依するのに、寿命の短い人に憑依してもな。
「で、儂の炎皇が精霊憑器だという話だが、それは本当なのか?」
「ああ、間違いなく」
「じゃあ、お前たちのように人間態にもなれるのか? 儂はずっと使い続けているが、一回も見た事が無いぞ」
「ああ、なれるはずだが、まぁ、普通は精霊が人間態になって現界にでてくることはあまりなからな、出てきてもあまり利点ないし」
と、言うイフリートに対し、クリムは「私はご主人様を食べれるから、それだけで利点になるんだけどね」と呟く。おい、やっぱり食いたいだけなのか。俺、こいつの魅了にかかったらどうなるんだろう。人気のない所で、無抵抗な俺が、クリムに、永遠に食われ続けるのだろうか。怖いな。
「だけど、これだけ精霊が揃っているんだ、出てきても問題ないと思うぜ、どうだ、出てきてはみないか?」
イケメンボイスで、そう刀に語りかけるイフリート。イケメンは刀に語りかけても問題ないのか。俺だったらきっと変な人に思われて終わりなんだろうな。
「ああ、人見知りなのか? 大丈夫、ここは安全だ」
等々。
イフリートが、次々と言葉を掛けていく……すると、「出てこいよ」と言った途端、炎皇が光りだした。
そして、その光中から、長い黒髪の少女が現れた。見た目で言えば、クリムと同じくらい歳だろうか。実際の所、精霊の歳と見た目は関係ないのだが。そのおでこには、小さい角が二つ生えている。
「その、始めまして、え、えっと、お、鬼火です」
「鬼火か……」
「は、はい」
なるほどな、その角はそれ故か。
「おまえ、鬼になるつもりは無かったのか? もうそこまで角が生えているなら、あと少しで鬼になれたんじゃないか?」
俺は、疑問を口にする。
精霊には、昇華という現象が起きることがある。条件が精霊達の間でも、ほぼ不明な上、自我無きただの化け物やモンスターになることもあるので、それを成そうとする精霊も少ないし、一般的にはそれが起きることは無いのだが、一部の精霊は、昇華の方法が判明していたり、それを望んでいたりする。
その、一つとして鬼火もあげられる。鬼火は、長年生き続けると、鬼になることが出来る。そして、鬼になれば、力はもちろん完全なる実体も手にすることが出来る。
だから、鬼になろうとする鬼火は多く、鬼になられると害が出るため、それを防ぐために鬼火を封印や撃滅させる事多くある。精霊の中でも人間に近い種でもある。まぁ、だから、モンスターとして扱われることも多いのだが。
「その、わ、わたし、鬼になりたくなかったんです」
「どういうことだ?」
「その、変かもしれませんが、人間が好きなんです」
「そりゃまぁ、珍しいことで」
精霊が人間を好くことは確かに珍しい。普通は逆が多い。
モンスター扱いされることも少なくはないしな。
「それで、その、鬼になったら、人と一緒に居られないから」
「まぁ、な、それでその刀にくっ付いたってわけか?」
「は、はい」
精霊は、何かに憑依することで、己の時を止めることが出来る。
だからこそ、生まれた土地が滅されても、大丈夫という事らしい。実のところ詳しいことは精霊達も知らないらしいし、俺が知る道理は無い。
「それよりさ、その刀は炎皇って言うんだっけ? じゃあ、君の名前も炎皇だったりするの? 生まれは?」
と、イフリートが尋ねる。
なんかチャラくね。こんなキャラだっけ?
「ち、違います、名前は有りません、生まれは、森の中です。ただ、詳しいことは、よく分かりません……」
「そうか、まぁ、極々普通だな」
そして、イフリートが、考え込む。
いったい何を考えている事やら。
「よし、決めた」
決めた?
「お前の名前は、『ましこ』だ」
「ましこ……ですか?」
「ああ、そして、俺の名前は、焔邪だ、よろしく」
そう言って、イフリート改め焔邪はイケメンスマイルを見せながら、手を差し出した。それに対し、鬼火改めましこも手を出し、二人は軽く握手した。
って、なんだこれ。というか、焔邪って名前はいったい何なのだろう。と、心の中で疑問もんもんとしている間に、気付けば俺の右手は食べ切られて、無くなってたりとしたのだが、まぁ、それは置いておいておくとして、本題に入りたいと思う。
「透、まぁ、あいつらは放っておいて、話を進めるが、いいか?」
「ああ、それはもちろん、それより、手は大丈夫なのか?」
「うん、それなりに慣れているから大丈夫だよ」
とクリムが答える。いや、お前の言う台詞じゃないよね。という言葉は心の中で押しとどめておいた。
「それよりだ、姫様の事についてだが」
「まぁ、まて、一つ話がある」
「はぁ? 話を進めると言っただろ」
「ああ、言った。だが、別に話と言っても姫様の事ばかりでは無い
まずは、お前の事だ。武元曹駛。あれ以来、初めて会った同期の兵だ。あの後の出来事を詳しく話してもらおう。
姫様の話はそれからだ。お前がここにいると言う事は、とりあえず姫様は無事なのだろう」
透はそう言った。
やれやれ、ついに話す時が来るとは。そんな俺も、本心の奥底では、ずっと誰かに話したがっていたのかもしれないけどな。
いいなー、いいなー。不老不死ならっていう前提は必要だけど。まぁ、そうじゃなくても、死因が『人外幼女に食べられた』ならなー。
あ、ロリコンではないですよ。




